「守られる理由」
第7話です。
読んでくださっている方がいるのは、とても嬉しいですね。
本当にありがとうございます。
フィラも、自分を認めてくれる人がいるからこそ、頑張ろうとしています。
私も負けずに、これからも頑張って続きを書いていきたいと思います。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです。
その日も。
フィラはツェリと一緒に、ローグの工房へ向かっていた。
「……今日は、どんなことをするんでしょう……」
少し楽しみそうに呟く。
だが――
ふと、足が止まった。
(……あれ……)
視線を感じる。
それも――
温かいものではない。
◆
廊下の向こう。
すれ違う魔族たちが、フィラを見ている。
その目は、明らかに冷たかった。
「……」
思わず、ツェリの服の裾をぎゅっと掴む。
その時だった。
「……なぜ人間がこの城に」
ひそひそとした声。
「閣下は何をお考えなのだ」
「……あんなもの、森に捨てればいい」
◆
「……っ」
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
足が、止まる。
◆
「フィラ様」
ツェリがそっと声をかける。
「……だいじょうぶ、ですか……?」
「……ツェリ……」
震える声で、見上げる。
「……なんで……?」
◆
その時。
「……おや」
穏やかな声が割って入る。
振り向くと、そこにはラースが立っていた。
「少々、耳に入ってしまいましたな」
ゆっくりと歩み寄る。
「……聞いてしまったのですね」
「……はい……」
小さく頷く。
◆
ラースは一度目を細め、それから静かに口を開いた。
「ここは、魔族の城です」
「……」
「そして我らは、人間と長く争ってきました」
その言葉は、穏やかで。
けれど、重かった。
「国境では、今もなお小競り合いが続いております」
◆
「……だから……」
フィラの声が震える。
「……きらわれてる……?」
◆
ラースは、否定しなかった。
「……無理もないことでしょう」
その代わりに、そう言った。
◆
「……っ」
胸が痛む。
視線が落ちる。
◆
「ですが」
優しく、声が続く。
「それが全てではありません」
「フィラ様は、フィラ様でございます」
ツェリがそっと手を握る。
「私たちは、ちゃんと見ています」
◆
「……」
涙が、にじむ。
◆
「ローグ様も、同じことを仰るでしょう」
ラースが穏やかに微笑む。
「行きましょう」
◆
工房へ入ると。
「……遅かったのう」
いつもの調子でローグが言う。
◆
「……ローグさま……」
小さく呼ぶ。
その顔を見て、ローグは眉をひそめた。
「……どうした」
◆
「……わたし……」
言葉が詰まる。
それでも、なんとか絞り出す。
「……にんげん……だから……」
◆
一瞬の沈黙。
そして――
「だから何じゃ」
あっさりと返される。
◆
「……え……」
顔を上げる。
◆
「魔族だろうが人間だろうが」
ローグは淡々と言う。
「地上に生きる者に違いはない」
「……」
「血が違うだの、種が違うだの」
鼻を鳴らす。
「そんなもので薬は効き方を変えん」
「……っ」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「それより」
ローグが顎で示す。
「今日は治療の手伝いじゃ」
◆
案内された先には――
怪我を負った魔族たちがいた。
◆
「これを持て」
「……はい……!」
震える手で、薬を運ぶ。
◆
「……いらん」
低い声。
「人間の世話など受けるか」
◆
「……っ」
手が止まる。
◆
別の者も、顔を背ける。
「……近づくな」
◆
胸が、締め付けられる。
それでも。
(……やる……)
歯を食いしばる。
◆
震える手で、薬を差し出す。
何度断られても。
何度顔を背けられても。
◆
(……みとめて……もらいたい……)
涙が滲む。
それでも、こらえる。
◆
その時だった。
「……何をしている」
低く、よく通る声。
◆
振り返る。
そこにいたのは――
オズワルドだった。
◆
一瞬で空気が変わる。
ざわめきが止まる。
◆
「……閣下」
誰かが頭を下げる。
◆
オズワルドは、ゆっくりと歩み寄る。
そのまま――
フィラの前で止まった。
◆
「……薬か」
「……は、はい……」
震える声で答える。
◆
差し出した手。
少し、揺れている。
◆
オズワルドは何も言わず――
その薬を受け取った。
そして、そのまま飲み干す。
◆
「……っ」
周囲が息を呑む。
◆
「……効くな」
短く、そう言った。
◆
フィラを見る。
その視線は、いつもよりわずかに柔らかい。
◆
