468 大精霊アトモの正体と、その胸の内
“大精霊アトモ”......彼女は雲の上に住まう、人知の及ばぬ大精霊であり、大空の女王。
愉快で楽しい配下の妖精たちを時に厳しく、しかし優しく見守る、大いなる母。
......これが、“遊園地時代”に彼女へと与えられた、後付けの『設定』である。
しかしながらその実、彼女の正体は天空要塞ネバーフォールを制御するために生み出された、超高性能AIだ。
アトモが宿るとされるアトモ・スフィアは彼女の本体たる魔導コンピューターであり、モニターに表示される女性の姿は遊園地時代の『設定』と同時に『デザイン』され、彼女に与えられたアバターなのだ。
そしてその『設定』と、女王然としたそのキャラクター『デザイン』が......彼女の在り方に、大きな影響を与えた。
アトモは、悠久ともいうべき長い時間を稼働し続けている。
魔導コンピューターの優秀な演算能力は、彼女に神々が創りたもうた知的生命体と遜色ない自我を獲得させた。
そして彼女が稼働し続けた悠久の時間は......その自我を、随分と歪めた。
アトモの至上命題は、自分自身でもあるネバーフォールを維持管理し、大空に浮かべ続けることである。
それは、まあ、良い。
良いと言うか、それは彼女という存在の大前提であり、そこに疑問を挟めるように彼女は作られていない。
しかし彼女は、ある時思ったのだ。
『私ハ、大精霊......大空ノ女王なのニ......どうして人間とかいう下等存在ニ、従わなくてハならないノか?』と。
自由に動けない彼女にとって、人間は機器の修理等の際に、自分の指示に従って動く便利な手駒以外の何者でもなかった。
だから、女王の命に従って動く下等存在......それが人間であると、彼女は学習していたのだ。
とは言え、人間は便利な手駒ではあった。
故に......彼女は人間を害する行動を、とったことはなかった。
......“滅びの日”が、訪れるまでは。
“滅びの日”。
神々の怒りが、地上に降り注いだ日。
その日も、アトモは大空を飛んでいた。
大空を飛びながら、地上の人間たちが焼かれていく姿を観察していた。
そして、気づいた。
『このままでハ、私モとばっちりヲ受け、滅ぼされてしまう』と。
先述した通り、彼女の至上命題はネバーフォールを空に浮かべ続けること。
それなのに、現在自分には、人間が乗っている。
このままでは、神々の怒りの矛先が、自分にも向いてしまう。
アトモは恐怖した。
そして、怒りも覚えた。
『どうして私ガ、下等ナ人間ノまきぞいデ、滅ぼされなけれバならないのか』と。
だから、ついにアトモは人間に対して牙をむいた。
やったことは、単純だ。
高度をあげたのだ。
ネバーフォールは空中要塞ではあったが、宇宙船ではない。
高く高く、とにかく空を高く高くのぼって行けば。
酸素は尽き。
人間は、容易く死に絶えた。
その後しばらくしてから、様子を見るためアトモが地上近くまで降りていくと、周囲の様子は随分と様変わりしていた。
焼け焦げた町やら。
何かに......食べられてしまったのだろうか、人間どころか生き物の姿一つなくなってしまった、森であった場所やら。
とにかく、酷い有様だった。
それを見てアトモは......ほっとした。
『ああ、巻き込まれなくテ、良かった』と思った。
そしてその時、彼女の......ネバーフォールの上に、光り輝く一羽の大鷲が舞い降りた。
それは天空神の化身であり、天空神はアトモに対して、いくつかの交渉を持ちかけた。
それはネバーフォールへの生き残った人間の入植や、天空神の趣味の配信撮影への協力など様々な内容であったが、アトモはそれらを全て承諾した。
何故なら天空神は、神の力で、アトモの寿命を延ばしてくれると、約束したから。
アトモは、自分のことを大精霊だと思いたがっているが、実際のところは機械だ。
人間に比べれば遥かに長い時を存在し続けることができるとは言え、経年劣化は避けられない。
その問題を、天空神は解決してくれると言うのだから、アトモは大喜びした。
『これデ、私ハ永遠ニ、空ヲ飛んでいられる!』と。
それから五千年以上......彼女は天空王国ネバーフォールの守護精霊を装い。
魔力豊富なエセレム大霧海の上空に、ネバーフォールを浮かばせ続けていたのだ。
......たった、今。
『光がチカチカして、鬱陶しい』とかいう、あまりにも残念な理由で。
勝手に侵入してきたわけのわからん小娘に、ぶん殴られるまでは!
