13 イクス視点
エリック様と予想していたよりもずっと早くルイード皇子が視察から帰ってきた。
何も話していない状態で部屋から出されてしまったので、皇子がどこまで知っているのかが全くわからない。
エリック様は今出かけているし、大丈夫だろうか。
皇子が何を知っていて、どんな意図があってこんなに早く帰ってきたのか、これからどうする気なのか、など知りたいことはたくさんある。
たくさんあるが…………ダメだ!!
今は部屋に2人きりでいるリディア様と皇子がどんな話をしているのか、何をしているのかが気になる!!
どんな精神状態なのかわからない皇子とリディア様を2人きりにして大丈夫なのか!?
いきなり抱きしめられたり……なんてことはないとは思うが……。
体調が完全に回復してから、ルイード皇子は外見も中身もどんどん男らしく立派になった。
元からの温厚さや優しさもそのまま残っているが、今はもうただの可愛いだけの皇子ではない。
色々な汚い貴族や大人に触れ合い、それを皇子として対処するようになってからは、精神的にもだいぶ強く成長しているのだ。
リディア様の中ではまだ『可愛らしい皇子』のイメージが固定されているみたいだが、外見はともかく中身はもう十分立派な『男らしい皇子』なのだ。
リディア様がそれをわかってるようで全然わかってないから困る。
……完全にあの見た目に騙されているな。
実際にはそんなに長い時間ではなかったのだが、リディア様が部屋から出てくるまでの時間はとても長く感じた。
真っ赤な顔をしていたらどうしようという心配もあったが、部屋から出てきたリディア様は赤いどころかむしろ少し青いくらいだった。
俺に対して、何故か心配しているような同情しているような視線を向けてくる。
その視線を不思議に思いながら、俺はルイード皇子の待つ部屋の中へと入って行った。
「失礼します」
皇子は窓際に立ってこちらに顔を向けていた。
怒っている様子はなく、かといって笑っているわけでもない。
俺と2人で話がしたいなんて、なにを考えているんだ?
「リディアから半年間の猶予期間のことを聞いたよ」
皇子はフッとやわらかく笑いながら言った。
「そうですか」
……ってそれすら知らなかったのか!?
もしかして、リディア様が新しい婚約者を探してるという情報だけ聞いたりしたのか?
それなら皇子が慌てて帰ってきたのも納得だが。
「俺の誤解だったみたいで安心したよ。
……それで、もう一つ耳にした噂話があるのだが……」
「噂話?」
「君とリディアが恋人同士だという話だ」
「!!」
ルイード皇子は余裕そうな態度ではいるものの、漂ってくるオーラは決して優しいものではない。
これは……かなりこの噂を不快に思っているな。
それもそうだろう。
自分の婚約者に恋人がいるという話を聞いて喜ぶ男はいない。
……というか、そんな話をしたのはあの害虫男の前だけだぞ!?
アイツこの話を周りに広めているのか!?
遠くにいたルイード皇子にまで届くとは、一体どれだけ話して回っているのか。
害虫男はあとでなんとかするとして、ひとまず今は皇子の質問に答えないと。
「……それは、リディア様がお相手を断るための口実としてついた嘘です。
恋人のフリをしただけです」
「まぁそうだろうとは思っていたよ。
その話が本当ならば、そんなにたくさんの男性と会う必要もないからな」
…………?
わかっていたのなら、何故わざわざ聞いてくる?
何故リディア様ではなく俺に聞くんだ?
皇子は窓の外に目を向けていて、こちらを見ない。
けれど、ふぅ……と小さいため息をつきながら振り向き、俺と視線を合わせてきた。
少し前までは10cm以上離れていた身長も、もう5cmくらいしか変わらないんじゃないだろうか。
目の高さが近くなっている。
……皇子がどんどん男らしくなっていくのは、俺にとってはあんまり嬉しくはねぇな……。
そんな心の狭いことを考えていると、皇子が真剣な表情のままキッパリと言った。
「俺はリディアのことが本気で好きだ。
結婚するのは彼女以外には考えられない」
「!?」
突然の皇子からの言葉に、思わず背筋がピシッと伸びた。
なんだ!? 何でいきなり俺にこんなことを言うんだ!?
