第1話 転生
第1話 転生
「…何だ? 人か?」
戦から春日山城へと戻る道だった。
前を行く家臣らが暗がりに、人らしき姿を見つけてふと足を止めた。
「どうせ行き倒れだろう」
「髪が長いな、女人か? しかし変わったなりをしておる」
「おやかた様、殺しますか?」
家臣が私に女の処分を求めると女の身体が動き、目を覚ました。
久しぶりに目にする女の姿に、思わず我を忘れて見つめてしまった。
いかん…出家の、それも生涯不犯を誓った身にあるまじき事。
ところが女は私ではなく、その隣の養子である景勝を見ていた。
「景勝様…ようやく、ようやくお会い出来た…!」
景勝も無言ながら、彼女をじっと見つめている。
これはどういう事、上杉家当主の私を差し置いて景勝などと…!
「捕らえよ、逃がしてはならぬ」
私は家臣に命じた。
家臣らは女を捕まえ、縄をかける…。
普段無口な景勝が、珍しく私に食って掛かった。
「父上、罪なき者を問答無用で捕らえるなど、あんまりにござりまする。
あの者は私に何か大事な用があって、わざわざ参ったのではござりませぬか?
どこかからの使い、もしかすると私の客人なのではござりませぬか?」
「黙れ景勝! それ以上は許さぬ!」
春日山城に戻ると、私は捕らえた女を本丸の奥深い部屋に閉じ込めた。
そして人払いをし、尋問を始めた。
「女、名を何と申す」
女は私より少し下ぐらい、三十代後半から四十代前半か。
まるで男のようななりをしており、化粧もろくにしておらぬが、
こうして灯りの下でよく見ると、くっきりとした華やかな顔立ちをしている。
「島津…そう呼ばれておった、『島津』で良い。
…まあ安心しろ、私は忍びでもないしそういう野心はない」
「では島津殿…そなたは何をしに参った、なぜ当主の私ではなく、息子の景勝なのだ?」
「お前は神隠しや転生の類を信じるか?」
島津殿は臆する事なく、私の目をじっと覗き込んだ。
私は思わずどきっとし、それに気圧されてしまった。
「…私は毘沙門天の生まれ変わりだ、信じる」
「ならば話すが…私は前の世で景勝様に恋をした者。
しかしながらその思いはとうとう叶わなかった。
景勝様を思う気持ちが、私をここを次の世として連れて来た…そう思う」
恋のあまりとは、なんともまぶしいおなごよ…。
「…ならぬ、そなたはここから出しませぬ」
「で、あるか、上杉不識庵謙信よ…お前は再び私の前に立ちはだかるのだな。
前の世で思いが叶わなかったのは、やはりお前が邪魔をしたから」
「それでは私も張り切って邪魔を致さねばな…。
ともかく島津殿、そなたの身柄は今からこの私のものだ。
命は取らぬ、不足のないようにも致す。でも景勝だけは許しませぬ…!」
私は部屋を出ると、家臣に島津殿の侍女になる者を探す事と、
それから衣装や道具を用意するように命じた。
この私を差し置いて景勝など…島津殿はなんと癪に触るおなごよ。
許せぬ、どうしても許せぬ、一生閉じ込めて景勝には会えぬようにしてやる。
翌日島津殿の様子を見に行くと、彼女は見違えるようになっていた。
用意させた衣に着替え、髪を整え、化粧を施した姿は見事としか言いようがなかった。
島津殿は身体にも恵まれており、派手なくらい色鮮やかな着物がよく映える。
「見張りに参ったか、謙信よ」
「見事だね…まさかこれほどのおなごであったとは。
しかしながらそなたの年頃だと、景勝では若過ぎはしませぬか…」
「年甲斐もないのは承知」
私は部屋に入り、島津殿の前に出ようとした。
「気安く近寄るな」
「なにゆえか、そなたとならこの私の方が歳も近い」
「お前と仲良くなる気など毛頭ない、お前も自分の身の上をわきまえろ。
確か生涯不犯を誓ったのであったな…良いのか?」
痛いところを突く、本当に癪に触るおなごよ。
島津殿は日ごとに美しくなっていく。
殺風景な空き部屋だった春日山城の奥は、女の部屋として華やいでいく…。
そんな島津殿の様子を見に、毎日彼女を訪ねるうち、
私はだんだんにそれが楽しみになって来た。
日に一度が日に二度、三度になり、気が付けば暇を見つけては入り浸るようになっていた。
当然、そんな私の様子は家臣らの間で噂されるようにもなった。
たかが囚われの女ごときを囲って、骨抜きになっていると。
そんなある日、本丸を訪れた景勝が私に言った。
「父上、あの方にはやはり一度ご挨拶させてくださいまし…」
景勝も噂を聞いたか…。
だがそう言う横目で奥の、島津殿のいるあたりを探っている。
景勝は成人したとは言ってもまだまだ子供…しかも女嫌いと侮っていたが、
もし彼にもそういう気持ちがあるのなら…。
「…それは許さぬ」
「なにゆえにござりますか、父上」
「あの方は囚われ人、罪人との接見は当主として許せぬ」
「ならば父上…父上はどうして、その罪人を身近に住まわせておられるのですか?
どうして父上が自ら、その方のお世話をしておられるのですか?
…本来ならば、私がもてなすべき方ではござりませぬか?」
景勝め…彼も島津殿を気にかけているのだ。
「罪人をどうするかは当主の決める事、そなたの口出しするところではない」
「家中の者らも噂しておりまする、父上はあの方を愛人にするおつもりと…」
島津殿が私の愛人…!
その言葉を聞いた私は、怒りにまかせて脇息を景勝に投げつけた。




