反社会人
おれが志望校に落ちても、親も妹も先生も友達も笑わなかったし悲しまなかったし憤らなかったし悔しがらなかった。
納豆が値上がりしたよ、あっ、納得。
みたいな軽さで、おれはすべり止めの男子校に通うことになった。
腫れ物にもならず、かといって粗末にされることもなく、当たり前のように日常が続いてゆくので、ようやく、だれもおれに期待していないことに気づいた。
だから、おれだけはおれに期待しようと思った。
さっそく大きめのホワイトボードを部屋の壁に取り付け、理想の高校生活を送っているおれを描いてみた。
『おしゃれ』
『だぼの王』
『らぶらぶ』
たとえ場所が変わっても、やりたいことはやりたいことのまま変わらないはずだ。共学の高校でやりたかったことを男子校でやってやる。野に咲くたんぽぽのように、どこでも根を張って強く咲くんだ。野に咲くたんぽぽのように。
野に咲くたんぽぽのように?
花から綿毛になるたんぽぽのように、高校生になったらおしゃれをしたかった。襟足をのばす。髪色も染める。前髪だって眉を超える。デニムの筆箱を使い、携帯電話の背面を覆う透明のカバーに大好物のマッシュポテトを模したステッカーを挟む。
だぼも絶対に欠かせない。いつか大きくなるからのひとり大合唱で大きめの制服を親に注文してもらい、おれのストリート系男子計画は着実に進んでいった。今はからだが薄すぎて痩せすぎのだぼに見えなくもないけど、三年後には立派なだぼになる。
頭の中にしかいない敵が言ってくる。どうせ男しかいないのにおしゃれしたってムダだ。だけど存在しない敵の言葉を聞くほうがムダなんだ。これは女子モテのためのおしゃれではない。だいたいストリート系なんて女子は好きじゃない。
まあ、ピアスはこわいので開けなかった。
Now Loading……毎日つま先立ちをしながら襟足の部分を下方向に引っ張り、入学式に備える。
高校デビューに成功して、友達をたくさん作って、恋人と制服デートするぞ!
恋人?
偏差値が低かった。
アナクロな別学なだけあって校舎も古かった。入学式。戸のがたついている教室で気だるげな出欠確認を終え、一同でぞろぞろと体育館に向かって歩いているだけで、いちどは消そうと試みた薄めのちんこ、ちんちん、おちんこ、消すことすら諦めた濃いめのおちんぽな落書きとすれ違った。あっ、床にも!
まばらな拍手に出迎えられ、ずらりと並んだ木製の長椅子になぜか早い者勝ちで着席、起立、着席。よく知らない高齢者らの式辞や祝辞をつつましく聞き流す。
おれの斜め前には、長椅子の背もたれを小刀で削っている小柄でも大柄でもない男、つまり中柄の男が座っていた。刃物を持った右手はごつごつと角張り、ずり落ちた袖から見える手首はほっそり、頭のかたちがきれいなことが一目でわかる灰色がかった短い髪のおかげで今にも折れそうな首が丸見えで、真剣そうな斜め後ろ顔は頬にもまぶたにも余計な脂肪がついておらず、全体的にシャープな輪郭をしていた。これじゃ中柄じゃなくて鶏ガラだ。
鶏ガラの刃物使いと同じクラスになるなんて。教室でデニムの筆箱を取り出した瞬間、デニムの開きにされて食べられてもおかしくない。
おかしく……ない!
こちらが苦悶しているあいだに、やつの偉大な彫刻が完成したらしい。どうしてか刃物使いはさっきまで使っていた小刀をぺろりと舐めた。案の定、刃物についていた木くずが口に入ったらしく、激しくむせ、退屈な祝辞にビートを刻んでいた。
キリンの首、ゾウの鼻、教室までの移動時間……全員の歩みが牛のように遅かった。いや、教師は足早に教室に向かったので生徒だけ渋滞していた。
一行は二階の体育館から教室棟の三階までだらだらだらだらと互いに縦や横に押し合いながら進んでゆく。奇跡的に無事故で階段を乗り越えたと思ったら、教室を間違えて廊下に戻ろうとする生徒と絶対に次のターンで教室に入りたい生徒で悶着が起き、教室前はさらに混沌としていた。
先に教室に避難していた教師たちが廊下に顔だけ出して「早く入れェ」とこわい顔で怒鳴っても効果なし。それどころか、生徒たちは教師の頭とからだを分離するために教室の扉を閉めようと結託していた。その様子を行列の後ろのほうから眺めながら気づく。
あっ、偏差値の高くない男子高校生の制服がしわくちゃなのってそういう理由?
