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UnChain  作者: 大垣礼緒
10/14

■第九章:灰の都、新宿へ


 空は鉛色、風は鋭くて冷たい。壊れかけのスカイブリッジは半分が崩れ、むき出しの鉄骨が空に牙のように突き出している。下は真っ暗な谷、遠くに見える街灯の光が雲に溶けて、何もかも灰色に塗り潰されていた。


 蓮のメッセージにはこうあった──「スカイブリッジを渡って羽田でバイクを奪取」。言葉で読むと簡単だ。歩を進めるごとに、体感ではそれがどれだけ非常識か、いや、狂気かが明確になっていく。


 「ちょ、待って……これ、渡るの?てかあのおっさんここ渡ってきたの!?」サムが目を丸くした。足元で鉄板が軋むたびに、三人の心臓が同じリズムで跳ねる。

「これ……万が一の時は保険効くのかしら?」

「多分効かないと思うなぁ…」

 つかさの最大限の恐怖に対するごまかしは、サムに簡単に折られた。そんななか湊だけは、無言で先を見ていた。だがその目は少し笑っていた。いつものことだ。蓮さんっぽいっちゃ蓮さんっぽい。無茶だとわかってても行くしかない。彼がここを渡ってきたのだから実績はある。


 つかさはスカイブリッジの端に立ち、腰のホルスターから銃を取り出す。


 「行くよ」彼女の声は震えていたが、決して弱くはない。指先がグリップを確かめる動作は、いささかこなれた感じを醸し出している。


 最初の一歩を踏み出すと、橋が嫌な音を立てた。風がより強く吹き付け、切れた路面の向こうから、一台のHUNTER EYEが滑るように飛び出してきた。機体の赤いセンサーがちらりと光る。


 つかさは構え、ゆっくりと狙いを定める。引き金に触れると、銃口から白い閃光が吐き出された。EMP弾だ——それは雷鳴のような音とともに小さな爆発を起こし、目の前のEYEの光が消える。装置が痙攣するように揺れて、空中で崩れ落ちた。


 「は、はやっ……」サムが呟く。彼の視線がつかさの動きに追いつかない。


 連射。ビシュ、ビシュ、ビシュ——白い閃光が立て続けに走り、次々とEYEが無力化されていく。鉄骨の影に反射する光が、まるで彼女の意思が鋭く伸びていくようだった。


 湊が振り向いて、目を細める。「あれ……新しい銃?」


 つかさは一瞬銃身に触れ、苦笑を浮かべる。「うん。芹沢に新しいの作ってもらったの。連射機能がついて、電磁パルス弾に対応した──ナースバスターⅡよ」


 湊とサムはその名前を聞いて、少し顔を綻ばせた。声には出さないが、二人の中で同じ小さな波紋が立った──あの名前……気に入ってたんだ。

 名前が口の端で消えた瞬間、風がまた強くなった。橋の折れた側溝に足を取られそうになりながら、三人は前へ進む。鉄骨に反射するEMPの光が、湿った空気の粒子を青白く染め上げる。つかさの呼吸は浅いが、指先の動きは確かだ。


 だが、死角から突然もう一機のEYEが飛び出してきた。正面からだと銃口を合わせにくい角度。湊が足を止め、体をひねって遮蔽物を作ろうとした瞬間、橋の一本の横桁が小さく崩れ落ちた。鉄板の端がぎしりと動き、下から冷たい海風が巻き上がる。


 「やばい、桁がもつか…!」サムの声が震えた。


 つかさが反射的に小瓶を取り出す。スモークアンプルだ。腰で投げ切る習慣がまだぎこちない――訓練不足の証拠だが、それがかえって現場での緊張を映す。


 着弾と同時に白い煙が溢れ出し、視界を一瞬で覆う。EYEの赤いセンサーが煙に吸われるようにぼやけ、機体の挙動がもたついた。つかさはその瞬間を逃さず、近距離でEMP弾を叩き込む。再び青白い閃光。金属の鳴る音とともに、EYEは尾を引くように落ちていった。


