第1話:王子のマイクと、ぽってらドーム
季節は、夏の終わり。
リフローダ王国――王立学園では、恒例の「夏の終わりの夜会」が催されていた。
パーティには、なんと国王と王妃もお忍びで来ている。格式、名誉、そしてスキャンダル。すべてが渦巻く、貴族と平民が交わる唯一の社交場だ。
王宮仕立てのカーテンが風に揺れ、磨き抜かれた大理石のホールには、貴族の子息と娘たちが、礼装で煌めいていた。
そして――
「アステリア侯爵令嬢。……いや、アステリア! 本日をもって、お前との婚約を破棄する!!」
――その場に、響き渡る声。
壇上でマイクよろしく張り上げたのは、金髪碧眼を絵に描いたような王子。
アドラッド・リフローダ・リヴェル=第一王子殿下である。
会場が一瞬で凍りつく。
演奏が止まり、グラスを傾ける手が止まり、何よりも主役のアステリア・フォースター侯爵令嬢が、手を止め……止めてない。
彼女は食べている。しっかり咀嚼もしている。
会場の片隅で、せっせと前菜プレートを片づけていた少女は、ひとつ大きく溜息をついてから、名残惜しげに薄切り肉を飲み込み、立ち上がった。
護衛騎士がハンカチで、彼女の口元のソースを拭う。
少女――アステリアは、ぽってらぽってらと歩き出した。
そう、“ぽってら”。
その姿はどう見ても、小型の白いドームがふよふよ移動しているように見える。
手足は貴族らしいほっそりとした作りなのだが、胴体が……なんというか、球だ。高貴なる、上等な球体。
まばゆい白金色の髪は丁寧に編み上げられ、水色の瞳は陶器のようにきらめく。
そしてその背後には、アステリアより頭二つは高い騎士――タカシが静かに従っていた。
このふたり、ある意味、学園一有名なコンビである。
なにせアステリアは13歳にして国家級の知識を持ち、行政を補佐する天才少女。
しかしてその見た目は……王宮のリフローダヤマネコと呼ばれるものである。
※補足:リフローダヤマネコとは、雪山に生息する体長60cmほどの猫。
毛が密集し、白くて、丸くて、モフモフ。極限まで、丸い。
「すみません、殿下。理由をお聞かせいただけますか?」
壇上に上がったアステリアは、礼儀正しく、肉を飲み込んでから問いかけた。
アドラッド王子は一瞬たじろぐ。
……やはり、ただの「ぽっちゃり貴族令嬢」ではないことを、彼は知っている。
だが、背後からコートの裾を引っ張られた王子は、再び声を張り上げた。
「お前は! 次期王妃にふさわしくない体型なのだ!! 特に、その……その、リフローダヤマネコのような……体型がっ!」
……体型2回言ったな今。
会場に妙な空気が走る。
アステリアの瞳が、ほんのり縦に細くなった。
ネコ科特有の“怒りのサイン”である。
すると、背後の護衛騎士・タカシが小声で言った。
「……いや、普通にめっちゃ可愛いけどな、リフローダヤマネコ。丸くてモフモフで」
「……あんまり嬉しくないわ、そのフォロー」
アステリアは鼻息をひとつ吐いて、軽く首をかしげた。
「では、わたくしが“リフローダスナネコ”のような痩身体型になれば、王妃にふさわしくなるのでしょうか?」
※補足:リフローダスナネコとは、砂地に住むキュッと腰が締まったスタイリッシュな猫。
丸さはない。寧ろ引き締まりすぎている。腹筋バキバキまである。
「いや、だから! そういう問題じゃなくて! お前は、全体的に、王妃には向いてない!」
体型以外の理由を、言えてないのでは?と誰もが思った、その時。
「アステリアさん! 謝ってくれれば私は許しますから!」
唐突に現れた令嬢が、アステリアに手を伸ばしてきた。
**エイラ・ル=スフィア。**隣国からの留学生で、王族籍を持つという話だ。
ふわふわの金髪と、見え見えのあざとさで、アドラッド王子の横にぴったり張り付いている。
「ふっ、アステリアよ! このエイラ嬢を川に突き落とした罪、その身をもって償うがいい!」
王子が気持ちよさそうにエイラを指差す。
タカシがアステリアの横でぼそりと呟いた。
「……あんた、川に突き落としたの? 隣国から来た王族らしいヤツを」
「やってないわよ!」
だが、アステリアは一瞬、記憶をたぐる。
――確かに、エイラが川に落ちた日があった。
けれど、それは彼女がヒールで石を踏み外して、勝手に飛び込んでいったのでは……?
その前に、「碧色グリーントンボが見たいのぉ〜」とか言ってたな。
アドラッドもエイラも、碧色トンボの生息地に連れて行けとごねて、やむなくアステリアが案内したのだ。
その結果、ピンヒールで川原を跳ね回ったエイラが、自爆的に川ポチャ。
……これが、「突き落とした」ことにされている?
「やれやれ、状況説明が必要ね」
アステリアの目が静かに光を宿す。
これは、スイッチが入ったサイン。
傍らのタカシは、またか、と嘆息した。
――王宮のリフローダヤマネコ、起動しました。
連載ですが、長くない話、だと思います。
お読みくださいました皆様の愛を十分感じています。




