陽だまりの日々
ネスは旅の一座の護衛をしているらしい。大陸中を旅して周っていて、大陸の西の端のあの街まで来たのだと、ネスは馬上で話してくれた。
「最近は、ほとんどの国で奴隷が解放されてる。大陸中央部では国同士で結ぶ同盟が広がってるんだ。同盟国では奴隷は許されてないし、民の幸せの為に王様達が頑張ってる。」
ネスが語るあの街以外の世界は、とても優しい場所のように聞こえてゾーイは驚いた。
その日食べる物に困らない。毎日屋根の下で眠れる。着る服だって、一つじゃない。まるで御伽噺のような世界。
「ゾーイが望むなら、俺のもう一人の姉さんがいる国で暮らす事も出来る。そこも、怖い事はないよ?」
そう言われて、ゾーイは首を横に振る。迷惑で無いのなら、ゾーイはネスといたかった。
「ネスとは、駄目?」
「俺とだと、あちこち旅をする。そんな生活で良いの?」
「良い。ネスと一緒が良い。」
「じゃあ、俺がゾーイを守ってやるよ。」
胸の辺りがくすぐったい。芽生えそうなこの感情がなんなのか、ゾーイはまだ、知らない。
そうしてゾーイはいつでもネスの側にいた。
寝るテントも二人は同じ。
食事も二人並んで取る。
移動は、ネスの乗る馬に一緒に乗せてもらう。まるで親子だなと、ネスの家族達は笑っていた。
「ゾーイ!どこ怪我した?!血が出てる!」
少しずつ、ネス以外に近付かれても怯えなくなって来たある日、ネスが真っ青な顔で叫んだ。ゾーイがネスの視線を辿ると、足に赤い血が伝っている。だけれど、そんな所を怪我した覚えも、痛みもない。痛いといえば、今朝はずっとお腹がチクチク痛んだ。
それを伝えたら、ネスの顔が更に青くなってから、赤くなった。髪と同じ色に顔を染めたネスに抱き上げられ、ゾーイは何処かに連れて行かれる。
「姉さん!助けて!」
またもやネスが助けを求めたのはミアだった。
二人の子供と夫と共にいたミアを引っ張って、ネスはミアの夫から離れて耳打ちする。
「ゾーイが、大人になったかも…」
真っ赤なネスの顔を見てから、ミアはゾーイへと目を向ける。
「ゾーイ、女の子だけでお話しよう?」
「ネスは?」
「ネスは…ちょっと聞けない話。私と二人は怖い?」
「…………ミアは、平気。」
ネスの腕から降ろされて、ゾーイはミアに手を引かれて彼女の家族が使っているテントへと連れて行かれた。そこで、色々と質問をされる。
初めてでよくわからないと伝えると、その血がどういう物か、ミアは優しく微笑んで教えてくれた。
「子供…ネスの子供、出来る?」
ゾーイが首を傾げて尋ねてみたら、ミアの笑顔が引きつった。まずい事を言ったのだろうかと怯えていると、気を取り直したミアが優しく、諭すように話し掛けてくる。
「ネスとは流石に、年が離れ過ぎよね?それにまだゾーイは成人していないでしょう?子供は、ちゃんと大人になってから作らないと、子供もあなたも危ないわ。」
ぽんと肩を叩かれて、ゾーイは首を傾げる。
「ネス、何歳?おじさん?」
若々しく見えるけれど、実は結構な年なのだろうかと、ゾーイは悩む。そうすると、ネスの姉であるミアは一体いくつなのだろうか?
