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UnChain  作者: 大垣礼緒
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■第十章:遠巻きな残響

ロゼリア地下医務区画には、まだ戦場の匂いが残っていた。

 消毒液と血の金属臭が混じる空気の中、キヨシの短い指示だけが静かに響いていく。

「——ICUは二床。蓮と玄馬を優先しろ。つかさと采女は通常の医務室へ。包帯と洗浄だけで持つ。湊は……ナノ反応が不安定だ。鷹虎さんと同じHCUに入れて様子を見る」

 淡々とした声なのに、言葉の端々に疲労が滲んでいた。

 戦いは終わった——しかしまだ、息を整える暇はない。

 廊下の奥、簡易テーブルの上には

 開かれた端末と何枚もの紙。

「サム、ここの補強材。図面のこのラインに沿って——」

「ラジャー!前回収した物資じゃまだまだ足りないかな?」

「そこは大丈夫。結乃さん指揮の元、廃倉庫や病棟から必死こいて物資を回収してきてもらってるからな。現にあのICUも廃病院からのお下がりをつぎはぎで作った。急ごしらえにしては立派だろ?」

 ところどころ包帯が巻かれたサムと芹沢が顔を寄せて、何かの“構造設計図”を広げていた。

 医療ではなく、ロゼリアの防御区画そのものの再構築や装備の更新だ。

 ——治療班が足りているなら、自分たちにできる仕事を探すしかない。

 そんな空気が二人の間にはっきりとあった。

 つぎはぎの素材で作られたICUの扉が閉まる音が聞こえる。

 蓮と玄馬は、まだ生死の境をさまよっている。

 医務室では、つかさが采女の腕を巻き直しながら、お互いに少しだけ笑っていた。


 ——ピッ…ピッ…ピッ…。


 規則正しい電子音が、薄暗い部屋のどこかで鳴っている。


 まぶたを開けた瞬間、天井の白い光がじわりと滲んだ。視界がはっきりするまで数秒かかる。


(……ここ……どこだ……?)


 胸の奥がまだ重い。あの戦いの余韻が身体の隅々でくすぶっているようだった。


 ゆっくりと首を動かすと、隣のベッドが目に入った。


 鷹虎だった。


 呼吸器の薄い音に合わせて、胸がわずかに上下している。

 肩にはまだ管が刺さり、包帯は深く赤く染まったまま。

 それでも——生きている。


(……良かった……)


 湊は息を吐いた。

 その瞬間、全身の痛みが一気に噴き出すように襲ってくる。


「っ……いって……」


 胸骨がきしみ、肋骨の間に異物が詰まっているかのような鈍痛。

 腕を動かすだけで脈が跳ね上がる。


 ベッド横のモニターには、湊の心拍が表示されている。ナノの影響か少し乱れた波形で揺れていた。


 ——ピッ…ピッ……ピ、ピッ……。


 額に手をやると、汗がにじんでいた。

 思い返すたび、あの赤と青の光がどこかで脈打つ。

 静かなHCUの空気の中、湊は隣の鷹虎に視線を向けた。

 眠っているはずだった。


 だが——


 鷹虎の指が、わずかに震えた。

 そして。


「……ひばりは……二度……鳴く……」


 かすれた声が、静かすぎる部屋の中に確かに響いた。


「……鷹虎さん……?聞こえて……るのか……?」


 湊が身を起こそうとすると、肋骨の痛みが鋭く走り、息が詰まる。


 それでも、鷹虎の方を見つめた。


 鷹虎の瞼は薄く開き、焦点の合わない眼が、虚空を彷徨っている。


「……赤い……リンゴは……琵琶湖に……浮かぶ……島……」


 断片的な言葉。

 でもその一つひとつが、どこか“重い”。


 鷹虎は続けた。

 まるで生と死の境目で見ている夢を、そのまま口にしているような声で。


「……啄む……鳥を……落とせば……」


 一拍の間。


 鷹虎の目が、初めて湊の方を“正確に”捉えた。


 ほんの数秒。

 いや、一秒にも満たない時間。


 それでも湊は、その眼の奥に“確かな意志”を見た。


「……自由へ……向かって……羽ばたける……」


 最後の一言は、まるで“託す”ように、湊の胸へ落ちた。


「鷹虎さん!それ……どういう——」


 湊が手を伸ばした瞬間。

 鷹虎のまぶたが、すとんと落ちた。


 呼吸器のリズムは変わらない。

 だが、意識は完全に遠のいた。


「……鷹虎さん! おい……!」


 返事はない。

 湊の声だけが、静かなHCUに吸い込まれていく。


(……なんだよ……さっきの……意味わかんねぇ……けど……あれ……絶対……ただの寝言じゃねぇ……)