六かける六は………………三十六! ようやく棟の端っこにある七組の教室まで戻ってきた。おとなしく席に座っているやつは半数。口を閉じているやつは少数。とぼとぼと喧噪をかき分けて自分の席につく。前を見る。今にもたくさんプリントを配りそうな気配の細長い担任がいる。
慰みにクイズを出題。教室の入り口から四列目の一番前はど~こだ。答えは教卓の前でした。こんな席では授業中に朝寝も昼寝も夕寝もお絵かきも手紙交換もメールも電話もゲームもできない。おれは三十六人の中でもっとも不幸なふたりのうちのひとりだ。
憧れの高校生活が初日から挫けてたまるものか。棒のような担任をにらみつけていると、背が低くて色白でまじめそうだけど眼鏡ではない男……「男」というより「男の子」のような男がかばうように立ちふさがった。そいつに席を交換してほしいと小声でも大声でもない中声で頼まれ、秒で承諾。おれは導かれるままに四列目の五行目、つまり教室の真ん中の後ろから二番目の席に根をおろす。
これで早弁ができると期待に胸を膨らませつつ、ちらりと隣の席を見る。刃物使いがいる。色白の男はすでに元おれの席に座っている。
なんてことだ。班決めの座席表にぐねぐねと線を引かれないかぎり、刃物使いといっしょの班になってしまう! その後ろのやつも……とまだむせている刃物使いの後ろに目をやる。
そこには、絶世の美男子がいた。血の通ってそうな健康的な白い肌、ほほえみを浮かべている控えめな唇、清潔感と深さを兼ね備えた目鼻立ち、澄んだ緑っぽいグレーの瞳、つややかな金髪はとにかく額を見せたがる会社員のようにセットされ、おれと同じ制服を着ているようで、サイズがまったく異なるように感じさせるほどの貫禄があった。
まるでファミレスやファストフード店には登場しない人物、夜景が見えるレストランでグラスを回している実業家、柔和ながらも豪腕な弁護士、絶対に外科医、アイドル的な人気のある政治家のたまご……彼のスマートな容姿を称えるイメージが次々と現れたが、急に思いついた画期的な表現がすべてを吹き飛ばした。
常任理事!
常任理事?
そこには、常任理事がいた。彼はどこか上機嫌そうで、前に座っている刃物使いが激しくむせているのもバックグラウンド・ミュージックとして無視している様子。じっと観察しているおれの視線にも気づいていない。きらきらと輝いている目は、生徒によりチョークアートがLIVEで展開されている黒板やプリントの山に目を落として生徒たちが落ち着くまで耐え忍んでいる担任のほうを向いている、ようで、きっと彼は未来を見ていた。
そうだよね、常任理事だって高校生活が楽しみだもんね。
刃物使いはともかく常任理事となら同じ班になってもやっていけると思った。こわい不良といっしょにならなくてよかった。人の倫理観のなさにずっと縮こまらなきゃいけないなんて最悪だ、と上半身をちょっとひねって常任理事のとなり、おれの後ろの席を見ようとした。
「おい」
が、一旦やめておくことにした。
あんなに騒がしかった教室が一瞬で静まりかえった。担任も唇をぎゅっとかんでうつむいていた。刃物使いはまだむせていた。
張り詰めた空気の中、椅子が勢いよく後方に倒れるような激しい音がした。のどかな森に一発の銃声が響いて小鳥さんたちが空に飛んでゆくあの感じ……おれは斜め後ろをちらりと盗み見た。すると常任理事が柄の悪そうなドデカい男に絡まれていた。
「なにヘラヘラしてんだ。てめえは」
このいかにも不良という男にもオーラがあったし、顔もスタイルも悪くないし、赤めの茶髪も長めでイカしてたし、中学には派手な女子と付き合ってゲームセンターで彼女のためにぬいぐるみを取っていそうなルックスだったけれど、常任理事のような洗練された大人らしさとは対照的に、暗く老けたセンパイ感があった。不健康なものを嗜好しすぎて内臓が弱って肌もくすんでいるみたいな将来性のなさ。親の金で悪事をもみけしている大学生、あるいは裏路地からにゅっと出てきそうな、働いてはいるけど社会人とは言えなさそうな存在のようだった。
陽と陰の大人対決――常任理事はその男を見上げて薄い笑みを浮かべたまま答えた。
「きみの席はここじゃありませんよ」
そして常任理事は首の傾きをもとに戻した。もう闘いは終わったんだとばかりに。
さすがは常任理事、解決方法までクールだ!
