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異能監獄記  作者: 濃支あんこ
12 終幕

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敬虔

 戦況を俯瞰するため、古城涼は松太郎と共に空中に投影された無数のホログラムディスプレイを睨みつけていた。餡条の手によって監視カメラの映像をジャックしたそれは、戦場を隅から隅まで映している。

 問題が起きれば適宜支援する、というスタイルで今回の現場指揮は行われている訳であるが。涼や松太郎がテキパキと凪仁のテレパシーで指示を出している最中、ホログラムディスプレイが、奇妙な光景を映し出した。


「……おろ?なんだろ、これ。ねえねえご主人ー、ちょっとこれ見てよこれー」


 最初に異変に気がついたのは餡条だった。不思議そうな顔をして、涼の名を呼ぶ。言われるがままに涼がホログラムディスプレイを見上げれば、たしかに奇妙な光景が広がっていた。


「……何これ。丹崎さんどこ見てるの?」

「やっぱり俺の見間違いじゃないよねー?サーモグラフィで見ても他に熱源反応があるわけでもないみたいなのにさー。別に直接的に危険がある訳じゃないけど、なんか不気味じゃなーい?」


 ディスプレイの中で、灰花が虚空を見上げ、何かを話している。しかしその場には彼女以外会話相手らしき存在がいないのだ。瞳はある一点を見つめているようにしか見えないくせに、そこには何もない。確かに餡条の言う通り、危険性はないが不気味の一言に尽きるだろう。

 しかしこの意見は、涼と餡条だけのものであったようで。


「……はあ。何をやっているんだ、彼は」

「へー!こんな感じだったんだ!桐子ちゃんは絶対見れないと思ってたから、結構新鮮かもー!」


 松太郎は顔を顰め、桐子は何故だか楽しそうにしていた。人によって見えるものが変わっている現状、そして噛み合わない上峰兄妹の反応。その二つは、遠回しながらも涼に答えを与えた。


「も、もしかしなくても、化野くんが突撃、した……?!え、ちょっと待って。俺まだ有明さんに出撃命令出してないんだけど。なんで?!」


 そう、涼の目には見えないだけで、その場には化野がいるのである。しかもディスプレイに投影された灰花の様子から推測するに、二人のやりとりはほとんど口論と化しているらしい。思わず涼が叫ぶと、ちょうど名を呼ばれたからかズカズカと有明が踏み込んで来た。


「そんなのこっちが聞きたいわよ!あいつあんた達が見てる監視カメラの映像を見たと思ったら、なんか一瞬で消えたんだけど?!」

「そう言われてもさあ!ていうか止められなかったの?!有明さんの異能、そういうことできるんじゃないの?!」

「できるけれど、遠隔からじゃ流石に無理よ!ていうか消える速度が早すぎて、私が異能を使おうと思った時にはもう効果範囲内からいなくなってたのよ!」

「そ、そっかあ……」


 思わず有明を責め立ててしまったが、無理筋な要求であったらしい。有明の勢いに、涼の方が圧倒されてしまう。


「わ、わかった。責任取って俺が化野くんと、あとついでに丹崎さんのこと回収してくるから!」

「は?なんであんたが行こうとするのよ。あんたそもそも戦闘系じゃない上に、なんでか知らないけど、一応旺架共々指揮官ポジでしょ。指揮官は前線に行くものじゃないのよ、私が行くに決まってるじゃない」


 たしかに有明からすれば、涼が出向くことは不可解以外の何物でもないだろう。だが化野の事情と灰花の信仰を知る涼は、そうも言っていられないのだ。だがしかし、上手い言い訳が思いつかない。

 助けを求めるように松太郎の方を向けば、涼の苦境を察してくれたのか、淡々と口を開いた。


「有明。ここは麗を信頼して、彼に任せてくれないか。麗は想果美々が引き起こした一件の際、丹崎と化野双方と少なからず関わっている。双方をよく知るものとして、彼に託してやってはくれないか」

「……」

「我ながら言い方は悪いが、相手は丹崎ただ一人である上、彼女は現在報告されているような、異能の過剰な強化による戦闘力の強化が見込めない異能者だ。化野がいる以上、戦力としては十分だろう。既に危険性はない。となると、君のような純然たる戦闘員を派遣するのは、いささか過剰反応ではないかい?」

「……はあ、わかったわよ」


 つらつらと、最初から考えていたかのように説得していく。流石の手腕である。


「これで構わないだろう?麗、配属総代(ファースト)命令だ。現場に急行してくれ」

『はてさて、化野を視認することすらできない君が、どのように仲裁するのか。期待して待っているよ』

「言われなくてもわかってるよ。あんなの、俺しか満足に対処できないし」


 松太郎の肉声と同時に放たれたテレパシーによる含みを一蹴する。手の内を細かく晒してやる気はなかった。


 たしか灰花の異能は神の声を聞くもので、その上饇稯贍娉(アスタト)教の敬虔な信者と来た。対処は涼が向かうべきであろう。……もしかしたら、前守のように、無為な時間を過ごす羽目になるかもしれないが。

