582 【神々のお話26】深き水底に降りしきる雪
前話でカガリビが『地球型世界』と言っていましたね。
つまり、ヒカリたちの世界は地球“型”の世界なので私たちの世界と似ている部分もありますが、異なる部分もまた多いです。
地名や歴史等にいくつもの差異があり、また、伝承されている神話や伝説は、私たちの知っているものとは、かなり異なります。
ご了承ください。
『深き水底に降りしきる雪』。
タカナミの口からその名前が出た瞬間に、ヒカリも、カガリビも、ヨイヤミも、皆無理やり体を動かし、慌てて平伏姿勢をとった。
その名を知らぬ者は、この世界の神々の中には、いない。
何せ......。
「うん?キミ、ボクの顔知ってるの?会ったこと、あったっけ?」
「いいえ......しかし、あまりに我々と隔絶した、そのお力をお持ちなのは......『創世の五柱』の皆さまの他に、ありえませぬ故!」
「えへへ!そっかそっか、キミは聡いねぇ。頭の回転が速い子は、好きだよ?話が速く終わるからね......はい、皆顔をあげてね」
そう......『深き水底に降りしきる雪』とは、この世界を作りあげた神々、『創世の五柱』がうちの、一柱。
この『創世の五柱』は普段、この世界の中枢にて、世界を維持するための重要な仕事を続けており......ヒカリやタカナミたちを取りまとめるこの国の主神ですら会ったことがないのだと、以前ヒカリは聞いていた。
まさに、神々にとっての、神。
彼らは、そう言っても過言ではない存在なのだ。
(どうして、そのような方が、ここに......!?)
ヒカリは指示に従い顔をあげ......わけが分からず、思わずポカンと口を開けてしまった。
そんなヒカリの顔を見て、『深き水底に降りしきる雪』はヘラリと笑い。
「『どうして、そのような方が、ここに......!?』」
「!!」
その心の中でつぶやいた言葉を、一つの誤りもなく言い当てた。
「それはね、このボクが、キミたちの手伝いをしてやろうじゃないかと思ったからなんだよね......はい、お土産どうぞ」
そう言いながら『深き水底に降りしきる雪』は、自らも座卓を囲むように座り、無造作に布袋を卓の上に置いた。
すると布がめくれ......袋の中に入っていたものが、露わになる。
それは。
恐怖で歪んだ顔で固まった......生首である!
「!!」
「これはッ!!」
「キリサメ様......!?」
そして座卓を囲む彼らは、その生首となった人物......いや、神に、見覚えがあった!
その神はヒカリ、そしてタカナミと同じく妖魔駆除を務める一柱であり......彼らの地域を担当していた、前任者だ!
勤勉な仕事ぶりでマナを増やし、栄転という形で、より強い妖魔の現れる地域の担当になっていたはずだが......!?
「えへへ、こいつがね、裏切者だったんだよ。これだけ長期間、この事件は発覚しなかった......それは何故かと言えば、この世界の神......このクソバカが、異世界の連中に協力していたからなんだよね」
『深き水底に降りしきる雪』は楽しそうに笑いながら、頬杖をつきつつ、キリサメの生首をつんつんとつつきながら、言った。
「こいつ、異世界の連中の魂狩りを、黙認するどころか、引き入れたんだ。そして神の力で事実を捻じ曲げ、事件を隠蔽し続けた。見返りは......大量のマナ。おかげさまでこいつは神格があがり、強くなって出世!えへへ、ふふ、へへへ」
『深き水底に降りしきる雪』は、ヘラヘラと笑っている。
いや、笑い声を、あげている。
しかしながら、優しく細められているはずの、その瞳の色は......どこまでも冷たい。
「許せる?ねえ、許せる?“ボクの”世界のものを、そんな、好き勝手してさ?許せるわけ、ないよね?」
そして『深き水底に降りしきる雪』はそうつぶやくと、キリサメだった者の生首を、上からぐっと、手のひらで押し潰した!