しかし社会は複雑だった。この世界ではたとえ合理的でなくても怒りたいやつがいて、社会は不合理でも彼らを包含しなければならないんだ。
「てめえ、俺たちをバカにしているんだろ。ボクちゃんはおまえらとは違う存在だから一緒にするな~ってな」
俺を複数形にすることで、反社会人の粗暴さに向けられていたクラスメイトの恐怖が、どこからどう見ても賢くて上品で恵まれていそうな常任理事に対する劣等感、そして敵意に満ちた関心に変わりつつあった。だれもが常任理事の次の言葉を待っていた。だが、彼は言葉を発する前に立ち上がった。
なんと常任理事は反社会人より背が高かった!
「ボクちゃんとは誰ですか。私は存じ上げませんが」
さすがの反社会人も現状にあまりにも無関心そうな常任理事のふるまいに微妙に後ずさった。しかし彼に黙って席に座るという退路はない。だって椅子を床に倒したままだから。
後ずされないなら前に進むしかない! 反社会人は常任理事にぐいと詰め寄った。
「どこ中だ。名前は」
「あなたが黙って座って待っていれば、自己紹介の時間が始まるかもしれませんよ」
「ここにお坊ちゃんの居場所はねえんだよ」
「何もないところから殴る理由を見いだして何になるんですか」
「ほう、殴られる覚悟があるってわけか」
「当たり前でしょう――」常任理事の表情は優雅でおだやかなほほえみから一ピクセルも動かなかった。
「殴るつもりなら殴られる覚悟がないと」
あんなにピリピリしていた反社会人にだって余裕はあったはずだ。でも今はもうない。
「表へ出ろ」
「どうして建物には表と裏があるんでしょう。どちらも表なら表に出やすいのに」
なぜか先に常任理事が教室から出た。反社会人は「待て」と慌てて追いかけ、ほかのクラスメイトも気だるげに立ち上がったので、おれは困惑しっぱなしの教師と教室に残るつもりらしい生徒を置き去りにし、彼らについていった。
かの有名な校舎裏にやってきた。とっても日陰。すでに常任理事と反社会人は向かい合っており、それ以外は校舎の壁沿いにたむろしていた。乾いた側溝がバトルフィールドと観客席を隔てているようで、その観客席に近づいてみると、むせ終わった刃物使いが賭博を主催し、みんなからお金を集めていた。
反社会人側に賭けたところ、かわりに赤い紙縒りみたいなものをもらった。ほかのやつらもだいたい赤。白の紙縒りを持っているのはふたりぐらいだ。
観客席から改めて見ると、常任理事には勝ち目がないように思われた。背はやはり常任理事のほうが高かった……しかし腕や胸、脚などは反社会人のほうがみちっと太く重く見えた。からだの厚みが違うんだ。常任理事もおれたちよりは強そうではあるけれど、喧嘩のために鍛えていそうな反社会人相手では分が悪い。
だが、常任理事は平然とした態度で強敵と対峙した。
「話をしましょうか」
「ふん、今さら怖じ気づいたのか」
「あなたにとって対話は怖じ気づくことなんですか」
ブンという音が聞こえるぐらいの勢いで反社会人は拳を振りかざした! が、常任理事は理事を常に任せられられる人間にはこれしきの暴力はいともたやすく避けられる――と言わんばかりに身をよじるだけで攻撃を回避した。
「避けやがって」
「避けられたくなかったら人ではなくサンドバッグを殴ればよいのでは」
「その喋り方、やめろ。早急に」
「熟年の喋り方なのでやめられません。早急に」
チッ。短い舌打ちとともに反社会人は会話を打ち切ってふたたび猛攻を加えた! 常任理事の白くてきれいな右頬、左頬、額、顎を狙うようにあらゆる角度からパンチを繰りだす。が、どれも舞うようにひらりとかわされてしまった。目で追える程度の熱いバトルに観客たちが声を張り上げる。
