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私の腐れ幼馴染は復讐されかけている。  作者: 田舎のゴミ箱
腐れ幼馴染の復讐者達。
7/7

宇城 鈴

被害者4人目。



 学校からの帰り道。

 リンは、ヤシと別れた後、すぐ隣の自分の家へと帰っていた。


 

「ただいま」


 

 鍵を開けて入った自分の家は、真っ暗だった。

 

 当然、自分の挨拶に対しての返事など無い。

 リンは、そのまま玄関の電気をつけ、靴を脱いで靴箱にしまう。

 いつも一杯な靴箱には、4人分の空きが出ていた。


 リビングに入ると、テーブルの上にメモと紙幣が置かれていた。

 『外食に行ってくる』とだけ書かれたそのメモと金を取ったリンは、慣れた手つきでメモだけをゴミ箱に放り込む。

 金をポケットに捻じ込みながら、リンは男子制服を脱いで、脱衣所へ向かった。

 

 子供1人だけを家に置いて、どこかへ行く家族たち。

 いつもの事なので、リンは気にしない。

 昔からそうだったから。

 




 

 

 両親と、弟と、祖母と、自分——宇城鈴は、家族だった。

 ただし、自分を除いた、4人家族であった。



 

 その理由は、単純明快なもので。

 自分が。

 ——身体は女なのに、男としての心を持って、生まれてきてしまったからだった。


 


 

 厳格な祖母と、そんな人に育てられた母。

 その2人に言いなりの父と弟にとって——自分という存在は、耐え難い異物であった。

 男として生きる事が正しいと思っていた自分と、女らしく生きる事が当然だと思っていた家族が、上手く行く訳もなかった。


 

 何故わかってくれないのかと怒り、泣き、打ちひしがれる自分を。

 家族全員が注意し、怒り、責め立て——そして、しばらくして、自分を”無いもの”として扱い始めた。


 

 自分は、この家の人間ではない。

 

 たったそれだけの事を受け入れるのに、幼稚な自分は10年もかかってしまった。

 子供が親に対して、当然に求める愛。

 それを諦めてしまえば——生活費が支給される上、雨風もしのいで寝泊りできる空間も、そこまで苦痛では無くなった。





 

 着替えて、2階にある自室へと入る。

 その部屋の中、ベッドとテーブル、その他最低限の家具しかない殺風景な部屋を見ても、自分の心は何も感じない。

 

 ——空っぽの心。

 愛を欲しがるくせに、傷つくのは嫌だと、身勝手に泣き叫ぶ心。

 間違った身体に入ってしまった——どうしようもない心。


 

「(だからなんだ。俺は俺だ。)」


 

 かけられる言葉に、リンはいつだってそう返していた。

 

 しかし——自分でも嫌になる程。

 繊細な心は、いつだってそんな言葉や態度に傷ついて、ズタズタになっていく。


 

 女の癖に、男みたいな事をして気持ち悪い、と言われた。

 

 どうして言う事が聞けないのか、と言われた。

 

 お前のためを思って言ってやっているのに、と言われた。

 

 

 

「(なんで、俺に、そんな事を言うんだ)」

 

 

 過去に言われた、耳の奥にこびりついて離れない、心無い言葉。

 

 誰もいない部屋にいるだけで、その言葉達が、脳裏で激しく鳴り響く。

 冷や汗が吹き出してくる。

 鼓動が早くなり、血の気が引く。

 吐き気が込み上げる。


 

「(——ヤバい。 久々に、きた)」


 

 今日、昔の事ばかり思い出してしまったからか。

 最近は殆ど無かったいつもの発作に、リンは苦しむ。

 

 思わずふらついたリンは——テーブルの上に置かれていた、古びたキーホルダーを握り締めた。

 

 それは昔の、よくある戦隊ヒーローものの、バッヂキーホルダーだった。


 

 

 

『なんだよ、お前、コレほしいのか?』


 

 好きだったのに、”女の子らしくない”という理由で買って貰えなかったキーホルダー。

 

 それを、ぎゅっと握り締めると。

 

 かつての、あの男の子の声が。


 ——そんな言葉たちを、瞬く間に塗り潰した。

 


 

 

『よーし、おれに”けっとう”で勝てたら、こいつをお前にやろう! ただし、負けたらお前、おれのゲボクな!』


 居場所のない家の中に居たくなくて、けれど行く場所もなくて、公園で1人でブランコを漕いでいたあの時。


『まずは、このおれさまの公園を、はしっこからはしっこまで”きょうそう”な——西のチーターと呼ばれたおれに勝てるかなぁ!?』


 突然、馴れ馴れしく話しかけてきた、日焼けした顔と、擦り傷だらけのあの男の子。


『まっていまのなし! ”むこー”です、”むこーじあい”です! ほんとのけっちゃくは、ジャングルジムきょうそうでつけるって、——おいまだだよズルすんなよ!』


 事あるごとに騒いで、こっちの都合などお構いなしに手を引いて連れ回す、あの後ろ姿。


『あのう、もういっかい、もういっかいだけ、”さいしゅうしょうぶ”しません?』


 何が面白いのか、ちょっとしたことで笑ったり驚いたりして、ころころ変わる表情。


『つぎが! つぎがほんとのほんとにさいごだから! これいじょうふかくあたま下げられないって、オニかお前!?』


 自分にないものを、全部持っているくせに、それを惜しみなくこちらに渡してくる厚かましさ。


『よし、わかった……このオタカラをやるかわりに、お前をおれの”ぶか”にしてや——やめろどこからもってきたその犬のうんこついた棒!? やめてかおは、かおだけはゆるしてぇっ!』


