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第5話 神罰

第5話 神罰


「島津殿…!」


島津殿は尻を突き出して倒れる私の様子に、ふっと笑った。


「ようやく、ようやくお会い出来た…!」


それは初めて島津殿を見た折、彼女が発した第一声だった。

…あの時の島津殿はまさに今の私なのだ。


彼女は私の腕を取った。

厠の何もない空間に再び炎が浮かび上がり、中央に穴を開けた。

私は島津殿に導かれるまま、穴をくぐった。

厠の中で尻を突き出し、笑みを浮かべたまま倒れる男を残して…。


穴は私が通ったのを見届けるとすぐに閉じ、消えて周囲の闇と同化した。

道もわからぬ闇の中、私は島津殿の後ろを四日間歩き続けた。

島津殿はその間、一言も口をきかなかった。

そうして四日目に小さな光を見つけ、ようやく明るいところへ出た。

どこか川のほとりだった。

川にかかる橋を渡ったところで、島津殿は言った。


「地獄へようこそ、上杉不識庵謙信」

「地獄…!」


しかしここは地獄と呼ぶにはあまりにもかけ離れている。

足許には白い花畑がどこまでも広がっており、気候も至極温暖、

花の香りを乗せた甘いそよ風が肌に心地よい。

遠くからは優美な音色すら、ほのかに聞こえて来るではないか。


「島津殿、私は死んだのでござりまするか?」

「死んだ、私もお前も死んだ。だからここに…この地獄にいる」

「地獄などと…まるで極楽浄土のようではござりませぬか」

「地獄だ。謙信よ、地獄とは自らの心が作り出すもの…例えそれが浄土にあっても」


島津殿は私の目をじっと覗き込んだ。


「死人が神となるのはそう難しい事ではない、私はそれを利用した。

お前の邪魔をするために、天界の秩序を無視し毘沙門天に姿を変えた。

当然だが、私には罰が下された…」


そこまで言うと、島津殿は衣の襟を緩めて大きく抜き衣紋にした。

初めて見る彼女の背中を、毘沙門天が抱きしめていた。

なんと色鮮やかに美しい神罰である事よ…。


「…罪人の証しとして刺青を彫られた、地獄へも送られる事になった。

私に課せられた地獄は無間地獄…」


見惚れる私のあごの下に、島津殿の手がするりと忍び込んできた。


「島津殿…?」

「大勢の越後兵の命を散らせたお前もちょうど寿命を迎えた…。

実はお前も地獄行きなのだよ、謙信よ」

「島津殿、それでは…!」

「同行者はお前しか考えられぬ、私はお前を地獄に引きずり込む。

上杉不識庵謙信、私と地獄を歩いてくれるか?」


島津殿が私を選んでくれた…!

地獄と言う永遠を歩く道連れにこの私を…!

私は喜びに泣きながら、島津殿に飛びかかった。


「…私はもう死んだのですね、島津殿」

「ああ…確かに死んだ」

「そなたと地獄を歩くただの男、欲にまみれた汚い男で良いのですね…!」


私は島津殿を抱きしめようとした。

ところが風に散る煙のようにすうと消えて、少し離れたところにまた現れた。


「無駄だ、させぬ」

「そんな…!」

「お前が私を抱く事など永遠にない、私もお前の手から逃れられる事はない。

それこそが私たちに与えられた地獄…!」


島津殿は笑うと、また逃げ出した。

私はむきになって、しつこく島津殿を追い回す。

ようやく捕まえて、背中の毘沙門天を抱きしめたかと思うと、

またぷいと消えて、上手い事逃げられてしまう。

完全に逃げ切るのではなく、ほんの少しだけ捕まってくれるところが実に憎らしい。

女の肌、身体の柔らかさ、甘く優しい匂い、男とは違う体温。

そんな事されたら私は…。


これが地獄か、なんとも辛い地獄である事よ。

長い間仏弟子として身を慎んで来た後だけに、これはこたえる。

私を煽るだけ煽って、あと少しのところで永遠のお預けか…。

満たされる事なく長年凝り固まった欲が、衣の下で行き場を失い涙する。

苦しくてたまらない、こんなにしてどうしてくれる。


「島津殿はひどい、 どうか一度だけでも…!」

「断る。お前こそ考えろ、謙信とか気持ち悪い男に追われ続ける地獄を」

「気持ち悪いなどと…くそう、意地でも捕まえてみせる。

地獄が作れるならば浄土も作れるはず、私はそなたを抱いてここを浄土とする…!」


私がいっそうむきになって追い回すと、島津殿も必死で逃げ回る。

私たちは永遠に続く白い花畑を、どこまでもどこまでも駆けていった。

越後の雪のように舞う花弁と、甘い香りを全身に浴びながら。


…また捕まえたぞ、今度こそどうだ。

今度こそ、今度こそどうか私と踊っておくれ。

腰を振って、私と愛を踊っておくれ。

私は島津殿の腰を抱いて覆い被さり、自分の腰をぎゅうと押し付けた。








「謙信の妨害」  完

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