みっつめ 学園冒険譚 ~ライアンとジック~
【一】
帝国、リックアルイン。
軍事に於いて他国を凌駕してきたこの国は、魔法使いの質こそ王国に劣るが、常に優秀な戦士達を排出してきた軍事国家である。
帝国はその質を保つために、首都に巨大な養成施設を創設した。
それが、二百年の伝統を持つ、仕官養成学術院――通称“学院”である。
帝国で、王城と闘技場に次いで巨大な施設で、何万といった学生を抱えている。
その最大の特徴は、地下に広がる“遺跡”だった。
獰猛な魔獣が数多く存在する、地下七十七階の大遺跡。
階を重ねるごとに強力な魔獣と遭遇することになるこの遺跡を、学院の施設として利用する。
そんな、危険極まりないが故に優秀な人材を輩出することができる場所。
それこそが、“学院”が存続していった最大の理由といえた。
そんな学院の、ある教室。
そこで、一人の少年が切なげに息を吐いた。
「はぁ……」
太陽のように煌めく黄金の髪と、澄んだ緑色の双眸。
幼さを色濃く残しながらも非常に整った顔立ちをした少年だった。
「はぁ……」
窓辺に頬杖をついてため息を吐く。
その切なげな様子は、どこか耽美な魅力があった。
周囲の女学生が、思わず吐息を零してしまう程度には。
「どうしたものか」
だが、少年にとっては、ただ悩んでいるに過ぎない。
どうにか解決したいと息を吐くも、それで片付くことならば悩まない。
そんな彼に見かねて、数歩離れた席に座っていた少年が声をかける。
「ライアン、さっきからどうしたんだよ?」
黄緑色の髪を短くした、黄色の目の少年だった。
彼は、金色の髪の少年――ライアンに声をかけると、やれやれと肩を落とす。
「トール……いや、すまん」
トールと呼ばれた少年は、答えようとしないライアンに苛立ちを募らせる。
単純で直情的で、鈍感。それがこの少年の気質だった。
「えーいまどろっこしい!
誰がどう見ても悩んでいるって顔してんじゃねーか!」
「お、おぉ、そんなに顔に出ていたか?」
だが、それは人に対して“まっすぐに”ぶつかることができるということだ。
遠回しではなく、単純に。
トールはライアンを心配していた。
「出てた!なぁ、そんなに俺、頼りねぇーか?」
「……いや、そんなことはない。君には敵わんな」
ライアンはそう、気の抜けた笑みを浮かべる。
そうして、悩みの“種”を話し出すのだった。
【二】
ライアンは体勢を整えると、トールに向き直る。
といってもそんなに大した話しではないようで――それ故に話しづらく――肩の力をほどほどに抜いていた。
「新しい年になってから、選択できる受講が増えた」
「あぁ、そうだな。俺たちの団も、どうにか二回生になれたもんなぁ」
遺跡に潜り探索する。
それが単位を取るのに必要な手順だ。
そのために、卒業までよほどのことがない限り同じチームで遺跡探索を行うのだ。
一心同体と言えるこの“団組み”というシステム。
それもまた、学院の特色だった。
通常は五人一組だが、人数の都合からライアン達は四人でチームを作っていた。
「その増えた受講で、妙に会う人物がいてな」
「へぇ、それが……どうしたんだ?」
選択する未来、ライアンの場合は近衛騎士だろう。
それがある程度同じ方向性のものであるのなら、受講が被るのは当然のことだ。
ちなみに、治安維持の警備隊を目指すトールは、ライアンとほとんど被らない。
「どうにも、“勧誘”されるのだよ」
「はぁ?勧誘?」
それが、ライアンの目下の悩みだった。
「なんでも、チームが解散間近らしくてな。
“目に敵った人材”とやらを集めているらしい」
そうして“目に敵ってしまった”のが、ライアンだった。
ことあるごとに勧誘を受けるのだが、どうにも態度が尊大で、接しづらい。
ライアンは今のチームを抜ける気は無く断っているのだが、それも耳に入っている様子はなかった。
「なんだよそれ。メーワクなやつだなぁ」
トールも、流石に呆れている様子だった。