 10年経った今でも、昨日の事の様に思い出せる、初めての——独りぼっちじゃない時間。

 

 

 男の格好をした女と、全力で競おうとしてくる男の子。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐそいつにつられて、集まってくる他の子供たち。

 あのガキ大将をやっちまえと、自分を応援してくる子供と、その光景に呆れつつも優しく見守る親たち。

 

 以前は、何度見ても、ちっとも前に進まなかったのに。

 あの日は、あっという間に帰らなければいけない時間を指した、公園の時計の針。

 帰りたくなくて、俯く——そんな自分の手を引いてきた、男の子の手。


 

『ほら、やるよ——おまえ、おんなのくせに、”こんじょう”あるじゃん』

 


 手が離された後の、自分の手のひら。

 そこにあった、夕日に光り輝く——あの、バッヂキーホルダー。


 

『きにいったぜ! 今日からお前、おれの”あいぼう”な!』


 

 その時、思わず見上げた自分の目に飛び込んできた——あの吸い込まれそうな、至近距離の瞳。


 

『いえ、どこだ? おやは? ほらはやくおしえろって、いっしょにかえるぞ』

 

『なんでって?』

 

『1人でいるとさびしいだろ。おれもお前も。 おなじじゃん。』






 

 

 昔からそうだった。

 

 起こしたトラブルは数知れず。

 

 自分のやりたい事第一の、バカでゴミみたいな性格で、人の都合なんか知ったこっちゃないと公言して憚らない、腐った性格の男。

 

 振り回されてきた親御さんも、妹も弟も、商店街の皆も、金田のじいちゃんもばあちゃんも。

 

 皆を事あるごとに怒らせては多方面から折檻されて——何故か、嫌われない男。


 

 『それがどうした。 お前はお前だろ?』と。

 

 

 どうやっても、認める事が出来なかった、自分という存在を。

 宇城鈴という、存在を肯定してくれた男。

 

 そして。

 自分にとっての——。








 

「……ふ、う」


 

 吐き気が徐々に収まり、呼吸が落ち着いていく。

 息を吐いたリンは、握り締めていた手のひらを解いた。

 

 受け取ったあの日から、随分とくすみ、色褪せたそのキーホルダー。

 

 リンは、それにゆっくりと指を這わせた。


 

「いつも、ほんとうに——ありがとうな、ヤシ。」


 

 そんな言葉が自然に、口から突いて出る。

 

 本人相手には、絶対に言えない言葉だった。



 


 

 ふと、窓際から聞こえたガラスを叩く音に、リンは振り向いた。

 隣の家にいるヤシが、夜話したい、という時の合図。

 それを受け取ったリンは、キーホルダーを置いて、窓際に向かう。


 

 どうせまた、懲りもせず相談に来たのだろう。

 本当に復讐されると思っているあのバカは、きっと、あの女達から向けられる想いに気付きもしていない。

 

 自分には分かる。

 

 だって、自分もあいつに、同じような目に遭わされたから。



 

 入学式で。屋上で。校庭で見かけた、彼女達の目。

 

 情緒も、男性観も、自分という存在すら一度壊された、あの目。

 

 あいつを見る時だけ浮かび上がる——想いに焦がれた、女の目。

 

 見るだけで、自分には分かった。

 

 きっと、明日には、全員が、仕掛けてくる。

 リンには、その確信があった。




 

「——骨くらいは、拾ってやるよ」

 

 リンは呟いた。

 そして、不敵な笑みを浮かべる。



 

 ——ああ、拾ってやるとも。

 

 骨だけで足りるものか。


 

 あの祭りの夜。歩けない自分を背負ってくれた時に感じた、暖かくて広い背中。

 あの公園の夜。ずっと自分に寄り添ってくれた時に感じた、少し骨ばった手。

 あの冬の夜。すっかり冷えた自分の体を温めてくれた時に感じた、ごつごつとした身体。

 

 

 出会ったその日。一緒にシャワーを浴びた時に、初めて感じた——異性への、強烈な欲望。

 

 

 

 あの日の公園で。

 女であることを呪っていた、女であることを否定していた——宇城鈴という存在が壊された瞬間から。

 ずっと。

 ずうっと、欲しくてたまらなかった。

 

 あの、八代団十郎という男の、全てを、手に入れてやる。



 

 ——そのためにも、今は我慢だ。

 リンは自身に、そう言い聞かせる。


 

 あいつの、初恋の人。

 

 あいつが、不器用なりに、一生懸命捧げた幼い想いを踏みにじった挙句消えた、あの女。


 ヤシが、『自分に逆らわない、従順な彼女』以外を信じられなくなった、原因になった女。

 

 あの女の時も我慢した。

 そして、あの3人の時も、今日も、我慢したのだ。

 

 我慢して、男友達として、ヤシに付き合って。

 10年かけて、今自分は——ヤシに一番近い”女”になったのだ。


 

 絶対に、逃がさない。

 そして、誰にも渡さない。

 例え、誰が相手でも。






 


 煮えたぎる想いと、どろどろと粘りつく劣情を、いつものようにやる気なさげな態度でコーティングして。

 

 あいつに見てもらいたくて、わざと、自分の体のラインが出るようなシャツとハーフパンツを身に着けて。

 

 今(・)日(・)も(・)しっかり準備をして。

 

 リンは、カーテンを開けて、窓越しに見えるいつものとぼけた面に話しかけた。


「今度はどうした、我が相棒?」



 

実は一番ヤバかった人。

続編予定ないです。

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