26 JK店長の宅配便。
「長老さん!急で申し訳ないんですけど、一度急いで店まで帰らせてください!」
愚かな事に、危険な獣もウロウロしているという薄暗い森の中に、大事な店を一晩放置してしまった。
ああ、なんで私は寝てしまったんだ…いつも夜に寝てないくせに…
店に何かあったら、コンビニで生計を立てている我が家は破滅してしまう。
「ええ、そうですね。万一の事があってはいけません。」
「色々と親切にしてくださって本当にありがとうございます!店の無事を確かめたら、改めてお礼に来ますから!」
「アリ様、そんなに慌てますと…」
「っ!!!」
長老さんの忠告も空しく、感謝の言葉を口にしながら慌ててテーブルから立とうとして、椅子に思いっきり足の小指をぶつけて思わず悶絶した。…痛い。やばい。じんじんする。
「大丈夫ですか…?」
「…だ、だいじょう、ぶ、です…」
本当は全然大丈夫じゃないし、力を入れる度に足が痛むけれど、そんなことは言ってられない。
「じゃあ、失礼しま……っっ!!!!」
退室の挨拶を口にしながら足を引きずりつつ慌ててリビングから出ようとして、今度は何にもない床で思いっきりすっ転んでしまった。両膝をがっつりとぶつけてしまって痛い。
さっき程ではないけれど、ダメージが積み重なって私のライフはもうゼロだ。
「アリ様、大丈夫です。落ち着いてください。」
長老さんが手を差し出して助け起こしてくれた。有難くその手を借りて立ち上がり、足をぷらぷら振ってみる。うん、膝も小指もズキズキするけれど、何とか走れそうだ。急がねば。
「そうは言っても、店に何かあったら…」
「失礼ですが、そもそもアリ様はお店までの道が分かりますか?」
「え?」
「アリ様は昨日、目印も何もない森の中をさ迷っておられたのですよね?リーリャを頼れば、アリ様と出会われた場所まではご案内できますが、それから先の道はどうですか?」
「…あ」
今にも走り出そうとしていた体が止まった。
言われたから気づいたけれど、そういえばそうじゃん!リーリャさんに会うまで、昨日私は森の中を当てもなくさ迷ってしまったんだった。道らしい道もなかったし、特に目印も付けずに歩いてしまっていた。
…え?バカじゃないかって?
仕方ないじゃん!店からそう遠くまで行かない内に戻ろうと考えていた矢先に、リーリャさんに矢を射られたんだから!
そこからは成り行きでここまで来てしまったし、正直店の場所なんて頭からすぽんと抜けていたんだから。
ふぅーっと深呼吸をする。うん、焦りすぎは良くないね。
「すみません、そういえばそうでした…とりあえず、リーリャさんに途中まで案内して貰えますか?そこから先は、自分で探しますから。」
落ち着いて真面目に、且つ深刻にお願いする私とは対照的に、長老さんの様子はゆったりとしていて、顔には優しい微笑みが浮かんでいる。その顔で対峙されると、自然にこちらもその落ち着きが伝染するかのようだ。
長老さんはそのゆったりスマイルのまま、無言で着席を勧めてきた。
「アリ様、その必要もありませんよ。実は昨日の内に対策を練ってありますので。リーリャから事前に聞いていましたからね。」
「え?そうなんですか?」
それならそうと始めから言ってくれたら良かったのに…まだ痛む足をテーブルの下でこっそりさする。
「これをどうぞ。特製の道具袋です。」
長老さんが差し出してくれたのは、青くて大きい巾着袋だった。ててれてってれー。何これ、四◯元ポケッ◯ですか?
