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18歳、今日からダンジョン探索者になります  作者: lala


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十日間の稼ぎ



 受付の女性が、大河の顔と探索者証を交互に見た。


「高尾ダンジョンの、最終階層までですか?」


「はい。三十階層のオークジェネラルを倒して、転移ゲートで戻ってきました。途中で出なかったんで、十日分の素材もあるんですけど、買い取りもお願いできますか」


「承ります。……お疲れさまでした。まず、お掛けになってください」


 勧められた椅子へ座ると、脚の疲れが急にはっきりした。大河は膝へ手を置き、背もたれへ身体を預ける。受付の向こうでは攻略報告の確認が進んでいたが、待っている間に眠ってしまいそうだった。


 女性が顔を上げ、裂けた袖へ目を向けた。


「お怪我は?」


「ポーションは使いました。まだ少し痛いですけど、歩けます。最後のボス、結構強かったですね」


「無理はなさらないでください。買い取り品の量によっては査定に時間がかかりますので、お預かりして、後日お振り込みすることもできます」


「今日、金額だけでも分かると嬉しいです。……どのくらいになったのか、気になるんで」


 大河がそう言うと、女性は小さく笑った。


 探索者証が返され、買い取り用の区画へ案内される。そこには作業台と、素材を載せるための容器が並んでいた。担当の男性に売る物を尋ねられ、大河は台の広さを見てから《アイテムボックス》へ意識を向けた。


「魔石から出してもいいですか。素材もあるんで、たぶん一回じゃ載らないです」


「では、こちらへ。大きい物は分けていただけると助かります」


 用意された容器へ、魔石を移していく。上層で倒したコボルトのものから、中層のオーガやオークのものまで、大きさも色合いも違っていた。割れたゴーレムの魔石は、ほかと混ざらないよう別に出す。


 一つ目の容器が埋まり、二つ目へ移ったところで、男性の手が止まった。


「これ、全部お一人で回収されたんですか?」


「はい。十日間、拾った分をずっと入れてました。ゴーレムのは壊しちゃってるんですけど、欠片でも買い取れますか」


「状態を確認して査定します。……まだあります?」


「あります。ボスの分も、こっちに」


 掌へ出したオークジェネラルの魔石を見て、男性が姿勢を変えた。大河はそれを空いた容器へ置き、続けて角や牙、宝箱から出た素材を並べていく。途中からもう一人の職員が加わり、作業台の上を整理し始めた。


 毎日回収している時には、これほどの量だとは思わなかった。


 倒した魔物から取り出し、血を拭いて収納する。その繰り返しだった物が、台の上では大きな山になっている。大河は最後の素材を出し終えると、空いた手を見て、少し笑った。


「……結構ありますね」


「結構、ありますね」


 同じ言葉が返ってきた。


 男性も笑っていたが、手元ではもう品物を分けている。大河は残しておくポーションと装備を確かめ、売る物に混ざっていないことを確認した。手甲まで出してしまわなくてよかった、と左手を見る。


「査定の間、待合でお待ちください。お呼びします」


「お願いします。俺、そこで寝てたら起こしてください」


「分かりました」


 今度は、職員二人に笑われた。


            *


 冷たいお茶を半分ほど飲んだところまでは覚えていた。


 名前を呼ばれ、大河は顔を上げた。手に持っていたボトルを落としていないか確かめ、慌てて立ち上がる。窓の外を見ても、それほど時間が経ったようには感じなかったが、スマートフォンの時計は思ったより進んでいた。


