70.女神、裁判に降臨す②
「潔白を証明するつもりなら――裸で立つのが常識だろう!」
観衆のどよめきが一瞬止まり、次いで失笑が混じる。
ケビンは顔を赤らめ、裁判長へと必死に叫んだ。
「裁判長殿、これは法廷の冒涜だ!」
「肌着の着用は、規定で認められているはずですが」
割って入ったのは、ユーリの穏やかな声だった。
「こんな華美な装飾、規定で許されるはずがない! 裁判長!!」
ケビンの声が虚しく響いた瞬間、観衆の息遣いが重なり合う
「なに言ってるの……あれが華美? むしろ清らかでしょう」
「裸よりずっと気高いわ。女神の衣だもの」
「そうよ、規定だなんて些末な理屈。美しいものは美しいのよ」
女たちの賛美に混じって、男たちも声を上げた。
「そうだ、あれは罪じゃない! 奇跡だ!」
「あぁ、なんたって美の女神と愛の女神だからな、美しくないわけがない」
「このまま天上に迎えて欲しい……」
怒声と歓声が入り混じり、法廷は祭礼のような熱気に包まれていく。
女神を讃える声が大波となり、ケビンの叫びは完全に掻き消された。
木槌が高らかに鳴り響いた。
「静まりなさい!」
裁判長の声に、群衆はしぶしぶながらも熱を鎮めていく。
その様子に、ケビンは勝ち誇ったようにうなずいた。
(やはり裁判長は分かっている)
だが次に響いた言葉は、予想を裏切るものだった。
「女神様に、質素な布の方こそ失礼であろう!」
「なっ……!?」
ケビンの表情が引きつる。必死に声を張り上げた。
「裁判長殿! 本件は婚姻秩序の破壊という大罪! 麗しき装いで民の目を惑わすのは、教義を踏みにじる行為です。典礼の理に照らせば――」
「女神様が罪を犯すわけがないではありませんか。もしそれを罪というのなら――その理そのものが間違っているのです」
裁判長の言葉に、控えていた星導教会の神官が慌てて口を挟む。
「さ、さすがにそれは言い過ぎでございます。いずれにせよ、審理の中で明らかにすべきかと……」
裁判長はしばし無言のまま、己の熱を冷ますように深呼吸した。
「……そうですね。少し興奮してしまいました。それでは――」
木槌が再び鳴り響く。
「姦通をもって婚姻秩序を破壊した罪として、法廷を開く。代理人、罪状を朗読せよ!」
木槌が鳴り、代理人である星導教会の神官が慌てて巻紙を拾い上げる。
声が張り上げられ、罪名が再び布に踊る。
◇ ◇ ◇
――その頃、王都貴族街・ヴァレンシュタイン公爵邸。
路地の陰を縫い、四つの影が月光をまたいだ。
先頭のエレノアが指先で合図。
夕凪亭ギルド長のイレーナが背後の通行を封鎖し、避難導線を切り替える。
エレノアの手には、アイナから渡された屋敷の見取り図。
地下へ下りる階段は中庭の離れ、ヴァレンシュタイン家の裏口。
守っていた衛兵が二人倒れていた。
「突入。音は極力抑えて、一瞬で片づけるわよ」
低く、しかし冷徹な声。
張りつめた空気の中、四人は闇に溶けるように進む。
黒鉄の門。
ローラが無言で一歩前へ。
盾を構え――次の瞬間。
轟音が夜気を裂き、錠前ごと鉄扉が吹き飛んだ。
「ちょっ……音は最小って言ったじゃないの!?」
思わず素で叫ぶエレノア。
振り返れば、ローラは悪びれもせず、盾を肩に戻していた。
「……これでも、抑えた方です」
「えぇぇ……?」
ローラの淡々とした返しに、エレノアは引きつった笑顔を浮かべる。
シルはこめかみを押さえ、メルリナは肩をすくめて小さく笑った。
「侵入しゃ――」
二階の回廊に顔を出した衛兵が叫ぶより早く、シルの弓が弦を鳴らす。
