12 皇子は相変わらず優しいですね……あれ?
「リディア!」
木の木陰に座っていた私は、こちらにかけ寄って来るルイード皇子を見て急いで立ち上がった。
忙しくてなかなか会えていなかったので、皇子を見て単純に驚いた。
皇子、背が伸びてる……!!
会うたびに少しずつ伸びてるとは思っていたけど、成長期の男ってすごい!
ルイード皇子が目の前に来ると、より一層その差がわかる。
王宮のパーティーの頃は5cmくらいしか変わらなかったはずの身長差が、今では15cmは違うのではないだろうか。
背の高いイクスほどは見上げないが、それでも見上げるようになったことに驚きだ。
「久しぶりだね。元気だった?」
春の風の如し微笑む皇子は、相変わらず爽やかで可愛いままだ。
背が高くなっても可愛さは変わらないわね!
大人っぽくなってカッコ良さも出てきて、どんどん最強アイドルになっていくわ!!
「お久しぶりです、ルイード様。
もう視察からお戻りになったのですね」
「ああ。その……向こうでよくない噂を聞いてな……。
リディア、今話したいんだが大丈夫か?」
「もちろんです。
お部屋を用意させますね」
私がそう言うと、執事のアースがすぐに「少々お待ちを」と言って屋敷へと入って行った。
その場にいるのは、私とイクスとルイード皇子の3人だけ。
しーーーーん……とした空気が流れている。
…………ん? なんだこの気まずい空気は。
「ル、ルイード様はいつ王宮にお戻りになったのですか?」
「え? あ、ああ……実はまだ王宮には戻っていない。
どうしても君に聞きたいことがあって、先にこちらに来てしまったからな」
「ええ!? 大丈夫なのですか?」
「話が終わったらすぐに戻るから平気だ。
……イクス。リディアとの話が済んだら、君とも2人で話したい。いいか?」
「……はい」
突然名前を呼ばれたイクスは、少し驚いた様子で返事をしていた。
イクスとルイード皇子が2人で話すですって!?
大丈夫なの? この2人はあまり仲良くないのに……。
誘拐されて助けられた時、サラを連れて行け問題で2人がバチバチしていたのを思い出す。
今はバチバチという雰囲気ではないが、お互いのお互いを見る目にはあまり温かさは感じない。
どこか不穏な空気を感じるというか…………あっ!!
そういえば、前にルイード皇子はイクスに嫉妬してると言ってたことがあったわ!
イクスも、もしかして私の婚約者であるルイード皇子に嫉妬すること……あるのかな?
この状況って、いわゆる三角関係とかいうやつでは!?
……いや。ちょっと待って。
恋愛初心者の私にはそんなのキャパオーバーなんですけど。
三角関係とか憧れてたはずなのに、こんなに居心地の悪いものなの……?
ルイード皇子もイクスも黙っているし、この空気の中私から出す話題なんて何もない。
アースが戻ってくるまで、私たちは黙ったまま立ち尽くしていた……。
部屋の準備が整ったと案内されたのは、普段婚活……男性との顔合わせで使ってる部屋ではなく、もっと広く豪華な部屋だった。
皇子であるルイード様をお通しするとなると、やはりそれなりのお部屋でないといけないらしい。
「話はリディアと2人でしたい。
他の者は呼ぶまでは入ってこないように」
ルイード皇子にそう言われ、イクスやアース、メイド達はみんな部屋から出て行った。
広い部屋にルイード皇子と2人きりだが、皇子は窓の外を見ていてこちらを見ない。
「ルイード様? 座らないのですか?」
窓際に立っている皇子の元へ近寄るとパシッといきなり手をつかまれた。
先程までは平然としていた皇子の顔が、辛く悲しそうな顔になっている。
「リディア……あの………………」
皇子は何かを言おうとしているのだが、なかなか言えないようで言葉に詰まっている。
きっと婚活のことについて聞きたいのだろう。
私から言った方がいいのかな?
「ルイード様、私とルイード様の婚約について……猶予期間のことでしょうか?」
「猶予期間……?」
「……? え? 猶予期間の事はご存知ないのですか?」
皇子は大きな瞳をさらに丸くして、私を見つめてきた。
この部屋に来て、初めて皇子と目が合った……と思ったが、またすぐにそらされてしまった。
「俺が聞いたのは、リディアが……その……新しい婚約者を探していると……」
顔を横にむけて、うつむきながら皇子が呟いた。
うん。なるほど。
猶予期間のことも何も知らない状態で、私の婚活の話だけ聞いたのね。
…………それって私、ただの浮気女じゃん!!