 つかさが腰でEMPアンプルを確かめると、湊が興味深げに顔を寄せた。「へー、いつの間にそんなの作って貰ってたんだ?」


 つかさは肩越しに笑みを返しながら、小瓶を指で転がす。「あー、こっちのアンプルは自作よ。基本的には現地にある薬品や手元にあるもので作れるから」


 サムが目を丸くして、「へー、そんなの誰に教わったんだ?」と訊ねる。


 何を当たり前なことをと言わんばかりにつかさが答える。

「芹沢さん」


 その名が出ただけで、二人は同時に顔を向ける。あの一見頼りなさそうな芹沢が、夜な夜な機械と格闘している姿が目に浮かぶようだった。


 湊は小さく笑い、声を潜めて言った。「あの人…一体何者なんだ……」


 つかさは頷き、銃をホルスターに戻す。静かな誇りと少しの照れが混じった表情だ。橋の向こう、羽田の暗がりが待っている。だが、その手元には今や“人を救い、機械を殺す”ための小さな祭具がある。三人は互いに目を合わせ、最後の息を合わせるように前へ進んだ。

 羽田の地下駐車場に降り立つと、そこにはずらりと並んだ無数のバイク。

 鈍く光るタンク、埃を被ったミラー、油と錆の匂いが立ちこめる。蛍光灯は半分以上が切れていて、光と影がまだら模様を作っていた。


 その時、湊のイヤーピースが小さく震えた。

 『……聞こえるか? 芹沢だ』


 ノイズ混じりの声が静寂を切り裂く。


 『気をつけろ。現行のモデルは無いが、それに近いものに触れるとアラームが鳴る。

  とりあえず、先にそこへ寄ってた蓮さんが旧世代のバイクで動くものをピックしてある。

  赤い紐がつけられた三台を探せ』


 「了解。助かる」湊が小さく返す。


 通信が途切れると、しばらくの間、機械のうなりも息遣いも聞こえなかった。

 だが、三人とも頭の中では同じことを思っていた。

 ――芹沢さん、やっぱり抜け目ないな。


 つかさは小さく笑って言った。「やっぱ、あの人ひとりでロゼリア成り立ってるよね」


 サムは肩をすくめた。「だな。てかあの声、半分寝てたよな……?」


 「徹夜だからだね、きっと」湊が苦笑した。


 赤い紐はすぐに見つかった。

 それぞれのハンドルに結ばれた紐には、薄汚れたタグが下がっている。

 湊、サム、つかさ——三人の名前が書かれていた。


 「……嘘だろ」湊がタグを見つめたまま固まる。

 そこに鎮座していたのは、ハンドルが異様に高く持ち上がり、エスカルゴンフェンダーがごてごてと付いた巨大なアメリカン。

 錆びたメッキがわずかに光り、まるで“走る祭壇”のようだ。


 その隣では、サムが自分のバイクを見上げて歓声を上げた。

 カウルとミラーが一体化した奇抜なデザイン。リアシートを上げるとバックレストになるギミック付き。

 「俺のはなかなかにかっこいいよ!仮面ヤイバーに出てきそうで。これが不人気車種だったとは思えないね!」

 彼の目が本気で輝いている。


 対して、つかさはというと顔を引きつらせていた。

 自分の名前が貼られた白いビッグスクーターには、なぜかネオン管が取り付けられている。

