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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■第六章:静寂の檻


  昼下がりのロゼリアで、静かに作戦が練られていた。

 港湾地帯に潜む中南海の拠点らしき場所の調査――これが今回の最大のミッションだ。

「えー、サムがめっけた拠点だが、やっぱ怪しい動きがあるなぁ。芹沢が衛星写真から解析するに、やっぱ物資を持って来とる。しかもうちにあるような古い機材ばっかや。どうも腑に落ちないんよなぁ。奴らがそんなもん必要なわけがないんよ」


  渋い顔のキヨシが、ホログラムの光を指でなぞる。

 指先が倉庫群の一角を示すと、その周囲に赤い線がいくつも浮かび上がった。

 「こっから見る限り、搬入ルートは三つ。どれも監視ドローンの死角を通っとる。

  つまり――“誰かに見られたくないもん”を運んでるっちゅうことや」

 つかさが眉を寄せる。

 「……旧型機材って、まさか通信関係?」

 「おそらくな。中南海は政府公認や。中央網セントラルリンクから切り離す必要なんかあらへんのに、あいつらがナノ統制の外で何かを繋ごうとしとる理由がわからん」

 湊が椅子の背にもたれ、腕を組んだ。

「つまり、俺たちの拠点と同じような“独立通信網”を作ろうとしてるってこと?」

 芹沢はアイマスクを額にずらしながら言う

「もしくは、本気で我々を捕まえようという魂胆かもな」

 室内の空気が一瞬、重たくなる。

 芹沢の言葉に、誰も軽口を返さなかった。湊はホログラムに目を戻し、低くつぶやく。

 「……どっちにしても、放ってはおけないよね」

 作戦室に、低い機械音だけが響いていた。

 ホログラムの光がキヨシの横顔を照らし、湊たちは息を潜めて画面を見つめる。

 緊張感の中、サムだけが妙に静かだった。

 いつもなら何かしら口を挟むはずが、今日に限って一言もない。

 ――と思ったその瞬間。

「――辛っ!!」

 全員が同時に振り返る。

 サムは椅子ごと後ろにのけぞり、手に持ったカップを振り回していた。

 中身が少し飛び散り、つかさが眉をひそめる。

「……なにしてんのよ」

「ト、トムヤムクン……!唐辛子、入れすぎた……!舌が死ぬ!この世の終わりだ……!」



 キヨシは額に手を当て、深くため息をついた。

「……ええか。今回は深入りせん。

 まずは内部の構造と搬入経路の確認、それだけでええ。

 交戦は避ける。目立つ動きは絶対にすんな。ええな?」

 サムが舌を冷ましながら、真顔で頷く。

「了解。ま…なんとか…やりまひょ…(なんとかやりましょう)」


「早速やられてるやつがおるけどなんとかなるやろ!ほな皆準備頼むわ。俺は全体指揮をする。結乃ちんのほうのサポートもあるもんで、無線のメインサポートは芹沢に任せるわ。湊、つかさちゃん、サムは今回も前線に立ってもらうで。端末に情報は適宜流すで、逐一確認。準備できたら出発や!」


