よっつめ 魔王様の優雅なる一日 ~リリアと愉快な仲間たち~
【一】
雪解け水を溜めた溜め池から水を引き、畑に流す。
水で潤った畑はイキイキとしていて、それに満足感を覚えながら、リリアは日傘をくるりと回した。
「魔王様、おはようございまーす」
「魔王様、できたてのお芋はどうですかー?」
「魔王様――」
自身を呼ぶ国民達の声に、リリアは苦笑しながら返事をしていく。
いざ触れ合ってみるとペルファの国民はどうにも愉快で軽い人たちばかりだった。
ナーリャ達と別れて二週間。
現在リリアは、触れあい型魔王様としてペルファの民に受け入れられていた。
軽すぎるのには、未だに慣れていないのだが。
「お嬢様、そろそろ朝食に戻りませんと……」
早朝の畑仕事を見回っていたリリアは、かけられた声に首を振る。
するとアインは、柔らかい表情のまま首を傾げた。
「お芋さんが吹かしてあるそうだから、ご相半させて貰うわ」
悪魔の少女――背丈はリリアと変わらないが――が嬉しそうに吹かした芋を持ってきたので、リリアは微笑みとともにそれを受け取った。
「畏まりました。お塩は使いますか?」
「そうね……アイン、貴女も食べなさいな」
「ふふ、ありがとうございます。お嬢様」
農作業をする民を眺めながら、リリアとアインは塩をかけた芋を食べる。
アインが己の影から塩もハンカチも取り出してくれるので、どこでも食事を始められた。
「はふっ、ん……平和ねぇ」
「はむ……ん、はい。平和ですね」
熱い芋を囓りながら見上げた空は、晴天だ。
リリアにできるのはせいぜい吹雪にすることか、それを晴らすことしかできない。
けれど、雪解け水を使って雨が無くとも畑に水は引けるし、晴れにして作物に太陽光を与えることができる。
そういった理由から、積極的に民に関わるようになったリリアを最初に受け入れたのは、畑仕事を行う農民達だった。
人々の生活に密接に関わる、農民達。
そこに受け入れられたことで、他の民達とも薄い壁を越えるだけで接することができるようになっていたのだ。
「この後は、いかが致しますか?」
「ご意見書の確認ね。整理したら、午後から実施できるものは手を着けてみましょう」
「畏まりました、お嬢様」
そんな中リリアが行ったのは、このご意見書だ。
匿名か名前を記すかは自由で、とにかく事業的にやってほしい事を書いて、各地七箇所に設置してある箱に投稿して貰う。
それをその場所の管理者が城に運び、リリア自身が意見書に目を通しているのだ。
「そろそろ、行こうか」
「はい、お嬢様」
悪魔の少女や農民達に手を振って、踵を返す。
親しまれている解る好意的な声、それを背に受けていると、リリアは自身の頬が緩んでいくのが理解できた。
これは、民に積極的に関わり始めたリリアの、ある非日常の物語である。
【二】
城にある会議室を使うのは、積極的に関わり始めて初めてのことだった。
埃や雑具で溢れていたところを使い魔達総出で片付け――リリアは、使い魔の矜持的に手伝わせて貰えなかった――をして、使えるようにしたのだ。
大きな机に広げられた、意見書。
始めたばかりで知名度はさほど高くなく、また使うことを戸惑っている人やそもそも字が書けない人も居るため、まだ数は少ない。
基本的に長命の悪魔達は、長い生の中で字を覚える。
けれど年若い悪魔達は書物を手に取ったりもしないので、字を覚えていなかった。
「学舎とか、作った方が良いのかしら」
「最低限の文字だけならば、定期的に講習会を開いてはいかがですか?」
「そうねぇ、まぁ集落に降りて、意見を集めてみましょう」
リリアとアインがそう言葉を交わしている内に、悪戯とそれ以外――白紙か否か――の分別が終わったようだ。
「ご主人様、終わりました」
「ん、ありがとう。ドライ」
淡々としながらも、礼を言われてドライは頬に喜色を浮かべる。
朱色の髪と相まって、温かい空気を醸し出していた。
「それじゃあ読み上げますね、リリア様」
「お願いフィーア」
黄色の短髪を掻き上げ、フィーアは意見書を手に取った。
「“暖かいお風呂に入りたいです”」
「灼氷でどうにか有効利用してみようか。後で検討」
「はい」
リリアの下す判断は、大きく分けて三つだ。
一つは検討。実行できそうなら午前中に検討して、即計画を立てる。
「“図書館が欲しいです。本が読みたい”」
「うーん……講習会を先にしたいから、保留で」
