Where’s my house?
「勿論、私は奈月くんのためのメイドですよ」
……唖然とした。
なんとなくここまででエリスが話に出てこない事は分かっていたし、何かおかしな事になっているのは確信を持っていた。
だけど、如月さんが僕の付き人をしているという事があまりに理解の及ばない事実だった。
うちはそれほど裕福な家庭では無いはずとか、如月さんは鹿宮家の従者だったはずではとか……納得の行かない理由ばかりが出てきてしまう。
そう言うことばかり考えていると如月さんが何事か喋りだす。
「……もう、奈月くんたら。私を独占したいみたいな質問してくるんだから。どこでそんなの覚えてきたんですか。『君は誰の世話をするのが仕事なんだい?』なんていう、『お前は俺の物だ』って主張するみたいな言葉」
そんな脳内お花畑のような言葉が如月さんから飛んでくる。
「でも私、奈月くんにだったら……ああ! 押し倒すなんていけません! 私達はメイドと主人。そんな禁断の関係結ぶ訳には……!」
何か変な妄想が口からダダ漏れしている……。
如月さんってこんな人間だったのだろうか? エリスの家に遊びに来た時はもっと出来るクールビューティみたいな雰囲気を醸し出していたのに……。
それとも、こちらの緩い雰囲気の方が如月さんの普段の姿なのだろうか?
格好もエリスの送り迎えの時に見るスーツではなく、シャツにジーンズという非常にラフな格好であるのもいつもと違って見える原因かもしれない。
とはいえ、後ろに束ねてある髪の毛と合わせて活発な印象を受けて、粗雑に見せないようにと意識している事が伺えた。
……そんな思いも発言の残念さにかき消されてしまうのだが。
さて、如月さんが現在は僕のメイドであることが確認出来た訳であるが、ではなぜ如月さんがこの家に『ただいま』と言って入ってきたかと考えてみる。
……まあ、普通に考えてこの家に暮らしているからだろうと推測は付くが、つまりその場合に僕はどこに暮らしているかという話になる。
一つの仮説として、昨日まで住んでいたアパートに暮らしているという物がある。
あともう一つ、ここで一緒に暮らしているという可能性もあるがこれは後で考えよう。
……というか、家族以外の女の人と一緒に暮らしているなんていう仮説、デリカシーの無い僕がどれほど迷惑を掛けるのか考えると嫌になって来てしまう。
そのため、先に前者の仮説を検証してそれが正しければいいなと思いつつ、如月さんが妄想の世界に入っている今がチャンスと思い探ってみる。
まず、鞄を漁ってみる。いつもなら通学に使うリュックの小さなポケットに家の鍵を入れているはずなので、それを探す。
「……ない」
思わずぽつりと口をついて鍵が見つからないという事実が出てしまう。
とはいえ、僕自身は整理の出来ない人間であるから、こんな風に鍵が見つからないなんて事は珍しくもない。だから他の心辺りも当たる事にした。
服とズボンのポケットを探す……見つからない。
鞄の大きい口の中……見当たらない。
鞄周辺の床……埃一つなく綺麗だ。
絶望的であった。
どこを探しても、アパートの鍵は見当たらなかった。
そうやって僕が鍵無くしちゃったヤバイヤバイと焦って鞄から再び物を投げ出している時の事であった。
「……婚約者の方と正面から対峙した私は言うんです。私が一番美味く味噌汁を作れるんだ、って……あれ? 奈月くん何やってるんですか?」
流石に僕が必死に何かをしているのを感じ取ったのか、妄想の世界から如月さんが戻ってきた。
そして、僕が鞄の周辺を散らかしている事に気づくと、なぜか嬉しそうにドヤ顔で言い放つ。
「まーた、無くしものですか。ふふん、しょうがないですねえ。私が過去の奈月くんの思考を読んで当てて上げましょう……で、何を無くしてしまったんですか? 夢? 希望?」
「如月さんって本当に僕のメイドさんなのかな……」
信頼関係に何かしらの問題を抱えていそうな発言が最後聞こえたような気がするが、おそらく気のせいだろう。
ともあれ僕は鍵が見当たらない事を正直に告げる事にする。無いと困るし。
「……すいません、家の鍵を無くしてしまって」
そうやって言うと、なぜか如月さんは疑問があると言わんばかりに露骨に首を傾げる。
そして感じたその疑問を僕にぶつけてくる。
「玄関に鍵、置いてありませんでしたっけ? いつもそうしてますよね?」
言うと如月さんは玄関に向かって歩き出す。僕も確認しようと着いて行くことにする。
すぐに玄関が見えて、そしてそれとほぼ同時に如月さんは迷うことなく下駄箱の上を指差す。
「ほら、やっぱりあるじゃないですか。去年決めましたもんね。鍵を無くさない様に玄関に置いておくって」
そうやって指差した先には、僕の住んでいるはずのアパートの鍵ではなく、形が明らかに違うディンプルキーが二つあった。
「あ、あれ? あれってここの鍵で良いんですよね?」
僕は現実のものであって欲しく無かった仮説が、鍵が二つあるという事実から裏付けられるのが嫌で最後の抵抗とばかりに確認を取る。……正直、ほとんど如月さんの答えが確信できるのだけれど。
「え? そりゃそうですよ。ほら、こっちが私の鍵で、もう一つは奈月くんの鍵。色違いの同じキーホルダーでお揃いです」
彼女はそうやってキーホルダーの付いた鍵二つを指差す。
……うん、そうだよね。じゃなかったら去年から人の家の玄関に違う家の鍵が置いてある事になるもんね。おかしいよね、それ。
僕は鍵がそこにある事実にもちろん覚えは無いが、不自然に思われない様になんとか取り繕う。
「そ、そうだー忘れてたー。昨日ちゃんと鍵をそこに置いたんだったー」
……演技が下手すぎて、取り繕うどころか更なるツッコミどころを作っているだけの様な気がする。
如月さんはそんな僕の様子を見て笑って言う。
「なんですか、その反応。あるのは分かってたのにわざと確認したみたい。ともあれ鍵があって良かったです。さ、早く着替えておやつ食べましょう」
そうやって踵を返して再びリビングに向かう如月さん。僕もそれに続く事とする。
……演技の下手さを誤魔化せはしなかったが、追求もされなかったので良しとしよう。
結局、僕がなぜかこのマンションに住んでいるという謎が増えてしまった。
ただ、今はとりあえず如月さんの言う通り着替えてから、おやつを食べて落ち着くべきだと思う。
だから、リビングの着替えを持ってまずは脱衣所に向かうのであった。




