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友達のスタートライン

『運命の人』なんて馬鹿馬鹿しい。

 私はそう思いながら、とある神社で願った『恋がしたい』という願いに返ってきた自称神の言葉にそう思う。


『君に、その魂と引き換えに運命の人との出会いをもたらそう』


 ……なんて、アホらしい話なんだろうか。


 高校生になって二週間が経つ。

 けれど、私が『運命』を感じられる人なんていなくて、きっと白昼夢でもあの時は見たのだろう、と思う。


 そんな風に休み時間、思っていた瞬間の話である。


「……すいません、教科書忘れたので見せてもらっていいですか?」


 隣の席に座る彼が言う。


「また、かしら?」

「はい……」


 私が聞き返すと彼は落ち込んだ様子で答えてくる。


 さて、これで隣の席の彼が忘れ物をしたのは何回目だろうか。

 ……四回目だっけか?なんて思いつつ、私は数学の教科書を隣に見せるように準備する。


「ありがとうございます」


 そういって、彼は机をこちらに寄せるように、しかし完全にくっつけてしまう事のない距離感を保ちつつ近づけてくる。


「くっつけてもいいって。見にくいでしょ?」


 そうやって私が言うと彼は首を縦に振り机を完全にくっつける。

 だが、今度は椅子を私から少し離すように遠ざける。……嫌われてしまっているのだろうか?


 そんな事を思っていると、彼がこちらに向けて頭を下げてくる。


「ほんと、ごめんなさい。迷惑ですよね」


 そうして、謝罪の言葉を放つ。

 どうもその言葉からこちらに遠慮しているのだと理解できた。

 私は首を横に振って、彼の言葉を否定する。


「気にしないで。どうせ、対した手間でも無いから」


 しかし、相手がこの隣の彼……坂川くんで無ければ迷惑だと断言していたかもしれない。


 なにしろ、この二週間で好奇心を持って私に話しかけてこなかった人間は、坂川くんくらいの物だから。


 私の容姿は目立つ。特に、こんな面白みも何も無い田舎なら、なおさらだ。


 母親譲りの金髪に、明らかにハーフのそれとわかる名前。クラスメイトの大半は興味を持って話しかけてきた。


 しかし彼は、私どころかそもそも周りの人間に興味が薄いのか、必要な要件以外で喋っているところを見たことは無い。


 とはいえ、それは別に彼が嫌な奴だとかそういう事では無くて、愛想も良くて、語り口も優しげ。


 そんな訳で、彼はいわゆる「クラスにいる無害なぼっち」という立場にすぐ身を置いた。……正直、羨ましいと思える部分もある。


 私は自分の納得できる学校生活がまだ送れてはいないから。


 私は中学校での環境があまり良いものではなかった。

 嫌味なクラスメイトに下卑た男の視線。

 目立つ容姿に良くない性格、さらに私立のお坊っちゃま学校にしては凡庸かそれ以下な能力。


 そんな訳で、私は高校から住む地域を変えてまで、ごくごく平々凡々といった学校に通うことにした。


 とはいえ思うところもあって……。


(やっぱり、どこ行っても一緒よね……)


 周りの人間の質がそう大きく変わることも無く、休み時間は下心丸出しの男子と、私を装飾品か何かと勘違いしている女子に話しかけられるだけ。


 別段、自分にとって成績がちょうどいいなんて事もなく、今日の朝、配られた入学時テストの結果でも学年で三番。

 ……正直なところ、レベルを下げてまで入学したのだから一番が取れなければいけないと思った。


(だけど、数学は苦手だし……)


 それこそ、さっきから数学の緋坂先生が話している話も右から左、全然分からない。


「では、これとほぼ同じ問題の問一を解いて下さい。それが終われば、問二と三もちょっとした応用なのですぐ出来ると思います」


 そうやってみんな下を向き、問題に取り組み始める。


 隣の坂川くんも例外では無く黙々と取り組んでいる……隣をそっと見てそう思っていると、先生が問題を解くよう言ってから十秒ほどで、彼は突然顔を上げこちらを見る。


「あの……問一って解き終わりましたか?」


 終わるわけがない。


 なんなら私は問題文すら見ていないのだけれど……。

 だから私はそれに素直に返す。


「ごめんなさい。まだ終わってないの」

「あっ、そりゃそうですよね。申し訳無いです」


 そうやって、顔を教科書の方に向ける坂川くん。

 私も目を向けると、どうにも問一がページの終わり際にあって、つまりは、めくらないと問二と三は見えないという事らしい。


 私も早く終わらせないと、なんて思いながらペンを持つのだけれど……。


(分からない……。因数分解ってどうすればいいんだっけ……)


 そうやって数十秒間困っていると坂川くんが私の方を見て来て、何事か言ってくる。


「あの……困って、ませんか?」


 彼は私の動きが止まっているのを見て声を掛けてきたようだった


「……うん。分からなくて……。これ、どうやって解けばいいの?」


 私はすぐに解き終わったらしい彼に語りかける。

 そして彼は口を開いて、


「これ、後ろの整数が25なので、5かけ5か、あるいは25かけ1しかありえないんですけど、だから整数同士のところはそれのどっちかで……これ、珍しいんですよね25が因数分解のカッコ内に出るの、問題としては柔軟な発想持って欲しいみたいな意味合いがこもってるのかも」


 呪文を唱え出した。


(分からない! 何を言っているのか、さっぱり分からない!)


