14.エルフ脱獄大作戦_3
「こ、これは……何がどうなってる? あの煙、毒ガスか?」
「アアラ、見事なコントロールです!」
アアラが狼狽える中、バンビが親指を立てる。
「いや、毒殺はやりすぎだろ!」
「落ち着いてください! 死人は出さないと言ったでしょう。あれは気絶しているだけで、数時間もすれば目を覚ましますよ」
「気絶……? あの一瞬で? 一体どんな魔法なんだ」
「詳しくは歩きながら話します。早急にあの衣装と魔動車を拝借しなければなりませんから」
バンビはそう言うと、丘を下りて山道へ向かった。
「やったねアアラ! すごい、かっこいい!」
ディンがはしゃぐが、アアラは真顔のままバンビの後を追う。
「説明してくれ、バンビ」
「……アアラ、“シロマヒダケ”は知っていますか?」
「ああ、刺激を与えると麻痺性の胞子を噴き出すキノコだろ? 狩りの時はうっかり踏まないように注意してるけど……」
「あの煙幕の正体は、そのシロマヒダケの胞子です」
「えっ、でも……吸ってもせいぜい手足が痺れるくらいじゃ?」
「単体ならそうですよね。ですが、あの木箱の中には大量のシロマヒダケと、少量の火薬を仕込んでありました」
「げっ……!」
アアラは絶句する。
「古い文献に“気絶玉”という兵器が載っていました。火を点けて投げると爆発し、相手を気絶させる──その原料がシロマヒダケの胞子なんです。いやぁ、過去の資料を読んでおいて本当に良かった。こんなところで役立つとは……フッフッフッ!」
誇らしげなバンビに対し、アアラは引いた目を向けた。
◆
山道に降り立つと、バンビはすぐに指示を出す。
「ディン、白いローブと仮面を拝借しましょう」
「あいよ!」
二人は気絶した者たちから衣装を剥ぎ取った。
白ローブの中身は、どこにでもいそうな中年の男たちだった。
アアラは肘で口元を押さえ、眉をひそめる。
「おいバンビ、胞子がまだ残ってるんじゃないのか? 吸って平気なのか?」
「ああ、言い忘れてました。さっきアアラに飲ませた液体、あれはシロマヒダケの抗体です。今日一日くらいは免疫があります。僕とディンも事前に飲んであります」
「……なんだ、あれかよ。まったく、抜かりないな」
バンビとディンは白いローブと仮面を身に着けた。
「どうです? 違和感ありませんか?」
両手を広げてアアラに見せるバンビ。ディンも真似をする。
だが──
バンビは背丈が足りずローブの裾を引きずっているし、ディンは体格のせいで丈が異様に短い。
仮面からは頬がはみ出し、まるで仮装大会のようだった。
「ぷっ……ごめ……ブハハハハ!」
アアラはこらえきれず吹き出した。
「おい! 何笑ってんすか!」
バンビは仮面の奥で赤面した。
「だって……ハハハハ! 似合ってなさすぎ! ダメだ、おもしろ!」
しゃがみ込んで笑い転げるアアラ。
ディンは半泣きになりながらつぶやく。
「……なんか、急に不安になってきた」
「もう仕方ないでしょう。これで行きます。……たぶん何とかなります」
バンビは不貞腐れるように言った。
「アアラ、魔動車の荷台に乗っててください。僕とディンで気絶した者を道の外へ運びます」
「了解……あー、笑った。久しぶりに腹が痛いよ、ありがとな」
アアラは謎の感謝を残して荷台に上がった。
ディンは眠り師たちを軽々と両肩に担ぎ、山道の脇の木陰へ運ぶ。
バンビも青ローブの男を両脇から抱えて道から引きずり出した。
「ふぅ……これで大丈夫かな。いや、念には念を入れておきましょうか……」
バンビはリュックを開け、中を探る。
「何探してるの?」
ディンが覗き込む。
「縄です。両手両足くらい縛っておいた方が安心ですからね」
「ほんと、何でも出てくるね! そのリュック」
ディンは楽しそうだ。
その直後──
「……何者だ……お前ら……?」
背後からかすかな声。
バンビはギクリとして振り返る。
青ローブの男が、左肘を支えに上体を起こしかけていた。
拍子に仮面が外れ、地面に落ちる。
露わになったその顔を見て、バンビとディンは凍りついた。
「何を……企んでいる……?」
「──車へ走って!」
バンビは叫び、魔動車へ駆け出す。ディンも慌てて続いた。
バンビは運転席に飛び乗り、操作盤を素早く確認する。
「これが前進……こっちがブレーキ……よし、行けるか!」
「どうした!? そんなに慌てて」
アアラが異変を察して問いかける。
「一人、意識が戻りました。まさか、あんな短時間で……」
ディンも荷台に転がり込むように乗り込み、魔動車が動き出した。
「バンビ! あいつの顔見た!?」
ディンが叫ぶ。
「はい……見ました。あれはナリル先生です」
「やっぱり! そうだと思った!」
「えっ、ナリル先生!?」
アアラが目を見開く。
ナリル──彼らの学園で歴史を教える教師。
児童クラス以来、顔を見るのは数年ぶりだが、間違いなかった。
「幸い、僕らは仮面を着けてました。正体まではバレていないでしょう。ですが……ナリル先生が、裏でこんな役目を……」
バンビの胸中に、島への不信が静かに芽生えていく。
「……なんか、きな臭いですね」
バンビは呟き、ハンドルを強く握った。
しばらく誰も言葉を発しないまま、魔動車はそれぞれの不安を乗せて坂を登る。
──白月の塔を目指して。




