44話:黒いスーツ姿の男性
「馬鹿もん!! キッチンを爆破させる奴があるか!!」
爆音によって目を覚ましたらしい。
2階から慌てて降りて来たおじいちゃんが、黒焦げとなったキッチンを見て怒りを顕わにした。
加えて、少し遅れて降りて来たセクハラ医者のコノハも、様変わりしたキッチンの惨状をその目で確認。
「あらら、新入りがいきなりやってくれたな。こりゃあテテフの治療費100万にプラスして、キッチンの修繕費も請求しねぇと」
「え? パルフェの胸を揉んだから、治療費はタダじゃないの?」
「馬鹿かテメェ。胸を揉んで治療費がタダになる世界が何処にあるんだよ?」
お前正気か? という視線を向けてくるコノハ。
むしろその視線はボクが返したいところだけど、彼女はおじいちゃんの顔色を見た後、「触らぬ神に祟りなし」と早々に2階へと戻っていく。
何とも薄情な医者だ。
人間性を疑ってしまうけれど、それよりも問題なのは、額にピキピキと血管が浮かび上がせるおじいちゃん。
年も年だろうし、あまり血圧を上げるのはよろしくないと思うものの、それを言える立場に無いのが辛いところ。
「肉を焼こうとしてキッチンを爆破じゃと!? 何をどう間違えたらこうなるんじゃ!! お主はこの隠れ家を爆破解体でもする気か!? キレるぞ!?」
「もう既にキレてるけど……」
「黙らっしゃい!!」
「うっ」
あまりの迫力にボクの肩がビクッと震えた。
それを後ろから見ていたテテフが、ボクを盾にこっそりと顔を覗かせる。
「ゴメン、じじい。アタシが肉食べたいって言ったから……」
「あーいや、お前さんに怒っとるんじゃない。ワシはこやつに怒っとるんじゃ」
「そうか……ならいいや」
(えっ、いいの?)
ホッと安堵の表情を浮かべるテテフに戸惑うも、当然のことながら彼女に非は無い。
責任があるのはボク一人だ。
そしてこのやり取りの間に、ボクがコッソリ“逃げよう”としたのが失敗だったのだろう。
気付かれないよう静かに後ろへ下がったボクの前に、いつの間にかおじいちゃんが立っていた。
ニッコリと、満面の笑みを浮かべているのが逆に怖い。
「一体何処へ行くつもりじゃ? お主はこれより、ワシと出かけるんじゃ」
「へ?」
■
断れる雰囲気でもなかった。
半ば引きずられる形で強制的に外へ連れ出されたボクは、無言のまま先を行くおじいちゃんの後に続く。
隠れ家のあった細い路地を進み、一回り大きな路地に出るその手前で、おじいちゃんがピタリと足を止めた。
こんな何でもない場所で何を……と思ったところで、ボクに“一枚のカード”を差し出す。
「この街にいる間は肌身離さず持っておれ」
「何コレ。列車の切符?」
「間違いではないが、正しくは入場許可証じゃ。これがあれば列車にも乗れるし、街中で警備兵に声を掛けられても捕まることは無い。お主だけ持っておらぬようじゃから渡しておく」
そう口にするおじいちゃんの顔からは、既に怒りの色が消え失せている。
怒った顔を向けられるよりはマシだけれど、怒りが覚めるにしては少々早過ぎる気もして逆に怖い。
「貰っていいの? 確か40万くらいするんでしょ? パルフェが列車に乗る時に、乗車賃にプラスしてそのくらい払ったし」
「構わん。これからお主には馬車馬のように働いてもらうからな。その前金と考えれば40万くらい安いモノじゃ」
「えぇ、ボクにどれだけ働かせる気なのさ?」
「何じゃ、地獄に送り返されたいか?」
「い、いえ。一生懸命頑張らせて頂きます……」
悲しいかな、最強の脅し文句を口にされたらそう返す他ない。
一体どんな仕事を押し付けられるのか、戦々恐々とし始めたところで。
「おい貴様、見かけない顔だな」
不意に声を掛けてきたのは、近くを通りかかった警備兵。
昨日ここに来たばかりのボクを、ジロジロと怪しそうに睨んでいる。
「貴様、入場許可証はあるのか? 持ってないなら不法侵入で捕まえるぞ」
「も、持ってるよ」
持ってるというか、先程おじいちゃんから貰ったばかりだ。
貰いたての入場許可証を手渡すと、警備兵はこれまたジロジロと、明らかに訝しむ目で入場許可証を睨み始める。
