43話:獣人族の少女:テテフ
~ おじいちゃんの話を聞いた翌朝 ~
「チュンチュン」と鳴く鳥のさえずりが、眠りについていたボクの意識を呼び起こす。
パチリと瞼を開くと、目の前にパルフェの顔があった。
(お?)
スヤスヤと気持ちよさそうに眠る天使族の少女。
その顔から視線を下にズラすと、牛柄のパジャマがはだけた彼女の素肌が見えている。
「全く、パルフェは随分と寝相が悪いね」
昨夜、ボク等は与えて貰った1つの部屋で、2つ用意されていたベッドで各々眠りについた。
それなのにこの状況は、パルフェが寝ぼけてボクのベッドに侵入してきたらしい……と思ったら“逆”か。
ベッドの位置から逆算するに、ボクが寝ぼけて彼女のベッドに侵入していたことが発覚する。
(……よし、何も見なかったことにしよう)
寝起きで寝ぼけて何も見なかったボクは、寝ぼけた頭のままグルリと部屋の中を見渡す。
改めて見ても“不気味な部屋”だ。
絨毯の敷かれた床は波打ち、天井には蜘蛛の巣が張っている。
壁にはあちこちにヒビが入り、所々空いた穴は今にも幽霊が出て来そうな雰囲気を醸し出している。
飾りとして備え付けられている大きな絵画も、これまた絵の具が剥がれているため何の絵かすら判別がつかない。
「ボクが言うのも何だけど、中々に酷い部屋だよね。タダで泊まらせてもらってるし、文句言える立場でもないけど……」
パルフェと同室とはいえ、ベッドのある部屋を与えて貰っただけマシだろう。
ジーザスへの復讐を果たした今、ボクの新しい生活はここを拠点に始まるのだ。
“まずは『地球』を目指す、それが当面の目的だと理解しておけ”
――昨夜、おじいちゃんは言った。
とっくの昔に消滅したと思っていた旧世界:地球。
そこにひっそりと眠っている、新世界を創造する神の“魂乃炎”:『世界管理術』の取得が組織の目的だと。
(今思い出しても、嘘みたいな内容だったな……)
わざわざ嘘の話をする為に、おじいちゃんがボクを助けたとは思わない。
思わないけれど、本当の意味で信じるにはあまりにも証拠が無さ過ぎるし、結局おじいちゃんは「詳しくは追々じゃ」と話を切り上げた。
正直、話の内容としては不完全燃焼的な感じもあったけれど、移動に次ぐ移動でボク等が疲れていたのも事実。
加えてパルフェは「えっ、お部屋くれるの? しかもドラの助と相部屋!? やったー!! ――えっ、仕事もしなくていいの? ひゃっほ~~ッ!!」と喜んでいたので、特に現状への不満も無いのだろう。
薄々気づいていたけれど、彼女は随分と能天気な頭をしているらしい。
(これまたアホそうな……じゃなくて、幸せそうな寝顔してるね。まぁここに来るまでかなり頑張ってたし、しばらくはゆっくり休んで貰おう)
起こすことも躊躇われる寝顔を前に。
ボクは静かにベッドを下り、そのタイミングで「ぐぅ~」とお腹が鳴る。
思い起こせば、昨日は何も口にしないまま疲労を重ね、部屋に入った途端に速攻で眠りについた次第だ。
「キッチンに行けば何かあるかな?」
――――――――
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――
―
朝を迎えても薄暗く、相変わらず不気味な螺旋階段を降りて1階奥のキッチンに向かうと――いた。
パルフェが苦労してここまで運んで来た「獣人族の少女」だ。
褐色の肌に獣の耳、そしてモフモフな尻尾を持つ少女が、何故か冷凍されたブロック肉を両手に持ちながら、キッチンに入って来たボクを見てパチパチと瞬きを繰り返している。
その瞬きに合わせて獣の耳がピクピクと動いているのか面白いけれど、それを面白がっている場合でないことは重々承知。
「「………………」」
予期せぬ邂逅に互いがしばし無言となる。
もしもの話をすれば、ここで挨拶の一つでもしていれば「違った結果」になっていたかもしれないけれど、それは机上の空論。
結論から述べると、ここで「はてさてどう声を掛けたものか」と悩んでしまったのが裏目に出たらしい。
「ねぇ――」
徐に手を伸ばした途端、不意に少女の“髪の毛が逆立つ”。
直後、冷凍のブロック肉を投げて来た!!