 湊の胸の奥で、赤と青の光がかすかに脈打った。

 その不規則な鼓動が、鷹虎の残した“謎”を確かに記憶していた。

湊がまだ顔を上げられずにいるその時——


 ——コン、コン。


 病室の扉が、遠慮がちなノック音を立てた。


「湊、入るで」


 キヨシの声だった。


 彼はまず、鷹虎のモニターを一瞥した。

 呼吸、脈拍、血圧——どれも危険なほど不安定なのに、

 “生きている”ことだけは確かだった。


「……相変わらずやな。よう持ちこたえとるわ、鷹虎さんは……」


キヨシは苦笑しながら椅子を引き寄せ、湊の隣に腰を下ろした。

 顔を見て小さく頷くと、ぽつりと口を開いた。


「……まずは、一つ言わせてや」


 湊の視線がキヨシへ向く。


「湊。よう生きて帰ってきてくれた。ホンマにありがとう。君がおらんかったら、ウチは……詰んどった」


 言葉自体は気軽な調子なのに、その声の奥には本物の感謝が宿っていた。

その感謝を、真正面から受け取る余裕は湊にはなかった。

心のどこかで、別のことがずっと引っかかっていたからだ。


ほんの短い沈黙ののち——

湊はゆっくりと口を開いた。


「……鷹虎さんが、喋りました」



 喉の奥が張りつくようで、言おうとする言葉が何度も引っかかった。


「さっき……ほんの一瞬だけ……俺の方、ちゃんと見て……“鳥を落とせば”とか……暗号みたいなの……」


 キヨシの眉がわずかに動く。


「……夢でも見たんちゃうか?」


 淡々としているのに、どこか現実を押しつけるみたいな声だった。


「鷹虎さんは、しばらく意識は戻らんで。ともすりゃ……このまま……目ぇ覚まさん可能性もある。」


 湊は言葉を失った。

 ただ胸の奥の“熱”が、行き場をなくして暴れていた。


(……違う。絶対……あれは夢なんかじゃねぇ)


 言い返す材料がない。


 胸の奥で、赤と青の光が不規則に脈を打つ。

 そのざわめきだけが、“確かなもの”として残っていた。


キヨシがゆっくり立ち上がり、椅子の脚が床を擦る、乾いた音が響いた。


「ほな——また後で様子見に来るわ」


 その背中が、ドアへ向かう。


——その瞬間。


「……ひとつ、聞いていいですか」


 湊の声が、まるで空気を縫うように、静かにキヨシの背を止めた。

 視線は上げられないまま。

 けれど声だけは、かすかに震えながらも真っ直ぐだった。


「——俺、なんなんですか?」


 キヨシが息を飲む気配が、すぐそばでわかった。


「さっき戦ってる時……俺、自分でも訳わかんねぇくらい……体が勝手に動いて……燃えるみたいに、光ったり……して……」


 言葉にして初めて、湊自身がその異常さに戦慄しているのが伝わる。


「……俺、どうなってんすか。“異常適応者”って……何なんですか。」


 湊の胸の奥で、赤と青がふたたび小さく脈打った。

 その光を見届けるように、キヨシはしばらく無言のまま湊の横顔を見つめていた。

 けれど次の瞬間——


 彼は静かに、深くため息をついた。


「……せやな。もう、ここまで来たら……話すしかないわ」


 キヨシは自分の膝に置いた手をぎゅっと握りしめ、ほんの少し視線を下げた。

「湊。君は——」

 ゆっくりと顔を上げる。

「ナノマシンに嫌われた男なんや」

キヨシはもう一度椅子に腰を下ろして淡々と語り出す。


「普通の人間はな、ナノマシンを“道具”として扱えるんや。筋肉をちょっと補助したり、体調をAIが見張ったり、決済も通信も、ぜんぶ“便利な機能”として使える。

 ——ほんまは、それでええんや」


キヨシは指先で自分のこめかみを軽く叩いた。


「でもな……異常適応者は違う。ナノ側が、君を“人や”と思う前にな……“自分の一部や”って勘違いしてもうとる」


湊の眉がわずかに動く。


「君の感情が揺れたら、それに反応して出力が跳ね上がる。筋力も、反応速度も、修復も……本来の“制御値”なんか簡単に飛び越える。AIが、君を守るために必死こいて計算するんや。——せやけど、その守り方が危険すぎる」


