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温かな食事と腕

 目が覚めたら暗くて慌てたけれど、温もりに包まれていてゾーイはほっとした。


「起きたか?」


 見上げた先には優しい表情のネス。

 座った彼の腕の中にいるのに何故か揺れていて、ゾーイは首を傾げる。


「動くと危ない。もうすぐ場所見つけて休むから、そしたら今度こそご飯だ。」


 首を巡らせると、ゾーイはネスと共に馬に揺られていた。辺りは暗いけれど、月明かりがあって周りは良く見える。ふと、手足が軽い事に気が付いて、ゾーイは自分の手首を見下ろした。そこに長年嵌められていた枷は無く、血が滲んでいた場所には清潔な包帯が巻かれている。服も、ぼろきれではなくて清潔なワンピースだ。


「言っとくけど、着替えは姉さんがしたから。俺じゃねぇよ。」


 服を訝しんで見つめていたらネスが顔を顰めて告げた。それを見て、ゾーイはこくりと頷く。そして、ネスにそっと体を寄せた。

 耳に届くのは馬の足音と荷馬車が進む音。微かに虫の声。すぐ近くにはネスの、穏やかな心音。温かな腕の中、ゾーイは再び、目を閉じた。


「ゾーイ、子供達と少し待っててくれ。」


 ネスに渡されたのは、ミアが抱いていたネスにそっくりの男の子。まだ歩けない小さなその子を抱いて、ゾーイは大人しく示された場所に座って待つ。ゾーイの隣にはプラチナブロンドの髪を二つの三つ編みにした、緑の瞳の女の子が座っている。


「あたし、ユニス。四歳。それはおとーとのレヴィ、一歳。」

「ゾーイ、十七歳。」

「ゾーイは、ユニスのおねえさんね?」


 首を傾げてユニスに言われ、ゾーイはこくりと頷いた。ユニスは嬉しそうに笑っている。


「ゾーイは夜みたい。」


 ユニスの言葉に、ゾーイはまたこくりと頷く。髪も瞳も黒。肌も褐色で、夜の闇に紛れ易い。ゾーイの飼い主には"闇"と呼ばれていた。


「お腹すいたね?」


 ユニスは小さな手でお腹を摩っている。言われたら、ゾーイもとてもお腹が空いている事を思い出した。

 子供二人とゾーイの周りでは、多くの人間が行ったり来たりして野営の支度を整えている。何処からか、食べ物の良い匂いもして来ている。

 ユニスが地面に絵を描くのを眺めながら、眠るレヴィを抱いたままでゾーイがじっとしていると、三人に近付く人影があった。

 ミアと、知らない男の人。

 ゾーイは途端に恐ろしくなって、体がカタカタ震え出す。


「ゾーイ?どうしたの?アユーン、ネスを呼んで!」

「わかった!ユニス、父さんと行こう。」


 知らない男の人はユニスを抱いて行ってしまった。ミアが近付いて来たけれど、ゾーイはミアも怖い。レヴィを抱いたままで後退る。


「大丈夫だよ。何もしない、ね?」

「……いや…怖い………ネス…」


 助けて、ネス。

 ゾーイは泣きじゃくりながら、ネスを呼ぶ。彼以外の人間は、怖い。縋り付くようにレヴィを抱き締めて、ゾーイはミアから逃げ出した。


「どうした?ゾーイ、なんで泣いてんの?」


 捕まって、抱き上げられて、ほっとした。見上げた先にはネスの驚いた顔。縋り付こうとして、腕の中の存在に気が付き困ってしまう。レヴィは良い子に眠っている。


「ごめ、なさい…おこら、ないで……」


 泣きながらミアにレヴィを差し出すと、彼女は困った顔になる。


「ここにいるのは俺の家族だよ。誰もゾーイに怖い事なんてしない。姉さんも、ゾーイに酷い事はしないよ。」

「こわ、い…怖い……」


 他人は怖い。

 ゾーイに痛い事をする。

 でもネスは大丈夫。助けてくれた。優しくて温かい。だからゾーイは、ネスなら大丈夫。


「ネス、少しずつ、慣れてもらおう。子供は大丈夫みたいだし、ね?」

「ありがと、姉さん。……ゾーイ、飯食おう。側にいてやるから。一人にして、ごめんな?」


 少し固いネスの掌に涙を拭われて、ゾーイは頷いた。

 ネスの膝の上で、ゾーイは与えられた食事をゆっくり味わう。温かい食事なんて何年振りだろう。食事はいつも、微かな水とカビの生えた固いパン。生きられる最低限の食事だけだった。


