25話:魔人の決断
肩を怒らせ、物凄い気迫で一人の男が舞台に上がって来た。
決勝トーナメントの1回戦目でボクに負けた、ドワーフ族の大男:ダンガルドだ。
全身に包帯を巻いた痛々しい姿ながら、そこから滲み出る覇気はボクと戦う前と同じか、もしくはそれ以上か。
あまりの「圧」に、彼の登壇を邪魔する者は誰一人としていない。
パルフェが短い悲鳴を上げ、サッとボクの後ろに隠れる。
「テメェ等ッ、剣舞会を汚すんじゃねぇよ!!」
ただ一言。
ボク達にそう叫んでから、ダンガルドは実況席の魔人を睨み上げる。
「おい魔人ッ、こいつ等は卑怯な手を使ったに違いねぇ!! どうして締め上げて調べねぇんだよ!? 絶対に何か隠してるだろうが!! それに――」
ギロリ!!
ダンガルドが睨んだのは、ボクでもパルフェでもなく会場の観客達だった。
「クソみてぇな観客共ッ、テメェ等もだ!! その目はただ飾りか!? それとも腐ってんのか!? どうして不正を疑わねぇ!? 金払ってこんなくだらねぇ試合を見に来たんなら、二度と来んなボケカス共が!! 試合をつまらなくしてんのはテメェ等も同じなんだよ!!」
シンと静まり返った会場の隅々までダンガルドの言葉が届く。
その言葉を受け取った観客達はハッと目を見開き、一人、また一人とダンガルドの言葉を後押し始めた。
「確かにダンガルドの言う通りだ!! こんなチビガキや小娘が普通に戦って、剣舞会の戦士たちに勝てる訳がねぇ!!」
「そうだそうだ!! 卑怯な手を使ったに違いねぇ!! 禁止されてる遠距離武器でも使ったんだ!!」
「魔人様ッ、こいつ等を調べて不正を暴いてくれ!! 」
(あちゃー、面倒くさい事態になった)
これは頭を抱えたくもなる。
まさかダンガルドがこの短時間で動けるようになり、観客達を煽って味方に付けるとは……。
腐っても剣舞会9連覇の強者、世の中の渡り方は心得ているという訳か。
(まぁ、色んな意味で満を持した決勝戦が「棄権で終わり」じゃあ、観客の不満が爆発するのも致し方ないけどね)
注視すべきは、この声を受けた魔人がどう動くか。
外野がガヤガヤと騒いだところで、全ての決定権は『Fantasy World (幻想世界)』の覇者:魔人にある。
彼が首を縦に振らなければダンガルドの主張が通る訳もないけれど……これだけの声が上がった時点で、魔人の腰が上がるのも致し方のないことだったのだろう。
「ふぅ~」と、魔人がため息を吐いたのが見えた。
『やれやれ、この俺に意見をするとは……随分と位の高い者がこの会場には多いみたいだな』
ざわり。
魔人の言葉に観客達が怯むも、ダンガルドだけは怯まず鬼の形相で魔人を睨み続けている。
いいから調べろと、魔人に対してそんな命令を出しているかの様だ。
『ふんッ、いいだろう。この後に控えている予定もあるが、その気迫に免じて一応は調べてやる』
魔人が立ち上がり、そのままフワリと宙に浮く。
浮遊系の“魂乃炎”――という訳ではない。
『Fantasy World (幻想世界)』の覇者:魔人だけが扱える「“魂乃炎”:魔法」の一種。
そのままスーッとこちらに近づいてきた魔人が、ボクの前へ静かに降り立った。
(うッ……改めて見ても大き過ぎるでしょ)
目の前に降り立った魔人を見上げる、それだけでボクの息がつまりそうだ。
――圧倒的。
身長5メートルオーバーは閻魔王と同等クラスの特大サイズ。
様々な種族が混在する『AtoA』26世界の中でも、ここまで大きな人間はめったにお目にかかれない。
3メートル級のジーザスやダンガルドですら、魔人の前では小さく思えてしまう程の圧迫感がある。
「ドラの助、だったな?」
マイク越しではない魔人の声。
脳の奥が痺れる様な、独特の低い響きが特徴的で、ボクは無言のまま頷くに留まる。
「ふむ……近くで見てもやはり幼いな。身体は小さく、“魂乃炎”も無いみたいだが……まだ若いのに随分とやるじゃないか。その強さ、どうやって手に入れた?」
「それは、時間だけは死ぬほどあったから……」
「時間が死ぬ程あった? どういう意味だ」
「………………」
どういう意味かは喋りたくない。
魔人は『Fantasy World (幻想世界)』において最上位の管理者。
馬鹿正直に「地獄から脱獄して来ました」なんて答えは、天地がひっくり返っても言う訳にはいかない。
沈黙を決め込んだボクを訝しむ魔人だったけれど、話の本題はそこではないと思い出したらしい。
「ふんっ」と小さく鼻息を鳴らし、自ら話を“次”に移す。
「ダンガルドが五月蠅く騒ぐのでな、何か隠し持っていないか調べせて貰う。いいな?」
「別に構わないよ。でも、後ろの彼女は大きな人が苦手だから……」
ボクの背中をパルフェがギュッと握り締めている。