他にするべきことがありそれが要望とある程度一致させられそうなことならば、その意見は保留にする。順序立てて計画を立てるのだ。
「“跪かせて下さい。むしろ踏んで下さい魔王様”」
「却下」
「最近多いな、こーゆーの」
その最後の一つが、却下。
その意見は通さないと突っぱねることだが、そのほとんどはこうした愚にもつかない意見達である。悪魔的と言えば悪魔的な、欲望に忠実な要望だ。
そうして意見書を纏めていき、ついに最後のものになった。
といっても、全部で十を僅かに超える程度なのだが。
「“にしのもりにまじゅうがいます。そのせいで、やくそうがとりにいけません”」
「西の森?……どこの意見書?」
「六番地区ですね。この辺りに、悪魔達で対処できないような魔獣はいなかったような」
読み上げたフィーアが、顎に手を当てながら地形を思い浮かべていた。
悪魔達は、その種族柄非常に強力だ。
そのため、大抵の魔獣はちょっと近所の人を集めるだけで倒せてしまうのだ。
「うーん、見てきた方が良さそうね」
リリアはそう呟くと、その意見書を“検討”に分類する。
午後からの最優先事項は、これで決定だった。
【三】
ペルファの西の森。
そこでは怪鳥が不気味な声を発していて、周囲の木は半ば枯れていた。
悪魔の住む森“らしい”といえばそうなのだが、こんな不気味な森はここだけだ。
「アイン、ここって前からこんなの?」
「いえ……私が前に視察した時は、普通の森でした。怪鳥はいましたが」
怪鳥はいたらしい。
だが正直、普通の森だったら不自然にもほどがある。
「うーん……とりあえず、近くの集落で話を聞きましょう」
「畏まりました。フィーアとフィフには、引き続き調査を任せます」
「うん、お願い」
フィーアとフィフは、先に森に入り調査をしている。
といっても深入りはしないように、奥へは潜らず周辺の調査だ。
森を二人に任せたリリアは、アインと共に集落へ向かう。
城から西の森近くの集落へ行くには、森の前を抜ける必要があったため、こんな順番になったのだ。
「さて、ここね」
集落の回りには木でできた塀が作られていて、簡易的な門の前には門番が立っていた。
悪魔族の青年で、髪は白く目は黒い。手に持つのは、ペルファ標準の黒い槍だ。
「こんにちは」
リリアが青年の前に立ってそう微笑むと、青年は大きく目を瞠った。
桃色の髪に黄金の目、左右非対称の翼とくれば、ペルファには一人しかいない。
「ま、魔王様!?まさか、意見書を読んでくださったのですか?!」
「あら?それならあの手紙は、あなたが?」
「はいっ」
筆跡からして、幼い悪魔のものだと思っていた。
だからこそリリアは、僅かな違和感を覚えて聞き返す。
すると青年は、どこか恍惚とした表情で頷いてみせた。
「是非、魔王様に踏んでいただきたいと――」
「――却下。今日来たのは別件よ」
どうやら、危機に瀕した手紙を出したのは、別のものだったようだ。
にべもなく却下され、青年はその場に倒れ伏す。時折痙攣しているのが、なんともいえない。
「魔獣のせいで薬草が採れない。そう聞いたのだけれど、心当たりは?」
リリアの言葉に、青年はぴくりと反応して顔を上げる。
その際、リリアに“悪い”視線が向かわないようアインが一歩前に出たのは、仕方のないことだろう。
「なるほど……それならたぶん、クリュテちゃんだと思いますよ」
「クリュテ?その子が、手紙を?」
「はい。っと、こんなところでお話もなんですので、どうぞ」
青年はそういうと、門を開いて中へ促す。
その先には、石造りの集落が広がっていた。
ここが西の森側の集落、アソシエ村だった。
【四】
アソシエ村に入ると、道行く人々がリリアに頭を下げる。
青年を道案内に歩きながら、リリアは集落の様子を見ていた。
「うーん、活気はあるみたいね」
「そのようですね、お嬢様」
リリアの言葉に、アインが相槌を打つ。
薬草、つまりは病気への手立てがないというのに、村は活気に満ちていた。
それはつまり、薬草を採らなければと急を要する事態ではない、ということだ。
「ここです」
案内されたのは、村でも比較的大きな家だった。
おそらく村長の家なのだろう。門が開かれ堂々とした佇まいを見せている。
「失礼、家の主は在宅しているかしら?」
リリアがそう声をかけると、奥から人の気配がした。
