■第五章:野犬の影
訓練は、静かに積み重なっていった。
喧騒も歓声もない。
ただ、乾いた風の音が、ラフィーナの間を吹き抜け、時間の経過を示していた。
つかさは息を整え、銃を両手で構えた。
照準補助のオートエイムを完全に切って、標的との距離を正確に測る。
呼吸一つ、まぶた一つ動かすだけで照準がズレる世界で、
彼女はかすかに目を細めた。
──ピギャッ。
──ピギャッ。
鳩型の飛行デコイ、ポッポ君を的確に連続して打ち抜いていく。
その光景に玄馬の眉がわずかに動く。
「……完璧だ。まさしく弾道の先を読めている」
つかさは銃口を下げ、軽く息を吐いた。
連射の衝撃で震えがちだった前腕が、今はほとんどぶれない。
重心の置き方、指のかけ方、呼吸のタイミング──
全部、訓練の積み重ねが形になっていた。
「ありがとう。ポッポ君がストレス発散にちょうどいいのよね……」
玄馬が苦笑しながら肩をすくめる。
キィン──。
その横で金属が擦れる甲高い音が、ラフィーナに響いた。
サムのブーツの踵につけられた、“拍車”だ。
彼は踵を地面に強く打ち付け、拍車のフリントを**ギンッ!**と火花が飛ぶ角度で嚙ませた。
瞬間、
バチッ──!
火花がガイ・ヤーンの金属線へ走り、
ワイヤー全体が青白い閃光をまとった。
「……よし」
サムは小さく呟くと、
ワイヤーを円を描くように振り回した。
ゴォッ……!
さっきまでただの金属線だったそれが、一呼吸のうちに炎の鞭へと変わる。
指先の角度で、火の色が変わり、長さが伸び縮みし、まるで“意思を持っている”ようにうねった。
サムは照れ笑いを浮かべながらも、炎の脈動から目を離さなかった。
「だいぶいい感じになってきた気がする」
玄馬の炎技と、サムのガイ・ヤーンのワイヤー技がひとつに繋がった瞬間だった。
炎は獣のようにくねり、床に落ちる影を赤くギザギザに裂いた。
ラフィーナの空気が熱を帯びて揺らめく。
「……すげぇな」
湊が低く言う。
サムは謙遜するように肩をすくめる。
「まだ全然だよ。でも……少しだけコツは掴めたかな」
炎の鞭が、最後の残光を揺らしながら
ゆっくりと沈火していった。
熱の揺らぎが引いていく頃、サムは拍車を確かめるように足元を見下ろす。
つかさはポッポ君の残骸を回収しながら肩で息をしていた。
湊は、自分の掌を握っては開き、身体の奥のリズムを探る。
そんな静かな空気の中、
──プツッ。
無線が短く鳴った。
『……みんな、聞こえるか?ちょっと戻ってきてくれ。“見てもらいたいもの”がある』
芹沢の声だった。
緊迫ではない。しかし、妙な重さを含んだ声。
湊が眉をひそめた。
「……妙だな。俺らをわざわざ戻すってことは嫌な予感がする」
全員がラフィーナを出て、ロゼリア司令室へ向かった。
ロゼリアへ向かうコンコースは静かで、いつもより足音がよく響いた。
誰も口を開かないまま、奥の司令室へと歩いていく。
ドアを開けた瞬間、薄暗い室内で複数のモニターが光を放っていた。
芹沢は腕を組み、画面に視線を固定したまま振り返る。
「来たな。……まず、これを見ろ」
モニターには、ノイズ混じりの映像。
アングラネット──闇層会の配信だった。
画面を埋め尽くすコメント。
《#NODOGSLIVE》
《はよ殺れ》
《川崎に“本物”おるってマジ?》
《投げ銭5ETH:一人潰せ》
そして、七つの影。
夜の川沿いを歩く男たち。
武器をぶら下げ、笑いながら歩く。
ただの散歩ではない。
気配が獣だ。
「最初は荒れた配信だと思ったんだがな」
芹沢が続ける。
「地形が……川崎なんだよ、これ」
つかさの目が大きく開く。
「これ、“今”の映像なんですか……?」
「いや、昨日の夜のライブだ。アーカイブに残されていた」
汗が背中を伝った気がした。
湊は喉を鳴らし、画面の男たちに目を凝らす。
その時、芹沢が一つの映像へ切り替えた。
「……嫌な予感がしてな。近場に仕掛けてた監視カメラもチェックした」
画面がパッと変わる。
七人の男が、歩道橋をゆっくりと渡っている。
灯りがほとんどない川崎地区。
街路樹の影、落書きされたフェンス、
その全てを物色するように歩く“異様な動き”。
湊の背筋が凍る。
「……本当にいる……」
サムも、無意識に拍車のある足を引いた。
「なんだよ……この連中……」