潰れた矢じりが眉間に命中し、男は言葉を途切れさせたまま崩れ落ちた。
騒ぎを聞きつけた衛兵たちが、次々に駆け込んでくる。
「数が多いですね……」
メルリナが囁き、魔導銃を構える。
銃口から放たれた蒼白の魔弾が地面に着弾した瞬間、光と衝撃が弾け、衛兵たちをまとめて吹き飛ばした。
「じゃ、ここは二人に任せるわ。――ローラ、行くよ」
エレノアは短く声をかけると、ローラと共に地下室へと続く小屋へ駆けだす。
「ちょっ、ここを二人で守れってこと!?」
シルの嘆きが遠ざかる中、茂みから気配が走った。
中庭を横切ったその瞬間、側面から重装の衛兵が盾ごと突進してくる。
しかし、真正面から迎えたのは――ローラの盾。
「……下がって」
低い声と同時に、ドン、と鈍い衝撃音。
質量の勝負は一瞬だった。
衛兵は巨岩に弾かれたように宙を舞い、植え込みへ突っ込んで動かなくなる。
「地下はこっち」
エレノアは迷いなく小屋へ突き進み、扉を一息に叩き割る。
軋む音とともに開けた先には、地下へと続く階段。
その刹那、角を切った私兵が剣を振り抜いてきた。
銀の軌跡が横から走る。
エレノアはわずかに身を捻る。
半身を引くだけで、刃は衣の端をかすめて空を裂いた。
すれ違いざまにエレノアの拳が伸びる。
男の鳩尾を正確に捉え、鈍い衝撃音が地下に響き、頑丈な鎧がぐしゃりと凹む。
剣士の目が白く揺れ、呼吸と意識が同時に途切れる。
崩れ落ちる体を一瞥し、エレノアは短く言った。
「……こっちよ」
鉄格子の奥――鎖に繋がれた女医と思しき女性が、石床にぐったりと横たわっていた。
衣服はすでに剥ぎ取られ、無防備な肌が月明かりにさらされている。
頬は赤く火照り、唇は乾いた吐息を震わせる。
焦点を失った瞳は虚空をさまよい、理性の光はどこにも残っていなかった。
汗に濡れた肌は小刻みに震え、鎖の冷たさすら熱を鎮められない。
ときおり無意識に身をよじる仕草は、痛みにも快楽にも見える。
――薬に呑まれ、“人”としての意識はすでに押し流されていた。
エレノアは思わず鉄格子へ駆け寄り、その桟を両手で掴む。
力を込めると――
ぐにゃり、と鉄が呻き声をあげて曲がった。
「……やっぱり、ユーリ様とのエッチのおかげかしら。力が桁違いだわ」
「今さら何を驚いているの?」
「いや、こうなると……もう人間やめたみたいで……」
「もう馬鹿なこと言ってないで、早くユーリ様の薬」
ローラに言われ、エレノアが小瓶を取り出す。
琥珀色に輝く液体が、揺れるたびに淡い光を散らした。
それはどんな状態からも癒すと伝えられる、ユーリ特製の万能薬――らしい。
女医の唇へ慎重に傾けると、濃い液が一滴、二滴と口元から零れ落ちる。
喉が小さく鳴り、乾いた吐息が揺れた。
次の瞬間、荒れていた呼吸が少しずつ整い始める。
紅潮しすぎていた頬が落ち着きを取り戻し、焦点を失っていた瞳にかすかな光が戻る。
「……う、あ……」
弱々しい声が洩れ、女医の瞼が震えた。
その姿に、エレノアは拳をほどき、短く息をつく。
「効いてる……やっぱり、すごいわね」
そっと髪を撫でる指先に、ようやく安堵の笑みが浮かんだ。
石床に横たわっていた身体から、確かに“生”の気配が戻りつつある。
「……でも、すぐに動かすのは酷ね。少し休ませてから、ユーリ様のもとへ運びましょう」
ローラの言葉に、エレノアは静かに頷いた。
◇ ◇ ◇
【あとがき】
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