 港湾地区は、夕陽を背に受けて沈黙していた。

 鉄と潮の匂いが混じり合い、風に乗って錆の粉を運んでくる。

 夜の闇が隠していた倉庫の老いが、今ようやく姿を現した。

 工具倉庫の外壁は長年の潮風に蝕まれ、塗装は剥がれ落ち、鉄骨の地肌が無骨に露出している。


 少し離れた別の小さな倉庫の影に、湊がバイクを止めた。

 エンジン音が途絶えると、代わりに遠くの波音がかすかに響く。

 「まさか、あの工具倉庫がこんなふうになるとはな……」

 湊は目を細め、斜陽に照らされた鉄の壁を見上げた。


 つかさは無言でスキャナーを起動し、端末の画面に映る熱反応を凝視する。

 「人影、東側の入口付近に三……いや、四。シャッターを開けて、搬入の準備をしているわね」

 サムはツールバッグを下ろし、しゃがみ込んで地面の跡をなぞった。

 「タイヤの跡、まだ新しいな。トラックはまだ来てないが……このタイヤ痕多すぎやしないかな」

 つかさが顔を上げる。「中に何か隠してる?」

 「可能性は高そう。降ろすものよりも“降ろす理由”が気になる」湊は小声で返す。


 無線のノイズが一瞬混じり、芹沢の声が割り込んだ。

 『おい皆聞こえるか?どうやら元あった監視カメラは死んでるみたいだ。だからどこからでも入ろうと思えば入れるが……

  監視カメラを積んだ二足歩行の無人機が八体、稼働中だ。巡回ルートの統計データを今送る。歩く時は気ぃつけろ』


海風が変わった。潮の匂いの中に、焦げた鉄粉のような金属臭が混じる。

 倉庫の外灯が次々と点灯し、白い光がコンクリートの地面を照らし出した。

 さっきまでの薄闇が嘘のように明るい。

 ――前にここへ来たときは、懐中灯の明かりだけが頼りだった。

 手探りで物資を探したあの夜とは、まるで別世界だ。

 明るくなったのに、不思議と“見通せない”感覚だけが残っている。


 つかさが端末を確認しながら囁く。

 「照明が全部生きてる……非常灯じゃない。発電機を使ってる」

 サムはツールバッグを肩に掛け直し、低く笑った。

 「わざわざ電力通してまで夜に搬入か。どう考えても怪しいな」

 「ドッグの裏口、死角を通れば侵入できる。行くぞ」湊が声を潜めて言う。


 三人は影を滑るように動き、倉庫裏の貨物ドッグへ回り込む。

 鉄の床板がわずかに軋む音。倉庫内部からは、フォークリフトの低いエンジン音と、

 人の声が混ざった反響が聞こえてきた。


 湊はふと、壁の高い位置に目をやった。

 「……カメラの位置が違う?」

 前回来た時に見た監視カメラは、もっと右側――搬入口の梁の上だったはずだ。

 だが今、そこには新しい固定台座と、冷たい光を放つ黒いレンズ。

 角度が違う。まるで“侵入口”を狙っているかのように。


「配置が違う。これ……ちょっと待っ…」

言いかけた瞬間、つかさが端末の表示を一瞥し、手信号を切った。

サムがそのまま滑り込むようにドッグのシャッターの隙間へ。

湊が制止する前に、二人はすでに中へ入ってしまった。


 湊が追おうと身を屈めた、その時だった。

 ――トラックのモーター音が、守衛室のある入口の方面から響く。

 低く、重く、近づいてくる。

 搬入のタイミングが早い。

 湊は舌打ちし、反射的に物陰に身を隠した。

 トラックのライトが倉庫の壁を舐め、足元の影が長く伸びる。

 「……マズいな。完全にタイミングを外した」

  人影はない。運転席には誰も座っていない。

 それなのに、まるで生き物のような正確さで停止位置に収まった。


 湊は息を潜めながら、物陰からその様子を見つめる。

 「自動搬送車か……AI制御の搬入ラインってわけか」

 車体が完全に止まるのを確認してから、湊は低く身をかがめた。

 照明の白光が鋭く背中を照らす。

 タイミングを計り、搬送車の荷台へと飛び乗る。

 金属板が軋み、短く反響する音が倉庫の外に溶けた。


 荷台の中は半分ほど積まれていた。

 人が入れるほど大きな段ボールが二十個ほど並び、

 荷台の端に、折り畳み式の大型段ボールが束ねて立てかけられていた。

 「……ラッキーだぜ」

 乾いた独り言を漏らしながら、湊はそれを組み立て、体を滑り込ませた。

 段ボールの中は狭く、呼吸のたびに紙の匂いが喉に張りつく。


 搬送車が再び動き出す。

 滑らかに後退し、倉庫の中へ進入していく。

 ゴトン、と軽い衝撃。続いて、フォークリフトのモーター音が近づく。


 「搬入完了。仕分け開始」

 無感情な女性の合成音声がスピーカーから流れた。


 次の瞬間、湊の入った段ボールがふわりと持ち上げられる。

 「マジかよ……」

 反射的に息を詰める。

 無人フォークのアームがそれを掴み、コンベアの上に置いた。

 金属ローラーが動き出し、段ボールは音もなく進み始める。

 ガタン、ガタン……。

まるで運命の歯車に飲み込まれていくようだった。

暗闇の中で湊は息を殺し、手のひらで段ボールの内側を押さえる。機械の駆動音が遠のき、代わりに冷たい空調の風と、どこかで滴る冷却水の音が響いてきた。やがてベルトコンベアの動きは止まり、外から何やら声が聞こえてくる。


段ボールの切れ目から覗いた視界に、冷却区画の低い霧と白銀の棚が浮かんでいた。銀色のカートリッジや黒いキャニスターが規則正しく並び、ラベルには「中南海」の刻印がある。違法ナノマシンだ。周囲の空気に張りつくような冷気が、人を拒んでいる。