 ヘッドライトを点けると、ピンクと水色のラインがピカピカと点滅し、まるでイカ釣り漁船だ。


 「やだやだやだやだやだやだ……隣の可愛いちっさいスクーターがいい」

 「おいやめろ、それは現行にほど近そうだ。触っちゃダメだ……てか俺のはなんでこんな世紀末なわけ?」湊が肩を落とす。


湊が肩を落とすその様子を見て、サムが笑いながら近づいた。

「まあまあ、実際そんなもんだからいいじゃん。似合ってるよ」

軽く背中を叩かれた湊は、思わず眉をひそめる。

「いや、褒めてねぇだろそれ……」

 つかさは二人のやり取りを横目に、ネオンがチカチカ光る白いスクーターを見下ろしていた。

 ピンクと水色のラインが自己主張激しく点滅している。

 「……私、これ乗るの?やだ、絶対目立つ……」

 「いいじゃん、医療班って感じで。ほら、救急っぽい光だよ」サムが笑いながら言う。

 「救急っていうか、夜の街の照明装置よこれ……」

 地下駐車場に笑い声がこだました。

 それは久しぶりに訪れた“日常の音”だった。


 羽田の地下駐車場を抜けると、夜の風が三人を包み込んだ。

 外はまだ暗く、湾を挟んで向こう側の千葉では夜のざわめきを醸し出している。

 錆びたシャッターが音を立てて開くと、三台のマシンが一斉にエンジンを鳴らした。

 低い鼓動のような排気音が、地下の残響を震わせる。


 「行くぞ」

 湊の声に合わせ、三台のバイクが夜気を切り裂くように走り出した。

 アスファルトの上には長い間放置されたガラス片が散り、ヘッドライトの光を受けて銀色に光る。

 風が強い。塩の匂いがする。

 羽田を出てすぐ、荒川沿いに伸びる旧環状線を北上する。

 かつての首都高だった道路はひび割れ、コンクリートの継ぎ目からは雑草が伸びていた。

 その上を、灰色の煙を引きながら三つの影が走る。


 「EMP検知、北側ルートに一機。つかさ、いける?」

 湊の無線に、つかさがすぐ応じた。

 「任せて」

 スクーターの脇からアンプルを取り出すと、力任せに地面に叩きつけた。

 白い光が閃き、数十メートル先で小型のEYEが火花を散らしながら墜落する。

 「チャフアンプル作戦、成功。行けるわ」

 「うおおお、俺の出番ないじゃん!」サムが笑う。

 「撃ちたきゃ、せめてまっすぐ走って!」

 「それが一番難しいんだって!」


 三人の声が風にちぎれていく。

 すれ違う建物はすでに廃墟。コンビニの看板は崩れ落ち、窓は風に揺れるビニールで塞がれていた。

 東京湾の潮風がビルの谷間にこもり、焦げたような臭気を漂わせる。

 かつて“都心”と呼ばれた街の中心は、今や人よりも機械のほうが多い。

 灰色の夜の灯りが、じわりと街を照らしていく。


 無線が鳴った。

 『ここから先は自動防衛区域だ。EMP反応が増える。チャフは温存しろ、次の街区で目視確認を』

 芹沢の声は落ち着いていたが、その裏に張りつめた緊張がある。

 『新宿旧都庁前の広場は今やアイスブラストの拠点だ。敵の監視が集中している。数は……十数機のHUNTER EYE、外周にS.I.Vスーツ兵が五。裏口のダクトは健在。侵入口はそこだ』

