高尾ダンジョン
高尾ダンジョンの入口前には、大きな荷物を背負った探索者たちが集まっていた。三人組、四人組、中には六人で装備を確認しているパーティもいる。どのバッグにも食料や寝具が詰め込まれているらしく、これまで渋谷や池袋で見てきた探索者とは明らかに格好が違った。
その中を、大河はほとんど何も背負わずに歩いていた。必要な物は昨日のうちに《アイテムボックス》へ収納してある。周囲と比べると、どう見ても自分だけ日帰りの格好だった。
「……こうして見ると、ほんとに便利だな」
大河は近くで荷物を背負い直している男を見ながら、小さく呟いた。あの重さを背負って歩き、魔物が出れば戦う。長期探索では、戦闘以外でも体力を使うのだと分かった。
入口から少し離れた場所で配信用ドローンを起動し、スマートフォンの画面を確認する。告知していたこともあり、配信を始めるとすぐにコメントが流れ始めた。
【来た】
【待ってた】
【高尾だ】
【初Eランクおめ】
【本当に高尾選んだのか】
「おはようございます。今日はここですね。初めてのEランクです」
大河がドローンへ顔を向けると、背後を大型のバッグを背負った探索者が通り過ぎた。それを見た視聴者から、すぐに指摘が飛んでくる。
【後ろの人と荷物の差すごいな】
【お前だけ近所に買い物行く格好なんだよ】
【ちゃんと準備した?】
【アイテムボックスあるからな】
「ちゃんと買ってきましたよ。食料も水も、ポーションも。あと寝る物と、予備の剣も入ってます」
【予備まで用意したの偉い】
【成長したな】
【前は剣一本で突っ込んでたのに】
「その言い方やめてもらえます?」
大河は苦笑しながら画面をしまい、入口脇の管理所へ向かった。
*
「高尾ダンジョンは初めてですか?」
探索者証を確認した職員に聞かれ、大河は頷いた。
「はい。Eランクも初めてです」
「今回は単独での探索ですね」
「そうです」
職員は端末を確認したあと、カウンターの案内図を大河へ向けた。全三十階層。十五階層を境に、上層と中層に分かれている。
「上層では、五階層ごとにフロアボスが出現します。五、十、十五階層ですね。道は比較的分かりやすいですが、魔物の集団との戦闘には注意してください」
「連携してくるんですよね」
「はい。単独の魔物を倒せるからといって、同じ魔物が複数いても問題ないとは限りません。特にお一人の場合は、囲まれないようにしてください」
大河は池袋で戦ったリザードマンを思い出した。剣を持つ個体の後ろから槍が伸びてくるだけでも、一体を相手にする時とは大きく違った。ここでは、ああした戦いがさらに増えるのだろう。
「それと、十六階層から先は迷路状になっています。上層と同じ感覚で進むと、戻る経路まで分からなくなることがあります」
「安全エリアも、探さないと駄目なんですよね?」
「そうです。中層には各階層に、魔物が寄り付かない区画があります。休息や野営にはそちらを利用してください。ただ、すぐに見つかるとは限りませんので、余力があるうちに探し始めることをお勧めします」
「疲れてからじゃ遅い、ってことか」
「はい。帰還に必要な物資も残してください。攻略を続けるために使い切ってしまわないように」
大河は頷き、案内図へもう一度目を落とした。池袋では、その日のうちに地上へ戻っていた。今度は中で食べて、眠って、また探索を続ける。戦闘だけ上手くいけばいいわけではない。
「分かりました。まずは上で様子を見てきます」
「無理だと感じた場合は、早めに引き返してください」
「はい」
探索者証を受け取り、管理所を出る。ゲートへ向かいながら配信画面を確認すると、視聴者たちも今の説明を聞いていたらしく、コメントが並んでいた。