つかさは映像の中の武器の数々を見て息を飲んだ。
バット、斧、二丁拳銃、細身のライフル、バズーカのような筒。
何より、男たちの顔が“笑っている”。
「楽しんでる……これ、狩り……?」
その時だった。
司令室のドアが、カツンと軽い音を立てて開いた。
「なんや芹沢、なんかええ発明でも――」
気楽な声色のまま、キヨシが入ってくる。
だが、モニターに映る七つの影を見た瞬間、
その表情がピシッと固まった。
声が、一段低くなる。
「…………は?」
湊たちが振り返るより早く、
キヨシは画面へ歩み寄り、食い入るように男たちを見た。
「なんで……コイツら知っとんねん!?」
いつになく荒い息。
湊が「知ってるんですか?」と問うと、
キヨシは拳を握り締め、低く吐き捨てるように言った。
「……コイツら、**JPS《Judgement Pit Slayers》(ジャッジメント・ピット・スレイヤーズ)**や。“裁きの穴で殺す者ども”っちゅう意味やな」
湊もつかさもその名を知らない。
だが、キヨシの声色が尋常じゃないことだけは分かる。
「大阪を根城にしとる……殺戮集団や。
公安でさえ関わりたがらん“バケモン”やぞ。
昔俺がキャスターにおった頃、だいぶ手ぇ焼いてたんや……」
芹沢が息を飲む。
「……そんなにヤバい連中なんか?」
キヨシはモニターに映る七人の歩調をじっと見つめ、
顔をしかめる。
「やばいも何も……どういうこっちゃ……
なんでコイツらが、この近くにおるんや……?」
今まで見せたことのない“本気の危機感”がにじむ。
司令室の空気が、キンと張りつめた。
芹沢がキーボードを叩き、別の窓を開いた。
「配信のコメントを逆引きしたら……ソース元が一つだけあった。
アングラ掲示板《深層板》や」
画面には、黒背景に白字の、異様に軽いノリの書き込みが並ぶ。
《 893:川崎に過去の大阪キャスターのメンバーが居て、そいつがクーデターを企てている》
《 894:まじかよwww誰か処刑人呼んでこいや》
《 895:これあれじゃね?JPSの出番じゃね?www》
《 896:JPS様万歳!!》
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《 961:お、JPS食いついたでw川崎征伐配信するみたいやぞ 》
《 962:キタ━(゜∀゜)━!》
《 963:962>それ古の言語なw》
司令室の空気が一段と冷えた。
湊が息を呑むより早く、キヨシが画面に歩み寄った。
「…………あかん」
誰もが聞いたことのない低さだった。
「……厄介な連中らに目をつけられてもうた。だいたい察しはつくがブラックデビルの姉ちゃんから情報が漏れたんやろな。こいつらにとっちゃ遊びやない。JPSは……獲物を決めたら、必ず来る」
芹沢も表情を強張らせる。
「ふざけた書き込みばかりに見えるけど……これ、連中の“合図”だな。深層板を頼りに奴らは動くということで有名だ」
「……被害、何件くらいだ?」
湊が問う。
芹沢は一瞬口を閉ざし、短く答えた。
「公表されてるだけで……数十件。未確認を含めたら倍はある」
サムが低く唸る。
「……じゃあ、俺たちはもう奴らの“獲物”ってことだね」
キヨシが振り返った。
その目は、笑っていなかった。
「全員、席つきや。すぐに作戦立てるで」
いつもの軽い口調は完全に消えていた。
キヨシは司令卓に両手を置き、深呼吸をひとつ。
「ええか……ここに映っとる七人。
全員が、災害指定レベルの化け物や。
キャスターの記録と、ワシの現場体験……全部照らし合わせた」
湊、サム、つかさ、玄馬、蓮、采女。
六名が静かに頷く。
モニターに七つの顔が順に浮かび上がる。
◆1:東野 せいじ
「まずはコイツ。東野せいじ。キャスターでも“厄介な参謀”として有名やった。普段は後ろにおるくせに、肝心な時だけ前に出てくる。論理と殺しを同列に扱えるタイプや。メガネで大人しそうに見えるんが、一番タチ悪い」
芹沢が補足する。
「ピスタチオの殻を指先で加速させて撃つ……あれ冗談みたいだけど、昔それで飛行機を落としたって記録にあるな。おそらくナノ強化だ」
蓮が呆れ顔で言う。
「初手からふざけたヤツだ。こんなふざけたやつがほんとに強いのか?」
