323 (花屋)『夜明けの日』前日の追憶
皆さま、こんにちは。
お読みいただいております物語、『オマケの転生者』は、これより始まります第17章をもって、第1部が完結いたします。
まあ、ただ一区切りがつくというだけなんですが、それでもここまで書き続けることができたという事実を、作者は嬉しく思います。
これもひとえに、皆さまにご愛読いただきましたからこそであると思っておりまして、本当に感謝の念に堪えません。
この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
さてさて、本章ですが、そこそこ多くの人物が登場します。
なので途中までは、後で目次で見返した時にわかりやすいよう、それが誰の話なのか、かっこでくくってタイトルに表示いたします。
というわけで、一つ目は「花屋」さんのお話しです。
......誰だよ!?
それでは、お楽しみいただければと存じます。
ミハビュシラの丘、と呼ばれる小高い丘が、アーシュゴー王都の郊外に存在している。
王城を含めた王都の全ての街並みを一望できる、見晴らしの良い丘だ。
このミハビュシラの丘は、その眺望のすばらしさから、かつては王都の民の憩いの場として愛されていた。
......ただし、かつては、の話である。
今ではすっかり草が生い茂り、辛うじて獣道が残るのみ。
王は、人々から様々な物を奪った。
それは、時には代々受け継ぐ大切な家宝であったり。
美しい、娘であったり。
気まぐれに、王の望むもの全てを、奪いとっていった。
何故か。
『支配者であるから』と。
王は常々口にしていた。
生活は苦しく、皆圧政の恐怖に震えている。
特に理由もなく、隣人が処刑される。
そんな毎日に、怯えている。
人々に、眺望なぞ、楽しむ余裕があろうはずがない。
だから。
「やあ、待ったかい?」
「............」
この丘の上で待ち合わせをしていた、男女がいたとして。
この二人が、デートのためにこの場を訪れたなどとは、決して考えられないわけだ。
丘の上の、とりわけ眺望の良い草原。
この草原の中心には、自然物なのか、それとも人工物なのか......由来のわからぬ、人の身長程の、黒色をした石柱が立っている。
二人は、この石柱を目印として......少なくとも週に一度は、顔を合わせていた。
王都からほど近く、なおかつ人目が無い。
背の高い草が、姿を隠してくれる。
広く、万が一の場合の逃走も容易い。
その他諸々の事情もあり、密談にはもってこいの場所なのだ。
「おや、あんた、今日もタンポポかい?たまには赤いバラなんかを用意してさ!あたしを喜ばせて欲しいもんだねぇ」
遅れて来た女は、石柱の下に置かれた一輪のタンポポを見つけて、にこにこと笑った。
風が吹き、後ろで一つに縛った彼女の赤茶色の長い髪を揺らす。
化粧もせず、どこにでもいそうな町娘の恰好をしているこの女、歳は20代の中ごろ。
地味を装ってはいるが、その実、相当な美女である。
「あたしは今日は、トリンラスの花さ。ここいらじゃ数は少ないけど、ちゃんと自生している。白くて小さい、地味な花だけどね、東の方じゃ、意中の相手に贈る定番の花だそうだよ」
そう言ってウィンクをしてから、女も石柱の下に花を置いた。
これは、この女と男が使っている、符丁の内の一つだ。
もし片方がこの場所に来れない場合、もう片方は花を置いて、ここを去る。
来れなかった方は、後日石柱まで行き、花の有無を調べれば、相手方の無事を確認できるというわけだ。
その他、詳細な取り決めはあるのだが、端的に言えば、こういうことである。
「............“花屋”よ。お前、まるで、本物の花屋だな」
ここでぽつりと、これまで無言を貫いていた男が、口を開いた。
この男は細身ではあるが、鍛え抜かれた肉体を持っている。
歳は30代の中ごろか。