そして、その悩みを解決できればと頭を捻るが、答えは出ない。
「むむむ……よし、気晴らしに遺跡へ行こう!」
「くっ……はははっ、あぁ、そうだな」
単純明快。
一緒に悩んで一緒に解決しようとしてくれるこのトールの姿勢が、ライアンは好きだった。
「よーし、それじゃあ俺は今の話しと一緒に、団長とフォルンに伝えてくるぜ!」
「あ、トール!」
ライアンの制止も聞かず、トールは教室を飛び出した。
ついでに団員に悩みを話してしまうと言っていたが、それすらも止められずに制止を振り切られた。
「第一、この後の講義はどうするつもりなのだ?トールよ……」
今度はどこか頭痛を覚えたような苦い表情で、ライアンは大きなため息を吐くのだった。
【三】
学院の東には、大きな庭園がある。
学院に通う生徒達は、食堂か若しくはここで食事を摂る。
昼時で賑わうこの庭園のテーブル。
その一つで、ライアンは苦笑いを浮かべていた。
「はっはっはっ、困ったものだな!」
「笑い事ではないのだが、な」
「そうだよシシリアちゃん!」
背中へ無造作に流した、純白のロングヘアと碧い瞳。
どこか男勝りな態度な少女が、大きく口明けて笑っていた。
彼女はシシリア――ライアン達のチームの、リーダーである。
「ライアンくん、それで、大丈夫なの?」
しきりに二人の間で慌てているのが、フォルンだ。
毛先に緩いウェーブのかかった、紫色のロングヘア。
それと、桜よりも淡い薄紫色の瞳を持つ少女だ。
「あぁ、今のところは、な」
「迷惑なヤツだよな、ホント!」
人の気持ちになって、憤慨する。
それはきっとトールの良いところなのだが、些か声が大きかった。
おかげで、ライアン達は周囲の人から横目で盗み見られていたのだ。
「それでライアン、その君の熱烈なファンは、どこの誰なんだ?」
シシリアがニヒルに笑いながら問いかけると、ライアンは額に手を当てた。
呆れているのではなく、思い出そうとしているのだ。
「うーむ……そう、確か」
名乗られたのは、一度だけ。
それも、嵐のように名乗って嵐のように去っていった、始めの一回目のみだ。
剣技の受講で目に止められたらしく、そのまま一直線だった。
「ジック……そう、そうだ。
“ジック・デュン=アクルサルト”だ」
ライアンが名を告げると、トールとフォルンは首を傾げた。
どこかでひっかかってはいるが思い出せないような、そんな微妙な立ち位置の人間を思い出そうとすると、こうなるようだった。
だがそんな中、シシリアだけは反応が違った。
一瞬眉根を寄せたかと思うと、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
こんな時は、碌なことを考えていないため、その表情に気がついたライアンは口元を引きつらせた。
「いや、実はな、私も話しておきたいことがあったんだ」
「話しておきたいこと?」
ライアンが首を傾げると、シシリアは笑顔で頷く。
そして、その内容を語り出し、三人を驚愕させるのだった――。
【四】
シシリアの話しは、短かった。
本当に短い内容なのだが、そのダメージは計り知れない。
いや、短いからこそ、といえるものだった。
「教授陣に頼まれてな、一人で孤立しているメンバーを受け入れることになった」
「はぁ?なんだよそれ」
遺跡を探索するのには、息のあったメンバーが必要だ。
なのに急に新しい人間が入ったら、足並みがどう狂うか解らなかった。
そのため、トールから不満の声が漏れたのだ。
「規定人数に一人足らないことで、足元を見られた。
人数が満たないなら、単位はくれんとさ」
実際、足らないというのは割と深刻な問題なのだ。
よほど息があったのか、四人で切り抜けてしまった。
だからそのまま四人で組んでいるのだが、それでも規則では五人一組。
そこで、シシリアは足元を見られて、頷かざるを得なかったのだ。
「なんだよ、それ!」
「相談もなく済まなかったな。
しかし、相談する暇さえくれんかったんだぞ」