「アリ様のお役に立てそうな魔術具を少しばかりですが入れてあります。説明書も中にありますので、お店でお手隙の際に確認してください。」
あれ、本当にポケッ◯だった。魔術具を少し、と言う割にはずっしりと重たいし、福袋的なわくわく感があるね。まぁこれは後でゆっくりと確認しよう。
「取り急ぎお渡ししたいのはこの二つでございます。」
「これ…魔術具ですか?」
コトン、ゴトンとテーブルに置かれた二つの魔術具。一目見た瞬間にちょっと引いてしまった。
いや、その内の一つは別におかしくないよ。見ただけで何となく用途も分かるよ。
「まずこれは呪文を唱えてから鳴らして、獣を威嚇する魔術具です。小柄で頼りなさそうに見えるやも知れませんが、効果は保証しますよ。呪文は、『イシュ・ラ・クリンネッロ』です。」
長老さんがおかしくない方の魔術具、小さな迷彩柄の手持ちの鈴をちりんちりんと揺らす。音もごく普通の鈴だね。
「なるほど、単純ですし小さくて可愛いですね。これは素敵です、はい。」
これは別に問題ない。迷彩柄でいかにもサバイバル!って感じの見た目してるし、獣避けの缶や鈴は家の周りの田んぼでもよく見るからね。これはいい。
問題はもう一つの方だ。まずもう、見た目がやばい。なんと言うか……怖いんだけど。
「それから、こちらが今回目玉の秘密兵器ですね。昨日からリーリャ達と用意していたのがこちらです。」
「はぁ…」
長老さんは何故か自信満々の激推しだけど、この見た目はエグイって。
だって、真っ白でやけに大きな人間の右手だよ?
美術室にあるような石膏の作り物なんだけど、手の平を上に向けてちょっと指を曲げてる所とか、爪や関節やしわがしっかりと再現されている所とか、全てがもう怖い。
これ本当にファンタジーな魔術具ですか?ホラー要素しかないんだけど、呪いの道具じゃない?
正直、これにどんな能力があっても喜べなさそう。
「この魔術具を使えば、まるで瞬間移動の如く、アリ様のお店まで帰れますよ。」
「えっ!?本当ですか!??」
前言撤回です!この右手は凄い!偉い!
「ええ、まぁあくまで裏技的な使い方なのですが…」
「裏技?魔術具に、そんなゲームのバグ的な要素があるんですか?」
聞いてから思ったけど、この例えはなんかおかしい気もするな。まぁいいか。
「この《セグナシェス》は本来、小さな荷物や手紙等を近場に送るための物で、生物は対象外なのです。…しかし!私の長年の研究により、生物の宅配も可能に致しました!魔術具の裏技の使用は史上初なのですよ!!!」
「ああ、はい…凄いですね…」
せっかくの例えもスルーされ、テンションが急に高くなった長老さんの勢いに私は押されてしまう。《セグナシェス》よりも長老さんの方が怖かったわ。
「では早速ですが使いましょう!昨日から試したくて試したくて、実はうずうずしていてずっと落ち着きもなく…お恥ずかしい所をお見せしてしまって…」
「え!?とてもそんな風には見えませんでした。」
どうやら長老さんも落ち着きがなかったらしい。あんなにゆったりのんびりに見えたのに。
「では、この手の平に右手を置いて、お店をしっかりとイメージしてください。目は瞑っていた方がいいかもしれませんね。」
「あ、はい。」
言われるがまま石膏の右手の上に手を乗せる。しかし本当に大きな石膏だ。この手の平に、宅◯便コンパクトのボックスくらいは乗るんじゃないかな。
そのまま目を閉じて、毎日見ている当店を思い浮かべる。毎日見過ぎて容易に頭に浮かぶね。
「それでは…『イシュ・ラ・セグナシェス』」
長老さんが重々しく呪文を唱える声が聞こえた瞬間、石膏に乗せた右手がぐいっと引っ張られる感覚がした。なんだか意識もぼーっとしてきた。
「初めての実験ですから、上手くいくといいんですが…頑張ってくださいね、アリ様。」
遠くなる意識の向こうで、長老さんの呟きが聞こえた。え!?もし失敗したらどうなるの!??死んだりしない!?
声にならない不安を抱えたまま、私の意識はそのまま切れた。
最近博物館に行ってきました。色々な展示品を楽しく見て回りましたが、考えていたことは『この展示品は魔術具のネタになりそうだなー』でした。
今後ちょっとずつ本編に出す予定です。