あまりの疑いっぷりに偽造を疑ってしまったけれど、どうやら正規の代物であることは間違いないらしい。
「ふんッ、本物か。もういいぞ、行け」
入場許可証をポンと投げ捨て、警備兵は偉そうに去ってゆく。
ボクは「嫌な奴」と思いながら入場許可証を拾い、そして気持ちを切り替える為、改めておじいちゃんに向き直る。
「それで、これからボクは何処に連れて行かれるの?」
「下のゴミ山じゃ。生身で崖から飛び降りるか、列車で螺旋街道を降りるか。どちらがよい?」
――――――――
3000メートルの高所からダイブを決め込む訳もなく。
広場を通って駅に辿り着いたボク等は、間もなく出発する朝の便に乗車した。
座席は既に7割方埋まっている為、最終的には満席に近い乗車率になるだろう。
出発までは残り数分。
おじいちゃんに何か質問でもしようかなと考え――そのタイミングで“地面が揺れる”。
「むっ!?」
いち早く気付いたのはおじいちゃんだ。
続けてボクも“そいつ”に気付く。
というか視界に捉える。
ホームを挟んだ駅前の広場、そこに現れた巨大な瓦礫の塊に。
「アレは……廃棄怪物!?」
瓦礫の身体で構成された、無機物の動く怪物:廃棄怪物。
ゴミ山で辛うじて逃げ切った相手が、どういう訳か3000メートルの高所にあるベックスハイラントに現れていた。
(――いや、ゴミ山で見た奴とは別か?)
完璧に覚えている訳でもないけど、身体を構成する部品が違う気がする。
下のゴミ山ではなく、街のゴミから生まれた可能性が高い、という考察は後回しにするべきか。
「おいッ、廃棄怪物がいるぞ!! 下から登って来たのか!?」
「そんなの今はどうでもいいだろ!! 皆逃げろ!!」
「俺が先に列車を出る!! 退けお前等!!」
「まずは私を逃がしなさいよ!! 」
「うるせぇテメェ等、そこを退け!!」
突然の出来事に客車内は騒然。
廃棄怪物がいる駅前広場よりも、余程この車両の方が騒然としていた。
もう少し他人を思いやる気持ちを持って欲しいところだけれど、逃げ場も限られたこの空間では致し方ない事か。
スッと、ボクは隣に視線を移す。
「今のボクじゃ厳しい相手だけど、おじいちゃんなら楽勝だよね?」
何せ『Fantasy World (幻想世界)』の覇者:魔人と互角に渡り合った老人だ。
これ以上頼りになる存在はいないし、当然ここはおじいちゃんの出番だと、そういうものだと思っていた。
深い皺が刻み込まれた口から、こんな言葉を聞くまでは。
「いや、何もせんでよい」
「……え?」
聞き間違いか?
自分の耳を疑ったものの、おじいちゃんはもう一度「何もせんでよい」と繰り返す。
「いやいや、何もしないでいいって、ここままじゃあ街が滅茶苦茶になっちゃうよ?」
「そうはならん。このベックスハイラントは“そうならないようになっておる”からな。今にわかる」
「今にわかるって言われても……」
廃棄怪物はかなり強力な化け物だ。
一般市民が太刀打ちできる相手ではなく、警備兵が駆け付けたところで時間稼ぎにもならないだろう。
このままでは街が廃棄怪物に破壊されるだけで、死人が出たって何らおかしくない。
事実――。
「きゃッ!?」
広場で逃げ惑っていた一人の女性が地面に倒れた。
高級そうな高いヒールが仇となり、石畳に躓いたのだ。
そんな彼女目掛け、廃棄怪物が瓦礫の腕を振り上げる!!
(くそッ、もう間に合わない!!)
動き出すのが遅過ぎた。
この状況を自分でどうにかしようとせず、他人に任せようとしたボクが間違っていたのだろう。
わかっているのは既に「手遅れ」だということだけ。
傍観を決め込んだおじいちゃんと、そんなおじいちゃんに頼ろうとしたボクの甘い考えで、彼女は命を落としてしまう。
この結末はもう変えられない――そう思っていたボクの視界で。
廃棄怪物の腕が「ガシャンッ」と崩れ落ちる!!
「ッ!?」
呆気なく崩落した廃棄怪物の腕。
その無骨な瓦礫の先には、“黒いスーツ姿の男性”が立っていた。