「それは、仕方ねぇ、か」
いきり立ったトールも、シシリアに冷静に諭されて肩を落とす。
意思疎通ができるかどうかも分からない相手と遺跡に潜るのは、不安だった。
「それで、その、なんという方なんですか?シシリアちゃん」
フォルンが不安そうに、シシリアに問う。
それはライアンとしても気になるところで、そしてこの流れでシシリアがこの話題を振ったということに、どうにも“嫌な予感”が止まらなかった。
「ライアンはもう感づいているようだな」
「いや、そんなことは――いやまさか!」
不敵に、そしてどこか無常感漂わせながら笑うシシリア。
その横顔に、ライアンは冷や汗が止まらなかった。
「おいおい団長、もったいぶってないで教えてくれよ」
「そうだよシシリアちゃん!」
訳が分からないといった表情のフォルンとトール。
性格は正反対なはずなのに、この二人はどこか似ていた。
「ジック・デュン=アクルサルト」
「それはライアンの――って、まさか」
そこまで言われて、トールは顔を引きつらせた。
横目で見れば、ライアンは頭を抱えていて、フォルンは青ざめている。
ライアンが困っているといい上げた人物と、シシリアに押しつけられた人間。
それが、まさか同じ人だとは思わなかったのだ。
「嘘だろ、おい」
トールの呟きが、短く響く。
「なんにしても、合わなければ仕方あるまい。
今日遺跡を潜る際に顔合わせをして、そのまま潜ることになっている。
まぁ、一度やってみないと話にならんよ」
超然と構えるシシリアだが、普通はこんなに肝の据わった態度では居られない。
常におおらかであることは美徳だが、同時に必要な覇気まで抜かれてしまいそうだった。
「それでは今日の夕刻、遺跡入り口に集合だ。異論は?」
「今更ないよ、団長」
「そうですよぅ、シシリアちゃん」
トールとフォルンが、同時に肩を落としてため息をつく。
シシリアはその様子を一瞥すると、不敵に笑ってライアンを見た。
「君はどうなんだ?ライアン」
「いや……異論はないぞ、シシリア」
僅かな逡巡の後、ライアンは疲れたような笑みを浮かべながら頷く。
今日で色々な事が動いて、変わる。
ライアンはそんな予感めいた感情を抱きながら、ふらりと席を立った。
【五】
学院地下一階は、高い天井と広い空間を持つ巨大な“入り口”である。
遺跡に通じる、古びた巨大な門。
そのどうやって造られたか解らない門が備えられた、“玄関口”なのだ。
その門の前で、シシリア達は集結していた。
「ふん、オレの足を引っ張るなよ」
そう傲慢に言い放つのは、紫がかった青色の髪に青い瞳を持つ少年だった。
腕を組んで目で見下し言葉を発するまでの流れは、慣れているのか実に滑らかな動作だった。当然、褒められたことではないが。
「はっ、テメェこそ、俺たちの足を引っ張るなってんだ」
そんな少年――ジックに対して、トールが睨み付けながら言い捨てる。
ジックがそんなトールの視線を鼻で笑って流したため、ほんの僅かな時間で一触即発の空気が流れ始めていた。
「トール、だめだよ喧嘩腰じゃ!」
「アクルサルト、君ももう少し落ち着いた方が良い」
そんな二人を、フォルンとライアンが止める。
このまま喧嘩させていたら、いつまで経っても進めない。
「ジック、このチームは私がリーダーだ。
参加する以上は君も私にある程度従って貰わなければならない。
解るな?」
ライアンに制止されてトールから視線を外すも、態度を改めないジック。
だが、流石にシシリアに“リーダー”として言われると効いたのか、ため息と共に不遜な態度を引っ込めた。
「チッ……」
それでも気にくわないこともあるのだろうが、ジックは舌打ちを零す。
そんなジックの態度を、シシリアはただ不敵に笑って受け流していた。
「さて、出発だ!」
シシリアはそう声をかけると、門の側まで歩いた。
そのシシリアについてライアン達も門に近寄ると、地面が輝きを発し始める。