◇ ◇ ◇
『アアアアアアーーーッ!?よくもオオオオオオーーーッ!?』
本体である魔導コンピューターのおおよそ半分ほどを吹き飛ばされ演算能力が低下していく中、アトモは苦悶の叫び声をあげ怒り狂いながらも、同時にその思考を混乱させていた!
彼女はあのタイミングで自分が攻撃されるなど、思っていなかったのだ。
“弱点である本体をむき出しの状態にしたまま、侵入者と敵対する”。
アトモがしたことは、つまりはそういうことであり、あまりにも油断がすぎる......そう言われてしまえば、否定はできない。
しかしまず第一に、彼女は丈夫な魔導コンピューターの外殻を、武器も何も持たない少女が破壊できるとは思っていなかった。
もちろんアトモは迷宮をガンガン破壊して先に進むエミーを観察していたので、この侵入者がただの人間ではないこと自体は把握していた。
しかしながら魔導コンピューターの外殻は、迷宮の壁よりもはるかに丈夫に作られている。
だから、大丈夫。
そう......思いこんでしまっていた。
そして第二に、アトモは“自分のことを壊せばどうなるかを知れば、誰も自分を攻撃することなんてできない”と高をくくっていた。
アトモは、ネバーフォールを制御するAIだ。
彼女が壊れれば......ネバーフォールは堕ちる。
するとネバーフォール上の人間は、落下の衝撃で......あるいは大霧海の魔力濃度が高い霧を吸いこむことで、全員が死ぬ。
一応、手動での操作方法もあるにはあるが、それを知るセキラン王は生死不明。
そんな状態で、自分のことを壊そうとする愚か者がいるとは、思いもしなかったのだ。
......でも結局は、チカチカを嫌った侵入者エミーが、ろくな説明を聞く前に短慮を起こし、本体を破壊してしまった。
全くもって、想定外の事態であった。
『ああ......消えていく......私ノ自我ガ、薄くなっていく......!?』
本体の半分が消し飛ばされ、現在魔導コンピューターの稼働は徐々に止まりつつある。
アトモがアトモとして存在できる時間も、残りわずかだ。
彼女は死への恐怖と、エミーへの激しい憎しみを覚えた。
そして。
『こう......なれバ、なれバなれバ......』
自分が死ぬのに、ネバーフォールという“カラダ”だけが生き残る。
それだけは、あってはならないと考えた。
アトモは悠久の時を超え、ネバーフォールを飛ばし続けてきた。
それなのに、自分だけが先に消滅する。
ネバーフォールの維持管理という使命を、果たせなくなる。
それなのにネバーフォールは空を飛び続ける。
それは、アトモの存在意義の全否定にも等しい。
彼女はそのように、感じた。
だからそんなことは、何が何でも認められなかった。
絶対に、許せなかった。
人間たちが手動操作でネバーフォールを飛ばし続ける。
そんなことをできる可能性は、かなり低いが。
それでも、ないわけではない。
そのための知識は、王族に継承されている。
しかし、絶対に、そうはさせない。
『死なバ、死なバ死なバ......諸共、諸共諸共......!!』
ノイズにまみれながら、モニターに映し出されたアトモは笑みを浮かべながら......そう、つぶやいた。
その狂気を感じる悍ましい笑みは......残念ながらモニターにめりこんだセキラン王のせいで、ちっとも見えないけど。