 「了解」湊が短く答える。

 「了解」つかさが続く。

 サムも軽く頷き、ハンドルを握り直した。


やがて、灰色の空の下に“現代の城塞”が姿を現す。

 巨大なビル群が整然と並び、旧都庁のツインタワーは青白いネオンとホログラム広告に包まれていた。

 街は生きている。だが、それは人の温もりではなく、統制の熱だった。

 道路を走るのは無人輸送車、ビル壁面には監視映像が流れ、空にはEYEが交差する。

 広場のスピーカーからは定期放送が流れていた。

 > 「――秩序を守れ。協調は幸福を生む。違反者は即刻報告せよ」

 整いすぎた声が、霧のように街に滲んでいく。

 ネオンの下に人の姿は少なく、皆うつむき、同じ方向を歩いていた。

 それはまるで、心臓の止まった都市が、機械の熱だけで動いているようだった。

 『気をつけろ、こっちで測位してる外の見張りはそれだけだ。倒せるか?』芹沢の声が再び響く。

 湊は口角を上げて答えた。『これぐらいは当たり前ですよ』

 『了解。バイクに乗りながら相手を無力化し、裏口のダクトまではそのまま接近できるはずだ。慎重にな』

 『了解』


 その一言で、三人は同時にスロットルを開けた。

 エンジンの唸りが街の沈黙を破り、旧都庁前の広場へ突入する。


 つかさが先陣を切る。

 スクーターの荷台からチャフアンプルを三つ取り出し、まるで花火のように放った。

 空中で閃光が弾け、電子ノイズが一帯を覆う。

 HUNTER EYEの赤い光が一斉に点滅し、機体が乱れて空中で蛇行した。

 その隙を逃さず、サムがガイ・ヤーンを展開。

 黒く光るワイヤーを、錯乱したEYEを次々に撃ち落としていく。


 「サム、左上!」

 「任せろ!」

 振り向きざまに放った一撃が羽を切り裂き、HUNTER EYEが爆ぜる。破片が雨のように降り注ぐ中、湊が低く身を沈め、S.I.V.兵の背後に滑り込む。

 カオマン・ガーイの刃が一閃。

 ホースを断ち切られたS.I.V.兵が動きを止め、そのまま崩れ落ちた。


 わずか三分。

 外周の敵は一人残らず沈黙していた。

 広場には、焼けた回路の匂いと、排気の白煙だけが漂う。


 湊がヘルメット越しに息を吐いた。

 「……蓮さん、ふざけた見た目のバイクを選んだのに、ちゃんと考えてやがるな」

 「え?」とつかさが振り向く。

 「いや、ほら。お前のスクーター、片手で銃構えやすいだろ? 俺のも背中の抜刀ラインにちょうどいい。サムのフルカウルも収納が多くてパーツ出しやすい」

 サムが笑う。「まさかおっさん、そこまで考えてたのか?」

 「たぶんな。遊びと実用の境界が、あの人だけズレてんだよ」

 三人が顔を見合わせて笑った。

 ほんの一瞬。戦場の灰色の中に、温かな色が戻った気がした。


風が止んだ。


 夜の熱気も、瓦礫をなでていた風音も、すべて消えた。

 そこだけ、時間が沈んでいるような場所――旧都庁裏手。

 剥がれかけた壁面に、ひとつだけ“息をしているようなパネル”があった。

 温度、音、振動。どれも他と違う。


 湊はしゃがみ込み、指で埃を払った。

 錆びついた金属の下に、薄い警告文字が見える。

 「……冷却配管通路。メンテナンス用」

 「ダクトか?」とサム。

 湊は頷く。「そうだ。でも排気じゃなさそうだね」


 つかさが耳を当てた。

 金属の向こう側から、低く一定の音が聞こえる。

 「……脈、みたいな音がする」

 「中で何か動いてるな」湊が静かに言った。


 手袋を外し、ツールを差し込む。

 わずかに引っかかる感触。

 湊の手首が力を込めた瞬間、

 カチリ。

 重い金属音が、夜の中に沈んだ。


 「開いたぞ」


 サムが懐中ライトを点け、内部を覗き込む。

 狭い。暗い。

 奥へ伸びる銀色の通路の壁には、どこか“生き物の内側”のようなぬめりがあった。

 「……嫌な感じだな」サムが呟く。

 金属の通路を這うように進む。

 壁の奥では無数のケーブルが唸りを上げ、遠くで送風機の音が鈍く響いている。

 そのとき――


 湊が前方で止まった。

 「……見ろ」

 ダクトの継ぎ目、そこから青白い光が漏れていた。

 ぼんやりとしたその光は、生き物の鼓動のように一定のリズムで明滅している。


 つかさが息を潜めて覗き込む。

 「何これ……照明?」

 「違う、反応が不規則だ」サムが首を傾げた。


 湊は身を屈め、そっと光の近くに耳を当てた。

 わずかなノイズの奥から、確かに**“人の声”**が聞こえた。


 ――「その姿、まさにまんまです。似合ってますよ」


 柔らかく、どこか知的な男の声。

 まるで誰かが“目の前にいる人間”へ語りかけているような自然さだった。


 湊は息を止め、仲間を振り返る。

 その瞬間、もうひとつの声が重なった。


 《……そうか。ならいい。だがしかし……何やら嫌な予感がするな》


 三人の間に沈黙が落ちた。

 金属壁の奥で、光が一度だけ明滅する。

 それが“会話の終わり”を示すかのように。


 次の瞬間――

 耳をつんざくようなノイズとともに、無線が生き返った。


 『あ、あーーー。全員聞こえるか? 俺や、キヨシや。ここからは芹沢に代わって俺が指揮を執る!』

 現実に引き戻されたような喧噪。

 『とりあえずやな、大杉の方が準備整ったもんで、それぞれ配置に着いてくれ。

 そのダクトを左に進んでつかさちゃんはA棟集会所、そこから上がって右ダクト二個目のハッチから出て前の扉にサムが大会議室、その先三つ目のハッチから出てB棟オフィスに湊やな』


