573 真っ暗な地下を進む
ゴオオ、ゴオオ、ゴオオ......。
光の届かぬ地下水道を、黒々とした大量の水が勢いよく流れていく。
この地下水道、あらかたの部分がただ水が流れるだけのトンネルであるが、その脇には部分的に、人が歩けるような道が存在している。
帝国時代に作られた、整備用の通路だ。
そんな、地下水道脇の通路の石畳に。
水の中から、ビュンッと。
鋭いかぎづめのようなものを生やした......どす黒い触手が飛び出し、突き刺さった。
そしてかぎづめ触手はしっかりと石畳に食い込み支えとなって、“本体”を水の中から引きずりあげた。
「げほッ......げほッ、げほッ......!」
......触手を生やしたその“本体”は、四つん這いになって少し咳きこんだ後......かれこれ十分以上は激流に揉まれ息継ぎ一つしていなかったのにも関わらず、二本の足で普通に立ちあがった。
そう、その“本体”の正体......それは、エミーである。
スチール・インデックスによる一斉攻撃を受け地下水道を流れてきた彼女だが、その体にはダメージは見当たらない。
既にサングラスは紛失し、身にまとう衣服は石造りの壁に何度もぶつかることでボロボロになってしまったが......頑丈な彼女の肉体そのものには、傷一つつかなかったのだ。
「............」
立ちあがったエミーは、まずビリビリと、自分の着ている衣服を破り始めた。
しっかりと水を吸ってしまったし、既にボロボロになっているからだ。
その衣服の中から現れるのは、真っ白な裸体......ではなく、どす黒い【黒腕】を薄く変形させ全身に巻きつけて作った、自身の異能由来の潜水服のような衣装である。
悍ましい程どす黒い色がベースとなり、時折浮かびあがる錆びたような赤色がアクセントとなる......フォルムはともかく雰囲気が異常に不気味な衣装である。
それがエミーの女性になりつつある均整のとれた肉体を覆い隠し、誰もが目を背けたくなるようなファッションを形成している。
さて、エミーの衣装の話はともかく。
「............」
活動の準備が整ったエミーは、まずは現状を把握しようと、じっと暗闇を見つめた。
しかしエミーは、すぐにその行為が無駄であることを悟った。
彼女はとても夜目がきくが、ここは一切の光が閉ざされた地下水道。
光がない以上、何も見えるわけがないのだ。
「............」
そこでエミーは、今度は全身から魔力で作りあげた“無色の糸”を伸ばし始めた。
彼女の持つ、魔力による周囲の感知能力......【魔力察糸】だ。
無色の糸が......彼女の持つ膨大な魔力が、ゆっくりと地下水道の中を満たしていく。
エミーは、その間。
脳内の同居者と......状況の整理に務めていた。
◇ ◇ ◇
ってかさー!
本当、ここ、どこなのよ!?
<旧帝都の地下を流れる、古い時代に作られた地下水道のどこか......としか、言いようがありませんね。良かったですね、エミー。下水道に落ちていなくて>
そんなこと、言ってる場合じゃないでしょオマケ様!
アカシテリカは、大丈夫かな......!?
ああ、もう、イライラする!
こんなことなら、あのテロリスト、さっさと八つ裂きにして殺せば良かったんだ!
むかつく、むかつく、むかつく......!
<落ち着いてください、エミー。殺気と余計な魔力が漏れて、周囲の空気が震えています。古い地下空間ですから......何がきっかけで崩落するか、わかりませんよ?>
............。
<そうしたら、あなたの脱出が遅れます。早くアカシテリカの所に、戻りたいのでしょう?......まあ、あれは放っておいても、死なないとは思いますが>
なんでそんなことが、言えるのさ!
<だから、殺気を抑えてください。彼女は、転生者なんですよ?神の加護を持っているんです。本当に死にそうになれば、神が彼女を無理やり覚醒させて、戦闘能力のテコ入れをしますから>
............。
<そう......その調子で、落ち着いていてください。今あなたがすべきことは、イライラして八つ当たりすることではありません。冷静に周囲の状況を魔力で感知して、脱出経路を探ることです。そう、上手......上手ですよ、エミー......>
......オマケ様に優しい声でなだめすかされて、私は苛立ちとか殺意とか破壊衝動とかをなんとか心の奥底に引っこめ......【魔力察糸】を展開し続けた。
「............」
その結果として、私が今立っている通路の片方は行き止まりになっていることがわかったので、私はその反対側の方向に向かって歩き始めた。
途中で通路は直角に曲がり、地下水道から離れたトンネルとなる。
ゴオオ、ゴオオという水の流れる音がだんだんと小さくなるのを聞きながら、私は魔力による感知を頼りに歩き続けた。
そして歩いて、歩いて......。
しばらく歩いた、その時だ。
「............?」
私の【魔力察糸】は......私の方に向かって近づいてくる、一つの存在を感知した。
それは、もう少し先に行ったところの、曲がり角の向こう側を......歩いている。
大きさ的には、人だ。
そしてどうやらそれは携帯型の魔灯、あるいは光魔法による照明を携えているらしく......曲がり角の辺りが、その照明によって徐々に明るくなり始めた。
「誰だ!?」
私は、大声で問いかけた。
するとそれは驚いたのか足を止め、そこでしばらくたたずんでから......慌てたような動きで、曲がり角まで走り出した。
そして、その曲がり角から。
ひょっこりと、顔を出したのは......。
「ぶ、ぶ、ぶ、無事見つかって、良かったよぉーーー!こんなところにいたんだねぇ、エミーちゃん!」
満面の笑みを浮かべ......その左手に懐中電灯のような魔灯を構え、右手をポケットにつっこんだ小太りの男......。
ムノーデス刑事だった。