婚約者がいるのに他の婚約者を探すなんて、とんだ悪女だわ!!
だからルイード皇子はこんなにショックを受けた顔をしているのね。
「それは……正しくもあり、少し違うと言いますか……」
「誤解なのか!?」
ルイード皇子の顔がぱぁっと輝いた。
ああっ。なんだか期待させてしまった!
誤解といえば誤解だけど、その通りといえばその通りなんです!
ごめんなさい!
「ルイード様! 最初から……ちゃんと説明させてください!」
私は陛下とのやり取り全てを正直に話した。
皇子の期待に輝いた瞳が、話を聞くにつれてどんどんと暗くなっていく。
「じゃあ……半年以内にリディアに好きな相手ができなければ、俺と結婚する。
もし相手が見つかったら、婚約解消……ということか?」
「はい。そうです」
「まさか……そんな話になっているとは……。
だから突然俺に長期の視察に行けと言い出したのか」
ルイード皇子は、私が好んで他の男性に会っているのではないとわかって安心したようだが、陛下の提案に関してはショックを受けているようだ。
ショックというよりも……なんとなく怒りのオーラが出ている気がするが……。
頭を抱えてしまったルイード皇子を見守っていると、不意に皇子と目が合った。
一度離していた手を、もう一度優しく握られる。
いつもよりも少し近い距離で、前よりも少し高い目線のルイード皇子に真剣に見つめられて、緊張で身体が動かなくなる。
「……リディアは、やはり今でも俺とは結婚したくないのか……?」
「……っ」
切なそうな……悲しそうな皇子の声。
暗く滲んだその瞳に、胸が締めつけられた。
私がルイード皇子と結婚したくないのは、単純に王宮に嫁ぐのが嫌だからだ。
ルイード皇子が嫌とか思ってるからじゃない。
だから「そんな事ない」と言いたい。
言ってあげたい。
でも……もし私がルイード皇子のことを本気で好きだったら、王宮とか皇子とか関係なく結婚したいと思うのかもしれない。
どうしよう。なんて答えればいいんだろう……。
「…………」
「……ごめん。答えにくい質問だったよね。
もう答えなくていいから、そんな困った顔しないで」
「ルイード様……」
皇子は少し泣きそうな顔で笑ったあと、私の頭をポンポンと優しくなでた。
黙ってしまった私のことをすぐに気遣ってくれるなんて、やっぱり皇子は優しいな……。
自分も困った顔をしているのに。
ルイード皇子は、いつも自分よりも私を優先してくれるのよね。
そんな事を考えていると、ルイード皇子は私の頭をなでていた手を離さないまま顔を近づけて、急に堂々とした態度で言った。
「でもこれだけは覚えておいて。
俺はリディアのことを簡単に譲る気はないし、引く気もないから」
「え?」
つい先程までの悲しそうな顔はどこへやら、皇子はなにか吹っ切れたかのようにニコッと爽やかに笑った。
「リディアはリディアで好きに行動してもらって構わないよ。
それが陛下との約束でもあるだろうし。
ただ、俺は俺で好きに動くけどね」
「す、好きに動く……とは?」
「え? それは秘密」
そう言うと、ルイード皇子は今日1の最高の可愛い笑顔を披露した。
おかしいな。
いつものように爽やかな笑顔なのに。
爽やか100%の可愛いアイドルスマイルなのに。
背中が冷んやりしてしまうのは何故なの……。
それに、自分のことより私を優先してくれるはずの皇子はどこいった?
「あまり時間がないから、イクスを呼んでもらっていいかな?」
「あ、はい……でも、あの、私も同席してもよろしいですか……?」
イクスとルイード皇子を2人きりにさせるのはやっぱり不安なので、そう提案してみたのだが……これまた不自然なほどの爽やかな笑顔で断られてしまった。
「ごめんね。今回は彼と2人で話がしたいんだ。
ちょっと君たちの噂について確認したいだけだから」
「わ、わかりました……」
噂?? 私とイクスに噂があるの?
なんのことなのか聞きたいけど…………うん。
皇子のオーラが尋常じゃなく黒く感じるわ。
やめておきましょう。
これはきっと触れてはいけないやつだわ。
私は部屋の外で待機していたイクスとチェンジして廊下に出た。
イクスは特に気まずそうな様子もなくスタスタと部屋の中へ入って行った。
2人の話し合い……喧嘩なんてしませんように。




