第11話:第七魔導塔の亡霊
夜の王都。
月光だけが白く街を照らしていた。
静かなはずの学園の裏口に、タカシとアステリアが足を踏み入れる。
「ここが……旧・第七魔導塔の地下入口」
タカシが低く囁く。
「まさか、王都の真下に――」
アステリアも言葉を詰める。
地下へと続く螺旋階段は、ひんやりと冷たい空気を運んでいた。壁には古びた魔力紋章が刻まれ、過去の研究の痕がうっすら滲んでいる。
「この塔は公には存在しないけれど、記憶操作・精神制御・魔法種改造といった禁術が集められた場所よ」
アステリアが言いながら、懐中魔法灯を床に近づける。薄暗い通路に彼女の影が二重に映る。
「情報部が密かに持っていた『記憶干渉魔法』の実験施設が、この塔だったという証言が幾つもある」
タカシが慎重に、扉の前で剣を抜く。
「ここを閉ざすなら、今しかない──」
彼の言葉に、アステリアは静かにうなずく。
二人が重い扉を開けると、そこは広大な実験室。棚には数えきれない薬瓶、机には古い魔導機器、そして壁には“脳波転写装置”の跡が焼き付いていた。床には赤い液体が乾き、魔力結晶が粉々に砕けて散っていた。
突然、部屋の奥から光が走る。
仮面の研究者の幻影が浮かび上がる。
「データ取得開始──被験者安定中」
古の録音魔法装置が轟音を上げ、彼女たちを照らした。
アステリアの瞳が光る。
「タカシ、やっぱりこの施設は……我が王国の光に、触れてはいけない影だわ」
タカシが返す。
「だけど、だからこそ消さねぇと」
彼の剣が魔法灯の光を受けて輝いた。
その瞬間、実験室の魔力残滓が暴走を始める。
床下から震動が走り、白い霧が上がる。
封印された“記憶改変プログラム”が起動したのだ。
「退くぞ!」
タカシがアステリアを庇いながら後ずさる。
だがアステリアは動かず、魔法陣を描き始めた。
「契約魔法・第四式。――命の紐を断ち、過去の縛りを斬り捨てよ!」
彼女の声に呼応して、部屋の中の機械が爆裂し、魔力の奔流が天井から降り注いだ。
アステリアは風を纏い、床に転がる古いデータ盤を握りしめた。
「この実験の記録を、暴露してやる」
彼女の言葉に、タカシも静かに頷いた。
「王国の底に沈む影を、君自身の光で照らすんだ」
タカシの言葉に、アステリアは微かに笑った。
そして二人は、地下の闇を背にして階段を駆け上がった。
月光が彼らを出迎え、王都の輪郭を静かに映し出していた。
塔から戻った夜、フォースター家の応接間には、珍しく王国宰相と王国魔法研究所の長官が訪れていた。
静寂の中、アステリアは紅茶を手に取る。小さな丸い手が、カップの縁を滑るように支えている。
「アステリア嬢、今回の件、君の迅速な対応に、王国は深く感謝している」
宰相エルリックは、深く頭を下げた。
厳格な風貌の老政治家が、少女に頭を下げる。それだけでこの国の一端が透けて見える。
「しかし、同時に懸念もある」
今度は、魔法研究所長のセレナが口を開く。
「君が入ったのは王国禁区。本来、成人王族と魔導監察官以外は入れない」
彼女の口調は静かだが、その瞳には魔導師としての厳格な火が灯っている。
アステリアはそれを正面から見返す。
「ええ、存じております。けれど入らなければ、取り返しのつかない事態になると判断しました」
「なぜそう判断できた?」
「……タカシが、過去の世界の知識で川底を所有しておくべきと助言したように、わたくしにも“違和感”があった。禁術の再起動には何か裏があると」
セレナはしばらく沈黙した後、小さく息を吐いた。
「やはり君は、兆しを読む目を持っている」
そして、机の上に一枚の書類を差し出す。
「アステリア・フォースター嬢。このたび、王国魔法研究所付属【禁術監査局 特別顧問】への任命を内定とする」
「……顧問?」
アステリアが小さく眉を寄せた。
「実質的には、“禁術・国境外魔法・異界魔力の監査と対応”を任される任務です。これまでは宮廷魔導師団が兼任していたが……」
「使いこなせていなかったのでしょう?」
アステリアの返答に、セレナは少しだけ口角を上げた。
「賢い子ね。助かるわ」
だがその瞬間、部屋の窓が淡く光った。
月の魔力が膨らみ始める。
アステリアが立ち上がると、金色の魔術式が空に浮かび上がった。
「これは……月の魔法! しかも――」
セレナが驚きの声を漏らす。
金色の魔力が編み上げられていく。
それは月影の盟約と呼ばれる、古の契約術だった。
魔力の波長は明らかに、この世界のものではない。だが、アステリアには見覚えがあった。
タカシがかつて言った。
「昔の日本神話でも、月と契約を交わすって表現があるんだ。太陰の神、って呼ばれててさ」
この魔法は、おそらく前世から持ち込まれたものだ。
「まさか……この術式、転生者が過去に使っていたもの……?」
セレナが呆然と呟く。
魔法陣が一瞬、タカシの瞳と共鳴するように輝き、すぐに霧散する。
アステリアの足元には、月をかたどった盟約印が、淡く残った。
「これは……誰かが、わたくしに【契約】を求めた証」
「誰だと?」
「おそらく、隣国『イシャール帝国』にいる、もう一人の転生者です」
室内の空気が凍る。
「やはり……動き出したか」
宰相が渋い顔でうめく。
「帝国には、国を陰で操る『影の五将』と呼ばれる者たちがいる。その中には、異界の魔術を研究する者がいたと聞いている」
アステリアは頷く。
「ならば、わたくしは応えましょう。契約を返すために」
「返す……というのは?」
「決着をつける、という意味です」
少女の言葉に、大人たちは言葉を失う。
その小さな体の奥に、この国を導く覚悟を見たからだ。
「行きましょう、タカシ」
「どこへ?」
「魔導研究所の中枢、“第零塔”。そこに、わたくしの武器が眠っているはずだから」