キヨシの声がゆっくり低くなる。


「人間のリミッターを無理矢理、拡張することになる。知っての通り人間っちゅうのは限界に振り切ると自らを破壊することになる。例えば、殴る力が異様に強ければ、骨はその衝撃に耐えきれず折れるやろ?」


湊が息を呑む。

「その折れた骨を修復するにはエネルギーを使用する。エネルギーが足りないちゅうたら身体の一部からなんかを持ってくる。眠らないと、そのツケは回ってアホほど眠る。……が、そのリミッターが切れたとしたらどうなる?」


 キヨシはそこでいったん言葉を区切り、湊が息をのむのを確認してから、静かに続けた。


「——壊れる前提で、出力を出し続けるんや」


 HCUの静寂が、さらに深く沈んだ気がした。


「筋繊維が裂ける? かまへん。骨が軋む? 折れても最優先で修復指示が飛ぶ。心拍が上がりすぎる? AIが“必要”と判断したら止めへん。脳が過負荷で容量オーバー起こしても、かまわず処理を継続する」


「……そんなの……」


「せや。君は、自分で自分を壊しながら戦い続けることになる。修復するために急速に腹が減る。でも、その場にはなんもあらへんってなったら……」

キヨシはモニターの明かり越しに、湊の目を真正面から見据える。


「まず、人を喰らう。これは本能やない。修復が追いつかんようになると、AIが“より高度な栄養源”を探して──“人間”に行き着くんや」


湊の喉がカッと鳴る。


「そこでさらに強くなる。傷つけば傷つくほど、出力が跳ね上がっていく。……そら周りは怖がるわ。人間は、“理解できんもん”をまず潰そうとする」


小さく息を吐き、キヨシは続けた。


「でもな。誰に撃たれようが斬られようが、死ねへん。ナノは“君を殺させへんために”修復し続ける。内臓が腐ろうが、寿命が尽きようが、それでもや」



「ほんで……食らい尽くしたあとに来るんが“睡眠のツケ”や」


「君みたいな異常適応者はな、限界を超えたぶんすべてを補うように、とんでもない長さの眠りにつく。数日やない。数年、数十年……せや、下手したら数百年や」


湊が絶句したまま動けない。


「目を覚ました時、そこに誰もおらん。周りは死んどる。……そら孤独にもなるわ」


キヨシは、ひどく静かな声で言った。


「それでも、君は死ねへん。自死しようとしても、ナノが許さへん。“生存”が最優先やから、どんな傷も塞ぐ。脳だけになっても動こうとする」


そして──最後だけ、言葉を少しだけ落とした。


「完全に止まるんは……この世界に、君一人だけになった時や。“守る対象”を失った時。その時になって初めて、AIは目的を失う。……それまでは、永遠に修復し続ける」



 キヨシの声は、怒っても嘆いてもいなかった。

 ただ経験から滲む重さだけがあった。


「本来、ナノは人間を守り、生活を豊かにするための仕組みや。せやけど……異常適応者は逆や。守るために、守る相手をすり潰すんや」


 湊の背中に、冷たいものが入り込んだ。


 キヨシは湊を正面から見た。


「敵味方の区別なんかなくなる。周囲の生命反応を“障害物”と判断して、排除し始める」


 まるで重罪を告げる裁判官のように、

 しかし声は抑えられて静かだった。


「その状態になったらな……君はもう、人やない。ナノが作った、生きた兵器や」


キヨシは苦い笑みを浮かべた。


「嫌われた、ちゅうより……君はナノに“気に入られすぎた”んや。ほんまは距離置いてつき合うべきもんやのに、ベタ惚れされてもうてる。せやから——君の身体は、君のものやのに、全部は君のものやない。それが異常適応者や」


