343 (中級)今後も頑張れデオガンダイ!
突然、眩い紫色の光に包まれ、デオガンダイは思わず目をつぶった。
そして、数秒後。
おそるおそる、目を開けると。
そこにあるのは、がらんと広く真っ白な、継ぎ目のない壁と天井。
遠くの方でごろごろと、雷が鳴っているのが聞こえる。
今まで彼が戦っていたはずの、アーシュゴー国王都とは全く別の場所。
つまりは。
彼はエミーによって叩き潰され、いわゆるあの世へと送られた。
......わけではなく。
ここは、魔王城。
もっと言えば、魔王城の、転移室。
デオガンダイは何者かによって拠点へと緊急召喚され、間一髪、その命をつないだのだ。
その何者かとは、誰か。
もちろんデオガンダイには、心当たりがあった。
以前も同様に、死にそうなところを助けてもらったことがあるからだ。
「............」
それにしても、激しい戦闘の結果、体中が痛い。
さらに現在彼は仰向けの状態なのだが、背中の翼と尻の尻尾が体の重みで潰されて、地味に痛い。
何とか、横向きに......そしてうつぶせに、なれないものか?
「あぁッ!?あだだだだだッ!?」
そして体を動かそうとして彼は、己の浅慮さを呪った。
彼は現在、骨折中なのだ。
体を動かそうとしたら、痛いに決まっている。
「......何をやってるんですか、何を」
さて、そんなデオガンダイの耳に、呆れ声が届いた。
何とかして首を動かし横を見ると、その声の主は彼の部下、下級補佐官のロンジヌである。
彼女は音も無く走る小型の魔導フォークリフトを運転しながら、デオガンダイの元へと近づいて来た。
「......ロンジヌか」
デオガンダイは上司としての意地で、歯を食いしばって痛みに耐え、きりりとした表情を作った。
「今さら恰好つけなくて、良いですよ。あなたは頭が良いけどアホなことは、私が一番良く知っていますから」
「貴様ッ!上司に向かって、何たる口のきき方......あだだだだだッ!?」
デオガンダイの必死の叱責やらうめき声やらを無視し、ロンジヌは魔導フォークリフトからぴょんと飛び降りた。
彼女は小柄なので、小型車と言えど、降車、乗車するのも一苦労なのだ。
「とりあえず、デオガンダイ様」
そしてロンジヌはデオガンダイの近くにしゃがみこみ、彼と目を合わせて、言った。
「お疲れ様でした」
「......ああ」
デオガンダイは目を閉じて、大きく息を吐いた。
「......負けたなぁ」
「ええ、はい」
そしてぽつりと、つぶやいた。
悔しさを、にじませながら。
「だがな、ロンジヌ。お前、見ていたろう?」
「はい」
「あれは......クカカ、言ったぞ?」
「はい」
「オレのことを......“強かった”と」
「......はい」
しかしデオガンダイは、そう言って笑った。
その表情は、どこか吹っきれたような......晴れ晴れとしたものだった。
対するロンジヌは、どこか不満げである。
もともと愛想の良くないその顔の、眉間に皺を寄せ、口を尖らせている。
「......おい、なんだ、その変な顔は」
「私は、もっと前から、知ってましたけど」
「は?」
「あなたは、強くて......熱意のある方だって」
......いつもは、どちらかと言えば突き放したような、冷たい対応ばかりをしてくる、ふてぶてしい部下からの、思わぬ評価を聞いて。
デオガンダイは、しばらく呆けてから。
「......クカカ......クカカカカッ!」
嬉しそうに、笑った。
「まあ、性格は悪いですけど」
「おいッ!......あだだだだだッ!?」
◇ ◇ ◇
「さて、デオガンダイ様......そろそろお仕事の話を、させていただきます」
そう言ってロンジヌは、少しは緩んでいたその表情を、元の不愛想な顔に戻した。
そして肩に下げたカバンから、一枚の書類を取り出す。
紫色の模様で縁取りをされた、硬質な紙である。
即ちそれは、辞令だ。
デオガンダイは思わず、息をのんだ。
「ゼイトハオーン様より、預かって参りました......代読いたします」
「頼む......」
結果は、わかりきっている。
しかし、やるだけは、やったのだ。
受け入れよう。
彼は目をつぶり大きく息を吐いて、ロンジヌの言葉を待った。
「『中級指揮官魔操のデオガンダイの、中級指揮官の任を解き......」
「そうか......」
受け入れよう。
最後に自分は、強敵にも認められた。
その事実に、誇りを抱きながら、魔導溶解炉にこの身を捧げよう。
新たに生まれる魔族の、糧となろう。
そう思って、いたのに。
......涙がぽろぽろとこぼれて、止まらない。
やはり、悔しいのだ。
己の能力値、スペック以上の成果を残す。
そして、魔王軍に蔓延る能力値至上主義を覆す。
皆に、自分のことを、認めさせる。
......そんな目標を、達成できなかったことが。
やはり、恐ろしいのだ。