顔面を含めてその体にはいたる所に傷跡が残っており、恐ろしい雰囲気を身にまとっている。
そして、何より......この世界では、かなり珍しいことに......この男、髪色も瞳の色も、黒一色であった。
「まるでも何も!忘れちまったのかい、あたしは本物の花屋だよ?本業だって、副業だって」
困ったように笑いながら、花屋はその場に腰をおろした。
男もそれに続く。
揺れる草の隙間から王城と王都の様子を眺めながら、二人は会話を続ける。
......と言っても、喋っているのは、ほとんど花屋だ。
男は、非常に無口な性質なのだ。
「さてさて、今日も色んな“花”をね、摘み取ってきたんだ。聞いとくれよ」
にこにこと笑いながら、花屋は気軽にお喋りを続ける。
「真っ黒な花だって、今じゃ結構咲いてんだよ?......あんた、理不尽に処刑されそうになっていた、兵士を助けたんだって?」
「............成り行きだ」
「兵士の名前は、トッピパップゲン。南部の漁村の出身で、同僚からの信頼も篤く......って、そんなのはどうでも良いかねぇ?大事なのは、ほら、あんたこの件で、敵方の兵士共にすら、好かれ始めているってこったね。はは、本当、末期だよねぇ」
「............」
にこにこしている花屋とは対照的に、男はむすりと口を結んでいる。
お喋りを止められないので、花屋の口は滑らかに動き続け、そして、つい、余計なことを言った。
「最近じゃ、あんたのことを英雄扱いする輩も増えている。どうだい?ここいらで二つ名を、“死神”から“英雄”に変えてみては?」
「ふざけた冗談をぬかすな」
次の瞬間。
瞬きをする間に、花屋の首筋へと......死神の手刀が当てられていた。
恐ろしい程の殺気をぶつけられ、花屋は......困った顔をして、肩をすくめた。
「はいはい、わかりましたよ......すまないね」
「............」
花屋からの謝罪の言葉を受けて、死神は再び腰をおろした。
「子豚は」
そして珍しくも、彼の方から話題を振った。
よほど花屋の“冗談”が、気に食わなかったらしい。
これ以上、軽口を叩く暇はなさそうだ。
「逃げたよ。一匹は南へ、一匹は東へ」
曇り空を見あげながら、花屋はため息をつき、そう告げる。
「東はともかく、南って、ねぇ?今、大嵐らしいけど......あの我慢のできない子豚ちゃんが、待て、できるのかねぇ?」
「大豚は」
「動いていない。太りすぎて、動けないのかも?それとも、“支配者”様としての、矜持かねぇ?」
「バケモノは」
「もう来ないよ。あの総帥様を動かすには、莫大な金が必要なんだ。義理だってない。あれは、絶対に来ない」
そう言って何かを思い出したのか、花屋は顔を青くしてぶるりと体を震わせた。
「あんた、あれとやりあったんだろう?さすがは“死神”様だねぇ」
「............逃げただけだ。やる気のない、相手からな」
「それでも逃げきったんだ。大したもんさ」
「「............」」
ここで、双方ともに無言になる。
秋の風が吹き、草が揺れる。
「“夜明け”は......いつだ」
「それを決めるのは......花屋じゃない。神さ」
あまりに不遜な隠語である。
死神はもともと不愛想なその顔を、さらに不機嫌に歪めながら......しかし、その意味を確かに、理解した。
彼は、立ちあがり、そして......眼下の王城を、睨みつけた。
【支配】
とある神珠に影響されてしまった存在が目指すもの。
【トッピパップゲン】
現在は故郷に帰り村長をしている、真面目な男性。
【南に逃げた子豚】
不敬な隠語である。
この人物こそが、ガロズグ暴走のきっかけを作った。
......と、言うことは、既に末路は語られております。
【バケモノ】
我らが主人公エミーちゃんの代名詞。
だけど今回の場合は、お母さんのこと。
【死神】
この男性が誰かなんて、解説はいらないですよね?




