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閑話5 夏空に映える要望と笑顔と売上。

久しぶりの閑話です。

『閑話1』で登場した人物が久々の登場です。先に『閑話1』をお読み頂けると、より楽しめるかと思います。

「ねぇ、相談なんだけど、お宅で手持ちの花火を販売してくれないかしら?」

七夕も終わり、少し遅い梅雨明けの後急にめっきり暑くなった、とある真夏の日の昼下がりのこと。

常連のおば様、清川様が、買い物終わりに少し深刻そうに切り出された。困ったような、焦ったような、なんだか複雑なお顔だ。


「手持ち花火…ですか?スーパーとかにある、線香花火とかがいっぱい入っている、あの袋のことですか?」

「ええ、それよそれ。亜里ちゃん、詳しいのねぇ。やっぱり女子高生さんだから、お友達とやったりするのかしら?」

「あー…ええ、まぁ……」

にこにこ顔になられた清川様にはとても言えないけれど、友達もいない万年ブラック勤務でぼっちな私に、そんなリア充な経験があるはずもない。

夏休み前にクラスで花火だバーベキュ-だと騒いでいるクラスメートはいた気もするけれど、誘われてもいないし誘われても仕事で行けないし、そもそも会話に入れてもいないから関係がない。…なんか悲しくなってきたぞ……


「ええと、それで、その花火を当店で取り扱っているか、でしたよね?」

悲しい事はさっさと忘れて、話を戻してしまおう。

「ええ、スーパーや向こうのコンビニにあるのは知っているんだけど、ここでも入荷できるのかしら?」

「えーっと…今まで当店では見たことがないですねぇ…」

「無いのなら仕方ないのだけれど…もし入荷できるのなら、是非ここで買いたいのよね。他で買ってもいいのだけれど、やっぱりここが一番好きだからねぇ。」

「そう仰って頂けて嬉しいです!ありがとうございます。」


ちなみに向こうのコンビニとは、当店から数キロ先にある超大手チェーンのコンビニだ。うちのチェーン、『カインマート』よりも、悔しいけど歴史も店舗数も売上も段違いに多いお店だ。

そんな超大手の店よりも、当店の方を気に入って通って下さるお客様がいる。従業員、並びに経営者にとっては、これ以上なく嬉しいことだ。


「今まで見たことがないのなら、やっぱり取り扱い自体がないのかしらねぇ…」

「少しお時間頂けたら、発注できるか詳しく調べられるのですが…お急ぎですか?」

「そういう訳じゃないのよ。今週末にご近所さんで小さな花火大会をやろうかって話しててね。花火も場所も今から用意するんだけど、初めてだから色々大変でねぇ。」

ああ、さっきまでの深刻な顔はそれが理由かな。

「じゃあ、調べて貰えるかしら?また明日買い物に来た時にでも聞いていいかしらね?」

「畏まりました!明日までにお調べ致します!」

お客様の大切な要望だ。出来る限り力になりたいな。



「花火の発注?季節品の発注は、事前だけに決まっているでしょう?」

「え?そうなの?」

その日の夜。休みだからって一日中寝ていて気怠そうな龍二にレジを任せて、私は現オーナーの母さんに電話していた。清川様が帰られてから発注タブレットや事務所のパソコンを見まくったのだけれど、どうしても花火の発注欄が見当たらなかったのだ。


「毎年五月位に事前発注が一回あって、取れるのはそれっきりよ。団扇や扇子と同じタイミングね。そもそも亜里、貴女だって一緒に見ていたじゃない。」

「そうだっけ…?」

電話越しに呆れた声で言われたけど、全くもって思い出せない。事前発注、確かにそんなお知らせを見たような、見てないような…?正直、毎日発注画面を見て、毎週に新商品の登録をしているもんだから、記憶もごちゃごちゃだ。


「お父さんが花火の発注は絶対にしたがらなかったから、毎年うちでは取ってなかったし。今年のお知らせも少し見ただけだから…覚えてなくても仕方ないわ。」

「結局、なんで父さんは花火取ってなかったの?」

去年までの発注は前任のオーナー、父さんがしていたのだけれど、父さんが何を意識して発注していたかを私は知らない。当時はただのアルバイトだったし、今となってはもう本人がいないし。

「…さぁ、私も知らないわ。今更考えても仕方ないじゃない。」


「まぁそれはそうか…とにかく、うちではもう花火は取れないってこと?」

「そうなるわね。清川様には申し訳ないけれど、今年は諦めてもらうしかないわね。来年以降、事前で取ればいいじゃない。」

「そうだけど…」


母さんの言うことは正しい。今更どうしようもない以上、お客様の要望には応えられないのが現実だ。

分かってはいるけれど、悔しい。清川様はあんなに当店を利用して愛して下さって、七夕には笹飾りを提供して下さって、たくさんのお客様の笑顔を呼んでくれた…それこそ、語り切れない位の恩があるのだ。

清川様だけではない。我が家がここでコンビニを営業できるのも、日頃ご利用頂いている常連様のおかげなのだ。感謝の気持ちも込めて、お客様のご希望は出来る限り叶えたい。


「ねーちゃん、考えたって出来ないもんはしょーがないだろ?」

電話を切ってからもずっとぶつぶつうんうん唸っている私を見かねて、龍二が事務所に顔を出してきた。

「そうは言っても…やっぱり何か力にはなりたいし…他所で花火買ってくる?いやでも転売は…」

「…はぁ。なら、こういうのはどうだよ?」



数日経って、週末の夕方。いつもの当店の駐車場の隅には、のぼりを片し、水や蝋燭も用意し、テーブルや椅子を置いて作られた、即席の花火会場があった。

「亜里ちゃん、場所を貸してくれてありがとうね。」

「いえ、これ位はさせてください。結局、花火はご用意出来ませんでしたし…」

「十分嬉しいわ、こんなに親身になってくれて。亜里ちゃんに相談して良かったわ。」

「そんな…それに、この案は龍二が出してくれた物ですし。」

「あらそうなの?後でりゅーちゃんにお礼言わなきゃね。」


花火を発注できなかった当店は、商品の代わりに場所を提供することにしたのだ。当店の駐車場は有り余っているし、一角を貸すのに問題はなかった。

「それに、当店としても有難いですし…」

今店の中では、花火大会の為に食事やお酒を買い求めるお客様達で珍しく賑わっていた。敷地内でイベントを起こすことで、自然と売上も上がっていく。お客様も私達店員も幸せになれる。

ほんと、龍二も上手い策を考えるよね。


「ねーちゃん、いいからレジ手伝ってくれよ。フライヤーや焼鳥もばんばん作らねーとなんだぜ?」

「ああ、うんごめん。…いらっしゃいませ、こんばんはー!」

その夜は店内も駐車場もずっと賑やかで、楽しい花火大会になったのだった。



「亜里と龍二も、随分商売上手になったものねぇ。もうオーナーの私よりも立派だわ。お父さんにも見せてあげたいわねぇ。」

花火大会の日の夜。申し訳ないけれど今夜もお店を亜里に任せてきた私は、一人自室で呟く。

「こんなに盛り上がるのなら、お父さんも手持ち花火の発注を辞めなければよかったのに。いくらトラウマがあるからって…」

「昔調子に乗ってたくさん発注したら全然売れなくて、仕方なく自分で大量消費しようとして火傷してたのよねぇ…子供みたいに大泣きして。懐かしいわねぇ。」

亜里にははぐらかしたけど、実は些細な事だったのよね。

私の独り言は誰にも聞かれることなく、夏の夜空に消えていった。

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