27 別れと覚悟と Ⅳ
『よう、久しぶりだなアルケイス。つっても、レアラをぶった切ったから一日も経ってねえけどよ』
「……本当に、伯父さんなんですか?」
『ああ。10年前に飛ぼうとして、ミスっちまった馬鹿野郎だぜ。思いっきり過去に飛ばされてな、彷徨い続けたらこの格好だよ。笑えるだろ?』
「笑えませんよ。……でも、どうして帝国軍に追われてたんですか? 伯父さんの正体を知ってるわけでも――」
『いや、ヤツらは知ってたぜ? つっても、直前にだけどな』
昔の名残なんて一つもないまま、使徒魔獣ミュトリオンは肯んじる。
『村が襲われたのも同じ理由さ。連中はレオン・ネメアが村に出現すると分かってた。村の誰かが使徒魔獣になるんじゃないか、って読んでたのさ』
「だから根絶やしにしようとした、と?」
『ああ。――まったく、ひでえ話があったもんだ。全部、結局は俺の所為だったんだからな。過去を修正したいなんて考えなけりゃ、レオン・ネメアが発生することもなかった。後悔したって遅いんだがよ』
「……」
話している最中、外が騒がしくなっていることに気付く。ジュピテルを呼びに向かう者もおり、落ち着いた二人とは正反対に状況は推移していた。
『こんな身体だからな、もう時間回帰は使えねえ。……だからアルケイス、俺に協力しろ。使徒魔獣の力と合わせてやれば、絶対に失敗しない。嫌なことは、全部消えてなくなるんだ』
「伯父さんは――」
『おう?』
「伯父さんは、それでいいんですか?」
甘いと分かりながらも、理解を求めて問いかける。
もちろん、帰ってくるのは肯定だ。10年前の悲劇さえなければすべてが上手く行っていた、と。手放してしまった幸福を、彼は今も悔いている。
『誰だって、嫌なことをそのままにしたいとは思わねえだろ? アレは間違いだったんだ。あんなの、誰にだって背負わせちゃいけねえ。お前だって分かるだろ?』
「……分かりますよ。僕だってあの日を、他の誰にも経験してほしくありません」
『だったら――』
「お断りします」
親睦を深めようとした空気感が、一瞬で冷却される。
厳めしい獣の顔付きではあるが、心底理解できないと言いたげなのが伯父からは伝わってきた。痛みの量は、俺もお前も同じだろうと。裏切られた期待に、ミュトリオンは呆然とする他ない。
だがアルケイスは違っていた。眦を決して、静かに伯父を睨み返している。
「過去を変革させれば、確かに都合のいい世界が待ってます。誰も失われていない世界が存在します。……でも結局、世界樹の防衛機構を誘発させるだけでしょう?」
『だったら潰せばいい。幸い、こっちのお前は神剣を使わせてもらえる。十全な形で挑めるだろ?』
「じゃあユノは、何のために消えたんですか?」
『――』
見下ろしてくる獅子の双眸は、まだ納得していない。――それが一つの親心から来ているのは、正直なところ辛かった。
でもここで靡くわけにはいかない。せめて自分だけでも、ユノの存在を証明してやりたいから。彼女が作り上げた成果を無駄にしたくない。
レアラが守ろうとしたもう一つの世界だって、こうしなければ救えない。
独り善がりなのは分かってる。村の人々を殺すのに等しいことをしようとしているのも、分かってる。
ごめんなさい、本当にごめんなさい。
約束できるのは背負うことだけだ。この責任を、生き残った罪科を、自分はずっと忘れずに生きていく。彼らに訪れてしまった運命を無駄にしないためにも。
「伯父さんのことは止めません。ですが、僕は同行できません」
『……なんでだよ。こっちのレアラちゃんだって、泣いて悲しむぞ』
「かもしれません。でも逆に、君が生きてる所為で世界が歪んでく、なんてのも言えませんよ。……過去を変えるってそういうことなんですから」
『隠せばいいだろうが。バレなきゃ誰も辛い思いはしねえよ』
「隠して、真実は変わるんですか?」
こればかりは、返答を待つまでもない。
存在そのものが罪になる環境で彼女を、村の人々を生かし続けることが正しいなんて、アルケイスには考えられなかった。お前達がいなければ、この世界はもっと平和だった、なんて。隠し通せることじゃないし、レアラのような存在が告げにくるかもしれない。
もっとも、
『――根性無しが。全部、俺達でどうにかすりゃあいい話じゃねえか。何を責任として捉える必要があるんだよ?』
言ってしまえば、それだけのこと。
返答に窮するのはアルケイスの番だった。根性無し、紛れもなくその通りだろう。もしここで内心を吐露することが許されるなら、間違いなく弱音が出てくる。
そうだ、逃げればいい。
真っ向から立ち向かう必要などない。嘘を吐いた後ろめたさだって、誤魔化すのは簡単だ。