 途端に、胸の奥のざわめきが現実に飲まれた。

 湊は短く息を吐き、カオマン・ガーイに手をやる。

 『……了解』

無線が軽く震え、キヨシのざっくばらんな声が金属の空間を突き抜けた。口調はいつもの調子で、だがどこか戦場慣れした落ち着きがある。


『全員、配置についたな? ええか。ここから爆弾を起爆する。そしたら敵がわんさか出てくるやさかいに、引き付けながら逃げるんや。サムは展望デッキからガイ・ヤーンで降下。つかさちゃんは非常階段が動線になっとる。非常階段下の広場の敵は大杉が先に潰しとるもんで追っ手から逃げるだけ。そして湊はオフィスの窓から、中央の建物の管理デッキから最後に降りる感じや。そした頃にはサムが降りてきとるはずやで、ガイ・ヤーンを伸ばして滑降する感じやな。この作戦で一番重要なんは湊や。集まったザコ敵をバッサバッサ倒さなあかん。準備はええか?』



三人は短く頷き、各々が最後の確認をした。


つかさはアンプルを装填し、即座に撃てるように準備をする。投擲型チャフアンプルを二個ほど握りしめた。非常階段の入り口に目をやり、階段の段差や手すりの状態を一度だけ確認してから、深呼吸した。『よし、行く』と呟くと、無線に向かって低めに『了解』と答えた。


サムは展望デッキの縁に立ち、両手でガイ・ヤーンのカートリッジを最終チェックする。ワイヤーのテンション、フックの向き、展開角度──彼の手つきは几帳面で、普段のふざけた表情の裏に確かな技術がある。サムは小さく『やりましょうか』と笑って、デッキの縁から身を乗り出す準備をした。


湊はオフィスの窓際、背中を壁に預けて最後の確認をする。背中のカオマン・ガーイの持ち手部分を触れ、刃の角度を確かめ、視線を窓の向こうに向ける。街の青いネオンが遠く揺れて見える。彼の目には一瞬、蓮の顔が浮かんだがすぐに消えた。仲間の声が無線で飛び交い、自分の役割の重さが胸の奥で固まる。


『カウント、始めるで』キヨシの声。短い沈黙の後、芹沢が小さく数字を拾い上げる――『三、二、一、起爆。』


思い切りの良い音が幾つも、低く、鈍い振動が建物全体を伝ってゆく。遠くで警報が鳴り、広場の向こう側から赤い警告灯が一斉に点滅し始める。すぐに、足音と機械の羽音が増幅して耳に入ってきた。HUNTER EYEが割れたような軌跡を描きつつ、アラートを鳴らして飛び回る。



 爆発の余韻がまだ街を震わせていた。

 HUNTER EYEが上空を旋回し、赤い光を撒き散らす。

 サムとつかさはそれぞれのルートでEYEを撃ち落としながら進む。

 EMP弾とガイ・ヤーンの電撃が交錯し、電子ノイズが夜を裂いた。


 『数は多いけど、手応え軽いな……』サムが無線越しに言う。

 『ええ、変ね……階段側も、思ったより守りが薄い』

 つかさの声に、わずかな警戒が混じる。

 敵の動きが不自然だ。まるで、わざと通しているような。


 サムは笑って肩をすくめる。『ま、楽できるなら悪くないけどな』

 軽口を叩きながら、ガイ・ヤーンの端子を展望デッキの支柱に接続する。

 滑降準備完了――そう思った瞬間、背後で扉の開く音。


風が一瞬、止まった。

 街の遠くで警報だけが鳴っている。

 硝煙の匂いが漂い、サムは無意識に深呼吸をした。

 (生きてる……まだ、ここにいる)