門の内側へは、許可証を持つ人物に限り“転送”させるという高度な魔法がかかっているのだ。
「うぅ、苦手なんですよね、この感覚」
フォルンの呟きに、ライアンは声に出さずに肯定する。
身体が引っ張られる浮遊感と同時に襲いかかる、妙な息苦しさ。
それを切り抜けると、そこには先ほどまでとは百八十度変化した空間が広がっていた。
生い茂る緑と、七色の花々。
空はないのに青色に明るく輝いていて、それだけで空間を不思議なものとして彩っていた。
「学院遺跡第一階層、レマレナシ。到着だ」
シシリアの声で、フォルンは漸く息を吐き出した。
もう何度も潜っているのに、これだけは慣れないのだ。
「第一階層の注意点の確認だ。階段の位置、フォルン」
始めの確認は、重要な項目である。
始めて行く階層ではないからこそ、下手に気を抜く訳にはいかない。
予測不能の事態に陥る可能性も考慮して、警戒を怠らないようにしなくてはならないのだ。
「はいっ!東へ三区画、北へ二区画、西へ一区画の小部屋です!」
これはマップで見ることができる。
だが、魔獣に襲われて見る暇がないことなど数え切れないほどにあるからこその、確認である。
「よし、トール、ライアン。生息する魔獣は?」
「えーと、エッジビート、トライフ、アインウルフ」
「それからテトラゴブリンとエルファロだ」
二人が続けて応えると、シシリアは二度頷く。
確認作業をするリーダーは、当然だが全ての情報を頭に入れていないと行けない。
できないならばある程度役割分担をするのが普通で他のチームはほとんどそうしているのだが、できてしまうのがシシリアという少女だった。
「うむ……ではこの中で、注意すべきなのはどれだ?ジック」
シシリアはそう、片目を閉じながら不敵に笑う。
その笑みを視界に納めないようにしたまま、ジックはそんなシシリアに応える。
「はぁ……森に擬態する半植物人型魔獣、テトラゴブリンだ」
嫌々ながらもちゃんと応えるジックに、シシリアは満足げに頷いた。
「さて、問題はないようなら行こう」
そうして一行は、シシリアの言葉と共に遺跡の探索を開始するのだった。
【六】
遺跡探索は、一言でいえば順調だった。
とくに凶悪なモンスターが出る訳でもなければ、道に迷う階層でもない。
「それにしても、順調すぎる」
そう呟いたのは、シシリアだった。
楽観的に見えるが、彼女はこのチームのリーダー。
誰よりも注意を払い行動しているのは、他ならぬシシリアだ。
「ジック!右をやれ。トールは左、ライアンは打ち漏らしを拾え」
「ちっ」
「了解リーダー!」
「同じく了解だ!」
フォルンを全員のフォローに回しながら、シシリアは殿につく。
訝しげに周囲を見回しながらも、指示を出すことを忘れない。
「うーむ」
「シシリアさん?」
「いや、なんでもない」
首を傾げて自分を覗き込むフォルンに、シシリアは笑ってみせる。
前方では、トールが拳で以てアインウルフの顎を砕いていた。
大きく仰け反り倒れるアインウルフを視界に納めながらも周囲への注意を怠らない辺り、手慣れている。
「ジック、出過ぎだ!ライアン、フォローを……ッ」
『キィィィイッ』
出過ぎたジックにライアンをつかせた、その刹那。
木に擬態していたテトラゴブリンが、棍棒片手にシシリアへ襲いかかった。
「チッ……【爆焔!】」
シシリアが手をかざした先で、小規模の爆発が起こる。
身体の半分以上が樹木でできているテトラゴブリンは、それに耐えきれず吹き飛んだ。
「砕けろ」
更にそこへ、シシリアはハルバートによる追撃をかける。
ハルバートは、柄の長い斧のような武器だ。
腕力やバランス力が平均的に必要な上に、相応の技術を必要とする。
だがシシリアは、その取り回しの難しさを意に介す様子もなく、滑らかな軌道を描いてテトラゴブリンの胴を両断して見せた。
「うわっ?!」
「……しまった、ジック!ライアン!」
だが、その先で、予想外の事態が起こる。