ここで変なことをする相手ではないけれど、パルフェが身体を触れられて平気な訳もないだろう、というボクの心配は杞憂に終わる。
魔人は徐に手のひらをかざし、「気にするな」と口にした。
「触りはしない、調べるのも魔法だ。――“身体透視”」
魔人の手が淡く光る。
コロッセオに使われている幻想紺碧石と同じ青色だ。
その光がボク等の身体を照らし、それだけ。
魔人の手から光が消え、かざしていた手もボクから離す。
そして一言。
「……ふむ、はやり何も持っておらぬな」
「嘘吐け!! 何も持ってねぇチビガキに俺が負ける訳ねぇだろ!!」
信じられないとばかりにダンガルドが叫ぶも、魔人はそんな彼を憐みの目で見返す。
「街のチンピラが己惚れるな。お前が負けたのはただの実力、上には上がいた。それだけの話だろう?」
「ぐっ、馬鹿言うな!! このチビガキが俺よりも上だって言うのかッ!?」
「わかりきったことをわざわざ俺に問うな。それと、剣舞会10連覇で俺の部下に加える話は、無かったことにさせて貰う」
「テメッ――ふざけんな!! 最初に声かけて来たのはそっちだろうが!! 俺はこれまで9連覇してんだぞッ!? 実力は本物だ!!」
「だが、その少年より弱い」
「ぐッ……」
ダンガルドが言葉に詰まると、魔人は「話は終わり」だとばかりにボクに向き直る。
そして物凄く気軽に、大した事ではないと言わんばかりに、ポンと100万Gの札束を渡してきた。
「悪いが、時間にうるさい奴を待たせているのでな。俺はこれで去る。優勝おめでとう」
その言葉と札束だけを残し、魔人は鳥の如く飛び立つ。
あっという間に天高く上り、あっという間に見えなくなった。
――――――――
――――
――
―
「「「………………」」」
魔人が立ち去り、シンと静まり返った剣舞会の会場コロッセオ。
そこにあるのは戸惑いしかない実況の声だけか。
『えぇっと……魔人様がルール違反をしていないと言うのですから、ゆ、優勝は小さなダークホース、ドラの助選手……で、いいですかね?』
「いいわけねぇだろ!! こんな戦い無効だ!! “魂乃炎”も何も持ってねぇチビガキに、俺が負ける筈がねぇ!! そうだろ!?」
ボクの優勝に納得のいかないダンガルドが溜まらず叫ぶも、今度は賛同する声が集まらない。
凪の湖畔の水面ばりに、客席は完全に静まり返っている。
「オイッ、それでいいのかテメェ等!?」
納得いかないダンガルドは尚も食い下がるものの、魔人の決定とあっては観客達も大きな声で反論は出来ない。
むしろ、一度は足を乗せたダンガルドの船から次々と降り始めた。
「みっともねぇぞダンガルド。魔人様がチビッ子優勝って言うんだ、これ以上文句言うんじゃねぇよ」
「だな、魔人様の意見は絶対だ。それにそもそも、お前こそ今まで不正をしてたんじゃねぇのか?」
「ははっ、それもそうだ。こんなチビガキに負けるんだから、本当は蟻よりも弱いんじゃねぇのか?」
ざわざわと広がる憶測。
観客のダンガルドを見る目が、次第に疑いの色を帯びてゆく。
「ダンガルド!! テメェこそ白状したらどうなんだ!? 今まで不正してました、ってよ!!」
「そりゃあいいな!! 確かにそっちの方が俺達も納得いく。こんなチビガキに負ける奴が9連覇してた方がおかしんだ!!」
「決まりだな。おいダンガルド、謝れよ!! 今まで俺達を騙してゴメンナサイってな!!」
憶測が憶測を呼び。
呼んだ憶測が疑念へと変わり。
変わった疑念が脅迫を呼び起こす。
「謝れダンガルド!!」
「そうだ謝れ!! 元はと言えばテメェのせいだろうが!!」
「そうだそうだ!! テメェがチビガキに負けるからだ!! 金返せ!! 謝罪しろ!!」
広い星空の下、コロッセオの中で渦巻く観客達の声。
誰が言い出したのかは誰も知らず、旗振り役も居ないままに“謝罪コール”が広がってゆく。
その対象はただ一人。
決勝トーナメントの一回戦でボクに負け、それに納得がいかず舞台に上がって来たダンガルド。
「「「謝れ!! 謝れ!! 謝れ!!」」」
「……ふざけやがって」
この展開は彼も予期していなかったのだろう。
大観衆からまさかの謝罪コールを受けたダンガルドの巨体が、痛々しい包帯まみれの身体が、雨に濡れた子犬の様にプルプルと震えている。
自ら先導し、あれだけ観衆を煽っておいてボクには一切の不正無し。
それで今度は自分が責められているのだから、それこそ穴があったら入りたい気分だろう――という訳ではない。
今度こそ、ダンガルドが本当にブチ切れたのだ。
「全員ぶっ殺してやるッ!!」
包帯を引きちぎり、ダンガルドが背中から“マシンガン”を取り出した!!
*1章完結まであと10話です。




