92.一つの問題、二つの依頼
翌朝、オウル・ダウングリーンは冒険者ギルドの掲示板の前にいた。
朝のうちに貼り出された依頼票は、まだ十数枚残っている。オウルは何枚かに目を通しては受付へ持っていき、条件を聞いては掲示板へ戻していた。三枚目を戻したあたりから、見かねたセロウが受付を離れて傍についた。
「これは? 何したら終わり?」
オウルが一枚を指差し、セロウはその先へ目を向けた。《街道沿いの巡回》とある。
「指定された区間を往復して、異常がなければ報告して完了です。何かあった場合は、可能な範囲で対処していただきたいそうですが」
「どこまでやれば終わり?」
「異常の内容によりますかね」
「めんどくさそう」
そのまま隣の列へ視線を移す。何枚かを流し見て、やがて一枚の前で手が止まった。
「これは?」
依頼票を指で叩く。そこには、《採石場のクルティク排除》とあった。
「使われなくなっていた区画の一部を、また作業に使うそうです。ところが、指定された作業区画にクルティクが入り込んでいまして」
クルティク。地中を掘り進む魔物だ。群れで地下に巣を作り、古い坑道や洞窟にも棲みついている。甲虫じみた硬い外殻を持つ、爬虫類のような見た目をしている。
「どうしたら終わり?」
「指定作業区画からクルティクを排除して、作業員が立ち入れる状態にしてください。殺しても、外へ追い払っても、坑内の別の場所へ移しても構いません。巣を潰したり、坑道全体を掃討したりする必要はありませんよ」
オウルはもう一度、依頼票へ目を落とした。
「じゃ、これ受けるよ」
セロウは受注用の帳面を開いた。
「現場に着いたら、管理人から配置図を受け取ってください」
セロウが受注票へ印を押したところで、入口から若い職員が入ってきた。
「セロウさん、採石場の件なんですが」
オウルはセロウの手元にある、まだインクの乾き切っていない受注票に視線を落とした。
「何かありました?」
「生きたクルティクなら引き取りたい、という話が来ています。成体が一匹欲しいそうで」
「えー」
オウルは明らかに気乗りしなさそうな声を出した。
そんなオウルをちらりと見てから、セロウが尋ねる。
「成体なら個体の指定はありませんか?」
「そこまではまだ。生きた成体が一匹欲しい、とだけ」
「引き渡し場所と、檻の手配の有無も聞いておいてください。条件が揃ったら依頼に起こします」
「わかりました」
セロウはオウルを見る。
「オウルさん、先ほど受けていただいた依頼の条件は変わりません。生体捕獲については、条件を確認して別件として出しますから」
「ならいいや」
オウルはそのまま踵を返した。
背後では、セロウが若い職員に確認を続けていたが、オウルはもう振り返らなかった。
*
採石場の管理所は、坑口のすぐ脇にあった。
オウルが受注票を見せると、作業着姿の管理人は机の上から折り畳んだ紙を取り上げた。
「これが配置図だ」
広げられた紙には、坑道が何本も枝分かれして描かれている。そのうち一角だけ、太い線で囲われていた。
「ここが、今度また使う作業区画だ。昔の切羽を広げ直す予定なんだが、昨日、下見に入った連中がクルティクの群れを見つけちまってな。表に出てきたのは、成体が一匹。それより小さいのが二匹。ほかにいるかはわからん」
オウルは配置図を覗き込んだ。
坑口から入ってすぐのところに、広めの空間がある。その先から細長い坑道が伸び、さらに奥で、今回使うという作業区画へつながっていた。
「ここは?」
オウルが途中の広い場所を指した。
「旧積替え場だ。昔はそこで鉱石を荷車に積み替えててな。その先が旧運搬坑道。まっすぐ行けば作業区画に出るぜ」
作業区画には、いくつか印がつけられている。
「この印はなんだ?」
「クルティクの穴だ。壁に一つ、床に一つ。上にもある。天井近くだ。昨日見つけた」
オウルは配置図を少し傾けた。
「じゃあ、この奥の作業区画からいなくなればいいのか。死骸は置いとくか?」
「あるならありがたいがね」
クルティクの死骸からは硫黄のにおいが立つ。クルティクはそのにおいを嫌って、死骸の残る場所には近寄りたがらないため、駆除した個体をあえて残すこともあった。
「了解」オウルは配置図を折り畳んだ。「簡単でいいな」
管理人は怪訝そうにオウルを見た。
「簡単って、あんな怪物相手に」
「わかりやすいだろ」
オウルが坑口へ向かう。後ろから足音が近づいてきたが、気にせず歩いた。
「おい、オウル」
呼ばれて、ようやく振り返る。
丸盾を背負ったトッドが、こちらへ歩いてきていた。
「ええ? トッド? 何してんの?」
「決まってんだろ。仕事だよ」
「ああ。成体の生け捕りって話か。お前が捕まえんの?」
「俺たちがな」
トッドは坑口の脇を指した。太い木枠へ鉄格子を嵌めた檻が置かれている。その傍では、もう一人の男が縄やら何やらを広げていた。
「俺はお前について中に入る」
「はあ? なんで?」
「排除役が勝手に成体を殺さねえようにだよ。つまり、おまえがな」
そこでトッドは、オウルに人差し指を突きつけた。
「いいか、オウル。勝手に殺すんじゃねえぞ」
「やだよ、めんどくさい」オウルはあからさまに眉を寄せた。
「クルティクなんて殺し得だろ。死骸置いとけばそこに連中は近寄らねえんだぞ」
「別に成体を殺す必要はねえだろ」
「まあ邪魔まではしねえけどさ。出てけば放っとくし、必要なら殺すぞ」
「成体は俺が外へ出す。小さいのは好きにしろ」
「成体が邪魔してきたらどうすんだよ?」
「俺がどかす。無理なら、そのときは好きにしろ」
オウルは少し考えた。
「まあ……ならいいか」
二人は採石場に入った。