「それが……ほんまに強い。ふざけた戦闘力の持ち主や」
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◆2:小林 佑治
キヨシは画面の黒髪の男に目を細める。
「小林佑治。こいつは……説明いらんかもしれん。黙って歩いて、黙って殴って、黙って終わる。武器は金属バットだけやけど……“それだけで十分過ぎる”男や」
サムが聞き直す。
「えっと……友保?」
「ちゃう、小林や小林」
湊が息を飲む。
言葉じゃなく、ただ映像の“質量”で伝わる強さ。
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◆3:陣内 智成
「青い髪の陽キャ。陣内智成。撃つより喋るんが好きなんか知らんけど、戦場でずっと喋っとる。でも、喋っとるくせに当ててくるねん。マシンガン複数持ちで、テンション上がれば止まらん」
つかさが小さく「厄介そう……」と漏らす。
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◆4:中津川 礼二
「この黒髪で、整った髭の男。中津川礼二。
突撃型で、斧使い。斧に名前付けてる変人やけど──」
つかさが興味深そうに身を乗り出す。
「えっ、なんて名前なんですか?」
「金ちゃんと良ちゃんや。二つ揃って“鬼越”言うらしい」
サムがぽつりと呟く。
「……なんで斧にそんな親しげな名前を?」
キヨシが肩をすくめる。
「知らん。けど、ああ見えて妙に真面目で几帳面や。
味方にはよう気ぃ遣うタイプらしい」
湊が小声で言う。
「……丁寧な狂気みたいな……」
キヨシが頷く。
「そんな感じや」
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◆5:中津川 剛
「礼二の弟分みたいに見えるがこいつが兄らしい。中津川 剛。紫色の髪が特徴で二丁拳銃で距離詰めるんが得意や。足が速い。背は低いけど、一番厄介かもしれん」
湊が眉をひそめる。
「背が低いと……動きが読みにくい」
キヨシが頷く。
「せや」
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◆6:遠藤 修造
「オレンジ髪のバズーカのヤツがおるやろ。遠藤修造。“8.6秒で仕留めるぜ”って言いながら撃ってくる。あれは……まあ、見たまんまや。遮蔽物が燃えたら大体コイツのせいや」
サムがいつものごとく軽口を叩く。
「お、8.6秒のリズムか!カポエラと相性が良さそうだね」
湊はリズムに乗りながら手を叩く。
「ラッスン……フィーザキー?」
蓮が全力で止めに入る。
「多分違うと思うが、それ以上はやめとけ」
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◆7:田中 尚哉
「……この白髪で髪の長いやつ。田中尚哉。こいつは……嫌なタイプや。“実況”しながら戦場を歩く。自分の手で殺すより、“殺す瞬間をどう演出するか”ばっか考えとる。言うてしまえば……コイツだけは、ほんまに人を“人”やと思ってへん」
キヨシは七人の映像をすべて見終えると、
深く息を吸い、声色をさらに落とした。
「……ええか。こいつらは“群れ”や。群れでおる限り、俺らじゃ勝てん。七人そろっとったら、川崎が一晩で更地になる。」
湊が眉間に皺を寄せる。
「……そんなに……?」
「そんなに、や。」
キヨシは躊躇なく言い切った。
「JPSは群れで動くが、同じ獲物を奪い合う文化はない。“戦果ポイント”いうてな、狩りで稼いだポイントで序列が決まる。だから普段は肩組んで歩いてても、獲物の影が複数出た瞬間、“誰がどこ獲るか”で勝手に散る」
芹沢が別の画面を開く。
「しかも厄介なことに、あいつらは自分の得意フィールドを必ず選ぶ。東野は高所、陣内は音の反響する広場、田中は“画になる場所”、中津川兄弟は協力し合うため近くに」
キヨシが地図の三ヶ所を指で叩く。
「つまりや。戦果ポイントの文化 × 好みの地形この二つが揃えば……“散れ”なんて言わんでも、奴らは自分で勝手に散る」
蓮が腕を組んだまま頷く。
「……なるほどな。生き物の習性みたいなもんか」
