720 起動!ヒドゥン・インヘリター!
『防衛モード、起動します』
赤い魔灯で照らされた室内に、警報の次に響いたのは、そんな冷たい電子音声だ。
「お、おいおいおい......うおッ!?」
そして突然、床が激しく振動し始めた!
よろめきながら立ち上がったダラケルスは、堪えきれず再び転倒!
「こ、これはッ!?」
一方フレットは、這って窓までたどり着き外を見て、思わず叫んだ!
「隠れ家がッ......!!せり上がっているッ!?」
フレット達がいるのは、この隠れ家の一階の居間であったはずだ。
しかし、今フレットは......ポカンと口を開けて呆けるドンゴズゴズ会の連中を、“見下ろしている”!
状況がのみこめず、フレットは思わず外の連中と同じ表情になった。
しかし状況を理解しようがしまいが、激しい振動を伴う隠れ家のせり上がりと同時進行で、室内でも事態は進んでいく。
まず訪れたのは、慣れない“感覚”だ。
「う、うおッ!?」
「なんだッ!?」
「............」
そう、ダラケルスとフレット、そしてエミーは......突如として“体を何かが通り抜けた”感覚を覚えた。
『魔力パターンにより、当研究所の所有登録者を、走査......該当者なし。当研究所の被入所許可者を、走査......該当者なし』
<これは【魔力走査】......!少しばかり大雑把ですが......超古代魔導文明の時代には一般化していた、個人認証の手法です!>
戸惑うばかりの大人二人とは違い、エミーは、少なくとも何をされたかは理解していた。
頼れる脳内の相棒が、すぐにその答えを共有してくれたからだ。
しかし、残念なことに......彼女は次に訪れる展開に、備えることは、できなかった。
『現在、当研究所内にいる3名を、不法侵入者と認定。ただちに排出します』
「「「ええッ!?」」」
そんな、非情なるアナウンスが流れた、次の瞬間!
パカリと!
ちょうど、ドンゴズゴズ会の面々が居並ぶ方向の壁が、開いた!
さらには間髪入れず、ガコンという音とともに......床に急な傾斜がついた!
「「うわーーーーーーッ!?」」
ダラケルスとフレットは突然の環境変化に対応できず、室内に設置されていた家具と共に、突如として滑り台と化した床を、つるつると滑り落ちていく......!
その様を見ながら、エミーは足裏に魔力を込めた。
壁や天井にすらはりつける師匠直伝の【紙魚】さえ使えば、いかに急な傾斜のついた床だろうと、決して滑り落ちることはない......。
「なッ!?」
はずであったが。
滑り台と化した、この床。
どういう訳か、魔力が通らない!
【紙魚】が、うまく働かない!
<ま、ま、まさかギャシキヌー!エミーのような異能、魔導の持ち主の存在を、想定して対策を!?>
落ち着いて考えれば、【黒触手】を突き刺すなど、いかようにも対処は可能だったはずだが......エミーは【紙魚】での対処を封じられたことに驚愕し、慌てた。
情けなくも、大人二人と同じように、エミーは隠れ家の外へと滑り落ちていった。
◇ ◇ ◇
「ぐべッ!?」
「ぶぐッ......!!」
さて、外へと放り出されたダラケルスとフレットは、放りだされた勢いのまま柔らかな草原の上にごろごろと転がりながら、うめき声をもらした。
「............」
エミーは宙でくるくると体をひねり、見事両足で着地。
そして、後ろを振り返る。
<こ、これは......!!>
そこにあるのは、オマケ様ですら驚く光景。
森の中の素敵なおうちの......変わり果てた姿だった。
どこかキノコにも似たかわいらしいフォルムの二階建ての家は、そのままの形で残っている。
しかし、その下......地上へとせり上がってきた地下室部分が、とても巨大だ。
土で汚れたそれは、明らかに重厚かつ頑丈な金属で構成されており、その側面には2本3対計6本の“脚”もついている。
まるで冬虫夏草に寄生されたセミの幼虫を思い起こさせるそれは、どうやら移動すら可能であるらしい。
「「............」」
ダラケルスも、フレットも。
その威容に思わず言葉を失い、ただ茫然と、姿の変わった隠れ家を見つめた。
『警告します。戦闘行為を、直ちに停止してください。これ以上戦闘行為を続けた場合、当機は皆様を殲滅いたします。繰り返し、警告します。戦闘行為を、直ちに......』
静かになった森に、冷徹な電子音声による警告が響く。
もし仮に、ここにいるのがダラケルスとフレットとエミーだけであれば。
彼らは大人しくこの警告に従い、事態は穏便に収束しただろう。
しかし。
「ああーーーッ!?ナメてんじゃ、ねえぞオラアアアアーーーーーーッ!!」
ここには、ダラケルスを追ってきた、ドンゴズゴズ会がいた。
バーデンガジューがいた!
