14 嫉妬したら悪いですか?
ルイード皇子が部屋から出てきたのは、イクスが中に入ってから10分も経っていない頃だろうか。
心配でハラハラしていたから長く感じたが、実際はもっと短かったかもしれない。
カチャ……と扉が開き、ルイード皇子の姿が見えた。
廊下で待機していた私や執事、メイド達は、皇子を見て凍りついた。
お、皇子の顔が……びっっくりするほど暗いんですけど!?
どうしたの!?
目に見えて落ち込んでいるルイード皇子。
な、中で一体何があったの……!?
ルイード皇子は無理して作ったような笑顔で私達に挨拶をすると、そのままフラフラとおぼつかない足取りで帰って行った。
皇子の乗った馬車を見送り自室へ戻ると、イクスがこっそりと部屋に入ってきた。
「……ルイード様はお帰りになったんですね」
テンション下がりまくってた皇子とは違い、イクスは普段と何も変わらない様子だ。
「イクス……あなた、ルイード様とどんな話をしたの?
皇子、すごく落ち込んでいるみたいだったけど。
……もしかして、何か皇子が傷つくようなことでも言ったの?」
「皇子が傷つくようなこと……言いましたね」
イクスが先程のことを思い出しているかのように、アゴに手をあてて上を見上げながらしれっと答えた。
言ったんかーーーーい!!!
えええ!? 本当に言ったの!?
皇子が傷つくようなことを言ったの!?
「な、何を言ったの?」
「…………」
イクスが目を少し細めて無言のまま私をジッと見た。
なんだか呆れているような目で見てくるけど、そんな目をしたいのは私の方なんですけど!?
「俺が……」
「俺が?」
「……何でもないです。皇子なら大丈夫ですよ。
少しショックを受けてるだけで、きっとすぐに立ち直ります」
「ええ……そんな適当な……」
その時、部屋にいたメイド達が顔を輝かせながら声をかけてきた。
「あのお方がリディア様の婚約者、ルイード様なのですね!
リディア様と並ぶとまさに美男美女!!」
「お帰りの際には落ち込んでおられるようでしたが、それでも見惚れてしまうほどに美しい皇子様ですね!」
「とてもカッコいいのに可愛さもあって、あの宝石のような瞳に見つめられたら一瞬で恋してしまいそうです」
みんなあのアイドル皇子に見事心を掴まれているようだ。
普段わりと落ち着いているメイドたちが、キャアキャア言って盛り上がっている。
さすが私の推しアイドル、ルイード様ね!
彼の爽やかスマイルを見ていたら、きっともっと盛り上がっていたんだろうなぁ。
見せてあげられなくて残念だわ。
「あんな素敵な皇子様がいらっしゃるのに、なぜリディア様は他のお相手を探しているのですか?」
「そうですよ! ルイード様より素敵な男性なんてなかなかいらっしゃらないですよ!」
メイドたちから純粋な質問が飛び交ってくる。
……うん。まぁそうなるよね。
あんなに素敵な皇子との結婚を断ろうとするなんて、この世界の令嬢にとってはありえないことよね。
えーと、なんて答えたらいいの……。
転生してすぐの頃は、腫れ物に触るよう扱われていた私だったが、最近ではメイドたちとも仲良く話せるようになった。
それは嬉しいことなのだけど、こういう時だけは困ってしまう。
女性の集団というのは、よくわからない威圧感がある。
「えーーと、なんでって言われても……」
「リディア様は、ルイード様のことをカッコいいと思わないのですか?」
「もちろん思うわ」
「とても穏やかで優しいのですよね?」
「そうね。ルイード様は本当に優しくて穏やかよ」
「ドキドキした事とか一度もないのですか?」
「ドキドキ……それは……ないことはない……?」
「それって、もうルイード様が好きって事なのではないですか!?」
「えええ!?」
メイドたちは初の皇子登場にテンションが上がりきっているらしい。
「なんて美しいカップルなの!」とまたキャアキャア盛り上がっている。
まずい……なんかこのまま話が進んでいってしまいそうだわ。
そろそろ止めないと……。
そう思っていると、メイが彼女たちの近くで手をパン!パン!と叩きながら大きな声を出した。
「ほら! あなた達! リディア様が困っているわ!
