坂川奈月は振り返る
夕食を終えてから如月さんの『明日は早起きでお願いしますね』なんて言葉を受けてから、僕は部屋にこもって考え事をしていた。
エリスが消えたという事がほとんど明らかになったから、エリスがいない場合の自分について考えたかったのだ。
だから、僕は初めに彼女と出会う前の出来事について、思い返す事にした。
*
高校生になるまで、僕……坂川奈月はずっとコミュ障で一人だった……なんていう事はなかったりする。
僕は、確かに人と話す事は苦手だ。特に話したことの無い人に対して何を喋ればいいかなんて事さっぱり分からない。
だけど、昔からこんな性分だったかというとそうでは無かったと思う。
小学校から中学二年生の半分くらいまでクラスの目立つ集団と一緒に過ごす事は少なかったが、その集団のリーダー格以外の人とは一緒に遊んだり、ゲームしたりと、それなりに上手くやっていたと思う。
ただ、リーダー格の威圧的な態度は嫌いだった。
特に体育の時間なんて文字通り地獄で、別に運動が極端に苦手なわけじゃ無いんだけど、僕にはボールを使うという能力がまるで欠如していた。
だから、球技なんていうチームプレイの代表みたいなものだと絶対に責められる立場にあったのを覚えている。
一番きついと思った出来事で言うと、中学一年のときバレーボールの最中、『ボール触んな』と言われた事だろうか?
まあ、僕は実際そのあたり出来ないのを散々言われて過ごしてきたので、別に何も文句言わずあいつらに従ったけど。
そうそう、威圧的な態度というと教師に関しても思い当たる節がある。
中学二年生の途中くらいまでずっと大人のいう事に従って過ごすのが正しいと思って生きてきた。
強制参加だからと中学の一年半、部活にも参加してきた。
なんの部活かって言えば剣道部で、その中で言えば恐らくそこまで極端に下手だったわけでは無いと思う。
正直なところ同学年十人くらいで言えば中の中か、中の上くらいではあった気がする。
小学生の時からやらされていたから、慣れていたというのもあるんだけど。
同級生との人間関係も良好、家が近くにある奴が一人いたから部活が午前で終わる場合にはよく遊びに行った。
まあそんな部活ではあったが、思い返せば顧問教師がクズだったのだと今なら実感できる。
常に自分が上を取っている事を前提とした喋り方、自分が悪いとは決して思わない傲慢っぷり。
これに関してはひとつ思い出したくもない思い出がある。
ある部活終わりの時に剣道部全員が顧問の『社会科教師』として仕事を頼まれた。
そのクソ教師の頼み方からして任意で手伝ってくれという態度だったし、別に手伝う必要も無いと思った。
だから、そいつが一人ひとりに意思確認をする中、僕は一人だけ『やりません』とただそれだけ言った。
……まあその後のことは思い出したくも無い。
他の部員が仕事をするのを横目に職員室でそいつに説教されたのを覚えている。
その時は怯えながらに説教を受けたが、よくよく考えれば部員が黙々と仕事をしている姿を見ながら優雅に説教とは後から思い返すと爆笑ものである。
てめえの仕事だろ。手伝う事を前提にすんなら最初から命令すればいいのに。
……脳内の口が悪くなってしまった。まあ、そんな環境だったし、部活も必須参加、大人の言う事に唯々諾々と従っていた僕がその時にストレスを拗らせて引きこもる事になったのも仕方ないだろう。
引きこもっているから親との関係もどんどん悪くなっていつの間にか三年の秋。
当時、僕には中学一年である妹の千早くらいしか話す相手がいなかった。
「お兄ちゃん、自分がしっかりしてないって思いすぎだよ? お母さんもお父さんも、ちょっとした事を昔から責めすぎだからいっつも思ってたんだけどね。そんな事言われ続けて、自信持てるわけないのにね。……あ、ここ教えて」
妹は常に僕の味方であろうとしてくれて、僕の部屋で何かと口実をつけては二人で話していた。
勉強教えてだとか、ゲームしようだとか、部屋の整理したいだとか……。気を使ってくれていたのを今よりも更に捻くれていた当時でさえ感じていた。
当時、テストの点数がそこまで落ちなかったのも千早が先んじて中三の勉強を教えて欲しいなんて言ったからだ。
*
そこまで回想して僕は今日何回目かわからない独り言を呟く。
「まあ、暗黒時代だよね。あんときの僕からすりゃ『とっとと死ぬか〜』って感じだった気がするし」
そうやって今なら軽口を叩けるが、その時からすればもっと深刻に死にたい気持ちだったと思う。
「まあ、今思えば運いいよ僕は。いじめにあったりした訳でもないし。妹は優しいし」
僕はそんな環境から妹や担任の先生の助けを借りて、なんとか脱却しようと隣の市にある公立高校を受験して一人暮らしを始めることにした。
幸い、頭だけは良い……というか厳密に言えばテストの点だけは良かったので、平凡なその公立高校の受験には無事受かって一人暮らしをすることになった。
だらしない生活にはなるが、そもそも僕は、自分の行動で自身が不利益を被るのはあまり気にしないのでルールが無い我が家というのは楽で良かった。
だから、高校へは比較的気楽に行く事が出来ている。
それに、クラス替えも無い一クラスのみの理数科に、優しいクラスメイト達。恵まれた環境だ。
……その上で、エリスなんていう感性が近くて気兼ねなく話せる。離れた場所から引っ越してきたなんて境遇も似ていて、さらに趣味まで近い人間に巡り会えた。
「……幸せすぎたんだよね。きっと。柄じゃ無いとは思うけど、エリスが居なくなったのだって多分、罰なんだ」
そうやって一人呟いてあまりに馬鹿みたいな発想なもんだからと笑い飛ばそうとする
「あはは、そろそろ眠いのかな? 早く寝ないと」
だけど、上手く笑い飛ばせず、むしろその事に自分が強がってそれを言っているんだと自覚してしまう。
それが自分に辛さを感じさせ自然に涙を溢れさせてしまう。
「……は、あはは、わかってるよ。こんなの強がりだって。だって意味不明じゃんか。なんで、急に居なくなってしまうのさ。ようやく二人とも普通の友人関係が築けたんじゃ無いのかよ。捻くれ者二人が、やっと胸を張って友達って言える関係になれたはずなのに、なのにさあ」
僕はそのまま布団にこもって、今日二回目の涙を流しながら、「なんで」とか「どうして」とか理不尽な歪み方をした世界に文句をつける。
泣きはらしていると、気がついた時には夜が明けていた。