ジックとライアンの足下が崩れ去り、二人が下の階層へ落下する。
その様子を視界に納めると、一番近くにいたトールが駆けだした。
「おい、二人ともッ」
『キィィィイッ!』
「なっ、く」
途端に、テトラゴブリンがわき始める。
テトラゴブリン達が最近作った縄張りで、ここはそのための罠だった。
シシリアが感じていた違和感は、これだったのだ。
「そうなると、あの穴は偶然か。なんと運の悪い!」
ハルバートを振り回しながら、シシリアは鋭くテトラゴブリン達を睨み付ける。
敵ではないレベルの魔獣だが、それでも異常繁殖とも言える量には、後手に回るより他になかった。
「突破して、救出だ。行くぞ、トール!フォルン!」
「仕方ねぇ……おうッ!」
「はい、急ぎましょうシシリアさんっ!」
魔力を身体に纏わせて、テトラゴブリンに突撃する。
「無事でいてくれよ、二人ともっ!」
シシリアの二人を心配する声が、テトラゴブリン達の喧噪の中へ、静かに消えていった。
【七】
遺跡の第二階層は、灰色の木々に覆われた不可思議な空間だ。
所々に見える煉瓦のように積み重ねられた、灰色の石版。
そこに浮かぶ解読不能の碑文は、時折妖しく輝いている。
その石畳を、二対の音が叩いていた。
「ジック、右だ!」
「チィッ」
背後から煌めく閃光を、振り向いたライアンが視認する。
そうしてかけられた声で、ジックは走りながら左へ飛んだ。
「飛び道具を持つ敵はいない……ならば、遺跡の罠か」
ライアンは小声でそう呟くと、ジックを促して角を曲がる。
物陰に身を潜めることで、背後から追跡するものを蒔いたのだ。
「あの図体であの速度か……チッ、厄介な」
悪態をつくジックの視線の先。
そこで駆け抜けていったのは、身体の大きなゴーレムだった。
俊敏な動きと緑色の大きな一つ目を持つ、石の兵――デミゴーレム。
「どうやって抜けるか、考えないとな」
ライアンがそう呟くと、ジックもそれに従って頷く。
第二階層に来たことがない、そんなはずはなかった。
二回生になるのに必要な課題として、三階層までのマッピングというのがある。
そのため、二階層はすでに巡った場所なのだが、それでも身動きはとれなかった。
「せめて方角が解れば、どうにかなるのだが」
脳裏に地図を思い浮かべて、ライアンが呻る。
景色が一向に変わらず、迷路のような構造をしているこの第二階層は、入り口からマップを見ながらでないとすぐに迷ってしまう。
そのため、床を抜けて落ちてきた二人は、自分の位置が掴めず遭難していた。
「もう少し天井が低ければ……いや、詮無きことか」
頭上を見て、息を吐く。
先ほどからほとんど話すことのないジックも心配だが、やはり体力の消耗から魔獣に負けてしまうという事の方が、心配だった。
「ライアン、確かデミゴーレムは、“基点”から出現したな」
「あ、あぁ。そうだな」
デミゴーレムは、倒されると倒された数だけ“基点”から生成される。
その基点は場所ごとに色が違い、その色の目玉を持ったデミゴーレムを生成していた。
「ならば、デミゴーレムが一番多い場所が、基点ということになるな」
ジックのいいたいことが解らず、ライアンは首を傾げながらも頷く。
「そうだな。だが基点を潰しても、生成が止まるのは一時的なものだ。
十五分もすれば基点はすぐに再生してしまい、それまでに逃げられなかったら――」
「――だが、基点ほど解りやすい“目印”も、ない」
そこで漸く、ライアンはジックが言いたかったことに気がつく。
デモゴーレムの基点を目印に出口を捜索、基点が再生される前に逃走する。
「言うは易いが――そう簡単なことではないぞ」
「フンッ、だからといって尻込みして、ここに骨を埋める気は無い。
……さぁ、どうする?ライアン」
勝ち気で挑戦的で……そして、自信に満ちた瞳。
その目にライアンは、薄く笑って頷いた。
「いいだろう、その作戦に乗ろう」
「それでこそ、オレが認めた男だ」
頷くジックに、ライアンはそういえばと首を傾げる。