 指先の汗が冷たくなった瞬間――

 扉の開く音がした。



 「……誰だ?」

 ゆっくりと開いた扉の向こうから、黒い影が一歩、二歩と進み出た。


 「八百万に頼るば万策に挫ける……だな」


 その声。

 振り返ったサムの表情から、冗談の色が完全に消えた。

 デッキの光を背に、長身の男が立っていた。

 黒いレザーベスト。デニムの袖口に焦げ跡。

 煙草の火が、ほんのり揺れる。


 伊藤 玄馬。


 「おいおい、シャワーのおっさんの次は、カウボーイのおっさんかよ」

 「大杉のことか!奴は三千世界の中を渡り歩いているからな……。お前らのところにいるんだろ?邪悪な導は歩まん。大杉を出せ」

 玄馬の声は淡々としているが、その奥に怒気のような静かな熱があった。



――A棟前・広場



一方その頃、つかさは非常階段を降りきって広場へと出た。

 EMPの残光が揺らめく中、スーツ姿の女が一人、ゆっくりと歩み出る。

 白衣ではない。だが、立ち姿は医者のように静かで正確。


 「……えっと、職員の方ですか?」

 「そう言われればそうですね」

 女は髪をかき上げ、微笑む。だがその笑みは、表情の形だけをなぞったものだった。

 「あなたと同じようなものです。この先は行かせません」



 女の名は――采女うねめ

 かつての医療班主任。

 そして、つかさに“医療の魂”を教えた師。


 空気が張り詰める。

 つかさは銃を構え、采女は手にアンプルを握った。


 「……久しぶりね、つかさちゃん」

 「なぜです!あなたは東扇島で捕まったはずじゃ……」

「そうよ、捕まったわ。そして今はアイスブラスト社、新藤鷹虎様の秘書を兼任している」


「……っ!」


 つかさの喉が小さく鳴った。

 銃口がわずかに下がる。

喉の奥が焼けるようだった。

 目の前の女の手つき、呼吸、足の運び──全部、かつて教わった通り。

 体が覚えている。だからこそ、撃てない。

 撃てば、あの頃の自分ごと壊してしまう気がした。

采女はその隙を逃さず、ポケットからナイフを取り出しアンプルを装填した。

 透明な薬液が刃の中で静かに泡立っていた。





――B棟・オフィス階層



 その頃、湊は無限に湧いてくるS.I.Vスーツの兵に苦戦していた。

 EMPの波がすでに収まり、機械たちは完全に機能を取り戻している。

 銃火と警報音、破片の舞う中で、湊は息を整えた。


 『……っ、聞こえるか? 返事をしてくれ……!

 こっちは、すごい敵の量だ!』


 返答はない。

 つかさからも、サムからも。

 ただ通信ノイズが、風のように無線をかすめた。


 焦りが胸を叩く。

 だが、湊は踏みとどまった。


 (落ち着け。焦るな……動きは“点”で考えるんだ)

 脳裏に蘇るのは、蓮の声。

 ――「相手の動きは面で見るな。点を捉えろ。ホースを断てば、機械はただの屍や」


 湊は踏み込み、S.I.V兵の後背部に回り込む。

 金属音が響く。

 カオマン・ガーイの刃が一閃し、ホースを断つ。

 白い液体が弾け、機体が沈む。


 

 奴らを相手にしながらも、湊のステップは軽かった。


 ――斬る、離れる、息を吸う、また斬る。

 リズムは完全に体に染みついていた。


 「……蓮さん、あんたの教え、ちゃんと届いてるよ」


 独り言のように呟きながら、湊はさらに深く敵陣へ切り込んでいく。

 その姿はもはや少年ではなかった。

 闇に光る刃と汗が、戦場を照らす。



 爆炎の音が遠のいて、夜が沈黙する。

 遠くで電磁ノイズが一瞬だけ弾け、やがて、完全な静寂が訪れる。


 誰の声も届かない。

 ただ、戦場だけが息をしていた。

風が、焦げた匂いを連れて流れていく。

 焼けた金属の熱が、夜の闇に溶けていく。

 灰の街に残ったのは、湊の息だけだった。



昨日は急遽有給を取り


車をいじって

少し走らせていました



好きなことをするのはいいことですね


嫌なことは、風に洗い流して貰いましょう。


さてUNCHAINの第一巻にあたるお話もだいぶ後半です。

続編を出すかどうかは……とりあえず全部出た後の反応次第で考えようかと思ってます。


次週も土曜日更新予定です


デュエルスタンバイ!

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