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裏切られた王妃は、王を選ぶ  作者: noemi


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第12話 同じ土地、違う現実

空を覆っていた葉が、徐々に薄れていく。


姿を隠してくれていた木々も、次第に数を減らし——


やがて、森は唐突に途切れた。


その先には、乾いた土が広がっている。


「……これが、ガルディアか」


森の縁で馬を止める。

まだ、木々の影に紛れる位置だ。


そのまま、前を見据える。


隣に、女が馬を寄せてきた。


「思ったより、順調だったわね」


「……ここからが問題だ」


視線は前から外さない。


「森が切れた。ここから先は、身を隠せない」


女は、前方を一瞥する。


「しょうがないわ。山まで急ぎましょう」


「いや」


即座に返す。


「山は危険だ。小競り合いが続いてるらしい」


「……どういうこと?」


「逃げてきた男が言ってた。ザルハド山には気をつけろってな」


女の目が、細くなる。


「迂回するには——」


言いかけた、その時。


「いいえ。このまま山に行きましょう」


かぶせるように、言い切る。


「……正気か?」


思わず、振り向く。


女は、こちらを見ていない。


前だけを見ている。


「ええ。急ぎましょう」


すぐに、手綱が鳴る。


馬が、前へ弾けた。


「——おい!」


思わず、声が出る。


「……っ」


すぐに踵で腹を蹴って、後を追った。


風が、顔を叩く。


森を抜けるにつれ、空気が変わる。


湿った匂いが消え、乾いた熱が肌にまとわりついた。


日が昇り始める。


遮るもののない空から、容赦なく光が降り注いだ。


視界の先——


土はひび割れ、草はほとんど残っていない。


かつて畑だった場所も、ただの乾いた地面に成り果てている。


水の流れていた跡だけが、白く筋を引いていた。


「……なんだよ、これ」


思わず、声が漏れる。


建物の残骸が目に入る。


崩れかけた壁。

打ち捨てられた道具。


人の気配はある。


だが——


生きている気配が、薄い。


家の壁に背を預けたまま、動かない男。


地面に座り込み、うつむいたままの女。


誰も、こちらを見る力すらない。


「……」


思わず、手綱を引きかける。


「行ってはだめよ」


横から、静かに声がかかる。


「……だが——」


「意味がないわ」


女は前を見たまま、言い切る。


「今、あなたが手を差し伸べても、この状況は何も変わらない」


その言葉に、何も返せない。


奥歯を噛み締めながら、ただ馬を進めた。


進んでも、進んでも——


景色は変わらない。


乾いた土。

ひび割れた畑。


それだけが、どこまでも続いている。


気が狂いそうだった。


——俺の領地と、同じような土地のはずだ。


それなのに。


ここには、何も残っていない。


ここまで、放っておけるものなのか。


「——っ」


喉が詰まる。


言葉にならない。


ただ、手綱を握るしかなかった。


すると——


ふいに香ばしい匂いが、風に乗って流れてきた。


思わず、顔を上げる。


視界の先。

遠くに、町が見えた。


これまでの廃れたものとは違う。


煙が上がり、わずかだが緑も残っている。


人がいる。


農民たちが、畑に立っていた。


——生きている。


わずかに、肩の力が抜ける。


だが。


近づくにつれて、その光景は歪んでいく。


怒鳴り声。


鎧の擦れる音。


兵たちが騒ぎ、乱暴に荷を運ばせている。


腕を引かれ、よろめく男。


転びかけた女の背を、容赦なく蹴り飛ばす足。


それでも、誰も声を上げない。


ただ下を向き、命じられるままに動いている。


「……あそこは」


思わず、言葉が漏れる。


「近づかないで」


女の声が、短く落ちた。


「見れば分かるでしょう。迂回するわ」


言い終えるより早く、馬の向きが変わる。


そのまま、迷いなく馬を走らせた。


その背に、思わず口が開く。


「……あれが、この国なのか」


返事はなかった。


景色はすぐに、何もない土地へと変わっていく。


奪う側と、奪われる側。


その境界だけが、やけにはっきりと見えた。


——あれが、国だと。


奥歯を、強く噛み締める。


ふざけている。


無意識に、腰の袋を掴む。


中の種が、かすかに鳴った。


——武器、か。


視線を前へ戻す。


今はまだ、前に進むしかない。


***


休むことなく、馬を走らせる。


振動が、足から背へと伝わる。


感覚が、次第に鈍くなっていく。


気づけば、日が傾き始めていた。


どこまで行っても、荒野が続く。


その中で——


それは、目に入った。


小さな影。


地面に、崩れるように倒れている。


子供だ。


「……こんな場所に?」


思わず手綱を引く。


周囲を見渡す。

隠れる場所も、家もない。


——一人だ。


反射的に馬を降りようとする。


