呪縛
「まさか俺が生きてるうちに、こんな光景が見れるとは」
限定拝受【中継措置】をもとに、初めて(強調)上峰の領域に足を踏み入れることになった【悪魔】──始庵両吉は、素直に驚嘆した。
何せ、終幕の為に、古城と上峰が手を取り合っていたのだから。
「一体どうやったの?古城と上峰が手を組むなんて、それこそ天変地異も良いところじゃん」
「利害の一致ですよ。本来ならば文字通り死んでも協力なぞしたくない相手ですが、くだらない因縁を気にしていられる状況ではありませんから」
「なるほどねえ」
おそらく魔女は、たとえ世界の終わりだろうと、古城と上峰はいがみ合っていると思っていたからこそ、【終幕機構】を両家に設定したのだろう。故にこそ、この状況は魔女にとってすらも予想外のシナリオであるはずなのだが。
まあ、彼女はきっと想定外すらも愛すのだろう。あれは、そういうヒトだろうから。
「古城からは武装の提供を、上峰からは拝受者を含めた人員の提供を行っております」
「えぬはいぞく?も含まれてるんだっけ」
「はい。彼らは一重拝受者の中でもとりわけ弱い個体ですが、人数だけは古城とは比べ物になりませんから。神子様の祝福を授けられれば、それなりに使えるでしょう」
「肉盾ねえ」
ことのあらましは始庵も聞いている。【終幕機構】に協力するため、終幕を阻止しようと動いているI配属とS配属とやらを皆殺しにするつもりなのだと。だが、始庵からすればそれ自体がまず不思議だった。
「【終幕機構】なんだから、別にこんな面倒なことしなくても、どうとでもなるものじゃないのかな?」
「神子様のお考えにも一理あるとは思いますが、【終幕機構】本人が助力を申し出ている以上、何らかの理由があるようです」
「そりゃあ、そうなんだろうけど。うーん、微妙に腑に落ちないなあ」
そもそも始庵からすれば、【終幕機構】:魔女という名乗りそのものに思うところがあるのだが。彼らにはわからない事だろうから、口にはしない。
「【終幕機構】に何か疑問でも?」
「たしかに疑問はあるけど、協力する気がないわけじゃないよ。あれは俺の神様ではないから、あくまで必要最低限しか、関わる気はないけど」
始庵両吉。異能【悪魔】の本来の役目は【終幕機構】補佐である。だが補佐すべき【終幕機構】が損なわれた以上、もはやその役目は果たせない。
だがかと言って、代替品に尽くすほど、始庵は真面目でも、この世を愛してもいないのだ。だからただ、求められただけ、対価を渡すのみだ。
「そもそも饇稯贍娉教として、【終幕機構】に協力するのは当然でしょ。だって饇稯贍娉教が、というか海徳が古城側の【終幕機構】を破壊したんだから。なんでかわかんないけど、君たち、罪滅ぼしが大好きなんでしょ?」
「……は?」
「ああ、知らなかった?まあ言ってなかったもんな。聞かれなかったし」
惚けたように固まる前守に、淡々と始庵は言葉を返す。周囲の者達が皆、ぎょっとしたようにこちらに視線を向けるも、始庵にはもはやどうでも良い事だった。
何せ、始庵が気づいた時には、既に己が神は再起不能なまでに殺された後だったのだ。海徳に絆されたDEMが口をつぐんだ以上、始庵にはどうしようもなかった。ただ、己の存在意義に等しい役目を、未来永劫果たすことができない虚無感だけが、そこにはあったのだ。
しばらくして、まあ、一周回って魔女が好みそうな展開だな、と始庵は受け止めたのだが。
「う、海徳様が……?!」
「そんな驚くことかなあ。君たちが罪って認識してるものって、ほぼほぼ海徳のせいじゃん?今更じゃね?」
「そう、かも、しれませんが……」
古城が自らがプログラムに過ぎないという真実を暴き立てたのも、DEMを人の身に落としたのも、限定拝受の雛形を生み出したのも、【終幕機構】を破壊したのも、全て古城海徳である。今更何を言っているのやら。
「話変わるけどさ、やっぱり涼は【終幕機構】の敵にまわったか」
「ッ、も、申し訳、ございません。今すぐ当主様を連れ戻」
前守の顔色から血の気が引く。取り返しのつかない失態を犯してしまった、とでも言いたげなその態度に、始庵は淡々と慰めの言葉をかけた。
「そんなに気に病まなくて良いから。俺からすれば、予想通りだし」
「……浅学非才の身で、問うことをお許しください。何故、でしょうか」
「卑下しなくていい。これは知らなくて当然の話だからな。なんなら、理解できなくてもおかしくない」
前守のような単純な登場人物として定められた存在ではなく、システム側に限りなく近しい存在である始庵は、彼らにはない知識を持つ。ただ、それだけの話なのだから。
「まあそうは言っても、正確な理由は俺にも、というか多分誰にもわからないんだけどね。饇稯贍娉教の代表……いや、古城家の当主という生き物は、そういうものだから」
古城家。機械仕掛けの神曰く『呪われた名家』をコンセプトとした組織。「呪い」は、異能を通じて万能に至ることに対する執着心を指す。
時代が降るにつれ、呪いの形が魔女への信仰及び、システム的に正しきプログラムで在らねばならないという呪縛へと変化した今。意図的か偶然かは不明だが、その呪縛から逃れる手段が存在していた。
「ひとまず、涼にとっては、魔女様のご意思に従うことよりも、片割れと共に生きる為の絶対条件である世界の継続の方が、大切なんだろうよ」
信仰心を、罪悪感をも上回る激情。
単純故に困難なそれこそが、呪われた名家から逃れるための只ひとつの条件だ。そして幸か不幸か、この条件をクリアしたもの──してしまったものは、歴代当主のほとんどを占める。
「理解不能です」
「言っただろ?理解できなくてもおかしくないって」
呪いから逃れられる兆しもない、典型的な古城の人間には、理解できるはずもなかったが。
なんて、始庵が不毛な会話で時間を潰していると。上峰の異能者がこちらに近寄ってくる。二人組で、一人はいかついジャケット姿の少女で、もう一人は幼子のような姿をした信仰偶像化の異能者だった。見るからに不審者であり、信仰偶像化の異能者である始庵に怖気付くこともなく、少女の方が口を開く。
「初めまして。上峰の異能者側の暫定的なまとめ役を務めております、有栖美鈴奈と申します。この度は、ご協力くださりありがとうございます。後ろに控えさせているものは護衛ですので、お気づかないく」
まるでアナウンス用の機械音声かのように、感情表現に欠けるフラットな声音で、有栖と名乗った少女は語る。面白みに欠ける娘だ、と始庵は他人事のように思った。
「こちらこそ、初めまして。俺は【悪魔】。君たちの望みを叶えてあげれば良いんだよね?対価、ちゃんと把握してる?俺のぎふ……異能って、クーリングオフとかできないからさ」
「問題ありません。わたし達N配属がI配属・S配属に対抗し、【終幕機構】を防衛する為には、相応の犠牲が必要がでしょうから」
「わかってるならいいけどね」
無機的な振る舞いは、本来望まれたものではないんだけど。なんて、この場では観数の女ぐらいしか真意を理解してくれない思考は、身の内にとどめて。
始庵は、人間味のない黄金の瞳を細め、魔女の信仰の偶像、その化身として有栖に問いかける。
「君達は、悪魔に何を望む?」
人間として設定されたはずのプログラムは、極めて人間味に欠ける口ぶりで答えた。
「規格外と優等生を打ち倒す力を」