【今回は本当に長いぞ】
【一人だと休む判断も大事だからな】
【まず初Eの敵見てからだな】
【どうせ強いの出たら喜ぶんだろ】
「別に、何が出ても喜ぶわけじゃないですよ」
【でも強い敵とは戦いたいんだろ?】
「それはそうですけど」
【否定する気なくて草】
【いつものTAIGAだった】
大河は笑いながらスマートフォンをしまった。腰の《マジックソード》へ手を添え、目の前のゲートをくぐる。
*
高尾ダンジョンの一階層は、岩肌に囲まれた洞窟だった。天井は高く、ところどころに淡く光る鉱石が見える。道幅にも余裕があり、入口付近だけを見れば、これまでのダンジョンと極端に違うわけではなかった。
大河は奥へ進みながら、全身へ魔力を巡らせた。一か月の間に何度も繰り返してきた流れは、ほとんど意識しなくても繋がる。身体を包むオーラも、池袋で初めて成功した時より明らかに強くなっていた。
【もうすぐ出せるんだな】
【池袋の頃よりオーラ濃い】
【一か月ずっと練習してた成果か】
「前よりは、だいぶ使いやすくなりましたね」
そう答えていると、前方から硬い足音が聞こえてきた。大河はスマートフォンをしまい、《マジックソード》を抜く。曲がり角の向こうから現れたのは、武器を持った四体の魔物だった。
犬に似た頭に、人間のような身体。革鎧を身につけ、二体は剣と盾を、残る二体は槍を持っている。
「コボルトか」
《鑑定》を使うと、それぞれの情報が浮かび上がった。
【コボルトソルジャー】
【レベル:47】
【コボルトソルジャー】
【レベル:48】
【コボルトソルジャー】
【レベル:48】
【コボルトソルジャー】
【レベル:49】
四体とも、ほぼ自分と同じレベルだった。池袋の最終ボスより高い個体まで混ざっている。大河は表示を確かめ、剣を構え直した。
「……一階から、結構強いな」
【ソルジャー四体か】
【そいつら普通に武器使うぞ】
【盾持ちいるの面倒だな】
【まず囲まれるなよ】
先頭のコボルトが短く吠えた。剣と盾を持つ二体が前へ出て、槍持ちはその後ろにつく。四体は互いの位置を保ちながら、大河との距離を詰めてきた。
大河は左側の盾持ちへ踏み込んだ。刀身へ魔力を流し、半透明の刃を振り下ろす。コボルトが盾で受けたところへ、背後から槍が伸びてきた。
「っ……!」
剣を引いて横へかわすと、もう一体の盾持ちが進路を塞ぐように近づいてくる。大河はその剣を弾き、追撃せずに後方へ下がった。四体は追いかけ回すことなく、再び同じ隊列を組んだ。
「……ちゃんと戻るのか」
池袋のリザードマンも連携していた。しかし、目の前の四体は一度攻撃を外しても、無理に追ってこない。前の二体が進路を塞ぎ、その間から槍を出す。誰かを狙えば、別の個体が必ず邪魔をしてきた。
もう一度踏み込んでみても同じだった。盾を避けて斬ろうとすると槍が届き、槍を弾けば剣が迫る。大河は攻撃をかわしながら、少しずつ後ろへ下がった。
【追われてるな】
【四体で役割分かれてるからな】
【正面から全部相手にするのきついぞ】
「そうですね。なら、正面からやるのはやめるか」
大河は前へ出る動きを見せ、そのまま右へ踏み込んだ。近い方の盾持ちが向きを変え、後ろの槍持ちも位置をずらす。大河はさらにその外側へ回り込み、一体の盾持ちを、残る三体との間に置いた。
槍が届かない位置で、《マジックソード》へ送る魔力量を増やす。半透明の刃が厚みを増し、コボルトの構えた盾へ叩きつけられた。
「ギャッ!」
盾が大きく裂け、コボルトが体勢を崩した。大河は踏み込みを止めず、開いた首元へ剣を振り抜く。一体が倒れ、後ろの槍持ちが慌てて穂先を向けた。