「いけえええええええ!」
「当たってねえええぞ!」
「目ん玉ついてんのか!」
しかし反社会人は意外と体力がなかった。常任理事が涼しい顔をしている一方、反社会人は遠目からわかるほどに疲労し、息も絶え絶えになっていた。これには観客のおれたちもご立腹で感嘆符のないヤジを飛ばす。
「ヤニ吸ってるやつはダメだな」
「体力もない、知力もない、モラルもない」
「何のために生まれてきたんだか」
鋭い眼光で無辜の野次馬をにらみつけた反社会人は「吸ってねえよ」と訂正したのち、目の前にいる常任理事を見る。
常任理事は敵がよそ見をした隙に音もなく移動し、反社会人の目の前どころか真ん前にいた。
「はあ、はあ……なんで反撃しねえんだよ」
「私はあなたと話したいからです」
「けっ」
「正確にはお尋ねしたいことがあるからです」
柔和な態度を崩さない常任理事の質問とやらに惹かれておれたちは自然と黙った。反社会人すら彼の問いが気になるようで「なに」と促す。
みんなの期待に応えるように、常任理事はわずかにうなずき、口を開いた。
「どうして男子校に進学したんですか?」
学校から徒歩三十分の最寄り駅の改札にてだれかが残高不足で止められたときの音が聞こえた。
「煽りか?」
「純粋な質問です」
「純粋と言えば許されると思うなよ」
許しは求めていません、と常任理事はやさしそうな顔を少しだけキリっとさせ、続ける。
「男子校に進学した理由、それは男とセックスしたいからですよね?」
「純粋な煽りだろ」
「純粋な質問です」
思いもよらない常任理事の衝撃発言に、観客席でも動揺が広がる。こそこそと「したいの?」「したくねえよ」「じつは」「したいの?」「したくない」と話しているあいだに常任理事は反社会人に顔を近づけていた。
「だってそうでしょう。有名大学への進学を目指し、勉強に集中できそうな男子校に通うならわかります。しかしこの高校は偏差値が低いですし、クラスメイトが喧嘩を始めても誰も制止しないような環境では、勉強に専念するのも難しいですよね」
た、確かに。
「また、多くのフィクションにあるような異性のいる学校生活を体験したいのであれば、偏差値の近い共学に進学すればよかったはずです」
ち、ちが。おれは心の中で言い訳する。た、確かにここよりちょっと下の偏差値の共学はあったけど、おれの本命はちょっと上の偏差値の共学で、まさか本命に落ちると思わなかったんだもん。
どんなに心で言い訳しても常任理事には聞こえない。彼は目を大きく見開きながら、さらにまくし立てた。
「どうして有名大学に進学しないのに男子校に進学したんですか。どうして勉強しないのに男子校に進学したんですか。どうして青春を謳歌したいのに男子校に進学したんですか。答えは簡単です。男と青春を謳歌したいから男子校に進学したんです」
「あああああん、なんだそのデタラメな偏見は。じゃあてめえもそうなのかよ」
「はい」
「ほあ」
ずっと上品なほほえみを浮かべていた常任理事が、今日、いちばん良い笑顔で言った。
「男に囲まれて男と付き合って男といちゃいちゃしたいから男子校に進学しました」
おれも反社会人もみんなもテノールもバスも声をそろえて言った。
「ほあ~」
常任理事は観客をちらりと見て「すばらしい響きですね」とつぶやき、ふたたび前に向き直った。
「せっかく男子とちゅっちゅっするために男子校に進学したんです。争うのはやめ、私と交際するのはどうでしょうか。あなたの顔はタイプではありませんが、私は大きな男が好きですから、あなたと仮交際してあげてもいいですよ」
観客は惚けていたが、当事者である反社会人は黙っちゃいなかった。これまでのパンチとは見違える速さで、やつは常任理事に殴りかかった!