「すみません。ちょっと寝てました」


「お疲れでしょうから。査定が終わりましたので、こちらをご確認ください」


 渡された明細には、品名と数量、金額が並んでいた。大河は上から目を通したが、途中で下の合計欄が気になり、先にそちらを見てしまった。


 二百八十四万六千円。


 もう一度、数字を読んだ。


「……二百八十四万?」


「はい。魔石と素材を合わせた買い取り金額です」


 大河は紙を持ち直した。桁を読み間違えたわけではない。指で合計欄を辿っても、数字は変わらなかった。


「これ、全部俺の取り分なんですよね?」


 口にしてから、自分でも妙な確認だと思った。


 男性は笑わずに頷いた。


「お持ちいただいた品物の代金ですので、天草様へお支払いします。パーティで探索された場合は、そこから皆様で分配されますが」


「……そうですよね。今回、俺一人ですもんね」


 大河は明細へ目を戻した。


 十日間、ダンジョンで寝泊まりした。道を間違え、引き返し、何度も地図を見た。魔物を倒しても先へ進めない時間があり、最後には床へ転がって大剣から逃げた。


 その十日間が、今は目の前の金額になっている。


 もちろん、何も使わずに稼いだわけではない。持ち込んだ食料も水も減ったし、ポーションも使った。袖と胸元が裂けた防具も、このまま次へ着ていくわけにはいかない。


 それを差し引いても、大きかった。


「……すごいな」


 今度は、素直に声が出た。


 明細の上へ目を戻すと、中層で回収した魔石が大きな割合を占めていた。ボスの素材も高い。反対に、ゴーレムの魔石は欠片になっている分、値段が下がっている。


「これ、割れてなかったら、もう少し高かったんですか?」


「はい。ただ、無事に持ち帰るのが一番ですので。回収のために危険な倒し方をする必要はありませんよ」


「それは、そうですね。あいつら、胸の魔石を壊すまで動いてたんで」


 大河は崩れたゴーレムを思い出し、頷いた。金額を見たあとだと惜しい気もするが、あの身体を動かしたまま魔石だけ取り出す方が、よほど難しそうだった。


 明細を最後まで確認し、買い取りを頼む。振込先の確認を済ませる頃には、眠気が少し薄れていた。


「装備、買い直せますね。ちゃんと休んでから、見に行こうと思います」


「ぜひ、防具も見てください。その袖では、次の探索へお送りできませんから」


「はい。これ、帰ったら脱ぐのも気をつけないと、もっと破れそうです」


 大河は袖口を軽く持ち上げた。布の下に残っている傷を見て、職員の表情が少し曇る。大河も手を下ろし、明細を折らずにしまった。


 最後の戦闘は、今思い返しても怖かった。


 このお金で買える物があるなら、次に持っていきたい。勝てたから同じ装備でいい、とは思わなかった。


 礼を言って管理所を出ると、大河は自動販売機の前で足を止めた。冷たい飲み物を一本買い、蓋を開けて飲む。さっきまで何百万円という数字を見ていたのに、喉へ流れ込む一口が、今は同じくらい嬉しかった。


「……帰ろ」


 ボトルを片手に、駅へ向かった。


            *


 部屋の扉を開けると、出発した時のままの景色があった。


 机の端に置いた充電器も、少しずらした椅子も動いていない。大河は靴を脱ぎ、扉の鍵を閉めてから、部屋の真ん中で立ち止まった。


「ただいま」


 返事はない。


 それでも口にすると、帰ってきた気がした。


 椅子へ座ってしまえば、そのまま動けなくなりそうだった。大河は先に風呂へ向かい、探索装備を外していく。裂けた袖を抜く時には腕をゆっくり動かし、防具は洗う物とは分けて置いた。


 湯で身体を洗うと、流れた水が濁った。


 ダンジョンでも身体は拭いていた。それでも、髪まで洗い、肩へ湯を浴びる気持ちよさは別だった。浴槽へ身体を沈めると、大河は長く息を吐き、壁へ頭を預けた。


「……これだよな」


 脚を伸ばせる場所で、目を閉じる。


 石畳も、分岐も、魔物の足音もない。明日の寝床を探す必要もなかった。しばらく何も考えずにいたが、眠ってしまいそうになり、顔へ湯をかけて目を開ける。


 風呂から出ると、着替えの柔らかさにもほっとした。


 洗濯機を回し、帰りに買ってきた弁当を机へ置く。温めている間にスマートフォンを手に取り、家族とのやり取りを開いた。帰ったら連絡すると伝えていたことを思い出し、母親へ電話をかける。


 呼び出し音は、二度で切れた。


『大河?』


「うん。今、部屋に帰ってきた。高尾、最後まで行けたよ。十日かかったけど、換金したら二百八十万超えててさ」


『お金より、無事に帰ったかを先に言いなさい』


 大河は、開きかけていた弁当の蓋へ目を落とした。


「……無事に帰った。風呂も入ったし、今から飯食べる」


『そう。ならよかった』


 母親が息を吐く音が聞こえた。


 大河は椅子へ座り、電話を持ち替えた。管理所で金額を見た時から、誰かに話したかった。思った以上に稼げたことも、三十階層まで行けたことも、まず家へ伝えれば喜んでもらえると思っていた。