だがその前に、女の足が地面を打っていた。


迷いがない。


砂を蹴り、真っ直ぐ駆け寄る。


そのまま、子供の体を抱き起こした。


「水を」


短く言われ、慌てて差し出す。


乾いた唇に、水を含ませる。


ほんのわずか。


それでも、かすかに喉が動いた。


「……なんでだ」


思わず、口をつく。


さっきは、止めたはずだ。


あの町では、あれほど冷たく切り捨てた。


なのに——


女は、答えない。


ただ、子供を見ている。


その目は、変わらない。

冷静なままだ。


ただ、ほんのわずか、手に力がこもっている。


それを見てしまえば、何も言えなかった。


「少し休みませんか。馬も限界です。……その子も」


護衛の男が、手綱を引きながら言う。


「そうね……」


女が、ようやく顔を上げる。


周囲を見渡した。


「どこか、休める場所を探しましょう」


子供を馬に乗せたまま、しばらく進む。


やがて、岩場の陰に身を滑り込ませた。


ひんやりとした空気が、肌に落ちる。


熱を持っていた体が、わずかに緩んだ。


「周囲を見てきます」


護衛の男が、短く告げる。


「ええ、頼んだわ、カルヴィ卿」


女は頷きながら、子供を抱き上げた。


慎重に、馬から下ろす。


痩せ細った手足。

絡みついた髪。


砂にまみれたその奥に、かすかに少女の顔がのぞく。


女はそのまま、ためらいもなく膝に乗せた。


沈黙が落ちる。


風の音だけが、岩の隙間を抜けていく。


「……どうして助けたのか、って顔をしているわね」


その問いに、言葉が詰まる。


「助けたいわ。でも——限界がある」


「……そいつは違うのか?」


女は少女へ視線を落とす。


その指が、頬の砂を払う。


「……妙だと思わない?」


「妙?」


「周りに人影はない。それなのに、こんな子供が一人で倒れている」


視線が、遠くへ向く。


「——近いわ」


「山がか?」


女はただ頷いた。


沈みかけた陽が、岩肌を赤く染めていく。


影が、長く伸びる。


「……同じだな」


「何が?」


「土地だ」


視線を荒野に向ける。


「乾いてる。水もねえ。……うちと、変わらねえはずだ。それなのに——」


拳に、力がこもる。


「……違うわね」


女が、静かに継いだ。


「ああ……」


短く息を吐く。


「少しは、分かった」


腰の袋に触れる。


「これが、どれだけのものか」


女は答えない。


ただ、視線だけを向けている。


「……いつから?」


「何がだ?」


「それを、作り始めたのは」


「……気づいたら、やってた」


小さく肩を動かす。


「ここじゃ、働かねえと食えねえ」


「そう……。ずっと一人で?」


「いや……昔、育ててくれた夫婦がいてな。その人の見よう見まねだ」


視線が、自然と下に落ちる。


「……もういねえが」


女の目が、わずかに伏せられる。


風が、乾いた土をさらう。


「それでも、続けてきたのね」


「ああ」


短く返す。


「二人がいなくなっても、皆が俺を育ててくれた」


わずかに、息を吐く。


「家族みたいなもんだ」


少しだけ、口元が緩む。


「……だから、できることをやってきただけだ」


「……家族、ね」


女が、小さく繰り返す。


その声は、どこかいつもと違っていた。


「どうかしたか?」


「いいえ」


ほんのわずか、視線を逸らす。


「いい場所ね。皆、いい人ばかりだったわ」


「……警戒心は足りねえがな」


「ふふ。誰かさんに似たんでしょうね」


「……あ?」


その時——


「戻りました」


護衛の声が割り込んだ。


「すぐ近くに陣がありました。王弟派の兵かと」


「そう。王子派は?」


「確認できていません。ただ、陣の奥に山が——」


「じゃあ、王子はその先ね」


「しかし……」


護衛の眉がわずかに寄る。


「山といっても、木々はなく、切り立った崖のような地形です。身を隠して進むのは難しいかと」


「……なるほど」


女の目が、わずかに細まる。


「守るには、いい場所ね。王子は、相当切れるわ」


「……感心している場合か?」


思わず、声が出る。


「どうやって、その王子に会うつもりだ」


「問題ないわ」


女はきっぱりと言った。


「入口は限られてる。見張りも、そこに集中するはずよ。兵が寝静まるのを待って、山に入りましょう」


「まさか……正面から行く気か?」


「ええ。そこしかないもの。……馬はここに置いていくしかないわね」


「そんな簡単に——」


「簡単じゃないわ」


視線が、真っ直ぐ向けられる。


「見つかったら終わりよ。山に入るまでが勝負ね」


「山に入っても、終わりじゃねえだろ……」


「いいえ」


女は、わずかに微笑んだ。


「入ってしまえばいいのよ」


その眼差しに——


なぜか、口を挟めなかった。


思わず、視線を逸らす。


沈みかけた陽が、ゆっくりと地平に沈んでいく。


——夜が来る。

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