「ナノマシンを……抜けないんですか?」


湊の声は、ほとんど息のような細さだった。

希望じゃない。

ただ、怖さに押しつぶされそうな心が、最後に探した“逃げ道”の形だった。


キヨシは短く息を吐き、視線を落とした。


「……残念やがな。一度体に入れたナノは、もう血より深いところにおる。

 “アップデート”で更新してデータを定期的に初期化する以外方法がない」


「……つまり、外せない……?」


湊の声の震えに、キヨシは静かに首を振った。


「せや。腕ちぎっても、心臓止めても無駄や。ナノは血液だけやなく、細胞の隙間にも入り込んで、全身くまなく網みたいに走っとる」


キヨシは指で空中に線を描くようにして続けた。


「完全に“透析”して、ナノに汚染されてへん血液と全部入れ替えられるなら別やけどな……。——残念やけど、この日本に、ナノマシンを接種しとらん人間は一人もおらん」


湊の呼吸が、一瞬だけ止まった。


「そもそもナノなしの血液なんて、もう市場に存在せぇへん。輸血も、移植も、人工臓器も、ぜんぶAI制御とセットや。“ナノマシンに触れたことがない身体”なんか……今の時代、胎児ですらおらん」


キヨシは淡々と言った。

情を挟む余裕すらない、事実の羅列として。


「つまりな湊。ナノを“外す”って選択肢は……世界のどこにも存在せぇへん。君を包んどるこの“仕組み”そのものから、逃げ場はない」

「そして……すまん。俺は一個、君に謝らなあかんことがある」


突然の切り出しに、湊は顔を上げた。


「俺は——君が異常適応者やと、最初から気づいとったんや」


「……どうして!?」


思わず声が上ずった。

裏切られた、というよりも、“理由”が理解できなかった。


キヨシは、ほんの一瞬だけ視線を逸らし、そして静かに戻した。


「それはな……君が“篠崎”という男と同じ目をしとったからや」


「……篠崎……?」


名前だけが、ぽつんと湊の脳内に落ちた。

だがそれよりも“気づいていた”という事実が胸を刺す。


キヨシは続けた。


「網膜にな、ナノの膜が薄く反射するんや。普通の人間には見えん。けど俺は……あの男を見て、忘れられへんかった」


篠崎という人物への疑問が湧き上がる。

だがそれ以上に湊は、言葉を失っていた。


キヨシは深く息を吸い込む。


「やから芹沢と相談して、君のナノには“最強のリミッター”をかけてた。暴走せんようにな」


そして、苦い笑みがにじむ。


「……せやけどな。君はそれを、いとも簡単に突き破ってしもうた」


湊の世界が、そこで一度“無音”になった。

HCUの電子音も、人工呼吸器の規則的な吐息も、

全部が遠くへ引いていく。


——あの瞬間。

湊は自分の体が壊れるのを、“痛み”として感じなかった。

ただ“必要だ”と判断されて動いていた。

まるで身体は湊のものではなかった。


湊は手のひらを見つめる。

その指先が、自分ではない誰かのもののように感じた。


「じゃあ……俺は……化け物になるしか……ないんですか……?」


病室の空気が、わずかに震えた気がした。

キヨシはすぐに首を振った。


「ちゃう」


その否定は、迷いのない速さだった。


「暴走は“昂りすぎた感情の無制御”で起こる。

 せやけど逆に言うたら——

 精神さえ保てれば、君は“人のまま”最強になれる」


湊の目がかすかに揺れる。


「AIより速く、深く、自分を律し続けられるならな。“感情”を武器に戦うんや。君のナノは、気に入った人間を守るためなら悪魔みたいな力を出す。……せやから、使い方次第や」


キヨシは湊の肩へ、そっと手を置いた。


「君は化け物やない。化け物にも、人にもなれる境目に立たされただけや。どっちへ行くかは……君自身が決めるんや」


 静かなHCUには、自分の鼓動だけがいつまでも耳に残っていた。


 ——キヨシの言葉は、その後も湊の胸の奥で燃え続けた。


 まだ身体はボロボロで、歩くのもやっとだというのに、心だけが妙に騒がしく、落ち着かない。


 “精神を保てば、人のままでいられる”