 一方化野は信仰というものに対し半ばトラウマのような感情を抱いているらしい上に、異能【幽霊】としての性質は十中八九悪霊寄りだ。信仰偶像化の中でも人に害するものとして定義されるそれが、暴走した場合、果たしてどうなるのか。考えたくもない。


「行ってくるね、松太郎。任せた」

「勿論。君が有意義な成果をあげることを期待しているよ」

「もー、おねーちゃんにも行ってらっしゃいしてよー!」

「……はあ」


 好き勝手なことを言ってる桐子を適当に無視して、涼はラウンジを飛び出した。












「……っ、お前、何言ってるんだよ。神より大事な命なんかある訳ないだろ?!」

「そっちこそ何を言ってるんですか、神に命を捧げることこそ至上の喜びでしょ……ッ?!」


 涼が辿り着いた頃には、既に化野の魔の手は灰花へと迫っていた。限定拝受(リステクション)狐窓覗見(チャンネル)】霊感を一時的に付与する限定拝受(リステクション)により、化野を認識することを可能とした涼の視界にも、化野の呪いが灰花の首元へと向かっていることがしっかりと認識できる。


「ストーップ!」

「むぐっ?!」


 だから涼は、背後から灰花の身を取り押さえ、彼女を無力化した。ついでに支給されたらしい拳銃をさらりと奪い取る。相手が相手だからであろう、支給されていた銃火器すら出さずに、ただただ化野と口論を続けていたらしい。……相変わらず、というべきか。


「化野くん!勝手に飛び出しちゃだめだからね?!有明さん困ってたよ?!」

「し、仕方ねえだろ!に、丹崎が、なんかやべえこと言ってたから!見てるだけとか、できる訳ねえし!」

「丹崎さんも!このまま放っておいたら化野くんに呪い殺されてたからね?!」

「そ、それでも構いません!慈悲深き神はこの苦しみしかない世界は滅ぶべきであると、御使いを現世に使わせてまで全人類に神託をくださったのですよ?!死こそ救いであるに決まっているではありませんか!」


 化野はともかく、灰花は話にもならない。予想はしていたが、実際にこうして目の当たりにすると、多少なりとも心にくるものがあった。


「ていうか湖上は何しに来たんだよ?!俺一人で十分だっての!」

「放っておいたら丹崎さんを殺しちゃいそうだし、そもそも無駄に消耗しかねないからだよ」

「うぐっ」


 自覚はあったらしい。涼が少し言葉を続けただけで、呻き声を上げた後に押し黙る。これで、一つ目の問題は片付いた。あとは、いっとう面倒な方だけだ。


「……離してください」


 松太郎の異能が作用しているのだろう、涼に片手で両手首をぎゅ、と拘束されたまま、灰花が涼を睨みあげる。その瞳には、見慣れた重苦しい狂気が潜んでいた。

 正直、どこまで涼の言葉が届くかはわからないし、化野がいる以上、あまり細かい話はしたくない。ゆえに可能な限り化野には悟らせないように、言葉選びに気を遣いながら、説得を試みる。


「丹崎さん。君に、聞いて欲しいことがあるんだ」

「聞きたくなどありません。湖上さんも、神の慈悲を否定なさるのでしょう。どうしてS配属とI配属の方は、こんなにも物分かりが」

「違うよ。俺が今から話すのは、君にとってもっと酷いこと」

「何をふざけたことを」


 変わらず涼の言葉を聞き入れようとせず、嘲笑する灰花に、真実を突きつけた。


「【終幕(C u r t a)( i n c)(a l l)】は多分、元々二つあったんだよ。そしてその片割れは、他でもない古城海徳によって人為的に破壊されている。その時点でもう、少なくとも今回に限って言えば、饇稯贍娉(アスタト)教は【終幕(C u r t a)( i n c)(a l l)】を裏切ってる」


 彼女にとっては神の次に高名であろう、饇稯贍娉(アスタト)教開祖の名を、知らないとは言わせない。


「ッ、無礼な!開祖様を貶めるような嘘を吐くだなんて、許されざる行いですよ?!神に代わってでも、この私が神罰を」


 案の上、激昂した灰花が、抵抗を強める。その様子を、化野が理解できないものを見る目で傍観する中。涼は、言葉を紡ぎ続ける。


「嘘じゃないよ。海徳の異能は【擬人】っていう、人でないものに人の身を与える異能だったらしいんだけど、彼はそれを使って、【終幕(C u r t a)( i n c)(a l l)】を人の身に堕として、破壊したらしいから」