背中に危険を知らせる感覚が走った。大河は横へ目を向け、もう一体の盾持ちが振りかぶっているのを見た。身体を低くして剣をかわし、そのまま距離を取る。
「……よし。一体減った」
【盾ごと斬ったぞ】
【剣の出力上げたな】
【ちゃんと一体ずつにしてる】
残る三体が隊列を組み直そうとする。しかし、前に立てるのはもう一体だけだった。二本の槍が左右から伸びてくるものの、先ほどよりも間に隙間がある。
大河は片方の槍を剣で弾き、そのまま盾持ちへ踏み込んだ。前の一体が攻撃を受け止めようとしたところで、再び外側へ回る。盾を向け直すより早く、魔力刃が脇腹を切り裂いた。
倒れかけたコボルトの向こうから槍が迫る。大河は後ろへ跳んでかわし、二体が並ぶ前に、近い方へ距離を詰めた。穂先を外へ払い、懐へ入って斬り伏せる。
最後の一体は槍を引き、距離を取ろうとした。大河はその動きについていき、突き出された穂先をかわす。引き戻す前に踏み込み、胸元へ《マジックソード》を突き立てた。
コボルトの手から槍が落ちた。大河が剣を抜くと、その身体も地面へ崩れる。周囲にほかの魔物がいないことを確かめ、大河は小さく息を吐いた。
「……なるほどな」
【おつ】
【一階の初戦でこれか】
【やっぱFまでとは違うな】
【どうだった?】
「一体ずつなら、そこまでじゃないと思います。でも、四体であの動きされると結構面倒ですね」
大河は裂けた盾へ目を落とした。正面から押し切ろうとしていたら、もっと時間も魔力も使っていただろう。自分の方が速く動けても、踏み込む場所を間違えれば攻撃を受ける。
それでも、倒せた。相手の動きを見て、戦い方を変えれば通じる。その感覚に、大河の口元が少し緩んだ。
「……次は、もう少し上手くやれそうだな」
【もう次考えてる】
【楽しかったんだろ】
【顔に出てるぞ】
「いや、分かったことがあっただけですって」
大河が言い返していると、身体の奥へ熱が流れ込んできた。これまで何度も経験してきた、レベルが上がる感覚だった。
「……お」
思わず声が漏れる。昨日確認した時は、レベル四十九だった。あと一つだった節目に、届いた。
【今の反応】
【上がった?】
【何かあった?】
「ちょっと待ってください。先に魔石取ります」
大河は周囲を警戒しながら、四体の死体から魔石を回収した。すべて《アイテムボックス》へ収納してから、道の脇へ移る。魔物が近づいてこないことを確かめ、自分へ《鑑定》を使った。
【天草 大河】
【レベル:50】
【体力:80】
【筋力:81(+10)】
【耐久:79】
【敏捷:82(+5)】
【魔力:78(+5)】
【精神:83】
「よし。五十」
【五十!?】
【また普通に言った】
【レベル秘密じゃなかったのかよ】
【節目じゃん】
【新スキル来た?】
「……あ」
数字を確認して満足しかけていた大河は、コメントを見て視線を戻した。ステータスの下へ目を向け、スキルの欄を確かめる。
そこには、今までなかった名前が増えていた。
「来てるな」
【おお】
【何引いた?】
【教えてくれ】
【また秘密か?】
大河はコメントへ答える前に、新しいスキルの説明を読んだ。自分の魔力を、雷属性へ変化させる。その一文を確かめると、自然と口元が上がった。
「……雷?」
【雷?】
【今、雷って言った?】
【属性系引いたのか?】
「《魔力属性変化・雷》……これ、絶対面白いやつじゃん」
声に出すと、ますます試したくなった。大河は表示を読み直しながら、剣を握る自分の手へ目を落とす。さっきまで全身へ巡らせていた魔力を、雷に変えられる。
「早く使ってみたいな、これ」
大河はもう、笑みを隠そうともしていなかった。