すると不思議なことに......その生首はボフンと音を立てて白い雪のようなものへと変じ......ふわふわと、室内を舞った。
「はい、というわけで、裏切者は既に死にました!わーい、良かったね?これでこの先、似たような事件が起こる可能性は、ぐんと減ったわけだ!でもこれだけで、めでたしめでたし、ではないのです!さっきそこの、狩衣姿の彼が言った通り、この先は異世界の神々との交渉が待っています!ヒトのもの奪っておいてさ、許されると思ったら大間違いなんだよね!ね、そうだよね、ヒカリちゃん?」
ここで。
ここで『深き水底に降りしきる雪』は、突然ヒカリの名を呼んだ。
「え......」
「ボクね、聞いてたよさっきの話!キミが人間だったころのクラスメートたちは、理不尽に生を奪われ、魂を刈り取られ、異世界へと連れ去られました!許せる?ねえ、キミはこの横暴......許せる?許せるのかな?許せないのかな?どっち?」
とまどうヒカリに対して、『深き水底に降りしきる雪』は、ヘラヘラと笑いながら、問い続ける。
『許せるか』、と。
「............」
その問いに対するヒカリの答えは、もちろん。
「......許せません」
「だよねー!」
『深き水底に降りしきる雪』はパンと両手を叩いてから、楽し気にヒカリに同意した!
「だからさ、本来なら世界間の交渉ってのは、キミたちみたいな妖魔狩りの下級神に任せるような仕事じゃないんだけど......今回だけは、特別に!ヒカリちゃん!キミにこの大役、任せてあげようじゃ、ないの!それを伝えるために、わざわざこのボクが、ここまでやって来たというわけなのだよ!」
「!!」
「......さっきのキミの先輩たちのお話の通り、結局、奪われた魂を取り戻すことは、難しいんだ。彼らはおそらく、既に新たな人生を歩んでいるんだから。でもさ、それでも......それでも、『もうしょうがない』とは、思えなくない?」
「............」
『深き水底に降りしきる雪』の柔らかな言葉が、少しずつ、少しずつ......。
「このまま上に情報だけあげて放っておけば、この事件は......ヒカリちゃん、キミの知らないところで、キミの知らない上級神が、キミの知らないルールにのっとって決着させてしまう。キミのところには、結果報告だけが、おりてきます。それは確かに、仕組みとしては正しい。でもそれで、キミは納得できると、思う?」
「......思いません。きっと、どれだけこちらに有利な結果が得られたとしても......モヤモヤした気持ちが、残ると思います」
ヒカリの心の底に、降り積もってゆく
「ならば、キミのそのモヤモヤを、どうにかするために必要なこと......それはきっと、『思いきり、やってみること』だ。責任は、ボクが持つよ?どうだい、この仕事......思う存分、やってみないかい?キミが納得のいく結末を......作り出して、みようじゃないか!」
彼女の心を、優しい言葉が、満たしていく。
「......はい!!」
気づけばヒカリは、そう大声で返事をしていた。
最初に『深き水底に降りしきる雪』に対して感じた、不気味な印象......。
そんなものは既に、どこかへと吹き飛んでいた!
「......でも、『深き水底に降りしきる雪』様」
「あ、長いでしょ?皆、ボクのことはユキって呼んで?」
「はい、ユキ様......ユキ様は何故、私に協力してくださるのですか?あなた様の仰る通り、私は妖魔狩りの下級神で、しかも見習いに過ぎないんですが......?」
「えへへ......それはね?」
「それは?」
「......ヒミツ!」
最後に、お茶目にそう言い放ち。
『深き水底に降りしきる雪』......ユキは、勢いよく立ちあがった!
「じゃ、今日はここまでね!詳しい話がまとまったら、また来るから!それじゃあね!」
そして手を振りながら、スキップをして庵を出て......忽然と、その姿を消した。
後に残るのは、宙を舞う雪のような白い何かのみ。
強大な存在がこの場からいなくなりプレッシャーから解放されたことで、カガリビとヨイヤミはすっかり脱力し、その場で寝転がった。
ヒカリは。
ヒカリはじっと、ただじっと、ユキの進んで行った庵の玄関の方を、見つめたままだった。
彼女の心には、その時、熱があった。
大妖魔を滅して以来、停滞していた彼女の物語が、ようやく動き出す。
そんな予感を、彼女は感じとっていた。
「............」
一方で、タカナミは。
その瞳に炎を灯した愛弟子の姿を、見つめていた。
彼が感じていたのは......ヒカリとは対照的に、漠然とした不安であった。
まさか、『創世の五柱』が。
自らの世界の神たるヒカリを、害することはないだろうとは、思う。
しかし。
それでも、何故だか。
タカナミの心に巣くった不安は、消え去ることなく、残り続ける。
果実の甘い香りを含んだ風が一吹き、庵の中を、吹き抜ける。
......生臭い臭いは、消えない。
これにて、閑話は終了です。
次話からは、第25章!
なお、今回出てきた新キャラクターのカガリビとヨイヤミは、今後登場する予定はありません!
出てもちょい役なので、忘れてしまって構いません!




