アパート拉致軟禁
頭の中がパンクしそうなほどの情報量を抱えながらマンションを出た僕はふらふらと自転車を漕いで元住んでいたアパートへ向かう。
ちなみに当然の権利の様に元々使っていた僕の自転車くんは駐輪場を埋めていた。
今日は土曜日、エリスは出不精だし大抵ゲームをしている。もし僕と入れ替わってるならそこに彼女が居るはずだ。
そう思って元の住居、アパートの1-Cのインターホンを押す。
程なくして、中から反応がありドアが開く。
僕はホッとして自分の動悸を抑えようと胸を撫でる。
だがそこから出てきたのはエリスではなかった。
「誰だおめぇ。宗教勧誘ならお断りだ」
禿げ切ってはいないが少なくなった毛髪に、白シャツに縦縞パンツ一枚。そんな中年男性であった。
僕はそのステレオタイプ独身中年男性みたいな格好をした男の威圧感に怯えながら話す。
「あ、あれ? ここって鹿宮さんのお宅じゃ無かったですか?」
「誰だそいつぁ? このアパートにそんな名前の奴ぁいねえぞ」
「そ、そうなんですか。失礼しました」
僕は持ち前のコミュ力の低さを発揮しつつ、自分のためにも、相手のためにもさっさとここを離れてしまおうと考える。
「じゃ、じゃあこれで。休日に申し訳無かったです」
「おい待て、ちょうどいいところに来てくれた。宗教勧誘でも、受信料の徴収でもない人間なんてそう来ねえからなぁ。兄ちゃん、今時間あっか?」
しかし、僕が離れようとした時に後ろから声を掛けられてしまう。
悲しいかな、僕は人に話しかけられてそのまま無視してて去る様な厚顔な人間では無かった。あとおっさんの態度にびびっていた
だから、
「は、はい。ありますけど」
なんて回答をしてしまったのも致し方ないと言えるだろう。
*
数分後、僕はおっさんが出てきた部屋に招き入れられていた。
部屋の中は僕が住んでいた時と家具が違う程度で、内装に変化はなかった。一番違うのは、おっさんの方が部屋が整理されていてが綺麗な事だろうか?
おっさんは何事か台所で漁っていたかと思うと、右手に器にみかん入った大量のみかん、左手に大きなペットボトルに入ったコーラを持ってくる。
「ジジイが二箱もミカン送って来やがったんだがな、俺一人じゃ食い切れる訳もねえから人手が欲しかったんだよ」
そう言ってもう一度台所に戻り冷蔵庫を開けて、「冷てぇ」などと言いながら、ビールの缶とコップを持ってきて机に置く。
昼間から飲むつもりらしい。
おっさんはコップをこちらに差し出しながら言ってくる。
「ほれ、自由に飲み食いしろ。おめぇがここに来たのは偶然かもしれねえが、これもなんかの縁だ」
「えっと、ありがとうございます」
僕は完全に初対面の人間に萎縮しながら、どうも「食え」との事だったためみかんに手を出す。
みかんの皮を剥くのは苦手だ。
どうにも綺麗に放射状には剥けず、千切れた皮のカスだけがちゃぶ台の上に並んで行く。
「最近の子ってのはミカン食わねえのか?」
皮を剥くのに悪戦苦闘している僕の様子を見て、缶ビールを飲んでいたおっさんが口を出してくる。
「いいや、違いますよ。ただ僕が不器用なだけです」
そうやって言ったときちょうど一個めのみかんを剥き終わった。そのまま身を千切って、一切れ口に入れる。うん、美味しい。
ちなみに僕は白い筋を残して食べるのに抵抗はない方だ。
そのまま二切れ、三切れとぽんぽん口にみかんを突っ込んで行く。
起きてからおやつしか食べていなくてお腹が空いていという理由もあったが……それ以上におっさんと二人、何を話せばいいのか分からないのを誤魔化すという理由の方が大きいだろう。
「ふうん……美味そうに食ってくれるじゃねえか。ジジイも喜ぶよ、きっとな」
そんな僕の様子を見ながら、おっさんもまたみかんに手を伸ばす。僕とは違い上手いこと皮を千切らず剥いていく。
ヒトデみたいに五方向の放射状にめくれた皮を見ながらおっさんは誇らしそうな笑顔で呟く。
「上手いもんだろ?」
「あ、はい」
「昔から家でよくやってたからな、得意なんだ……しょうもねえ自慢だがな」
「……ほんと、しょうもないじゃ無いですか」
思わず本音が出てしまう。独り言ばかり言っているから考えた事がそのまま言葉になってしまう事は良くあるのだ。
おっさんはそんな僕の言葉に対し気にした様子もなく笑い飛ばして来た。
「はは、言うじゃねえか。まあ、こんな事が出来ようが実際、意味ねえよ」
そのまま、缶を煽って酒を飲む。その姿に僕も思い出してコーラを用意されたコップに注いで飲む。
「ただ、思い出にはなる」
おっさんと僕は同時に飲み物を机の上に置き、それを見計らった様におっさんが呟いた。
「おめぇ、最初に俺の顔見た時、死にそうな顔してたぞ。人生に希望がねえ、みたいな。若えんだからしゃんとしろ……なんて老害みたいな事は言わねえけどよ。楽しそうに生きろよ」
「は、はい」
「そう畏るな。別に、責めてるわけじゃねえ。ただ、考えるとドツボに入ることもある……多分、ここに来たのも何かの考え合ってだろうけどよ」
なぜか、思考を見透かされたかのように言ってくるので思わず尋ね返してしまう。
「あの……なんで、そんな事が分かるんですか?」
おっさんはけらけらと笑うと。
「おめえ、分かりやすいって良く言われねえか? 慌てた時は目が泳いでる、頭を掻いてる、さらには、言い淀むし、本音は隠す気もなくどんどん口から出てくる。これで分かるなって方が無理あるぜ?」
「そ、そうなんですか……」
初対面のなんの変哲もない中年男性にこんな事を指摘されるって言う事は、僕は普段付き合いのある周りからどういう風に見られているんだろうか……。
「おめえミカンの皮すら剥けないくらい不器用だけどよ、きっと頭は良いんだろうさ。俺みてえなジジイ、怒らせたら面倒だから大人しく従ってくれたんだろう? 賢いよ、その生き方」
おっさんはまたビールに口を付ける。
アルコールの匂いがこちらまで少し匂う。
「だけどよ、自分の事をもっと大事にしろ。やりたい事、全部やれ。きっと、後悔しちまうから」
書いてたらポンジュースが飲みたくなった