......死ぬことが。
しかし。
しかし、だ。
泣いている場合では、ない。
これだけは、言っておかねば、ならない。
「ロンジヌ......ロンジヌ!今まで......今まで、ありがとうなぁ......!」
デオガンダイはそう言って泣きながら、しかし何とか口角をあげ、頼りになる部下に笑いかけた。
ロンジヌは辞令から目を離し代読を中断し、デオガンダイの顔を見つめた。
「ふがいない上司で......申し訳、なかった!お前には、いつも助けられてばかりで......その働きに、報いることもできず、オレは死ぬことになるが、お前はこれからも......」
「ちょっとちょっと、デオガンダイ様?ストップ、ストップです」
何やら泣きながらぶつぶつ言いだしたデオガンダイの頭を、ロンジヌは割と強めに叩いた。
「いてぇッ!?」
「いきなり自分の世界に入りこんでしまうのは、あなたの悪い癖ですよ?話は最後まで聞いてください。というかどうしてあなたが、死ぬことになるんですか?」
「へっ?」
間抜けにもぽかんと口を開け、デオガンダイはロンジヌの顔を見つめた。
ロンジヌはこほんと咳ばらいをしてから、改めて辞令を読みあげる。
「『中級指揮官魔操のデオガンダイの、中級指揮官の任を解き、新たに上級調査官の任を命ずる。』......これが、あなたに出された辞令ですよ。おめでとうございます、昇進ですね」
相変わらず不愛想な顔のまま、ロンジヌはデオガンダイに、淡々とそう告げた。
対するデオガンダイは、呆けたままだ。
「へ?昇進?なんで?」
そんなデオガンダイの様子に、ロンジヌは呆れてため息をついた。
「まず、中級指揮官の任を解かれた原因は、あなたのリヒエドでの大失敗が故です。それは、わかりますね?」
「う......うむ」
「しかしあなたはそれ以上に、魔物の生態調査任務等で、成果をあげているのです。もしかして......全くご自覚、されていませんでした?」
「え?え?え?」
そう、デオガンダイは、自身が積み重ねて来た真の功績に、全く目を向けて来なかったのだ。
何故なら彼の熱意は、生まれながらにして定められた能力値以上の戦績をあげ、魔王軍上層部の鼻を明かすことにのみ向けられてきたから。
魔物の生態研究等はそのための手段であり、その研究自体が評価されることなど、デオガンダイは想像だにしていなかったのだ。
「というわけで、発令までに時間がかかりましたが、適性を考慮したうえでの配置転換及び昇進というわけですね。今回の失敗で、その昇進にも若干けちがつきましたが、それでもこの辞令は覆りません。ちなみに私はあなたにくっついて異動することになりましたので、今後ともよろしくお願いいたします」
そう言ってロンジヌは、カバンから自身に発令された辞令も取り出し、デオガンダイに見せつけた。
そこには『中級指揮官魔操のデオガンダイ付き下級補佐官ロンジヌの、下級補佐官の任を解き、上級調査官魔操のデオガンダイ付き中級補佐官の任を命ずる。』と書かれている。
しれっと自分も、中級補佐官に昇進している。
「待て......待つのだ、ロンジヌ、整理させてくれ」
デオガンダイは混乱しながらも、ゆっくりと。
ゆっくりと、理解していく。
「つまり、オレは」
「はい」
「死ななくて、良いし」
「はい」
「部署は、変わるけど」
「はい」
「......出世を、すると」
「はい」
「認められたと」
「はい」
「認め......られたんだな、オレは?」
「はい」
「クカカ......クカカカカーーーッ!」
デオガンダイは、ついに、ロンジヌの言葉を、噛み砕き。
現状を、のみこみ!
そして......哄笑した!!
「あッ!!あだだだだだーーーッ!?」
そして自分が骨折していることを思い出し、痛みにもだえ苦しんだ!
「ですが、喜んでばかりも、いられないのですよ?」
そんなアホをやるデオガンダイのことを見下ろしながら、ロンジヌはため息をついた。
「『調査官と言えど、上級位を名乗るだけの戦闘能力が、あなたには備わっていない』と主張する幹部もいるのです。先ほど『けちがついた』と言ったでしょう?このままでいては、足元をすくわれます」
「あだだだ......まあ、魔王軍たるもの強くあれ、という理念はオレも理解している。そのような声があるのも、致し方なしだが」
「ちなみに、怪力無双のマッコイマッコイ様のご意見です」
「なんだとふざけんなあの筋肉馬鹿め貴様は四天王にふさわしい知能を身に着けてからそういう偉そうなことを言えッ!!」
「......その流れるような罵倒、私は聞き流しておきますね」
ロンジヌはきょろきょろとあたりを見回し誰もいないことを確認すると、安堵のため息をついた。
「とにかく、そこで私は、既に一つ手を打っておきました」
「なんと......!?」
デオガンダイは、ロンジヌのその対応の早さに驚嘆し、感動した!