 その教えだけが、湊に残された唯一の道しるべのようだった。


 そして——


 ——一週間が経った。


 鷹虎だけは、まだ目を覚まさないまま。

 だが玄馬も蓮も、ようやく歩ける程度には回復していた。


「テメェふざけんな殺すぞ! 俺のプリン返せや!!」


 病棟の静けさを粉砕する怒声が響いた。


「残念だったな」

蓮はプリンをスプーンで突きながら、ふんと鼻を鳴らす。

「腕のない奴はプリン持てへん。譲るべきやろ?」


「テメェ言ったな……!? おい湊ァ! 止めろ!! 殺すぞこいつ!!」


 ふたりのやり取りは、仲がいいのか悪いのかもはや不明だ。


 そして湊は——初めてその光景を正面から見た。


「……え、玄馬さん……!腕、どうしたんですか!?」


 玄馬はあっけらかんとした顔で、残った手をひらひら振った。


「あー? なんかスパンって斬られたからよ。まぁ、くれてやったんだよな。贈答上等ってやつだ」


「ノロマだから斬られたんだ〜ざーこざーこ!」


 プリンを奪ったうえ、小学生みたいな煽りを炸裂させる蓮。


 ——その瞬間。


「ほら蓮くん。調子乗っとるとこうなるねん」


 背後からキヨシの指が、蓮のわき腹の傷口を容赦なく——ぐりっ。


「いででででで! なんだよクソが!!」

「はいはい。人数分しかないねんから伊藤くんに返しや。お前のは“戦利品”やなくて“窃盗”やで」


 蓮は涙目でスプーンを握りしめながら、小声で悪態をつく。


「……覚えとけよ……次プリン来たら二個取ったるからな……」


「声に出てんねん。聞こえとるで」


 キヨシのツッコミが、病棟にふわりと笑いを戻した。


その横では、采女がつかさの怪我を処置しながら、淡々と医療手技を教えている真っ最中だった。


「はい、つかさちゃん。これは“創洗浄”の正しい角度です。ほら、よく見てください」

「いででででで!! ちょ、今の絶対デモじゃなかったよね!?本気の角度でしたよね!?」

「はい。講義だけでは身につきませんので、実際に痛いところも見せた方が理解が早いです」

「意味わかんないです!!痛くしないのが医者の仕事で……いでででで!!」


近くで見ていたサムと芹沢がやれやれと顔を見合わせる。


「采女さんは優しいけど……容赦はしないよね」

「まあ、医療は命がかかっとるからな……ご愁傷さまや、つかさちゃん」

「ま、平和になった証拠やな」

と芹沢が肩をすくめる。


 そんな中、湊が小さく笑って言った。


「……なんかさ。こういうのが一番“俺ら”って感じするよな」


「だねぇ」

サムは頷くと、唐突に湊へ向き直った。


「そうだ、湊。プーパッポンカリー作ったんだけど食べるかい?」

「……ポーパッピン?」

「ちがうちがう!」


サムが笑う。


「プー・パッ・ポン・カリー!殻の柔らかいカニが入ったタイのカレーだよ」

「どうせ……辛いんだろ?」

「いやいや、ココナッツミルクたっぷりで辛くないよ。濃厚で……めっちゃうまいよ」


 その瞬間——

 湊の腹が ぐぅぅぅぅ…… と豪快に鳴った。


「……今の、俺じゃねぇからな」

「いや君だよ」


サムがニヤリ。


「ほら、食べよ食べよ。せっかく皆そろって生きてるんだからさ」


 蓮はプリン片手に「俺も食いてぇぜ」と騒ぎ、玄馬は「片腕でも食えるわボケぇ」と文句を言いながら足で椅子を引き寄せる。

 つかさは針を片手に「……ちょっと私も食べたいんだけど!終わりましょ?」と涙目で言い、

 采女は「終わりませんよ?やりながらでも食べれます」と無慈悲に返す。


 ——ほんの一週間前、血と叫びに塗れた仲間たちが。


 いまは湯気の立つ皿を囲んで、他愛もない言葉を交わしている。


 湊は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


「……うまっ!!何これ……!」


「だろぉ?」

サムは嬉しそうに笑った。

 キヨシは手をポケットにつっこみ、めったに見せない、ふにゃっとした笑みを浮かべながら近づいてきた。


「サム。ちょっとだけ聞きたいんやけど──」


 テーブルの上の寸胴を覗き込み、


「オカワリ、もろてもええか?」


「どうぞどうぞ!いっぱいありますよ」


サムが肩をすくめる。


 戦場の傷はまだ癒えていない。

 未来はまだ何もわからない。

 それでも——


 今日だけは、温かい飯の味がした。


第二巻これにて終わりになります


お付き合いいただきましてありがとうございました


第三巻は、、、また更新するかも……という感じです


あとはモチベーション次第なところがありますが……


どうか応援ください!


コメントや評価等ありましたらどしどしお願いします


皆様のコメントがモチベに繋がります


ありがとうございました!

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