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第12話:第零塔の扉

 王都中央より東、王立魔法研究所の地下深く。

 外界から完全に隔絶されたその空間は、王国建国より前――大結界以前に築かれたとされる。


 その名を、第零塔だいれいとうという。


 その存在は、王族でも一部しか知らされない。

 だが、アステリアは知っていた。

 何故か。

 幼い頃、フォースター家に秘蔵されていた古文書を通じて。


「この扉の先に、私が知るべきものがある」

 そう言った彼女の声は、いつもより静かだった。


「警備は?」

 タカシが警戒しながら尋ねる。

「不要。第零塔は、誰にも開けられなかったの。ずっと」


 第零塔の扉は、金属でも石でもなかった。

 魔力の結晶を練り固めた“魔質石”でできており、どんな攻撃にも耐える。

 だが、それが意味することはただ一つ。


 ――開ける方法は、「力」ではなく、「記憶」と「契約」にあるということ。


 アステリアは扉に手を触れる。

 次の瞬間、淡い光が彼女の周囲に広がった。


「月影の盟約」――前話で受けた謎の契約が、ここでも反応する。

 光の中から、声が聞こえた。

 それは幼い女の子の声だった。


『この記録は、未来のわたしへ。

 ――わたしは転生者“リリィ・イヴ”。王国建国期に、この塔を作った者』


「イヴ……? それって、王国最初期の天才魔術師の名前じゃ……」

 タカシの呟きに、アステリアは目を細める。


『この塔には、転生者たちの記憶と研究を集めた“特異魔法書”がある。

 でも、開けるには条件がある――

 記憶干渉に耐えられる精神と、他者との契約』


 そして扉の魔質石が、淡い金光に変わる。


『それを持つのは――未来にまた現れる、私と同じ“丸い者”』


 アステリアとタカシが、同時に「えっ」と言った。


「丸い者……って、まさか……」

「わ、私……!? いや、確かに丸いけども!?」


 タカシがこらえきれず吹き出す。

 だが、扉はその瞬間、静かに開いた。

 ギィィ……

 重たい、しかし拒絶のない音。

 彼らを迎えるように、塔の中は光に包まれていた。


 中は広い図書空間。

 その中心に、浮かぶ一冊の書物。

 魔法の記憶体――「コード・レガリア」


 それはアステリアがかつて夢で見たことのある、白銀の書物だった。

 彼女は手を伸ばす。

 同時に、塔内に広がる記憶映像が解放される。


 映像には、かつての転生者たちの姿があった。

 例えばリリィ・イヴ。月魔法の創始者。王国の礎を築いた少女。

 あるいはエトワール・カミュ。他国に転生し、後の「イシャール帝国」を築く。

 さらにはハイド・カザン。魔物との意思疎通魔法を開発し、獣人国家を作る。


 そして、最後に映し出されたのは――


「タカシ……あなた」


 塔の記録に、彼の前世の姿が残されていた。

 日本の研究者として生きた青年。

 名は、長谷川貴志。


 彼が最後に研究していたのは、『多次元記憶転写と精神再構築』だった。


「……俺、前にもこの塔に関わってたのか?」

 タカシの声が、少しだけ震えた。

 アステリアは静かに微笑んだ。


「ええ。私とあなたはずっと前から、契約していたのね」


 塔の中に残る、かつて交わされた盟約の魔法陣が、ふたりの足元に浮かぶ。

 その中心で、アステリアが告げた。


「これは、ただの戦いではない。

 わたくしたちは、何度生まれ変わっても――この世界を救うために、契約し続ける」

 タカシは、ただ頷いた。


「なら……俺は何度でも、何度でも君を守るよ」


 塔の最深部で、時を越えたふたりの盟約が、ここで再び結ばれた。


 王都ルミアに朝の光が差し込む頃、王宮前広場に一行の来訪者が到着した。


 長柄を掲げた大旗、深紅と銀を基調にしたマントを翻す精鋭兵。彼らを先導するのは――


 イシャール帝国の皇族使節団、その代表、プリンセス・シェリル=イシャール。


「ようこそ、リフローダ王国へ」

 宰相エルリックが一礼して迎える。

 アステリア・フォースター侯爵令嬢も傍らに立つ。護衛騎士タカシをその横に。


「私どもは、ただの使節団ではありません。帝国と王国、転生者たちの未来を共に見据えて参りました」

 シェリルの声は澄んでいて、しかしどこか影を孕む。


「貴国の転生竜と転生者の動き。興味深く拝見しております」

 彼女の言葉に、会場の空気が一瞬で張り詰めた。


 アステリアは冷静に応答する。


「ご申告、ありがとうございます。ただし、我が王国はこれ以上、転生者と竜種を外交カードとして扱うつもりはございません。保護と、管理と、研究と――まずは守ることを優先しています」

 シェリルは微笑む。だがその眼差しは鋭い。


「それは、素晴らしい。ですが、帝国としても守るだけの時代は終わったと考えております。共に未来へ踏み出しませんか?」

 その言葉に、タカシが視線をアステリアへ投げる。

 アステリアは少し黙った後、表情を引き締めた。


「――条件をお聞きしましょう」

 その一言に、シェリルは軽く首をかしげた。


「まず第一に、転生者の自由を尊重していただきたい。強制や、傀儡化、物資としての扱いは、もはや過去のものです」

「第二に、ハーフ・ドラゴンを含む、竜種の飛翔技術と魔力共鳴技芸を共同研究の下、平等に共有とすること」

「第三に、情報開示。第零塔ならびに第七魔導塔に準ずる、いわば禁秘部門の監査を、両国共同で行えるように」


 アステリアは静かに頷いた。


「……了承します。ただし、王国の主権と、転生者および竜種の人権を守るという条件を明文化しなければなりません」


 シェリルの表情が曇った。


「人権…ですか? 我が帝国では転生者は国家資源であり、竜種は究極兵器です」


 その一言に、アステリアの瞳が猫の目の様に光る。


「国家資源として扱われる者に、人権はないのですか?」


 広場の空気が冷気を帯びた。王国側貴族・平民・使節団・兵士。皆が緊張に包まれる。

 だが――

 シェリルが深く息をついて言う。


「では、我が帝国はその条件を――まずは試験的協定として結びましょう。例えばその名を――『月虹協定』として」

 アステリアは僅かに驚いたが、すぐに微笑んだ。


「月虹……。その名も美しい」

 タカシが小声で囁く。


「令嬢、これって…本格的に巻き込まれたな」

 アステリアは胸に手を当て、静かに告げた。


「いいえ。私が望んだ道です」

 その瞬間、遠くの山嶺に――竜の影が飛翔した。2体、3体、そして無数。

 王都の空を不穏なシルエットが飾る。


 シェリルは空を仰ぎ、微笑んだ。

「飾りではありません。あれが、我らの未来です」

 アステリアとタカシも、それを見上げた。


 王国、帝国、転生者、竜種――

 すべての歯車が、一斉に噛み合い始めた。

Q:まだ続くのだろうか

A:あとちょっと、かなあ

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