19.悪いことばかりじゃないイコール良いではないだろ
光属性を持つ者に会うため、彼らは一度帰宅する。
「あっ、お帰り兄ちゃん! アシュレイ姉ちゃんも!」
調理服姿で出迎えたリナに三人は軽く挨拶を返す。そしてニルスはヴィオレッタに彼女を指し示す。
「妹のリナだ」
「確かに四元素の魔力を感じるわね」
「四元素?」
「知らない? 光というのは火、風、水、地が合わさっているのよ」
「へえ。光が変化的なのはその四つの性質を持ってるから、とか?」
「そうなの。……これはこの世界の生い立ちから話したほうがいいかしら?」
「正直僕は興味あるけど……他が乗り気じゃないからまた今度で」
ユーリの言う通り、他の面々は興味なさそうに話を聞いている。そんな中でもリナの勢いは健在だった。
「これが精霊さん? 凄いね!」
「ヴィオレッタよ。よろしくね、リナちゃん」
「えへへー、こちらこそよろしく、ヴィオ!」
「ヴィオ……?」
名を気兼ねなく省略する彼女に精霊は怪訝そうにするが、その周りにいる者は呼びやすい名だと感心した。
「まあ、親しみがあっていいだろ」
「ヴィオも、本当は嬉しいと思ってる」
「気に入ってくれてありがとう!」
知らぬ間に話が進むこの状況にヴィオレッタはため息を一つつくと、仕方なく許容することにした。
するとリナはユーリの頭の周りを漂う精霊に目をつける。
「あれ、こっちはユーリ兄ちゃんの? 白いんだね! んー、ちょっと虹色っぽいかも?」
「あ、ほんとだ」
「でも、ちっちゃいんだね。喋らないし」
リナは頭を撫でるように白い光に手を当てた。しかし精霊はすぐにユーリの頭の中へと逃げてしまい、その様子にリナは少しむくれてしまった。
「宿主との思念を介さないで意思を伝えられるのは私が特別なのよ。ユーリちゃんのは精霊とはいっても生まれたばかりの幼精ね」
「妖精?」
「ええ、そうとも言うわね。生まれてから100数えるまでは幼精期、もしくは妖精期。約1000年で私みたいに言葉が与えられるのよ。それと、その10倍もの年月が経てば体が作られるって聞いたことはあるけど本当かどうかはわからないわ」
「少なくとも俺達が生きてる間には無理ってことか」
「そうとも限らないわ。年数は女神様が独断かつ適当に決めたらしくて、精霊っていうのはその経験を糧に生きてるのよ。だから、宿主の行動次第で経験ってのは通常よりも早く積まれていくわ。その点、ニルスは面白くなりそうだわ」
面白くなりそう、とは様々な意味を込めていたが、少なくとも評価されていることにニルスは悪い気はしなかった。
「いいからさっさと呪う」
「えっと……ちょっとピリピリしてるみたいだから早めに終わらせましょう」
一歩前へ出たアシュレイの気迫に押され、ヴィオレッタは慌ててユーリとリナに手を貸すように促し、ニルスへと魔力を流していく。しかし魔力量はリナが十分に有していたようで、アシュレイは蚊帳の外となってしまった。
一人退屈そうな顔で輪を外れた。
「リナちゃんは魔力が高いようね。魔道士に向いているわ」
言いながらも、手は休めない。ニルスの闇とリナの光の魔力が混ざり合い、突如として背中が熱くなる感覚がニルスを襲う。さらにそこへ生命力と精神力が剣との間を循環し始めると熱はさらに高まる。
熱は上限をしらず高まり、焼き切れるような感覚に陥る刹那、それは突然に霧散した。
「さあ、終わったわ」
「まずは確認」
ニルスは以前より剣を介して大雑把にではあるが呪いを理解することができていた。彼の頭に住まうヴィオレッタも同様に、いや、呪いに精通しているらしい彼女はより具体的に把握できているらしかった。
「魔力の受け渡しが損失なくできるようになったようね。損傷を受けるらしいけど」
ヴィオレッタが説明を続ける。
「本来、魔力を受け渡そうとすると人体を通過する際に幾らか損失してしまうのよ。量が多いほど、失われる分も多くなるわ。それがニルスの場合だと無いみたいね」
これは魔法を使えないらしいニルスにとっては歓喜すべき効果のはずだった。
「それって利点はあるのか?」
魔力を受け取ったところで損傷を受けるとあらば始めから利用する気はない。結局の所あってもなくても変わらないようなものだとニルスはその有用性に懐疑的である。
「試してみたらいいんじゃない?」
物は試しとばかりにユーリは言いながらニルスの肩に手を置き、「えーっと、こんな感じでいいのかな?」と魔力を流し込む。
「ぐあぁっ!」
硬い物質が割れるような音が響くと、ニルスの右肩から反対側の脇腹にかけて大きな亀裂が入る。
そこから吹き出る血の量に、場は騒然となった。
「兄さん!」
ユーリはここまで損害が大きいと予想してなかったのだ。今も大きく口を開いた傷口から、多量の血が流れ出ている。このままでは彼の身が危ないことは自明の理だった。
「落ち着いて、ユーリ。ニルスも受け入れて。……『ドロウニング』」
穏やかな水の奔流がニルスの呼吸を妨げる。魔力の通りにくい彼にその魔法は効かないも同然だったが、僅かな眠気が意識を持ち去ろうとする。
後は自身の力で眠りに就けばいい。
そしてニルスが呼吸をするように目を閉じ、再び開くと既に傷は癒えていた。
