欲しいのは
ミアの夫は、プラチナブロンドを緩い一つの三つ編みで纏めた、赤茶色の瞳のアユーンという名の男。一座の中で、ゾーイがミアの次に話せるようになったのは彼だ。
ネスに抱えられたゾーイがミアとアユーンの前に現れると、アユーンは苦笑を浮かべた。
「その顔なら、ネスは本人から聞いた?」
「聞いた。ずっと子供だって思い込んでた。」
「ユニスは初めて会った時から知ってたって。子供の方がしっかりしてるね。」
そう言ったアユーンはくすくすと笑って、膝の上に座っている娘の白銀の髪を撫でた。
「どうしようね。大人同士だ、べったりしているのは問題かな?」
「どうだろな?今まで問題無かったし?」
ネスとアユーンが相談しているのを、ゾーイは黙って聞く。ネスは当然のようにゾーイを膝に乗せていて、誰もその事を突っ込まない。彼らにとって、それは既に見慣れた光景だった。
「ねぇゾーイ、これからはネスとは違うテントで眠らない?」
「嫌」
ミアの提案には、ゾーイはネスの首に噛り付いて断固拒否の姿勢を取る。それに苦笑を浮かべたネスは、ゾーイの頭をぽんぽんと撫でた。
「なぁゾーイ、俺を好きなのって、家族としてじゃねぇか?」
少し考えて、こくんと頷く。失った家族と同じように、ゾーイはネスが好きだ。
「家族とは子供は作れない。お前さ、焦るなよ。もう少し勉強しよう。子供云々はそれからだ。」
「わかった。ネスと離れなくても、良い?」
「いいよ。今まで通り、守ってやる。」
「良かった。」
ほっとして身を預けるゾーイを、ネスは優しく抱き締める。苦く笑っているアユーンと困り果てた顔をしたミアを瞳に映して、ネスは口を開いた。
「ちゃんと責任持つ。変な事もしねぇよ。だから、こいつの心と体が一致するまで俺達だけで秘密にしねぇか?こいつの意志無視して無理矢理どうこうは、したくねぇ。あと、一人じゃ無理だと思うから助けてくれる?」
「それは良いけど、もしゾーイが本気だったら、ネスはどうするの?」
首を傾げるアユーンに、ネスはニヤリと笑ってゾーイを見下ろした。
「もし本気なら、女を磨いて俺を本気にさせてみろよ、ゾーイ。」
「わかった。頑張る。」
こくんと頷いたゾーイは、顔を近付けてネスに口付けようとして、阻まれた。
「それは恋人同士でやんの。お前はまだ駄目。」
「ネスは、嫌い?」
「家族としては好きで大事。だけど女としては見てねぇよ。そう意味で、好きにさせてみせろって。」
そうしてゾーイの、恋の勉強の日々が始まった。
まず始めたのは、読み書きの勉強だった。ネスが、護衛の仕事や鍛錬の合間に読み書きを教えてくれる。
今までと同じように二人で乗る馬の上では、通り過ぎる草花や、鳥の名前を教えてくれた。
まだ、ネス以外は怖い。
だけどミアとアユーンには少しずつ慣れて来て、ネスの膝の上で二人の様子を観察する。
「ネス、あれして?」
ゾーイが指差したのは、ミアとアユーン。焚き火の灯りに照らされる二人は寄り添い合い、アユーンはミアの髪を優しく梳いている。それをされるミアはとても幸せそうで、ゾーイは羨ましかった。
「いつもやってんじゃん。」
そう言ったネスはくしゃりとゾーイの黒髪を撫でる。なんだか違っていて、ゾーイは唇を尖らせた。
「あれは?」
今度は、アユーンはミアのこめかみに口付けた。甘い雰囲気の二人。
「駄目。あれも恋人がやんの。」
くしゃりと髪を撫でられて、ゾーイはネスの首に腕を回して不満な気持ちを誤魔化す事にした。そうすると、ネスが優しく髪を梳いてくれる事を知っていた。甘い雰囲気なのかはわからないけれど、ゾーイは、それでも満足で、嬉しい。
毎日ゾーイはネスよりも早く目が覚める。彼の腕の中でじっとして、ネスの寝顔を眺めるのが好きなのだ。そうしていると、なんだか胸が温かく満たされる。
ネスが目を覚ましそうになると、ゾーイは寝たふりをする。
起きたネスは体を起こして伸びをした後で必ず、ゾーイの頭を撫でてくれる。それから、優しく揺すられるのだ。
「ゾーイ、見回り、一緒に行く?」
「………行く。」
目を開けた先で、ネスはふわり優しく笑う。ゾーイの大好きな、朝の時間。
ネスの服の裾を掴んで、ゾーイは野営地の見回りについて歩く。そして、ネスの陰に隠れながらも一座の人々に話し掛けようとするのだが……足が竦んで、喉がカラカラになって、声が出なくなってしまう。
「焦らなくて良いよ。」
ギリギリまで、ネスは見守ってくれる。頑張っても、恐怖でゾーイが青くなっていると、限界を越える前に抱き上げて助けてくれるのだ。ネスに抱き上げられると、緊張で強張っていたゾーイの体からはほっと力が抜ける。
「お前は怖い思いをして来たんだ。少しずつ、前に進めば良い。」
ネスの優しい手と、優しい声。
ゾーイはこれを、失いたくない。
「ネスは、どんなのが好き?」
ネスとゾーイが離れる水浴びの時間。ゾーイはミアに聞いてみた。
目の前のミアは女神像みたいに綺麗で、体はどこも柔らかそう。対してゾーイは、肋骨が浮いた痩せっぽち。歳だって、頑張っても十三くらいにしか見えない。
「あんまり、姉弟でそういう話しないのよね。後でアユーンに聞きに行く?」
「行く。アユーンは、知ってる?」
「うーん。私よりは知ってるかもね?」
体を綺麗にした後は、ミアが女の身嗜みだと言って、体と髪に香油を刷り込んでくれる。それから髪を梳って、可愛く見えるように編み込んでくれた。
「ネス、可愛い?」
なんだかそわそわして、ネスの顔を見るのが恥ずかしい。
「可愛いよ。後は飯、たくさん食って肉を付けよう。」
「うん!」
嬉しくてふわふわする感覚に、ゾーイは戸惑う。
なんだかネスといると、不思議な感覚ばかりだなと考えて、そっと彼の手を握ってみる。
「どうした?」
「……お腹、空いた。」
優しく微笑んだネスは、そのままゾーイの手を引いて歩いてくれる。
何故か、ゾーイの心臓が、きゅーっと苦しくなった。




