第2話:碧色トンボは、ドラゴンになる
王立学園の宴の中心で、13歳の侯爵令嬢アステリアは、第一王子アドラッドと留学生エイラの二人を相手に、静かに「本題」へと踏み込んでいく。
「改めて申し上げます。エイラ様、あなたを川に落とした覚えはございません。わたくしは、ただ危なげに歩くあなたを支えただけ。あなたが勝手に川へ……跳んだのです」
冷静な弁明。しかしエイラは、唇を震わせ、涙を浮かべる小芝居に出た。
「嘘よ……アステリアさんは、私に碧色トンボをくれなかった。意地悪して……私を恥かかせて……!」
アドラッド王子が彼女をかばうように立ちふさがる。
「エイラ嬢に謝れ! 彼女はお前のせいで命を落とすところだったんだ!」
そのとき、アステリアの瞳がきらりと細く光った。
彼女の口元が、ふんわりと笑う。
「殿下。あなたは、碧色トンボの価値をご存じないようですね」
場の空気が変わる。
「その昆虫、ただの珍しい生き物ではございません。碧色グリーントンボ――またの名を、『ドラゴンフライG』。一万匹に一匹の確率で、竜へと変化する、魔力共鳴種です」
どよめく貴族たち。平民の生徒たちも思わず息をのむ。
「碧色トンボの瞳は、古来より『竜種の芽』と呼ばれております。魔力を吸収しながら一定の条件を満たすと、殻を破り、飛翔するのです」
アドラッドが目を見開く。
ようやく事態の深刻さに気づいたかのように。
「それゆえ、リフローダ王国では法律により、碧色トンボの採取・輸出は禁じられております。王族といえど、それを覆す権限はありません」
そしてアステリアは、ずいと一歩、壇上を進む。
その動きに合わせて、護衛騎士タカシも前へ出た。
「さて、ここからは国家の話です。エイラ様」
彼女の声が低くなる。
「あなたは、川に落ちたふりをして、川底に魔法陣を転移させましたね。碧色トンボの幼虫を、自国へ運ぶために」
「……何のことかしら?」
先ほどまでのブリブリした口調ではない。
隣国の王女とは思えぬ、冷たい声。
アステリアは笑みを浮かべたまま、言い放つ。
「リフローダと貴国を含む三国間には、『碧色保護協定』が存在します。碧色トンボの生息する川面並びに川底については、完全に我が国の管轄とする、と明記されています」
タカシが、エイラの腕にそっと手錠をかけた。
「転移魔法による領土侵犯、ならびに特定魔法種の不法持ち出し。これは立派開戦前提行為です!」
王子は慌てて制止しようとするが、その前にアステリアが言う。
「殿下。この場であなたが無理にエイラ様を庇えば、リフローダ王国と諜報機関国家カルザニアとの間に、本当に火種が生まれますよ?」
王子は、まるで氷水を浴びせられたかのように黙り込んだ。
やがて――
「……っ、連行せよ」
会場に到着した王宮の護衛が、エイラを連れていく。
エイラは何も言わず、ただ、瞳に恨みを滲ませながらアステリアを睨みつけていた。
そして。
「殿下。婚約の件は、ありがたく破棄を受け入れます」
微笑みながら深く一礼するアステリアに、第一王子は何も言えなかった。
補足資料:リフローダ王国とドラゴンフライG
■【リフローダ王国】
・中央大陸の西に位置する、山岳と河川の多い魔法王国。
・建国から約600年。王族は“竜と契約する血統”とされる。
・法体系が非常に厳格で、魔法・生物・自然資源の管理が強い。
・王立学園は全国から貴族・有力平民を集めるエリート校。
■【魔法種《碧色グリーントンボ》】
・通称「ドラゴンフライG」。
・ごく稀に、魔力環境に共鳴して小型竜種へと“変化”する。
・魔力感知能力が高く、古代兵器としても研究されていた。
・現在はリフローダ王国の象徴種とされ、国外持ち出しは厳禁。
Q:なぜにトンボが?
A:勤務場所に絶滅危惧種のトンボが飛んでいて、嬉しくなったので
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