「この高校がいちばん家に近かったんだよおおおおおおおおおおおお」
振りかざされた右手を避けて腕をつかんだ常任理事は、固めた左手の側面を相手の無防備な顔面にずちっと打ち下ろし、敵が痛みと衝撃にひるんで鼻がついているかどうかを気にしている数秒に、両脚を両腕で抱えるようにつかみ、どういう作用か反社会人の背中を地面にごちっと叩きつけてしまった。
終わった。
最後らへん、動きが速すぎてよくわからなかったけど、おれが応援していた反社会人が負けた。
賭けに負けた。
だが、まだ終わっていなかった。常任理事は茫然としている反社会人に馬乗りになり、呻き声すらあげなくなるまで顔面を殴ったあと、やつのからだをごろんごろんと転がし、背中の上に乗ってぴょんぴょんとジャンプしはじめた。
さすがの観客もドン引きで「だれが止めるんだ」「でもよく考えてみたら自業自得じゃないか」「じゃ死ぬまで放置でいいか」とひそひそ話をしていた。
一方、おれはひとりで常任理事のもとに向かっていた。
彼は近づくおれに気づかずに反社会人の頭を踏みつけている最中だった。
「あ、あの」
こちらを振り向く前、常任理事は教室で行儀よく座っていたときと同じようにほほえんでいた。が、おれを見た瞬間に怪訝そうな顔に変わった。
「きみ、制服のサイズを間違えていませんか」
彼は眉をひそめていてもきれいで、大人っぽくて、かっこよかった。
だから、たぶん、大丈夫な気がした。
「おれと付き合ってください」
告白とともに差し出されたおれの手に、常任理事は「制服の袖から指がちょこんと出ている」と驚愕の表情を浮かべた。
「ここに来たのは、本命の学校に落ちた、から、なんだけど、おれ、諦めたくなくて。どこにいたって楽しくいたくって。恋人が女の子じゃなくても、男でも、常任理事でも絶対に楽しくするから、おれと付き合ってください」
常任理事は黙って反社会人の頭から降り、改めておれに向き合った。じっと、さっきからずっと笑っていない、端正な顔がおれを観察する。
「そうですね。顔は悪くない……悪くないですね。背丈は私の好みより低いですが」
中学のときは背の順で後ろのほうだったのに!
彼は「ううむ」と長考したあと、おれが差し出していた手を袖ごとぎゅっと握った。
「わかりました。もう少し背が伸びることを期待して、仮交際しましょう」
人生初の告白がふんわりと承諾されて感動が半減しつつも「仮交際ってなんですか」とおそるおそる聞いてみたら「私の父の許しを得ないと本交際できないシステムになっています」と澄まし顔で返ってきた。
システム!
そのとき、チャイムが鳴った。何の時間が終わったのかすらわからないけど、たちまち校舎が騒がしくなる。観客といえば端のほうで輪になって集まっていた。中心にはあの刃物使いがいて、さっきの賭けに勝ったふたりの手のひらに、小さくて四角いものを転がすように落とす。
「今日の景品は六しか出ないサイコロじゃ」
「ああっ、金じゃねえのかよ」
「もっといいもん出せっ」
まったくこの男子校は偏差値が低いんだから……そのサイコロがあれば双六で無双できるのに。いいなあと思って横から「いらないならちょうだい」と叫ぶと、ふたりは「やんねえわ」「悔しかったら勝ちやがれ」と六しか出ないサイコロをだいじそうに握りしめ、刃物使いがこちらにむかってサムズアップをした。
ふたたび前を向くと、常任理事の表情がやわらいでいた。おれをやさしげな目で見つめている。
「きみの名前はなんですか」
「おれは鳩間もとい」
「私は瀬名川ルイです」
手を握りなおし、ふたりでいっしょに、いや、観客とともに教室へ戻る。動かなくなった反社会人を置いて。
こうして常任理事こと瀬名川ルイとのいちゃラブ男子校生活の火蓋が切られたのだった……。
火蓋?