「え……なにその治癒力」
「兄さんね、ちょっとそこら辺おかしいんだよ」
「何回殺しても死なない」
ヴィオレッタの驚きに、アシュレイは試したこともないというのに嘘の事実を口走る。それに若干の怯えを見せるヴィオレッタとユーリだが、もちろん実行に移す予定は決してないのだった。
「姉さん、他所ではそういう発言控えてよね」
「気をつける」
彼女の言葉から真意は伝わってくるが、果たして本当に発言に気を配るかどうか怪しいものだ。
「……それより、魔力の通りにくさも異常だわ。ユーリちゃんの渡した魔力も殆ど抜け出ているし、溺水の魔法だって……え、溺水?」
殺すつもりはなさそうでも、無意識ならばやはりあり得るかも知れないと、ヴィオレッタは思った。
「ちょっと荒業だよね……。それで、兄さんの異常性にもやっぱり呪いが関係してるのかな」
「そうね……まず、根本的な話だけど、呪いは静止と変化で成り立ってるのよ。両性質が共存してね。でもニルスの呪いにはそれが片側しか見られなかった。恐らく誰かに無理矢理呪いを植え付けられたからでしょうね」
「魔石教団だね」
ユーリの返答に、ニルスは押し黙る。決して忘れることのないその名。ニルスは村と両親を葬った相応の罪を償ってもらわねばならないと思っていた。
「そう。それだけの高等技術、相手は魔族かもしれないわね。何せ、ニルスが不利になるような呪いのみを残すなんて、相当の魔力操作が必要なのだから」
魔族ならば人よりも魔力の扱いに長けている。彼らの中でも常軌を逸した者ならば、呪いの効果を押さえつけることさえも可能かもしれない。
「もし、有利になる呪いがニルスに残ってたらどんな呪いだった?」
アシュレイは非常にその観点を気にしていた。あれだけ身体能力が高いというのに、潜在的に言えば呪いでマイナスの状態。
これ以上彼に利点となる物があればいったいどうなってしまうのかという期待があった。
「それはわからないわ。呪いに付加されるものが必ずしも有利なものとも限らないしね。まあ、世界はバランスを取るようにできているらしいから、十中八九プラスには捉えられると思うけど」
「バランス、取れてないよね」
そう、ニルスを例に挙げれば彼は確かに彼自身にとって不利となる呪いしか身に纏っていないというのだ。明らかに均衡が取れていない。
しかしユーリの指摘にヴィオレッタは首を振る。もちろん、その姿は光であったので彼らには視認できなかったが。
「そんなことないわ。例えば回復できないっていう静止の性質、対応する変化がどこかで現れているのよ」
「ああ、痛覚が大きくなる方向へ変化したとかってわけだね」
「そうね。呪いが相互的に効力を高めたという可能性も否めないわね。でもさっきの結果からも、呪いとそれに付随する呪いは似通った性質に落ち着きやすいんじゃないかしら」
これにはヴィオレッタも推測が混じっていた。確かに、今しがた芽生えた魔力の譲渡に関する呪いとそれに付随する物は関連性の高いものではあった。
「ってことは、回復……?」
「ええ。それに似通った呪い……いえ、効果ね」
これにはユーリとアシュレイにも思い当たる節があった。
「もしかして、睡眠の時に治癒力が大きくなるように変化した?」
「断言できないけど、そういうことね」
ヴィオレッタは知らないが、アシュレイ達は他にも当てはまるものを知っていた。
攻撃が静止することに対しては、攻撃が非常に大きくなるように筋力が変化した、いや、これはニルスの絶え間ない努力によって起こった事実であるからそうなりやすいように変化したというのが正しいか。
しかしその間にも思考を続けていたユーリが疑問を挙げる。
「待ってよ。聞き流しちゃったけど回復できなくなるのがどうして静止の性質って言い切れるのさ? そういう風に体質が変化したとも考えられるんじゃない?」
「ええ、ユーリちゃんの言う通り、それは静止する方向へ変化したとも言えるわ」
「……なんだか頭の痛くなる理論だな」
これまでの説明で静止と変化は相反する性質だと思い込んでいたニルス達はここで頭を抱えてしまう。
「変化っていう現象は常にその状態を維持するとなるとかなり効率が悪いの。ほら、光は四元素で出来てるって言ったでしょ」
四元素を活用して状態に恒常性を持たせるとも言えるその作業は、ただ維持する行為と比較すると非常に力も量も必要とするのだった。
ユーリがそこに推測を重ねる。
「……ってことは、静止の性質を持つ闇は維持に優れてたりするのかな」
「ご明答よユーリちゃん」
「じゃあ呪いで維持されるべき性質には闇によって補完されて静止に至るってことだね」
「ええ。でも補完というには静止という働きが限定的だから多くの光を用いて維持する状況も出てくるのよね」
しかし話も深く掘り進んだところでいよいよ音を上げるものが出始める。
「ひええ……兄ちゃん達、難しいことばっかり話してるよー!」
「そうだな。取り敢えず話はここまでにしてまずは夕食にしようか」
「うん! そうしよう、それがいいよ!」
ニルスの号令で皆は席に付き、食事を始めた。呪いの知識が多めの精霊が加わっても彼ら食卓はまだ穏やかだった。