そこに立っていたのは金髪でがっしりとした体躯の男と、チャイナドレスを纏う赤髪の女だった。その女が堂々たる姿で腕を組んだ男に問いかける。


「劉……こんなにナノマシンを運んでどうするの?」


男(劉)は軽く肩をすくめ、冷めた笑いを含ませて答えた。

「横浜の中華街がコレを欲しがっている。アイスブラスト社が作ったModel IIに不満を持ってる人が大勢いるからなぁ」


女が眉をひそめる。声は静かだが、含む意味は深い。

「でも、こんな粗悪品では新しいシステムに太刀打ちなんてできないでしょ?」


劉は短く鼻で笑い、近くのバイアルを指先で弾いた。

「そりゃそうだ。だからこそ流すんじゃねぇか。反乱因子の思惑を逆手にとって潰す──それが王のやり方だ」


女は少し間を置いて、諦めにも似た落ち着きで言った。

「同志を潰すなんて嫌なやり方ね。まあ、王の指示なら仕方がないけど」


湊は段ボールの中で、息を殺したまま二人の声と言葉の重さを聞いていた。観たもの、聞いたもの──すべてが、これからの戦局を変えうる火種だった。


 劉がふと、視線を冷却装置の方へ向けた。

 「……ああ、そうだお嬢。どうやら子ネズミのつがいがこの倉庫に紛れ込んでしまったようだ。甘草瓜子が食べられないように始末しなきゃならねぇな」

 紅の眉がピクリと動く。

 「……劉、それって」

 「わかってる。東の通路を見てこい。――こっちは俺が見とく」

 劉の口調は淡々としていたが、その声の奥には、

 “もう匂いを嗅ぎ取っている”者の確信が宿っていた。

 鉄の扉がギィ、と音を立てて閉まった。

 直後、外から鈍い衝撃音。

 湊が反射的に身をすくめたとき、扉の取っ手がぐにゃりと変形した。

 まるで柔らかい粘土のように、鉄パイプが力任せにひん曲げられていく。

 次の瞬間、ガコンという衝撃音とともに、取っ手はひしゃげ、完全に閉ざされた。

 ——閉じ込められた。

 「さて……俺宛の荷物は、これかな」

 劉の声が響く。

 低く、くぐもって、どこか愉しんでいるようだった。

 足音がゆっくりと段ボールの列を踏みしめるたび、

 湊の鼓動も同じテンポで跳ね上がる。


 喉が乾く。

 呼吸を止めた瞬間、

 無線が――

 ジジッ……ッザザ……ッ

 『……な……湊……聞こえ……か……』

 芹沢の声が、断片的にノイズに混じる。

 湊は口を押さえたまま、慌てて無線機の音量を絞る。

 劉が一歩、二歩と近づいてきた。

 爪先が段ボールを軽く蹴る音がした。

 そして、指先で“ある一点”を軽く叩く。

 コン、コン。

 劉の唇が笑う。

 「ネズミの鳴き声ったぁこんな機械みたいな音だったかぁ?」

 厚紙が裂ける音が響いた。

 破れた段ボールの隙間から、湊と劉の視線がぶつかる。

 「よう、ネズミ。このタイミングで運ばれてくるなんざ、随分と運がいいな。

  ……いや、“悪い”か?」

 劉がしゃがみ込み、破れた段ボールの縁を指でなぞる。

 「出てこいよ、ネズミ。噛みつきたいなら、今がチャンスだ」

 湊の指が、カオマン・ガーイの柄を握りしめる。

 冷たい鉄の感触が、鼓動の熱と混じって震える。

 次の瞬間、

     ガシャッ!

 段ボールを突き破って湊が飛び出した。

 大きな刃をもつ工具が空を切り、劉の頬をかすめる。

 鉄粉が宙を散る。

 「おっ、やるじゃねぇか」

 劉の目が笑う。だが、笑っているのは目だけだった。

 湊が再び構えると、劉は指先で血の一滴を拭い、

 それを床に弾く。

 「いいもん持ってんじゃねぇか。……その度胸、気に入った」

 湊が反射的に後ずさる。劉は笑い、足を踏み出した。

 ドンッ!

 地面が鳴った瞬間、風圧が襲う。

 床の埃と紙屑が渦を巻き、湊の体が弾かれたように吹き飛ぶ。

 段ボールの山に突っ込み、鉄骨に背中を打ちつける。

 衝撃を和らげたのは幸運だったが、肺から空気が抜け、呼吸が乱れた。

 視界がぐらつく。耳鳴りが止まらない。

 “な、なんだこの速さ……”