■
キッチンの様子は一変していた。
あちこちに食器・調理器具が散乱し、数分前と比べて悪い意味で様変わりしたキッチン。
そこに立つ獣人族の少女が、相変わらず冷凍のブロック肉を両手に持ったまま、しょぼんとした顔をボクに向ける。
「……さっきはゴメン。気が動転してた」
「そんなに気にしなくていいよ。慣れない家でいきなり男と出くわしたら、そりゃあ警戒するよね」
つい先ほどだ。
冷凍のブロック肉や包丁、お皿を次々と彼女から投げ付けられたのは。
その攻撃を全て避けた後、ボクは戦う意思がないという意味を込めて、片手ながらも降参のポーズを取った。
それで警戒しつつも攻撃を辞めた彼女に、昨日の経緯 = 気絶していた彼女をここまで運んで来たことを伝え、その話を聞いた彼女が素直に謝ったという次第。
あまりにもしょぼんとしているので、逆にこっちが悪いことをした気分になってくる。
「本当に気にしなくて大丈夫だよ。怪我も無かったし、キミが元気そうで何よりだから」
「そうか、なら気にしない」
おっと、思ったよりも切り替えが早い。
少しくらい気にして欲しかったけれど、話を掘り返すのも野暮というモノか。
「まぁ実際にキミを運んだのは、ボクじゃなくてパルフェっていう子なんだけどね。まだ上で寝てると思うから、起きてきたら声でもかけてみて。ちなみに手当をしたのは――」
「知ってる。コノハはいい奴だ」
「え、そう?」
「さっきお風呂に入れてくれた。髪も綺麗に洗ってくれた。いい匂いもするし、アイツはいい奴だぞ」
「……そっか」
そこまで言われたら否定は出来ない。
昨日はボクに「殺すぞ?」と発言し、パルフェにはセクハラをした彼女だけれど、人としてちゃんと出来ている部分もあるらしい。
思えばボク等の着替えも用意してくれてたし、最初の印象がアレだっただけで案外まともなのかも知れない。
(それにしても……随分と見違えたなぁ。単純に綺麗になってる)
これが何の話かと言えば、無論のことながら獣人族の少女の話。
コノハの服でも借りたのか、今はぶかぶかながらも普通のTシャツ姿で、昨日の「服」か「ボロ布」かわからない姿と比べたら天と地ほどの差がある。
ボサボサだった身長と同じくらい長い髪も、今は風呂上がりなのも相まってかサラサラで艶やか。
艶の無かった獣の耳も、そして尻尾も、今は見違えるほどにフサフサしていて、触っていいならちょっと撫でてみたいなーと思いつつ。
自己紹介としてボクの名前を教えると、彼女も自分の名前を教えてくれた。
「えっと……テテフだ。……うん、そうだ」
「自分の名前なのに、随分と曖昧な感じだね」
「だって、ずっといなかった。名前を呼ぶ人なんて」
「………………」
言葉に詰まる。
名前を呼ぶ人がいないということは、つまりそれは――。
「お父さんとお母さんは?」
「死んだ、2年前に」
「友達は? 親戚の人とか」
「いない。ずっと一人だった。ゴミ山でずっと、隠れて生きてた」
「………………」
相変わらず言葉に詰まる。
“こんなにもサラッと言う”のか。
普通の女の子だったら、悲劇のヒロインの如く振舞っても許されるような境遇を、まるで何でもないかのように。
「お前、この肉焼けるか?」
「ん?」
「肉、食べたい。でも焼き方がわからない。あのコンロ(?)ってやつ、どうやって使えばいいんだ?」
「えっ、朝っぱらからお肉が食べたいの? それもこんなブロック肉を?」
「食べたい、肉は大好きだ。でもずっと食べてない」
そう言って冷凍のブロック肉を突き出すテテフの口から、涎がツーっと垂れ始めている。
もう我慢出来ないと言わんばかりの顔を前に、彼女の願いを拒否することはどうやったって憚られた。
「しょうがない、ボクが焼いてあげるよ。ちょっと離れてて」
「おい、コンロはあっちだぞ?」
「大丈夫、コンロを使わなくても肉は焼けるから」
「火が無いのにどうするんだ?」
「まぁ見てて」
テテフの小さな手から冷凍のブロック肉を受け取り。
ボクとお肉を不安げな目で交互に見る彼女に見守られながら、身体に溜めた“地獄の熱”を左手に集中させる。
「お前ッ、身体から煙が……」
「大丈夫、ボクを信じて」
正直、コンロの使い方なんてボクも知らないけど、“これ”で肉を焼けば問題無い。
右腕が無くても、まだまだボクはやれる筈だ。
この左腕一本で――
「“火葬地獄”!!」
――結果。
地獄の熱を暴発させたボクは、キッチンもろとも爆破させてしまった。