「……でも、もう散々逃げてきましたから。この辺りでケジメをつけないと、ずっと同じことを繰り返す気がするんです」
『聞く気はなし、ってことか。――オッサンには分からんね。人生、そこで終わりじゃねえんだぜ? 一生重荷を背負うつもりかよ?』
「そのつもりです。理解者なんていないんでしょうけど、僕には他のやり方が選べそうになくて」
『馬鹿じゃねえのか――って、俺も似たようなもんか。やっぱ血が繋がってんのかねえ。未来がある分、お前の方が上等なのかもしれねえが』
「伯父さんだって大差ないんじゃないですか?」
『冗談言うなって。俺の希望も未来も、あの日に全部ぶっ壊れちまった。今じゃ何を目指したらいいのか、何が欲しかったのかも分からん。昔の出来事に文句叩きつけてるだけの灰だよ』
「……」
肯定があるべきなのか、否定があるべきなのか。
何も理解することなく二人は武器を構える。外の喧騒なんてかやの外。網膜に映っているのは、目的を阻害する敵の姿だけだ。
「――神剣・ヘラ、展開」
本能じみたものに導かれて、切っ掛けを口にする。
直後、何もない空間から一振りの剣が現れた。持ち主を歓迎するように、黄金の光を放ちながら。
正面にいるミュトリオンも、その巨躯に相応しい大剣を構えている。
語ることは何もない。次の一瞬へ全神経を集中させ、指先の一本一本にいたるまで意識する。
「っ――!」
弾けたのは、同時だった。
正面から激突する両雄。合わさった刃は、風となって宮殿の内壁を駆け抜ける。
途切れない金属音。体格差をものともしない剣戟が、その世界におけるすべてだった。
誰の介入も許さない。騒ぎを聞きつけてやってきた兵士は、壊滅的な戦場に尻込みするだけだ。アルケイスだって、彼らが割り込んできたら無事に帰せるかどうか。
メイド達の悲鳴も聞こえない。
目の前にいる敵を、因縁の始まりを断つ。
それだけだった。
『ちっ、やるな……!』
飛び退くミュトリオン。加速をつけ、もう一度勝負を挑んでくる。
神剣を構え、アルケイスは待っていた。
決着に必要な、一瞬を。
『!?』
ユノが世界樹の防衛機構を消す際、使っていたのと同じ力。
それを開放する。足元には同じ円陣が出現し、接近するミュトリオンを威嚇するように回っていた。
拒絶を目的に放たれる稲光はない。神剣の機能は、完全にアルケイスの力となっている。
振り下ろされる剣聖の一撃。
一筋の閃光が、真正面から喰い破った。
驚く暇すら与えず、アルケイスは追撃を振りかぶる。
諦観を映す伯父の瞳が、最後に見えた光景だった。
―――――――――
『ちっ、ここまでか……』
使徒魔獣の姿で仰臥したまま、ミュトリオンは溜め息混じりに呟いてくる。
宮殿の喧騒は広がっていく一方で、収集する流れを見せない。事態の全容を把握できるまで、しばらくはこの調子だろう。
説明に向かった方がいいんだろうけど、アルケイスはじっと伯父のことを見下ろしていた。
彼の胸中を知ることは出来ないし、知ろうとする資格はない。自分はもう、過去を背負っていくと決めたのだ。悲劇を回避しようと命を注いだ彼とは、根本的に方向性が異なる。
――だから。
せめて、彼の船出を見送ることしかしてやれない。
「お疲れ様です」
『はは、本当にそうだなあ。ここまで累計数百年、長かったぜ。帝国を潰そうとも思ったが、全部失敗しちまったしな』
「……」
『おいおい、そんな申し訳なさそうな顔すんなよ。お前はお前、俺は俺で好き勝手やった上での顛末だ。俺は恨みやしねえし、お前も後悔する必要はねえ』
「そう、なんですかね」
今さら、自分に自信がなくなってくる。
対して、ミュトリオンは清々しい面持ちのままだった。沈んだ表情のアルケイスには、眩しくさえ見えてくる。
『俺は少し、お前に感謝してるんだぜ? ……頭の中では諦めるべきだって思ってて、でも出来なかったからな。こういう形ではあるが、アルケイスは俺に根性を補填してくれたんだよ』
「そ、そんな、大層なことは――」
『称賛は受け取っとけ。……これから生きてくんだから、ちょっとは荷物が軽くなるぞ』
「伯父さん……」
『んじゃあな。お前を引き取ったことに迷いはあったが……こういう最後なんだったら、悪くないとは思うぜ』
そう、笑みを浮かべて言い切った。
あとはもう動かない。代わりに聞こえる音は、武装した衛兵達の軍靴だけだ。……これからアルケイスは、彼らに詳細を語らなければならなくなるだろう。
脳裏に過るのは、これからのこと。
他人の気持ちを背負って、どんな未来を築くかということ。
「……当たって砕けろ、かな」
動かなければ、何も始まらないんだから。
決意を胸に、アルケイスは騒々しい彼らの元へと歩いていく。