それに、結婚のこともリディア様がご自分でしっかり考えていらっしゃるのだから、好き勝手言ってはダメよ!」
メイに注意され、他のメイドたちはみんな「はーい」と気まずそうに返事をしている。
自分以外のメイドを全て部屋から追い出すと、メイは改めて私に謝ってきた。
「申し訳ありませんでした、リディア様。
彼女達にはよく言い聞かせておきます」
「いいのよ。初めてこんな近くで皇子を見て、つい盛り上がってしまっただけよ。
それでも間に入ってくれて助かったわ。ありがとう」
「いいえ……。リディア様以上に困って……いえ。
見ていられない状況でしたので……」
メイは、いつのまにか窓際に移動していたイクスの方にチラッと視線を送っていた。
イクスはそんなメイからの同情めいた視線には気づいていないのか、少し不機嫌そうに庭を見ている。
「それでは私も一度失礼させていただきます」
メイが部屋から出て行くと、私とイクスの2人だけになった。
イクスは特に何かを言うこともなく、ずっと窓の外に視線を向けたままだ。
……なんでこんな気まずい雰囲気になってるのかしら。
本でも読もうかな……いや。その前に、もう一度ルイード皇子とどんな話をしたのか聞いてみよう。
「イクス」
名前を呼ぶと、イクスは顔を少しだけ動かして横目で私を見た。
やっぱりどこか不機嫌そうな気がする。
でも、そんな少し冷たいイクスの真顔が……その冷めた流し目が、めっっっちゃくちゃカッコいいんですけど!!!
何その色気!!!
あなた本当に18歳なの!?
あああ。この顔を写真に撮ってホーム画面で眺め続けたいくらいカッコいいわ!!
……ってまた変態ちっくな考えが!
冷たい視線にこんなに喜んでる私大丈夫か!?
「……なんですか?」
あっ!! 呼んだまま放置してたわ。
イクスが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
そんな顔もカッコい……じゃなくて。
「あの、ルイード様とどんな話をしたの?
なんであんなに落ち込んでいたの?」
「…………そんなに気になりますか? ルイード皇子のこと」
「え?」
「さっきからその事ばかり気になっているみたいですし。
優しくて穏やかな皇子を俺が傷つけたと怒ってますか?
言っておきますが、皇子に対して暴言を吐いたりなどはしていないので安心してください」
やけにツンケンした態度のイクスに、違和感を感じる。
なんだか……この拗ねたような態度って、まるでヤキモチを妬かれてるみたい……じゃない?
いつものイクスなら、こんな言い方はしないわよね?
「…………」
「……? なんですか?」
思わずジーーーっとイクスを見つめていると、また怪訝そうな顔をされてしまった。
2人の会話の内容が気になっているのは確かだけど、ルイード皇子のことだけが気になっているわけではない。
それを伝えたいとは思うのだけど、どうしてもその前に聞きたい。
「もしかして、イクス……嫉妬……してるの?」
「…………嫉妬?」
イクスの目がパチっと丸くなった……かと思ったら、少しずつ顔が赤くなっていく。
こんな真正面から赤い顔のイクスを見たのは初めてかもしれない。
かかか可愛いーーーーーー!!!
イクスの顔が赤い!! 照れてる!! 可愛いっ!!
「なに言って……っ」
めずらしく動揺した様子のイクスに、胸をぎゅーーっとつかまれてしまった。
イクスは慌てて手で顔の下半分を隠したが、焦っている瞳と赤い顔は隠しきれていない。
あああ。なんなの。可愛すぎない!?
普段クールなイクスのこんな姿、ギャップ萌えすぎる!!!
告白した時はもっと平然としていたくせに!
急に照れ顔披露するとか反則すぎる!!
きっと私は目をキラキラさせながら、それはそれは楽しそうな顔でイクスを見つめていた事でしょう。
イクスがちょっと悔しそうな顔で睨んでくる。
「……悪いですか?」
「え?」
「嫉妬くらいしますよ。好きなんですから」
「!!」
今度は私の顔が赤くなったのが自分でもわかった。
お互い赤い顔して気まずそうに見つめ合う私達。
「…………」
「…………」
「…………ちょっと走っ……訓練場に行ってきます」
「…………いってらっしゃい」
最後は、イクスが視線をそらしながらそう言ったので、私も視線をそらしながら返事をした。
お互いこの空気に耐えられなくなったのだ。
イクスと顔を合わせないまま、部屋から出て行ったのを確認すると、私は大きなため息をついてベッドに飛び込んだ。
はああああーーーー。
心臓の音がうるさい。鼓動が速すぎてなんだか呼吸がしにくい。
嬉しいような、気まずくて居た堪れないような、よくわからない感情。
ルイード皇子のことを可愛いと思う時は、もっと幸せで楽しい気持ちなのに。
なんでイクスのことを可愛いと思うと、こんなに胸をギュッと鷲掴みにされたみたいになるの……。




