26話:銃声
完全に想定外の事態。
コロッセオを去った魔人はボクの優勝を認め、観客達は場を荒らしたダンガルドを次々と責め立てる。
ここで彼が大人しく引き下がれば「万事解決」といった訳だが、この状況を認められないダンガルドは遂に業を煮やした。
「全員ぶっ殺してやるッ!!」
力任せに包帯を引きちぎり、彼は背中から“マシンガン”を取り出す!!
(ちょッ、本気!?)
問うまでも無い。
ダンガルドが一切の躊躇い無く、客席に向けてマシンガンをぶっ放した!!
「死ねぇぇぇぇええええーーーーッ!!!!」
コロッセオに轟く無数の銃声。
時を同じくして響く無数の悲鳴。
「「「うわぁぁぁぁああああ~~~~ッ!!??」」」
剣舞会の会場コロッセオは、一瞬にして騒乱の渦と化す
「退けよ馬鹿!!」
「テメェこそ退けよ!!」
「誰よ踏んだの!!」
「ぎゃああああッ!!」
観客達は逃げ惑い、ぶつかった相手を罵りながら我先にと出口へと向かっている。
正直あまり印象の良い観客達ではなかったけれど、このままダンガルドの暴挙を放っておいていい道理は無い。
「“鎌鼬”」
「ぐッ!?」
斬撃を飛ばし、マシンガンを弾く!!
こうして生まれた数秒の隙で、コロッセオにいた屈強な警備員が5人がかりでダンガルドを取り押さえる。
ひとまずはこれで安心だけれど……僅か数秒で、客席はかなり悲惨なモノに様変わりしていた。
暴動でも起きたのかと錯覚するほど物が散乱し、人が倒れ、中には血を流している人もいる。
狭い通路の出入り口には未だに人が殺到しており、ダンガルドが捕らえられた事に気付いている気配もない。
彼等の頭は「自分が真っ先に逃げる」ことで一杯なのだろう。
人が殺到するその人混みの中にも、倒れている者が見受けられる。
(結構な人数が倒れてるね。死者が出なければいいけど……ん?)
「離せボケが!! このままじゃ俺の気が済まねぇんだよ!!」
5人がかりで取り押さえられているのに、尚もダンガルドが抵抗し、暴れている。
魔人より小さいとはいえ、それでもはやり3メートルの巨体は脅威だ。
またマシンガンをぶっ放されても困るし、ここはボクも加勢に行った方がいいかもしれない。
「パルフェ、ちょっとアッチに行ってくるね」
「えっ? アッチってどっ――」
「全部テメェ等のせいだッ!!!!!」
――銃声が鳴った。
連続するマシンガンの銃声ではなく、単発の銃声。
それがピストルかリボルバーかは、最早この際どうでもいい。
「ゲホッ」
パルフェが口から液体を吐いた。
蜂蜜色でも何でもない、真っ赤な液体を。
「……パルフェ?」
「ゴフッ」
返事の代わりに、彼女が再び赤い液体を吐く。
その液体がボクの顔に付着し、それを指でなぞる。
赤い液体の付着した自分の指を見て、それが血だと理解した。
それでようやく、彼女の黒いロングニットに“穴が開いている”ことに気が付く。
(ッ――!?)
振り返ると。
警備員に抑えられながらも、銃を片手にこちらを見定めるダンガルドの顔があった。
「ハハッ、やったぜ、やってやった!! ハーッハッハッハッッ!!!!」
もう一丁銃を隠し持っていた彼は、まるで狂ったように高笑いを繰り返している。
……いや、もう既に狂っていたのだろう。
血走った彼の目は既に焦点が合っていない。
「危険だ!! 撃ち殺せ!!」
警備員の一人が叫び、すぐさま複数の銃声が会場に響く。
ダンガルドの命がまだあるのか、それとも無いのか、そんなことは捨てたゴミくらいにどうでもいい。
「……あれ? もしかして、私って……運が悪いのかな?」
口から血を吐きながら、パルフェが力無く倒れてくる。
ボクはそれを受け止め、ゆっくりと仰向けに寝かせた。
「ねぇドラの助……」
「喋らないで!!」
「……疲れたでしょ? 蜂蜜……舐める?」
「馬鹿言ってないで黙ってて!!」
喋る度に口から血が溢れてくる。
すぐに医療班を呼んでこようかとも思ったけれど――でも、辞めた。
もう遅い。
彼女の瞳から生気が消えている。
一時は煩わしいとさえ感じていた声が、今はもう聞えない。
既に呼吸が無い。
心臓が脈を打っていない。
その胸が一切の上下をしていない。
「パルフェ、返事して?」
「………………」
返事は無い。
死んだのだ。
「パルフェ?」
「………………」
わかっている。
死んだのだ。
「……パルフェ?」
「………………」
――死んだ。
死んだ。
死んだ。
彼女は死んだ。
死んでしまった。
ボクの目の前で、彼女は死んだ。
まだ、約束も果たしていないのに――。
“『AtoA』で一番強くなって?”
「……ッぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
絶叫と共に、ボクの身体が地獄の業火に包まれた。