 湊が必死に立ち上がると、劉はもう目の前にいた。

 「遅ぇな。次は避けられるか?」

 その言葉が終わるより早く、拳が迫った。

 湊はとっさにカオマン・ガーイを前に構える。

 金属音が響き、火花が散る。

 腕が痺れる。衝撃が骨に響く。

 カオマン・ガーイごと押し返され、足がずるずると後退した。

 劉は眉一つ動かさず、淡々と距離を詰める。

 「悪くねぇ。だが、その玩具でどこまで耐えられるかな」

 湊は歯を食いしばり、肩で息をしながら答えた。

 「……試してみりゃいいだろ」

 再び拳が振るわれ、湊はギリギリで横に跳ねる。

 拳が壁を打ち抜き、コンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れた。

 破片が飛び散り、劉の影が白い粉塵にぼやける。

 “あの拳、次まともに食らったら死ぬ……”

 湊の頭の中で、冷たい声が鳴った。

 呼吸を整え、壁際の配管へ視線を送る。

 古びた冷却ラインが、微かに震えていた。

 これだ――

  劉が再び構えた。

 湊は咄嗟に立ち上がり、カオマン・ガーイを横に構え挑発するように動いた。

 「おい、牛野郎。腕だけでモノ考えてねぇだろうな!」

 「ハッ、口の利き方が分かってきたじゃねぇか!」

 劉が踏み込む。

 地面がたわみ、床の鉄骨が悲鳴を上げる。

 湊はわざと壁際へと下がった。

 次の瞬間――拳が唸りを上げて突き出された。

 湊は寸前で体を沈め、拳は背後の冷却管へ直撃。

 ガァン!

 鉄が裂け、圧力が爆ぜた。

 白い冷却剤が噴き出し、瞬く間に視界が霧に覆われる。

 「っ……クソッ!」

 劉が目を覆うが、既に湊の姿は白の中に溶けていた。

 霧の奥で、湊は膝をつきながら息を整える。

 “いける……この隙に逃げる!”

 コンベアのベルトラインが近くで唸っていた。

 湊は体を滑り込ませ、流れる金属音に身を委ねる。

 背後では鉄扉を叩くような轟音。

 「おいおい、閉じ込められちまったじゃねぇか!」

  劉の声が鈍く響く。

 “自分で曲げた扉が邪魔してる……ざまあみろ”

 湊は荒い息のまま、かすかに笑った。

 しかし油断はできない。

 扉が軋むたび、内側から金属の悲鳴が上がる。

 あの化け物が、力ずくで出てこようとしている。

 “長くはもたねぇ”

 湊は這うようにして搬入室の奥へ進む。

 散乱した工具、空になったキャニスター。

 床にはベルトラインの続きがあり、その先にわずかな光が漏れていた。

 出口か、あるいは別の区画。

 “行くしかねぇ”

 体を起こし、肩にカオマン・ガーイを担ぐ。

 足取りはふらつくが、目だけはしっかりと前を見据えていた。

  最後に背後を振り返る。

 冷却室の向こう、白い霧の奥で、鉄扉の向こうから、劉の低い笑い声が漏れていた。

 「……まぁいい。次は逃げ場のねぇ場所で会おうぜ、ネズミ」

 湊は振り向かず、ベルトの終点へ飛び降りた。

 白い霧の中、湊は金属の匂いと冷気の中をただ進む。

 肺が焼けるように痛い。それでも止まらなかった。

 “檻”を破る方法なんて分からない。ただ、ここで終わるわけにはいかない。

 耳の奥で、微かなノイズが走った。

 ――ジジ……ッ、ザザ……

  『……湊、返事しろ……! 聞こえてんだろ!』

   芹沢の声だった。

 かすかに、震えている。焦りと、怒りと、心配が混じった声。

 湊は霧の中で立ち止まり、無線を口元に近づけた。

 『……聞こえてる。けど、まだ檻の中だ。冷却ガスのダクトを破壊して何とか逃げ切れた』

 ノイズの向こうで、一瞬だけ沈黙があった。

 そして、サムの声が割り込む。

 『そりゃ寒そうだね。無事かい?こっちはおいしそうなお菓子を手に入れたよ』

 湊は微かに笑った。

 『いやぁ、まさに袋のネズミだったよ。ってそのお菓子ってもしかして?』

 『ん?中国のほうのお菓子でスイカの種だね…甘草瓜子?』

 『おい、やめろ!その場から離れるんだ』

 通信が途切れる。

 霧の向こうで何かが崩れる音がした。

 ――鉄と冷気が唸る。

 湊はその音を背に受けながら、前を見た。

 光がひとすじ、霧の奥に差している。

 それは出口なのか、あるいは次の地獄なのか――まだわからない。

 だが確かに、

 “檻”の外で、自分を呼ぶ声がある。


本日は地元の友達がこっちに遊びに来ているもんで、観光に連れて行っております


しかしまあ、こっちの方に住んでると来ないところばっかで、初めて上京した時を思い出しますな



次回も土曜日更新予定!

危うく忘れるところだったので……ちゃんとやります(;'-')

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