 実のところこれは嘘ではなく涼個人の推測でしかないのだが、そんな裏事情を灰花に伝えるはずもなく。さも真実かのように、涼は涼しい顔でつらつらと語るのだ。


「いい加減にしてください!あなたは何を根拠に饇稯贍娉(アスタト)教を貶める発言をしているのですか!」


 とはいえ、流石にこの程度で灰花が納得するとは、涼も思っていない。灰花は異能を発動し、健気にも神の声を聞こうとしているのか、灰色に染まった瞳に憎悪を滾らせる。そんな彼女の自由を奪ったまま、さて次はどうしようか、と言葉を選んでいたその時。



「いくら神子様に捧げられた偉大なる贄と似た音を持つ名だからといって、神への不け、かっ、ヒュ……?!」



 空いた片手が、反射的に灰花の首へと伸びていた。ぎゅう、と手首と同じように力を込めれば、面白いぐらい簡単に呼吸が制限されていく。命とは、こうも容易く手にすることができるものだったらしい。すわった目つきで、白い苦しげに脈打つ首を眺める。


「ちょ、湖上!お前が殺しちゃダメって俺に言ってきたくせに、何してんだよ?!」

「……あ」


 化野の制止に、少しだけ我にかえって、狼藉者を絞める手を緩める。そういえば、そうだった。

 涼にとっての常識は、おねえさまを嘲笑した相手は殺さねばならないものだけど、世間一般とかいうくだらないものにとっては違うのだった。特に今回に関しては、生捕りにしろ、だなんて指令もあるのだ。尚更殺せない。


「ゲホッ、がっ、ぁ……何を、するん、ですか。私はただ、敬虔な信徒として、当然のこと、をッ……?!」

「あーもう!どっちもどっちじゃねえのこれ?!」


 再び頭のおかしな事をほざき始めた小娘の首を絞めれば、化野が悲鳴を上げる。そのまま彼は、最早自覚を持つことすら叶わない、遠い昔の記憶を元に叫ぶ。


「たしかに生贄に偉大もクソもねえよ!てか生贄を要求してる時点でクソ!つまり俺もクソ!ってそんな話がしたいんじゃなくって……多分湖上の話って嘘じゃないだろ?!本気で神を信じてるなら、間違ってるって神に教えてやることも、信仰なんじゃねえの?!」

「ッ、神が、間違う、な、ど……」

「少なくとも俺は間違えた!間違えたんだよ!神だって人格がある以上人間でしかねえんだから!」


 話は完全に噛み合っていなかった。灰花の語る神はある種この世界における本質的な神──創造主であり、化野の語る神はヒトを祀りあげる業──人は人でしかないという話だ。視点が完全にズレているのだ、合う筈がない。……神だって人格がある以上人間でしかない、という言葉は、少なくともこの箱庭においてはある種の正論ではあるのだが。


 だが幸か不幸か、その噛み合わなさが、逆に涼の正気を呼び戻すことになった。


「まあたしかに、人格がある以上間違えることがある、ってのは真理かもね」

「ッ?!」


 だから涼は、遠慮なく灰花の顎に衝撃を加え、気絶させたのであった。説得よりも、黙らせて連れ帰る方が早いという算段である。初めからこうしていれば良かった。そうしておけば、あんな不快な罵詈雑言を聞かずに済んだというのに。


「ちょ、ま、え、ええ……?い、良い、のか?な、なんか、説得しようとしてた?みたいだし?」

「してたけど、よくよく考えたら無駄だなって。ほら、帰ろ。まだまだ仕事はいくらでもあるんだから」

「え、えー……」


 困惑気味の化野を他所に、涼は灰花を抱え、くるりと踵を返す。ひと所に止まっている暇はないのだ。その背を、化野が釈然としない顔で追う。


 チラリと振り返れば、幽霊としての彼が見える。その顔は、文字通り生気を感じられない青白さで。そしてやはり「彼」より年相応の表情をしていて。きっと、これこそが彼の望みの具現なのだろうな、とぼんやりと思った。

 やはり現人神など、あってはならないものなのだろう。


「……ていうか、湖上はさっき丹崎と何話してたんだ?俺いまいちよくわかんなかったんだけど。ていうかそもそも、なんで湖上が俺と話せて……?」

「あー、細かいことは気にしない方がいいよ。ちょっと神楽坂くんに倣っただけだし、何よりもう、終わった話だから」


 薄らと予想はしていたが、無意識かで古城、ひいては饇稯贍娉(アスタト)教を認識している為か、会話そのものを理解できていないらしい。ここまで来ると、徹底していると言わざるを得ない。

 当初の予定では、この通り、涼は化野と共に、拠点としているラウンジへと戻り、後方支援に復帰するつもりだったのである。


『麗!救援に向かって欲しい案件が発生した!』


 だがそれは、松太郎から飛んできた緊急要請によって、叶わぬ未来となったのだ。

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