黒い羽に尾を持つ男性で、刻まれた皺から悪魔の中でも長く生きていることが解る。
おそらく、ペルファで生まれた悪魔ではなく、余所から移ってきた悪魔なのだろう。
「おやおやこれはこれは、魔王さまで在らせられますな。
私はアソシエの村長で、エルクテと申す者です。
ささ、どうぞ中へ。アソシエの茶葉で淹れた紅茶があります故」
「ありがとう、失礼するわ」
「失礼します」
エルクテに先導されて、中へ入っていく。
居間に通され、奥方と思わしき女性が紅茶を持ってきて、リリアとアインはエルクテと話し合う場に移動した。
「して、なにかあったのでしょうか?」
不安そうに訊ねるエルクテを安心させるように、リリアは緩く微笑む。
年配だろうと同性だろうと構わず魅了する、悪魔王の微笑には、かつてのような妖艶さはなりを潜めている。だがそこには、確かなカリスマが宿っていた。
「魔獣が出没して、薬草が採れない。そう聞いたのだけれど、心当たりは?」
「ぁ……は、はい。確かに魔獣が出て、薬草が採れなくなっています。
けれどこれは、魔王さまの手を患わせるほどの問題では……」
エルクテは、自分たちで解決する気でいたのだろう。
けれどリリアの笑みに“やられて”気がつけば自分から話していた。
「何かあってから、手遅れになってからでは遅いわ。
どうかわたしたちを信用して、詳しい事を聞かせて貰えないかしら?」
リリアがそう言うと、エルクテはゆるゆると頭を下げる。
最早彼も、リリアへの忠誠は揺るがないだろう。
その“抑えて”いても他者を魅了する実力を本当の意味で発揮できるようになったリリアを見て、アインはどこか嬉しそうにため息を吐いた。
「……わかりました。お話致します」
だからこそ、エルクテがそう頷くのは、当然の帰結と言えることだった。
【五】
村長の話を纏めると、こうだ。
数日前から、大型の魔獣が出没するようになった。
見た目は、そこらに生息する蛇とよく似ている。
ただ三階建ての家ほどの体躯と四つの目、それから大きな角が無ければ、だが。
それが怪我を癒すために必要な薬草が生息する地帯で、縄張りを持ってしまった。
放って置いても大丈夫な怪我しか、今のところ負っていない。
だが、備蓄がない以上追い払いに行って怪我を負っても、治すことができない。
直ぐに必要ではない以上、緩やかに危機を待つことしかできない。
けれど、大事にはなっていないので、村人たちは焦ることもできなかった。
村長の家を出たリリアたちは、頭を下げに来るエルクテを手で制して、魔獣討伐の作戦を練る。
「さて、どうしようかしら」
「正面から、というのは些か危険な気がします」
「まずは能力を探る必要がありそうね」
アインと話し合いながら、作戦を考えていく。
すると、後ろから足音がして、二人は直ぐに振り向いた。
「魔王様!」
「あら?アナタは門番の……」
「はい!トマスです!ってそうではなく……ほら、クリュテちゃん」
青年……トマスは、自分の背後に隠れていた少女を、押し出す。
灰色の髪と亜麻色の瞳の、幼い少女だ。
「あの、まおうさま」
「なにかしら?」
リリアが腰を軽く折ると、それだけで少女――クリュテの視線と揃う。
優しい瞳で覗き込まれたクリュテは、頬を朱に染めながら、後ろ手に持った籠を見せた。
「タタンを、助けてください」
「これは……ラムルゥの雛、かしら?」
渡り鳥、ラムルゥ。
ペルファを通過することもあるその鳥が、羽を折られて横たわっていた。
おそらく、事故か何かでこうなってしまったのだろう。
「薬草が見つからないと、タタンが治らないって、言うんです。
あの、こんなことで喚び出してしまい、本当になんて言ったらいいか――」
お調子者の姿を脱ぎ捨てて、トマスはリリアに頭を下げる。
その姿に小さく苦笑すると、リリアはクリュテに微笑んだ。
「ええ、アナタの“友達”は、わたしたちが助けるわ」
「ぁ――ありがとうございます、まおうさま!」
「ほ、本当ですか!?……あ、ありがとうございます!」
子供好きな青年なのだろう。
頭を下げて喜ぶ二人に約束を交わすと、リリアは今度こそ村を出る。
「負けられない、わね」
「はい、お嬢様」
目指すは、外れの森――突然変異の魔獣の、住処であった。
【六】
縦横無尽に動き回る、巨大な蛇。
一睨みすれば、目を合わせた相手はほんの僅かに身体を固まらせる。
動作の硬直という中途半端な魔眼も、二対四個で発動させれば強力だ。