遠回しに諦めろと命令しているのか?
皇子の意図がわからず無言のまま見つめ返していると、ルイード皇子はゆっくり視線を下に向けながら、ため息混じりに力なく笑った。
「正直言うと、どんな立派な公爵子息が相手だとしてもあまり脅威ではないんだ。
俺が1番怖いのは君だよ」
「え……」
今、なんて言った?
公爵子息よりも、俺の方が脅威だと言ったのか?
ルイード皇子が!?
あまりにも驚きすぎて、何も言葉が出てこない。
アホみたいな顔で立ちつくす俺を見て、皇子が初めてくしゃっとした顔で笑いだした。
「はははっ。なんて顔をしてるんだよ。
君も驚くことがあるんだな」
「……そりゃ、ありますよ」
「突然驚かせて悪かったよ。
どうしてもそれだけ伝えたかったんだ。
俺はこの半年……いや、もうあと4ヶ月か。
この期間、リディアの恋人探しの邪魔をするつもりだからな」
とても自分勝手な発言をしているとは思えないほど、ルイード皇子は眩しいくらいの笑顔で言った。
「みっともなくても構わない。
なんとしてでも、4ヶ月後に彼女と結婚してみせるよ」
そう爽やかに言いながら、皇子は部屋の扉へ向かって歩き出した。
言いたいことだけ言って帰ろうとしているのだ。
……ちょっと待て。
この皇子に堂々とライバル発言をされたのだから、こっちもちゃんと言った方がいいんじゃないのか!?
「あの!!」
突然大きな声を出すと、皇子が少し驚いた様子で俺を見た。
「ルイード様にここまで言ってもらえたので、自分からも伝えておきたい事があるのですが……よろしいですか?」
「ああ。もちろん」
皇子は歩くのをやめ、身体ごとこちらを向いた。
その態度には威圧感などなく、優しい顔で俺の言葉をきちんと聞こうとしてくれている。
「あの……実は、俺、リディア様に好きだと伝えました」
「…………は?」
優しく余裕そうな表情から一転……皇子の宝石のような瞳が大きく開かれ、年相応の少年のような素の顔になった。
「え? だって、恋人のフリをしていただけなんだろう?」
「はい。それとは別で、俺の気持ちは伝えました」
「はあぁ!?」
もう完全に『皇子』ではなくただの17歳の『少年』だ。
あまりの驚きとショックで、皇子として繕うのを忘れてしまっている。
皇子はガクリと肩を落とし、頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。
「ウソだろ……」
真っ青な顔でポツリと呟く皇子。
こんなルイード様の姿は初めて見る。
おそらくリディア様ですら見たことはないのではないか?
ちょっとおもしろ……皇子もこんな状態になるんだな。うん。
「そ、それで、リディアからの返事はなんて……?」
皇子が不安そうに聞いてくる。
「受け入れてもらえました」と冗談を言いたい衝動に駆られたが、おそらく今この皇子に冗談は通じないだろう。
冗談です! なんて言ったら、そのまま牢屋行きかもしれない。
「まだ返事はもらえていません」
「そ、そうか……」
正直に答えると、あきらかに皇子はホッとして胸を撫で下ろしていた。
そして少し落ち着いたのか、胸に手を当てながらもなんとか立ち上がった。
「まさかそんなに早く動いているとは思わなかったよ」
皇子がジトー……とした恨みがましい目で俺を軽く睨んでくる。
「時間がないですからね。
こちらも、あと4ヶ月以内に振り向いてもらわなければいけないので」
「!!」
「申し訳ないですが、俺は俺で頑張らせていただきますから」
「……言うね」
引き気味に笑って、皇子は大きく長いため息をついた。
「はぁぁーーーー……。
まぁ、君の今の状況を正直に話してくれたことは感謝する」
「どうも」
足元がおぼつかないのか、少しフラフラしながらルイード皇子は部屋から出て行った。