 帰ってきた、だけでよかったらしい。


「……心配かけた?」


『かけてないと思ってたの?』


「いや、そうじゃないけど。連絡はしてたし、大丈夫かなって」


『連絡が来れば安心するよ。でも、次もちゃんと帰ってくるかは、また心配するでしょう』


 返す言葉がすぐには出なかった。


 高校を卒業したら探索者になる。


 そう話した時も、母親はすぐには頷かなかった。普通の仕事と同じように話す大河へ、怪我をするかもしれないこと、帰ってこられない人もいることを、何度も確かめた。


 分かっている、と答えていた。


 今日、耳元で石畳が砕けた音を思い出すと、あの時よりも、その言葉の意味が分かる気がした。


「……最後、少し怪我した。ポーション使ったから、もう大丈夫なんだけど。しばらく休むつもりだから、すぐ次へは行かないよ」


『痛いところは?』


「少しある。今日はもう寝るし、ちゃんと身体も見るから」


『少し、で済ませないでよ』


「うん。分かってる」


 母親は怪我についていくつか尋ね、そのあと、何を食べるのかまで聞いてきた。大河が弁当の中身を答えると、ようやく声が少し柔らかくなる。


『それで、いくらって言ったの?』


「二百八十四万六千円。魔石とか、素材とか、十日分を全部売った金額」


『……そんなに?』


「俺も同じ反応した。何回も数字、見直したから」


 大河は笑った。


 明細を机へ出し、合計欄を見る。管理所で見た時よりも、この部屋に置いた時の方が大きな金額に感じられた。


「部屋借りる時に出してもらったお金、返せるよ。装備も買い直したいけど、それでも大丈夫そうだから」


『急がなくていいって言ったでしょう。それより、必要な物をちゃんと買いなさい』


「でも、いつまでも出してもらったままなのも嫌なんだよ。高校の時、あんなにバイトして貯めたのに、引っ越しって思ったより金かかったし」


『生活を始めるんだから、かかるよ。だから手伝ったの』


 大河は箸を取り、弁当を一口食べた。


 高校時代のアルバイトで、上京するためのお金を貯めていた。通帳の数字が増えるたびに、卒業後の生活が近づいている気がしたものだ。それでも部屋を決め、必要な物を揃えると、自分で用意した分だけでは心細かった。


 両親が出してくれたお金は、助かった。


 反対していたのに、最後には送り出してくれた。そのことを、今も覚えている。


「じゃあ、装備を揃えて、ちゃんと残して、それから返す。飯でも食べに行こうよ。今度は俺が出すからさ」


『それなら、お父さんにも言っておくね』


「うん。帰ってきたって、そっちにも伝えて」


『自分でも連絡しなさい。待ってるんだから』


 大河は苦笑した。


 探索者を目指した頃には、家を出れば自分のことは自分で決められると思っていた。実際、どこへ潜るかも、どこで引き返すかも、今は自分で決めている。


 帰ったと伝える相手まで、いなくなるわけではなかった。


『今日はもう食べて寝なさい。また落ち着いたら、話を聞かせて』


「うん。……ありがと。ちゃんと帰ってきたから、今日は安心していいよ」


『毎回、そう言えるようにしてね』


 大河は頷いてから、電話では見えないことに気づいた。


「そうする」


 通話を終え、父親にも帰還したことを送る。スマートフォンを机へ置くと、温かいうちに弁当へ箸を伸ばした。


            *


 子供の頃、探索配信を見ながら食事をして、よく注意された。


 画面の中では、自分よりはるかに大きな魔物へ、人が向かっていった。剣が光り、魔法が飛び、誰かが笑いながら仲間を呼ぶ。その姿が格好よくて、大河は配信が終わるまで見たがった。


 いつからか、続きを待つだけでは足りなくなった。


 自分も、そこへ行きたかった。


 初めて剣を握った時も、魔力を全身へ通せた時も、同じことを思った。画面で見ていたことが、自分にもできるようになっていく。それが嬉しくて、次はもっと強くなりたかった。


 今の自分を、あの頃の自分が見たらどう思うだろう。


 大河は空になった弁当を片づけ、机の上へ手甲を出した。汚れを拭き、留め具を確かめる。続いて出したマジックソードは、明かりの下でも黒い刀身のままだった。


 最後の斬撃が届いた感触は、まだ手に残っていた。


「……格好いいとは、思ってくれそうだけど」


 床を転がっているところまで見たら、驚くかもしれない。


 大河は笑い、剣をしまった。嬉しかったことも、怖かったことも、どちらも十日間の中にあった。今日の稼ぎを見て、全部楽しかったことにするつもりはなかった。


 スマートフォンのメモを開き、必要な物を書いていく。


 まず、防具。


 ポーションと食料、水。長く潜ってみて、持っていてよかった物も、もう少し欲しかった物も分かった。寝具の売り場も、今度は前より真剣に見られそうだった。


 最後に、家へ返すお金、と書き足す。


 買い物へ行くのは、休んでからだ。今から店を調べ始めると、欲しい物を見つけて眠れなくなりそうだった。


 洗濯物を干し終え、部屋の明かりを消す。布団へ横になると、背中の下が柔らかい。大河は寝返りを打ち、何もない天井を見上げた。


 隣の部屋から、かすかにテレビの音が聞こえた。


 魔物の足音ではないことを確かめる必要もなく、大河は目を閉じる。


 明日は、起きても剣を握らなくていい。


 そう思っただけで、身体から力が抜けた。机に置いた買い取り明細も、買い物の続きを考えるのも、そのままにして、大河は久しぶりの自分の布団で眠った。



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