「そうや。習性と癖。それさえ利用すれば、一夜で七つの獣は七方向へ分かれる」
サムが笑う。
「俺たちは、“JPS好みの餌”としてそれぞれ別の場所に散ればいいんだね」
キヨシはゆっくり首を振った。
「……餌になるだけやったら、ただの自殺や“散らばせる”んは入口でしかない。奴らの“相性を崩せる状況”を作らなあかん」
司令卓に広げられた地図に、七つの赤い印が灯る。
「屋上、廃ビルの中、橋の下、港湾倉庫、旧線路跡……。ここら一帯には、JPSが好みそうな地形が揃っとる。昼のうちに、それぞれ“痕跡”だけ残してこい。深くやる必要はない。足跡でも、焦げ跡でも、空薬莢でも、落書きでもええ」
芹沢が補足する。
「JPSは痕跡の“質”で来る場所を選ぶ。大した手間はいらん。『ここに何かいるかもしれない』――そう思わせれば十分だ」
蓮が腕を組み、地図を見つめた。
「つまり……罠ってやつだな。やり方次第で七匹全部、好きな方向に散らせるってわけか」
「その通りや」
つかさが手を挙げて質問する。
「流石にそんな集団なんだから、これが罠だってことに気づきませんかね?」
キヨシは淡々と答える。
「そらもう1発で気づくやろな。でもそれでええんや。やつらにとってこの挑発行為はより燃え上がる材料や。殺戮を楽しみたい集団なんてのは状況が揃えば揃う分だけこっちの意思に従う」
キヨシは顔を上げ、六人を順に見渡した。
「――各々、自分が“戦いやすい場所”を選べ。ええな? 誘導の痕跡は最低限でええ。けど、その代わり……絶対に自分で選んだ場所で決着つける覚悟を持て。くれぐれも一緒に行動さすな」
静かな緊張が走る。
湊は拳をぎゅっと握った。
サムは軽く肩を回して笑う。
つかさは息を整え、玄馬は炎のような目で地図を睨む。
蓮は無言で頷き、采女は髪をかき上げてフードを被る。
キヨシは最後に短く言った。
「――昼のうちに仕込みを済ませろ。奴らは日が落ちてから動き出す。夜になる前に、全員配置につけ」
六人は同時に立ち上がった。
足音が司令室に重く響く。
川崎の夜が幕を開けようとしていた。
夜の川崎に、七つの影が散らばるように現れた。
瓦礫に月光が落ち、男たちの笑い声が不気味に反響する。
「やっと夜やがな〜!もう何日目やったっけ?ほんまにおるんけ?」
青髪の男が伸びをしながら、ふざけた調子で問う。
「冷静に考えよや。この街は、この瓦礫は──アートやで」
白髪ロングが真顔で言う。
「アホ抜かせ!おもんないことばっか言いよって」
その横からオレンジ頭が肘で小突く。
白髪ロングはそのままバッグから小ぶりのドローンを数基取り出し、何も言わず起動させ、夜空へ放った。赤外線カメラが瓦礫の谷間を照らす。
「さあ、始まりました。チキチキ・アホの使いやあらへんで〜」
ドローン視点の映像を配信しながら、淡々と実況を始める白髪ロング。
「……これ、担がされとんちゃうん?」
メガネの男が眉をひそめて言う。
「いや、それはないわ。御上の情報やさかい根拠はある。それに──」
黒髪で髭の整った男が、背中の斧をぽん、と叩いた。
「今日は楽しい一日になりそやな。なあ、金ちゃん、良ちゃん」
「きっっっしょ!!こいつ斧に名前つけとるがな!!」
青髪が心底嫌そうに叫び──そのまま黒髪の男にガツンとどつかれた。
長髪のバット男が、足元の“何か”を拾い上げた。
月光で金色に鈍く光る、空薬莢。
「──おるな」
短いが、確信に満ちた声。
「やろ?わかりやすい罠やわ」
メガネが周囲を見渡しながら言う。
「ええか皆、よう聞きや?敵が痕跡ばらまいとる。ここにおる言うて誘導しとんねん。でもな──」
紫髪の小柄な男が割って入る。
「つまり、引き剥がすつもりかいな?」
「そういうこっちゃ」
メガネが指を鳴らす。
「せやけど──俺らぁ分裂したら“余計に強い”って知らんのやろなぁ」
そこにいた全員が、にやりと笑った。
「自由行動、開始や」
七つの影が一斉に散る。
群れのようで群れではなく、仲間のようで仲間ではなく、ただ“獲物の匂い”だけを共有する、狂気じみたハンターたち。
夜の川崎が、ざわりと息を吹き返した。
遅くなりましたが第五章です
ちょっと雲行きが怪しくなってきたかなってところではありますが
日常生活共々充実しております
趣味に生きるも……ありだよなぁ