「二十一だけど…おじさんに、見える?」
ゾーイは首を横に振る。そして、指を使って数を数えて計算してみる。出た数を指で示して、またミアに質問をする。
「四歳、違うのは離れ過ぎ?ネスの子供が欲しい。」
レヴィみたいに、ネスに似た男の子が良い。ミアが幸せそうに見えて、ゾーイは羨ましかった。
目の前でミアの目が見開かれて、彼女は呆然とした様子で言葉を紡ぐ。
「ゾーイ、何歳なの?私達、ずっと、十一、二歳だと…」
「十七」
「え?」
「十七歳。私の国は、成人は十六。ネスの国は?」
「わ、私達も、十六で、成人…」
途端にミアが立ち上がり、激しく動揺し初めて、ゾーイは怖くなる。
怒られる。そしたら殴られる。
そう考えて、テントを飛び出した。ネスはすぐそこにいて、抱き付いたら受け止めてくれて、ほっとする。
「ゾーイ、体は大丈夫か?」
「ミアが、怖い。」
「なんで?」
「何か、怒らせた…」
抱き上げられたネスの腕の中、彼の肩に顔を伏せたら、ネスの大きな手が頭を優しく撫でてくれる。
「ネス!大変!どうしよう!!」
ミアの動揺した大きな声が聞こえて、ゾーイはびくりと肩を揺らす。それに気が付いたネスが大丈夫だよと言って、優しく笑う。
「何が大変?なんか、ゾーイが怯えてるけど?」
「と、とりあえず、アユーン!アユーンに相談してくる!ネスはゾーイといて?」
「?わかった。とりあえず、落ち着け、姉さん。」
ミアが駆けて行ってしまい、首を傾げているネスはゾーイを抱えたまま、その場に座って待つ事にしたようだ。ゾーイは、こうしてネスの膝の上にいるのが大好きなのだ。怖い夢を見た時や不安な時には、ネスは必ずこうしてくれる。
ネスの膝の上で、ゾーイは考える。ミアは、ゾーイの体は子供を作れる準備を始めたのだと言っていた。二人の子供がいるミアはよく、夫のアユーンとしている事があった。それをすれば、ゾーイはネスの子を手に入れられるかもしれない。
「ネス…」
「んー?どうした?体、辛い?」
「違う。少し、目を閉じてて。」
「?わかった。」
目を閉じたネスの顔を見上げて、ゾーイは体を伸ばす。そうしてそっと、ネスの唇に自分の唇を押し付けた。途端、驚いたネスが目を開けて、真っ赤になって慌てだす。
「ぞ、ゾーイ!こういうのは、好きな人とやるんだ!誰でもは駄目だ!」
「ネスにしかしない。子供、出来たかな?」
「は?」
真っ赤な顔でぽかんとしたネスを見て、ゾーイは首を傾げる。違ったのかなと考えたけれど、なんだか今のは、胸が痺れるような感じがして、とても心地が良かった。
「ネス、もう一回。」
「しねぇよ!それに、口付けで子供は出来ねぇから!」
「そうなの?」
「そう。お前はまだ、知らなくて良い。」
「ネスの子供が、欲しい。」
「はぁっ?!」
素っ頓狂な声を上げて、目玉が飛び出さんばかりにネスは驚いている。そして、片手で頭を抱えてしまった。
「ネスは二十一。私は十七。大人は、子供を作っても良いの。」
「大人って…お前、十七?」
「十七。四つ違うと、駄目?」
「嘘、だろ…これかよ、姉さんが慌ててたのって!」
突然立ち上がられて、ゾーイはネスの首に縋り付く。慌てても、ネスがゾーイを抱く腕は優しくて、嬉しくなる。
ふふっと、声を出して笑うと、駆け出そうとしていたネスがまた驚いた顔でゾーイを見下ろした。
「笑うの、初めてだな?」
ゾーイが首を傾げると、ネスは苦く笑う。
「拾ったの、俺だしなぁ。……なぁゾーイ、お前、子供を生む意味わかってる?」
立ち止まったネスに問われ、ゾーイはこくりと頷く。
「家族になる。」
「そうだな。でもそれは簡単じゃないんだ。新しい命は、責任が重い。簡単に投げ出せないし、嫌いな人とは無理だ。」
「好き。ネス、好き。」
「ありがと。まぁ少しずつ、話し合おうか。」
今度はゆっくり歩き出して、ネスはミアの下へと向かった。