全く、このおチビは、本当に良くできた部下だ。
ロンジヌが、自分の部下でいてくれて、本当に良かった。
デオガンダイは、心底そう思った。
そして、聞いた。
「その、“手”とは、一体?」
誰かしら、後ろ盾となってもらえる幹部を見つけ、話をつけたのだろうか?
デオガンダイは胸の内に上層部に対する反骨心を秘めてこれまで生きてきたので、そうした政治的な関係づくりというものから、あえて距離をとっていた。
故に、見当がつかないのだ。
誰だ?
後ろ盾とは、一体誰だ?
疑問を浮かべるデオガンダイに対し、ロンジヌはにやりと笑ってから、自信満々に、答えた。
「改造手術です!」
「......は?」
何やら、想像とは異なる不穏な言葉が聞こえて、思わず固まるデオガンダイ。
しかしそんな彼の様子など気にも留めず、ロンジヌは魔導フォークリフトに飛び乗って、それの操作を始めた。
リフトがゆっくりと、床とデオガンダイの体の間にさしこまれていく。
「な、なあ、ロンジヌ?改造手術とは、一体?」
「デオガンダイ様。あなたは常に、己の能力値の限界の低さに苦悩しておられました。それは、私も良く理解しております」
「う、うん」
リフトでデオガンダイの体を持ちあげながら、ロンジヌは語る。
「ぶっちゃけますと以前私はあなたのこと割と嫌いでしたので、その悩みについても放置しておりました。しかし最近では私も、何とかしてあげたいなと、思う程度には情がわきまして」
ガコン、ガコンとレバーを操作しながら、少しだけ顔を赤らめるロンジヌ。
だけど目線は、デオガンダイに合わせようとはしない。
少しだけ、可愛らしいしぐさだ。
だけどデオガンダイとしては、そんなしぐさが気にならないくらいには、嫌な予感しかしない。
「そこでですね、ちょうどこの度、技術部が試験的に実施する、人体改造手術の被験者を募集しているという回覧が、まわってきましたので」
「うん」
「デオガンダイ様の名前で、被験者として申し込みを」
「しようと思ったの?いや、オレね?第5形態になっただけでも、凄い日常生活、不便なんだ?だからね?せっかく考えてくれたことは嬉しいんだけどね?やっぱりさ、これ以上人体改造されちゃうってのはさ?遠慮したいなーって」
デオガンダイは上司としての口調を取り繕うこともやめ、リフトの上から運転席のロンジヌに対し、大慌てで彼女が余計なことをしないように、懇願した。
ロンジヌはそれを黙って聞いてから、カバンの中から、辞令とは異なる紙を取り出した。
「いや、もう申し込みしてますし。これ、申込書控えです」
「何やってんのーーーッ!?」
その紙は、確かに人体改造手術被験者申込書控え!
『手術の結果生じるいかなる結果につきましても、私は受け入れ、抗議いたしません』という内容をはじめとした恐るべき同意文が羅列されたその文書の最下部には、既に申込者署名欄に丸文字で『デオガンダイ』の名前が書かれている!
「おま、お前ッ!勝手に名前書いたな!?」
「僭越ながら」
「何てことするんだ!勝手にオレの今後の人生を決めるな!」
「ですが、デオガンダイ様の能力値は既に限界に達しています。これ以上の強さを求めるならば、もはや人体改造以外の手段はありません」
「あるって!絶対何かあるって!ってか、何でその申込書、受け付けられたの!?明らかにその署名、オレの字じゃないだろ!」
「『デオガンダイ様は第5形態になってペンがうまく握れませんので、私が代筆しました』と言えば、すんなり通りましたけど」
「審査が雑ーーーッ!!」
デオガンダイとのやりとりも片手間に、ロンジヌは魔導フォークリフトを操作して、移動を開始した。
転移室から大きな自動扉を抜け、廊下へと進み出る。
デオガンダイは必死で大声をあげて抗議するも、骨折のせいでそれ以上の抵抗ができない!
フォークリフトの上に乗せられて、ただただ荷物のように、どこかへと運ばれていく。
「安心してください、デオガンダイ様。おそらくあなたはきっと、この手術で上級調査官にふさわしい戦闘能力を身に着けることが、できるでしょう。多分」
「『おそらく』、『きっと』、『多分』と言われて、安心できる奴がおるかーーーッ!!」
「さあ、早速手術室に向かいましょう。強大な力は、すぐそこですよ」
「え、待って?しかもその手術、今からなの?早すぎない?」
「他に被験者が、いないらしく」
「そんな手術嫌だーーーッ!!受けたくなーーーいッ!!」
全く、このおチビは、本当に良くできた部下か?
ロンジヌが、自分の部下でいてくれて、本当に良かったのか?
デオガンダイは、心底そう思った。
まあ、とにかく。
魔王軍中級指揮官改め上級調査官、魔操のデオガンダイ。
君の戦いは、まだまだ続くようだ。
頑張れ、デオガンダイ!