「……ありがとう」
◆
その一言に。
胸が、強く震えた。
◆
そっと、頭に手が置かれる。
大きくて、温かい手。
◆
「……良い薬だ」
◆
涙が、こぼれた。
◆
さっきまでの言葉。
冷たい視線。
全部が――
少しだけ、遠くなる。
◆
(……がんばる……)
ぎゅっと手を握る。
◆
(……もっと……)
◆
その小さな決意を。
オズワルドは、静かに見つめていた。オズワルドのその一言を境に。
治療院の空気が、わずかに変わった。
◆
先ほどまで露骨に拒んでいた魔族たちも――
渋々ではあるが。
フィラの差し出す薬を受け取り。
あるいは、傷に塗ることを許すようになった。
◆
「……ありがとう……ございます……」
小さく頭を下げる。
ぎこちないながらも、少しずつ。
できることが増えていく。
◆
(……できた……)
胸の奥に、じんわりと灯るもの。
◆
その様子を。
ローグは何も言わずに見ていた。
◆
それからというもの――
フィラが治療院へ行く日には。
必ず、オズワルドが顔を出すようになった。
◆
「……大公様……」
その姿を見つけると。
フィラの顔が、ぱっと明るくなる。
◆
オズワルドは何も言わない。
ただ、無言で腕を差し出す。
◆
よく見れば――
小さな擦り傷。
「……治療、してもいいですか……?」
「……ああ」
短い返事。
◆
丁寧に薬を塗る。
そっと、包帯を巻く。
◆
「……できました……」
顔を上げると。
ほんの一瞬だけ、視線が合う。
◆
「……そうか」
それだけ言って、手を引く。
◆
ぶっきらぼうな態度。
けれど――
(……うれしい……)
フィラの胸は、温かく満たされていた。
◆
そんなある日だった。
◆
重い足音が、治療院に響く。
振り返ると――
大柄な魔族の男が立っていた。
◆
明らかに、ただ者ではない。
纏う空気が違う。
◆
その男は。
ゆっくりと視線を巡らせ――
フィラで止まった。
◆
「……人間がいるとはな」
低い声。
◆
次の瞬間。
「人間如きが、度を越した真似をするな!」
怒号が響く。
◆
「……っ」
身体がびくりと震える。
◆
「大人しく部屋に閉じこもっていろ!」
鋭い視線が突き刺さる。
◆
「やめんか、ライオ」
ローグが低く制する。
「ここは治療院じゃ。患者の前で騒ぐな」
◆
だが。
「ローグ殿!」
一蹴される。
「なぜこのようなものをここに置くのです!」
◆
その時だった。
「……騒がしいな」
静かな声が、割って入る。
◆
振り返る。
そこにいたのは――
オズワルドだった。
◆
一瞬で空気が凍りつく。
◆
「……閣下」
男――ライオが、歯噛みするように頭を下げる。
◆
「閣下!この娘はもう傷も癒えているのでしょう!?」
声を荒げる。
「それならば人間の国に追い返せばよろしい!」
◆
フィラの身体が、強張る。
◆
「人間など、この城に相応しくない!」
◆
静寂。
◆
オズワルドは、ゆっくりとライオを見た。
その紅い瞳に、感情は見えない。
◆
「……ライオ」
低く、淡々とした声。
◆
「たとえ人間でも」
一歩、踏み出す。
◆
「こんな幼子に、そのような無体を働いて」
◆
わずかに、目を細める。
◆
「……魔族の誇りが立つと思うか?」
◆
空気が、張り詰める。
◆
ライオが、言葉を失う。
◆
「……っ」
拳を握る。
だが、何も言い返せない。
◆
やがて――
「……失礼いたしました」
低く絞り出し、頭を下げる。
◆
そのまま、踵を返し。
治療院を後にした。
◆
静寂が戻る。
◆
フィラは、動けなかった。
◆
(……守って……くれた……)
胸の奥が、熱くなる。
◆
「……大公様……」
小さく呼ぶ。
◆
オズワルドは、視線を落とす。
フィラを見る。
◆
「……気にするな」
短く、それだけ言う。
◆
そして。
いつものように、腕を差し出した。
◆
「……え……」
◆
「……傷だ」
ぶっきらぼうに言う。
◆
見れば――
また、小さな傷。
◆
「……はい……!」
思わず、笑顔になる。
◆
震えは、もうなかった。
◆
そっと、その手に触れる。
◆
(……がんばるって決めたんだもん……)
胸の奥で、静かに誓う。
◆
オズワルドは何も言わない。
だが――
その視線は、確かに。
フィラを見守っていた。
第7話をお読みいただきありがとうございます。
少しずつですが、フィラの周りの環境や人との関係が変わり始めています。
それでもまだ厳しい現実はありますが、その中で前を向こうとする姿を大切に描いていきたいと思っています。
オズワルドの不器用な優しさや、行動で示す想いも少しでも伝わっていたら嬉しいです。
これからもフィラと私の成長を見守っていただけると幸いです。