気になってはいたが、聞けずにいたことがあった。
「そういえばジック。君はどうして俺を誘ったのだ?」
「うん?何を聞いてくるかと思えば、そんなことか」
ジックは周囲を警戒しながら、デモゴーレムの密度が高い場所を探す。
そうしながらも、同じく周囲を見回すライアンに、応えた。
「皇帝陛下が視察に来られた時、
誰も彼も自身の印象を良くしようと、みっともなく騒いでいた」
それは仕方のないことだろう。
将来に大きく関わるのだからそうしたくもなるし、それで態度を変えるほど皇帝陛下も狭量ではない。むしろ、毎年の恒例行事だ。
「そんな中、おまえだけは“挑む者”の目をしていた。
皇帝陛下に寄り添う近衛兵たちの座につかんとする、挑戦者の目を、な」
そんな所を見られていたのかと、ライアンは気恥ずかしくなり顔を逸らす。
ジックはそうして頬を掻くライアンに気がつくことなく、続けていた。
「共に在る者が、気概のない者というのが我慢ならん。
だからオレはおまえを選んだんだ――ライアン・ライク=ランタート」
そう胸を張って、傲慢に言ってのけるジック。
その姿にライアンは、小さく笑みを零した。
「あそこだな……行くぞ、ライアン!」
「あぁ、行こう。ジック!」
物陰から飛び出して、走る。
こちらに気がつく前に、ジックの高速の突きが、デミゴーレムの目玉を貫く。
煙と共に揺らぎ消滅するデミゴーレムの横で、佇んでいたもう一体が、ライアンによる瞬速の斬撃に、膝をついた。
「一気に抜けるぞ!」
「了解だ、ジック!」
更に続けて四体、流れるように倒す。
そこで漸く気がついたデミゴーレム達が、二人を睨んで駆けだした。
『――ッ、―、―!』
突き、弾き、斬り、落とす。
そうして捌きながらも足は止めずに、走った。
道を曲がり、苛烈になっていく攻撃を躱し、身体に傷を作りながら。
「見つけた!」
『―ッ――!―!―――ッッ―!』
デミゴーレムが守る、基点。
緑の仮面をつけた石像へ、ジックは剣を振りかぶる。
「撃ち抜け!」
腕から離れた剣が、壁になるデミゴーレムをすり抜けて、緑の仮面をたたき割る。
基点が壊れたことで、一時的ではあるがデミゴーレム達の身体が崩れた。
それと同時に、ライアンは脳裏に地図を思い浮かべて、逃走経路を図る。
「ジック、左から抜けられるぞ!」
「よし、行くぞライアン!」
そうして走り出そうとした時、ライアンは地中から微弱な震動を感じて、咄嗟にジックを突き飛ばした。
――ドンッ!
『キシャァァァアッッッ!!!』
地面から飛び出してきたのは、人間の胴体ほどもある巨大なミミズだった。
目はなく擂り粉木状の歯が円形に生えた、白いミミズの魔獣だ。
「オクトワーム?!」
地中を這い、人に襲いかかる危険な魔獣。
ライアンは飛び出してきたそれに右足を噛まれながらも、その頭に剣を突き刺した。
「ライアンッ!」
「ぐ、ぅ」
苦悶の表情を浮かべるライアンに、ジックが駆け寄る。
すぐにどうにかなる怪我ではないが、これでは走れない。
「これでは、走れん。
先に地上へ行き、誰か人を呼んで――」
「――オレを嘗めるなよ、ライアン」
足手まといを避けるため、一人死地に残ろうとするライアン。
そんなライアンの胸ぐらを掴んで、ジックは真っ向から覗き込んだ。
「オレが、自分が認めた男を見捨てるほど、狭量な男だと思うなよ」
静かにそう言い放つと、ジックはライアンを背負う。
これでは再生したデミゴーレムに追いつかれてしまうだろう。
だがそれでも、捨て置くつもりは、無かった。
「ジック……」
「これでは剣を使えん。だからライアン、おまえがオレの腕になれ」
「……あぁ、任せろ」
かなり無茶だが、やるしかない。
再生を始めたデミゴーレムに、ライアンとジックは真っ向から立ち向かう。
絶望的な状況だが、二人の表情に翳りはなかった。
「行くぞ!」
「ああ!」
走り出そうと、一歩踏み出す。
その瞬間――天井が、割れた。
――ドゴォンッ!!
