第3話:リフローダヤマネコ、森へゆく
翌日、学園は騒然としていた。
昨日の宴の“婚約破棄”騒動、そして諜報員が王子の傍にいたという前代未聞の事件。関係者は全て学園から隔離され、王宮にて尋問中とのこと。
だが、当事者であるアステリア・フォースターはというと――
「はあぁ……」
森で寝転がっていた。
王立学園には、広大な実習用の森が併設されている。魔法訓練、素材採取、召喚術の実践などに使われる自然エリアだが、アステリアにとっては――
「はぁぁ~ん、自然最高……」
単なるサボりスポット、である。
「アステリア様、騎士団から伝達です。『一応、殿下との距離はしばらく取ってください』とのこと」
タカシが真面目な顔で伝えると、アステリアはチラと彼を見て、
「……じゃあ、そのぶん、タカシが近くにいてよ」
などと軽口を叩く。
ふと、アステリアの目が木の枝の先に止まった。
「……あら」
細い枝の先、キラキラと碧色に光る何かが留まっていた。
翅は繊細で、体は透明に近い。だが瞳だけが、まるで宝石のような“深い緑”。
「……本物ね」
アステリアはそっと手を差し出す。
トンボは、まるでそれを待っていたかのように、ふわりと彼女の指先に留まった。
「タカシ、これ……『ドラゴンフライG』よ。発光個体、しかも魔力反応が強い。近い将来、竜化の可能性があるわ」
「保護対象か?」
「ええ、すぐに保護して、隔離区画に移さなきゃ」
そう言って、アステリアが魔法具を取り出そうとしたその時だった。
――パシッ!
何かが飛んできて、トンボが吹き飛ばされた。
「ッ!?」
アステリアの顔色が変わる。
翅の一部がちぎれ、草の上に横たわる碧色の小さな命。
怒りを抑えながら、アステリアが振り返る。
「……誰?」
そこにいたのは、黒いローブをまとった少年だった。まだ十二〜十三歳ほどか。
「悪いね、お嬢さん。そいつ、俺が追ってたんだ。持ち帰っちゃ困る」
口調は軽いが、手には短剣が握られている。
そしてなにより、その背中の紋章。
「……カリドア皇国」
タカシが小さく呟く。
カリドアは、リフローダの北東にある魔法技術先進国であり、魔法種の密猟で何度も国際問題を起こしてきた国だ。
「アステリア様、下がって。こいつ、正規の留学生じゃない」
「分かってる。……まさか、学園に二人も紛れ込んでいたなんて」
少年は、短剣を下ろしながら、口の端を吊り上げた。
「へぇ……君が、フォースター侯爵令嬢か。見た目は、たしかにヤマネコって感じだけど、眼がいいね。……ま、今回はこれで引くよ」
風のように身を翻し、森の奥へと駆け去る少年。
だがアステリアは、すぐには動かなかった。
「タカシ、あのトンボ……助かる?」
タカシが膝をついて確認する。
トンボの翅は折れていたが、微かに呼吸のような魔力の脈動を感じる。
「……運が良いな。魔力回復水と、封魔結晶を使えば安定する。だが、数日は生命維持装置が必要だ」
「じゃあ、急ぎましょ。学院の管理温室へ。これはもう、完全に“国家級案件”よ」
アステリアの碧い瞳が鋭く光る。
すでに彼女の中では、“事件”ではなく侵略として、処理が始まっていた。
補足資料:カリドア皇国と密猟問題
■【カリドア皇国】
・リフローダ北東に位置する科学・魔術複合国家。
・特に「生体魔術」の研究に強く、禁忌領域の研究も多い。
・そのため、他国の魔法種を密かに捕獲・研究し、外交問題を頻発させている。
・表向きは国際条約を守るふりをしているが、諜報部隊による“魔法種密猟”は暗黙の了解とされる。
■【密猟された魔法種の危険性】
・特定の魔法種(例:ドラゴンフライG)は、暴走すると小型竜種に変化。
・未成熟な状態で移送された場合、周囲の魔力を吸収して暴走することもある。
・過去には、一度の密猟で近隣の村が全滅した事例も。
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