この男はいつだって、自身の暴力で周囲を従え、闇組織をのし上がってきた。
傲慢で、上から押さえつけられるということを極端に嫌う性質があった。
だから、たとえ相手が突然出現した、巨大な金属のバケモノであろうと。
その言いなりになるなんてことは、絶対にありえない選択肢だった。
もちろん、性格的な問題だけではなく。
バーデンガジューは、暴力で周囲を支配しているので。
例え相手が何であろうとも、『戦いもせず、腹を見せて媚びる』なんて姿を、部下に見せるわけにはいかなかった。
そんなことをしたら最後、部下からの信用は地に落ちる。
その情けない姿をあげつらわれて、彼の組織内での地位はすぐさま最底辺に転がり落ちるだろう。
今日連れてきた部下の中にも......嬉々として弱った彼の背中を押して、奈落へと突き落としに来るだろう輩が、3人はいる。
その下剋上をためらわないハングリーさはバーデンガジューの好むところではあるが......実際にそんなことを、させるわけにはいかない。
故に。
「死ねやああーーーーーーッ!!!」
バーデンガジューは警告を無視して、肩に担いだ巨大魔導銃を......その真の姿を現した隠れ家に向かって、思い切りぶっ放した!
実のところこれまでは、ダラケルスの体を、少なくとも本人確認ができる状態で手に入れるつもりだったので、彼は砲撃の威力を抑えていた。
しかし今回は、本気の一撃だ。
最大まで魔力をチャージして放つ、最強の一撃だ!
ドゴオオオオーーーーーーンッ!!!
その砲撃は金属のバケモノに直撃し、大爆発を引き起こす!
「ハッハーーーーーーッ!!どうだ、ダラケルスァアアーーーーーーッ!!」
激しい土煙が視界をふさぐ中、バーデンガジューは勝ち誇り、哄笑した!
「あれ、テメエの切り札だよな!?残念だったなぶっ壊しちまったぜ!?次はテメエの番だぞコラアーーーーーーッ!!」
そして、強烈な一撃を放ったことで高揚した気分のまま、怒鳴り散らした。
バーデンガジューのそばでは、部下たちが静かに各々の魔導銃を構える。
号令一つで、彼らはいつでも射撃が可能だ。
「さあ、覚悟しとけよボケがッ!!おいテメエら、準備しとけよッ!!斉射まで、あとぉ、さぁーん、にぃー、いぃぃーーーち......」
何やらトラブルがあったのか、ダラケルスはあのバケモノの中から放り出され、地面に体を打ち付けていた。
痛みですぐには立ち上がれまい。
もし、逃げたとしてもかまわない。
この大人数で追いかければ、すぐに捕まる。
死への恐怖で震える時間が、増えるだけだ。
故にバーデンガジューは、あえてこの間動かず、土煙が落ち着くのを待った。
なるべく、ダラケルスが恐怖を覚えるように......威圧的に、カウントダウンまでしながら。
そして土煙は、すぐに晴れた。
その時、バーデンガジューの目に映ったものは。
恐怖に震えるダラケルスの顔。
しかしその恐怖は、バーデンガジュー達にのみ、向けられているわけではない。
キョロキョロと、こちらを向いたり後ろを見たりといった動きを、繰り返している。
何故ならば、ダラケルスの背後には。
砲撃されてなお傷一つない、金属のバケモノの姿があったからだ!
『警告後の、攻撃を確認。周囲の生命体を、敵性存在と断定』
金属のバケモノは、冷たく、そう音声を発し。
『これより当機ヒドゥン・インヘリターは、殲滅モードに移行します』
もともと地上に出ていた隠れ家部分の、屋根の下に目のように配置された二つの丸窓を、真っ赤に光らせ......そう宣言した!
【紙魚】
第3章にてエミーが師匠から継承した異能(魔導)。
魔力を用いて、壁や天井にはりつくことができる。
作中で対策され無効化されたのは、多分今回が初めて。