おまけに、身体をうねらせた体当たりが高い攻撃力を有していて、硬直した時に当たればタダでは済まない。
「【震撃!】」
フィーアはそんな蛇に、拳を当てていく。
だが中身がほとんど筋肉で引き締まっている蛇は、内側からの攻撃を受け付けない。
「【空刻螺旋!】」
そしてそれは、フィフも同様だ。
いくら抜群の貫通力を持った技でも、弾力のある鱗を貫くのは難しい。
動かないでいてくれればもう少し違った結果も出せるのだが、追うのがやっとなほど速いためそれも叶わない。
「チッ!しぶとい!」
「あ~ん、もぅっ!いい加減倒れてよねっ!」
二人の額には汗が浮かび、焦燥していた。
次に目でも合わせられようものなら、確実に食いちぎられてしまうだろう。
そんな焦りが、二人の瞳に浮かぶ。
「フィフ、リリア様、呼んで来られるか?」
「何言ってんの?フィーアだけにいい顔はさせないよ」
フィフの、紫色のお団子ヘアは、片方が解けて首筋にかかっている。
棒術を用いることで力を逸らす戦いを得意とするフィフは、逸らしきれず紙一重で食らい付いてくる蛇に追い詰められていた。
それでも、ここで逃げようとは思えない。
その証拠に、彼女の紫の瞳から、未だ戦意は消えていなかった。
「【天域・空刻螺旋!!】」
駆けだしたフィフは、そう叫ぶと蛇の頭上に飛び上がる。
見上げられでもしたら、身体が硬直して一呑みされ、それで終わりだ。
けれど彼女は今、二人組。信頼できる仲間と、共に戦っているのだ。
「いい顔させない?こっちの台詞……だッ!!」
頭を持ち上げようとした蛇に向かって、飛ぶ。
目測だけ計って目を瞑り、ただがむしゃらに身体を縦回転。
渾身の力が込められた“ただの踵落し”が、蛇の鼻面を殴打した。
『ギシャッ!?』
その隙を逃す、フィフではない。
天域・空刻螺旋――空を覆うほどの、貫通の連打が蛇の顔面に叩き込まれる。
狙いは、蛇の目……魔眼だ。
――ダダダダダダダダンッッッ!!!!
『ギシャァァァァアァァッッッ!?!?!!』
四個の魔眼。そのうち三つを叩きつぶす。
余してしまった最後の一個に睨まれて身体が硬直するも、フィフは満足げに笑っていた。
これで、自分たちの敬愛する主の戦いが、ずいぶんと楽になる。
「私たちの勝ちよ、蛇さん♪」
硬直した身体に放たれた、頭突き。
その一本角は、確実にフィフを貫くことだろう。
いくらリリアの中に戻れば死なないといっても、痛いモノは痛い。
それでもフィフは、満足げに微笑んでいた。
「フィフ!」
「ごめんフィーア、あと任せ――」
だがそれも、最後まで言い切ることは叶わなかった。
突如飛来した銀の刃が、蛇の最後の魔眼を貫く。
正確無比なナイフ。
それは二人にとって、非常に見覚えのあるものであった。
【七】
その痛みで仰け反った蛇は頭突きの軌道を変え、フィフはあっさりと落下してフィーアに抱えられた。
「カッコつけんなよ、フィフ」
「へ?あ、うん」
『ギシャァアァッ』
仰け反る蛇から距離を取りながら、ナイフが飛来した方向を見る。
そこには、無数のナイフを浮かべて佇む、銀髪のメイドの姿があった。
「無茶をしないように」
「あ、あぁ、スマン。で……リリア様は?」
「あちらです」
アインが指を指した方向……遙か頭上に目を向ける。
月明かりを背に浮かび上がる、灼雪蒼炎の翼。
そこに込められた魔力は、尋常なものでは無かった。
「わたしの家族に牙を剥こうとは、良い度胸ね」
大きく大きく広げられた、赤と青の翼。
その中間より上から覗く黄金の双眸が、視界を無くした蛇を怯えさせていた。
「例えば“彼ら”なら、アナタに哀れみを覚えたかもしれない」
でもね、とリリアは続ける。
あるいはナーリャ達ならば、突然変異によって出現した蛇に哀れみを抱き、同情でもしたかもしれない。
けれどリリアは“悪魔”だ。
彼女が愛をもたらすのは、未だ身内に限ったこと。
彼らの影響もあって友好的に接する者を無碍に扱ったりはしないが、敵対者は別だ。
「最後にチャンスをあげる。跪くのなら頭を垂れなさい」
『グゥゥゥ…………ギシャァァァアァァアァッッッ!!』
「そう、残念ね……【灼雪煉氷】」
右手を挙げると、そこに真紅の槍が生まれた。
赤い吹雪から出現した、氷晶の槍。
遍く全てを燃やし尽くす、灼雪。
「灼き断て【離別の氷槍】」
――ズドォンッ!!