赤の炎、その爆発に、ライアンは見覚えがあった。
爆発の中から降りる、紫色の球体。
それはライアンの仲間……フォルンの、探索魔法。
「そこかァッ!!!」
爆焔をハルバートに纏わせて飛び降りる、白い髪の少女。
ライアン達のリーダーが、颯爽とその場に降り立った。
「私の仲間をよくもいたぶってくれたな……その罪、灰燼の果てで償うがいいッ!!」
どこまでも圧倒的で、どこまでも強かな炎。
シシリアの爆焔が、空間を支配する。
一緒に降りてきたフォルンとトールが駆け寄る中、二人は呆然とその姿を見ていた。
【八】
学院の庭園で、五人は課題を行っていた。
筆記の試験も当然あり、これはその一環だ。
一段落つくと途端に暇になり、ライアンは自分が眠っていたことに気がついた。
「だらしないぞライアン」
横でそう言い放つジックは、とうに課題を終わらせていた。
後から何か書き込んでいるので感づかれないように覗き込むと、そこには“ララをどう誘うか”などという、計画書があった。
「楽しそうだったが、なんの夢を見ていたんだ?」
自分を見ながら含み笑いをするシシリアに、ライアンは苦笑する。
「ジックと出会った時のことを、少しな」
そういうと、急に話を振られたジックが顔を上げた。
そして矛先が移りそうになったことに気がつき、眉を寄せて苦い表情を浮かべた。
「あぁ、あれか。気がついたら仲が良くなっていたようだから、驚いたよ」
「オレはあれほど息巻いていたシシリアが、闘技大会で予選落ちした事の方が驚いたぞ」
ジックの言葉に、短い間だがシシリアの身体が硬直した。
だがすぐに再起動して、紅茶をすする。
「いやいや、あれはあれで満足だったさ。
なにせ伝説の戦乙女、フィオナ=フェイルラートと刃を交えることができたのだ」
闘技大会予選、その一枠で、シシリアはフィオナと戦っていた。
学院に在籍する少女とは思えないほどの猛攻で、フィオナと名乗り合う程度には認められて敗退したのだ。
「本戦には出場できなかったが、いや、本当に良い経験なったよ」
そこまで言うと、シシリアは飲み干した紅茶をテーブルに置く。
そして、再び笑みを浮かべてジックを見た。
「ジック、君も残念ながら婚約に失敗したようじゃないか」
「オレが初戦で負けたのは――ってちょっと待て、何故貴様がそれを知っているッ!」
身を乗り出して掴みかかるジックを、シシリアは器用に避ける。
その騒ぎで、揃って寝ていたトールとフォルンが目を覚ました。
「な、なんだよ、いったい」
「ふわぁ……お、終わってないのに寝てしまいました」
ぼんやりとした頭で課題を再開する二人の様子を、ライアンは苦笑しながら眺める。
こうして五人でのんびりと過ごす日が来ようとは、考えてもみなかったことだ。
「ライアン!貴様が零したのかッ!」
「なっ……俺は知らんぞ?!」
微笑ましく見ていた状況が人事ではなくなり、ライアンは勢いよく立ち上がる。
その表紙に寝ぼけ眼だったトールが椅子から落ちて、頭を打った。
「と、トールっ」
「ぬぉぉぉぉ」
トールを介抱するフォルン、走り寄ってくるジック、それを見て笑うシシリア。
四人の姿を視界に納めると、ライアンは背を向けて走り出す。
緩んできた頬を、一生懸命隠しながら――。