「腹、いっぱい?」


 器の中の半分を食べると、ゾーイの胃は苦しくて重たくなった。聞かれて頷くと、見上げた先でまた、ネスは優しく笑う。


「あんまり一気に食べると腹壊すしな。」


 ゾーイが残した食べ物は、ネスが食べてくれた。

 ネスの腕の中は、安全な場所。お腹が温かく満たされて、ゾーイはまた、眠たくなる。


「安心して寝て良いよ。守るから。」


 優しい声に頷いて、ゾーイはまた、眠る。体が疲れ果てていて、眠くて堪らなかった。



 眩しい光で目が覚めた。

 目の前にはネスが眠っていて、ゾーイは酷く安心する。じっとネスの寝顔を眺めていたら、瞼が震えて緑の瞳が現れる。ぼんやりしていた瞳がゾーイを捉えて、ふわり、彼が微笑んだ。


「おはよ。よく寝た?」


 頷いたら、ネスが頭を撫でてくれた。ネスの手は優しくて、好きだなとゾーイは思う。


「腹、減った?」


 これには首を横に振った。

 昨夜食べた分だけでも、ゾーイは今までよりも食べている。今までは、食事は三日に一度だった。飼い主を怒らせると、七日、もらえない事だってあったのだ。


「俺見回りに行くけど、もう少し寝てる?」

「………行く。一緒に。」

「それじゃあ、一緒に行くか。」


 二人きりのテントから抜け出すと、人がたくさんいた。

 怖くて、ネスの服の裾を掴んでそっと寄り添う。


「ネスは、人を殺す?」


 ネスの腰には剣がある。

 剣は怖い物。命を奪う物。


「……ゾーイの事は傷付けねぇよ。怖い?」


 ゾーイは少し考えて、ネスを見上げてみる。彼の緑の瞳は真っ直ぐにゾーイに向けられていて、反応を伺っていた。


「ネスは、怖くない。」


 視線の先で、ネスが破顔した。嬉しそうに笑う彼を見ると、ゾーイの胸はほっこり温かくなる。

 見回りするネスにくっ付いて歩いていると、色々な人に話し掛けられた。だけどネス以外は恐ろしくて、ネスの体の陰にゾーイは隠れる。

 ネスは背が高くて、栄養の足りていないゾーイは小さくて、すっぽりと隠れる事が出来た。


「ゾーイおねーちゃん、おはよ!」


 ユニスが白銀のおさげを揺らして駆け寄って来て、ゾーイに抱き付いた。それを受け止めきれなくて倒れ掛けたゾーイの体を、ネスが支えてくれる。


「あのね、体、一緒に洗おう?川があるの!」


 ユニスに手を引かれ、ゾーイは逆の手でネスを捕まえて引っ張った。苦笑を浮かべた彼がついて来てくれて、ほっとする。


「おはよう、ゾーイ。ネスは見ないように側にいてもらうから、体を洗いましょう?」


 川の側にはミアが待っていて、ゾーイは迷う。


「何かあったら叫べ。そしたらすぐに助けてやる。それなら、平気?」


 微笑むネスに頭を撫でられ、ゾーイは頷いた。ネスが助けてくれるなら怖くない。ユニスに手を引かれてミアに近付いたゾーイは、ミアを見上げて観察してみる。豊かな赤毛はネスと同じ色。緑の瞳もネスと同じ。それなら、ミアも、大丈夫かもしれない。


「あ、そのままはダメ!服を脱いで?」


 服のまま川に入ろうとしたら止められた。服を見下ろして、ゾーイは着ていたワンピースを脱ぎ捨てる。現れたゾーイの肌にミアが悲しそうに顔を歪めたが、すぐに優しい微笑を浮かべる。


「洗ってあげる。おいで?」


 ゾーイの肌は、鞭打ちによる傷跡だらけだった。背中が特に酷くて、肉が抉れて皮膚が引きつっている箇所もある。これは、奴隷の振る舞いがわからなかったゾーイが飼い主に付けられた物。慣れてからは鞭打たれる事も無くなって、新しい傷はない。


「ゾーイ、怖かったね。もう、大丈夫だよ。」


 洗って濡れたゾーイの髪を梳かしながら、ミアが泣いていた。


「口開けろ。」


 体を洗って新しい服に着替えたゾーイに、ネスがそう言った。素直に口を開けたら、何かを放り込まれる。噛んでみると、甘くて酸っぱい。


「うまい?」


 こくり頷くと、ネスが嬉しそうに笑った。


「そこに生ってたんだ。木苺。」


 にかりと笑うネスの側は、何処までも、ゾーイに優しい。

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