「ごめんなさい。一から説明してもらって、いいかしら?」

「あっ、ごっ、ごめんなさい。説明になってないですよね、今の……。えっと」


 彼は今度はゆっくりと、しかし確実にという意図がこもったように教えてくる。

 紆余曲折あって彼の説明がゴールまでたどり着いた時、なんとか私も回答にたどり着く。


 その瞬間に先生の「はい終わりです。今のとこは次の授業で回答を当てます。宿題ですね」なんて声が聞こえてきて、そしてそのまますぐに授業は閉じた。


 授業後、坂川くんは私に謝ってくる。


「ごめんなさい、分かりづらい説明しか出来なくて。教科書、ありがとう」


 そうやって言ってしょんぼりしたように彼は昼休みに入る。

 いつものように、自分の机で一人、昼ご飯を食べるらしい。


(私の理解が遅いだけだと思うんだけど……何か申し訳ないわね……)


 私はなんとなく、彼の一端に触れた気がして。もう少し話してみたいなんて、その授業の後にふと思った。


 私も昼食を食べ始め、そんな中でどうやって話しかけようかと彼の様子をチラチラ観察する。


 彼は購買で買ってきていたパンを結構な速さで食べている。口に物が詰まっている様子が小動物的だ。


 結構、端正な顔立ちをしているとは思うのだけど、その様子の間抜けさがギャップとして見えて思わず笑ってしまう。慌てて、口元を手で覆い隠す。


 彼はすぐに、食べ終えると何事か鞄の中を漁り出す。しかし、すぐに何事か気づいたように頭を掻く。


「教科書ないじゃん……。仕方ない、課題は家帰ってからかな」


 何を言っているかははっきりとは分からないが独り言だろうか? ……教科書と課題、と言う単語が聞こえたので数学の話な気がする。

 関係はないが、私も独り言は好きなので彼のその行為に親近感を覚える。


(プロのぼっちよね。嫌われず、好かれようとはしない。……羨ましいわ)


 私は、見た目のせいなんて言うつもりも無いけれど目立ってしまって、けれどそれに自信を持って向き合う度量もない。


 そんなだから、私には自分らしいふるまいが分からないのだ。

 尊大にも卑屈にも生きられず、自分がどういう行動を取ればいいのか納得の行く答えが得られない。


 だから、彼みたいに自分の思う過ごし方をしている人がとても羨ましくて、憧れてしまう。


 彼の様子を見ていると、今度は鞄からテスト用紙を引っ張り出している。今朝返された物のようだ。


 じっと見るのも失礼だと思ったが、どうにも気になってしまった。

 ほとんどの問題に丸が付いているのを見てしまったから。


(あ、数学は百点だ。国語も百点……よね? 見る限り)


 他の教科も似たような点数で、いくら入学時のテストで難易度が低く作られているとは言っても、流石に高い点だと思った。

 彼はそれを見直して、配られた答えと見合わせてチェックをしているみたいだった。


 端から見ていても、凄く感情豊かに答案と睨めっこしていて、笑ったり、悔しそうにしている姿が伺えた。……正直、表情がコロコロと変わる姿に可愛らしいという表現が似合うと思った。


 彼のそんな様子にまた笑ってしまう。


 その時彼が、こちらの様子に気づいたようで声を掛けてくる。


「えっと、あーっと。み、見てました?」


 坂川くんは露骨に恥ずかしそうに頰を掻きながら尋ねてくる。


「一人で笑ったりして気持ち悪いですよね。ごめんなさい」


 そうやってまた彼は謝ると、テスト用紙を鞄にしまいどこかへ立ち去ろうとする。


 そんな彼へ、私は声を荒げて言う。


「待って! 馬鹿にしたわけじゃないの!」


 自分でも驚くくらいに声が大きくなってしまい、クラスメイトの目が思いっきりこちらに向く。


 彼は萎縮したようにして、動きを止めると「えっと……」なんて言って困ったような声を出す。


「誤解させてごめんなさい。別に馬鹿にしたわけじゃないの。ただ、羨ましくて」


 私は彼の一人でも楽しそうに、自分らしく生きるみたいな姿勢がとっても羨ましくて、だからきっと思わず笑顔になってしまったんだと思う。


 ……けれど、坂川くんはその言葉にも動揺したみたいで、一刻も早くこの場を離れたいみたいに浮足立ってしまっている。


 私は、急にこんな事言われたら困って当たり前だと自分の言葉を振り返り思って、そのことに焦る。


 なんとか彼を引き止めようと言葉を考えて、


「……一緒に話をしたいの。今、いい?」


 そんな言葉を彼に投げかけてしまった。


 彼は急にそんな言葉を向けられて驚いたのか、自分に向けられた事か確認するためか、周りをきょろきょろ見回してから言う。


「……もしかして、それ、僕に言ってますか?」


 私は水飲み鳥のようにぶんぶんと首を縦に振り彼の言葉を肯定する。


「……私、さっきの問題の続き、分からないから。せっかくならあなたに教えて欲しい。……なんて、思うんだけどいいかしら?」


 そうやって言うと彼は相変わらず困ったような表情で答えてくる。


「……僕、さっきの通り教えるの下手なんですけどいいんですか?」


 彼は不安からか求められた側なのに、教える事に許可を得ようとする。

 そんな姿勢に思わず、彼の優しさというか人柄の良さを感じてしまって私は微笑みながら答える。


「大丈夫、理解できなかったら私のせいだから」


 そう冗談混じりに言うと彼は面食らったような表情になって……そして、笑った。


 これが、私が初めて坂川くんの笑顔を向けられた瞬間。


 きっと私はこれを忘れることなんて無いんだろうなと強く感じた、魅力的な顔。


 そんな、屈託の無い笑みだった。


「じゃあ、お願いされるね」

「うん、お願いします」


 彼と私はそうやって言い合った。


 それが、私たちの関係の始まり。


 ごくありふれた出会い方で、運命的でもなんでもない。


 だけど、そんなこと関係なくて。

 事実として、私は彼に好感を覚えていて。


 彼が友達になってくれればいいな、なんて想いを抱えていたのだった。

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