『ギッィッッ!?』
投げられた槍が、蛇の口内に突き刺さる。
そしてそのまま貫通し、高温を持って蛇の身体を炭化させた。
薬草に燃え広がらず、森の養分へと変えるための灰。
無慈悲で慈悲深い悪魔王の断罪により、そこに一匹の魔獣が息絶えた。
「まったく……無茶しないでよね、もう」
そう呟くリリアの顔に、先程までの殺意はない。
そこにはただ――穏やかな優しさだけが、浮かんでいた。
【八】
魔獣を打ち倒したリリアたちを迎えたのは、武装した村人たちだった。
彼らはついに立ちあがり、リリアたちを追おうとしていたのだ。
だが、リリアたちが持っていた薬草を見て、鼓舞の声を鎮めることになっていた。
「それでは、魔獣は既に?」
「ええ。だから気持ちだけ、受け取っておくわ。ありがとう」
「そ、そうですか……本当に、ありがとうございました」
「ふふ、わたしたちは王として当然のことをしたまでよ」
民は王に税を貢ぎ、王は民の生を守る。
リリアは幼い体躯からは想像もできないような大人びた表情で、静かに、それでいて温かくそう告げた。
「はぁ~、お城でお風呂入りたい」
「あたしも同感だ。アインは?」
「それほど疲れてはいません」
「えー」
フィーアとフィフは、ぼろぼろになったメイド服を掴みながら唇を尖らせていた。
それに対して、傷一つ無いアインは、ただ淡々と答える。
「どうぞ、宴に参加してください。温かい湯とご馳走を用意致しました」
「そう、ね。用意されたのなら、断る訳にはいかないわ」
リリアとエルクテの会話を聞いたフィーアとフィフが、口笛を鳴らしてハイタッチを交わす。よくコンビを組むということもあって、息のあった動きだ。
「おお!お嬢さまったら太っ腹~」
「ちょっと違うと思うぞ、フィフ」
「大人しくなさい、二人とも」
「あたしも?!」
そうは言うが、フィフほどではないがフィーアも騒いでいた。
だからアインは窘めたのだが、聞く気のない二人にため息を吐き額を抑える。
「ふふ、まぁいいわ。今日ばかりはね」
リリアの言葉に、アインは苦笑する。
そして直ぐに、恭しく礼をした。
生真面目だが、それもアインの“良いところ”なのだ。
「あの、まおうさま」
「あら?アナタ……クリュテ、よね」
「あの、ありがとうございましたっ!」
そう頭を下げると、クリュテは走り去る。
耳まで真っ赤にしている様子から、照れているのが伺えた。
「あれは……そう。ふふ、どういたしまして」
クリュテの肩に留まる、白い鳥。
タタンと名付けられたラムルゥが、早速治療されたようだ。
まだ当分飛べはしないが、薬草がある以上直ぐに良くなることだろう。
「魔王様ー踏んでくださ……じゃなくて、ありがとうございましたーっ」
クリュテを側に置きながら、トマスが手を振る。
途中まで言いかけた言葉はアインに一睨みされて言いよどみ、直ぐに言い直していた。
仕方がないと苦笑を零しながら、リリアはそれに軽く手を振ってみせる。
「い、生きてて良かったーっ」
「トマスおにいちゃん、だいじょうぶ?」
手を振り上げて喜ぶトマスを尻目に、宴の中心へ歩いて行く。
側にアインとフィフとフィーアを置いて、ゆっくりと。
「ツヴァイとドライには悪いけど、たっぷり楽しみなさい」
「はいっ」
元気に返事をしたフィフが、フィーアを引っ張って輪に加わる。
その姿を見て微笑むアインの手を、リリアがそっと取った。
「こんな日々も、悪くないわね」
「はい……お嬢様」
彼らが去った後の、ペルファ。
その夜は、優しい灯りに包まれて、緩やかに更けていく。
変化を求めて前を進む彼女たちを、そっと包み込むように――。




