38.後宮予算はピンチです①
村での調査と初動対応を済ませたユーリとリリアーナは、村人たちと相乗りの寄り合い馬車に揺られていた。
昼下がりの陽射しは柔らかく馬車を包み、村人たちが収穫の喜びや日常の他愛ない出来事を語り合う。
その穏やかな笑い声が、旅の緊張を和らげる心地よい調べになっていた。
クロエとロザリーは引き続き村に残り、被害を受けた家屋の復旧や住民へのケア、そして追加の調査に当たっている。
馬車に同席する村人の一人が、ふとリリアーナに丁寧に頭を下げた。
「リリアーナ様、本当にありがとうございます。おかげさまで村のみんなも安心しています」
馬車の中に温かな感謝が静かに広がり、リリアーナの頬がうっすら赤く染まった。
「当然のことをいたしましたまでですわ。何かございましたら、どうぞご遠慮なくお知らせくださいませ。
それと……新たにお迎えした女男爵様と、伯爵家のご長男様のご一件、村でも何かとお噂になっているようですけれど――
皆さまは、そのおふたりについて、どのような印象をお持ちですの?」
(うわっ、リーナ、なんでそれ今ここで聞くんだよ……!)
ユーリは心の中で思わず激しく突っ込み、慌てて顔を背けた。
そんな様子に気づかない村人たちは、顔を見合わせて楽しそうに微笑んだ。
「淑妃様は、本当に領地のことを親身になって考えてくださっているんですよ。みんな感謝してます」
「そうそう。それに旦那様が狩りに出て、魔の森から新鮮な肉を持ち帰ってくださる。あれのおかげで暮らしが楽になったよ」
「普段は後宮で、あまりお姿を見ないけど、ちゃんと目に見える形で助けてもらっていると感じています」
「村の娘たちも、最近は後宮で宮女として働かせてもらっていて、家計の助けになっていますしね」
村人たちの温かな言葉に、リリアーナが嬉しそうに小声で呟いた。
「旦那様はやっぱり、ちゃんと陰から支えてくださっているんですね……」
(まぁ……実際のところ、俺にできるのは狩猟くらいだし。
……べ、別に狩りが好きなだけで、特に意識してたわけじゃないんだけどさ……!)
こみ上げる照れくささを抑えるように、頬の熱さをごまかして窓の外をぼんやり眺める。
やがて馬車はゆるやかに城下町入口の停留所へと滑り込んだ。
「着いたぞー!」
馭者の明るい声とともに、村人たちが次々と馬車から降りていく。
ユーリもリリアーナに手を貸しながら馬車を降り、軽く肩を回した。
「ちょっとリーナ、さっきのあれはないだろ。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだけど……」
声を潜めてぼそりと抗議するユーリに、リリアーナは穏やかな笑顔で小首を傾げる。
「ふふっ。でも、村の皆さまがユーリ様のことを、こんなにも温かくお話ししてくださって――とても嬉しかったんですの」
「う……いや、まあ、嬉しくないわけじゃないけどさ。でもさ、なんか“後宮に引きこもってる旦那様”とか思われてたっぽいし……」
ユーリが困ったように肩をすくめると、リリアーナはさらに柔らかく笑った。
「それだけ、皆さまがユーリ様のことを気にかけていらっしゃるということですわ。
ほら……大切な方のことって、つい話題にしたくなるものですから」
「ぐ……っ! いや、それはずるい! そういう言い方、ずるいって!」
ユーリは照れ隠しにわざと大げさに声を上げると、リリアーナはますます楽しそうに小さく笑うのだった。
乗合馬車を降りると、ユーリとリリアーナは城下町の入り口から町の中へと続く土の道を歩き始めた。
街道とはいえ、ここは辺境の田舎町だ。
地面は踏み固められているものの、雨が降れば泥だらけになるような未舗装の道である。
風が吹くと、かすかに土埃が舞った。
道を行き交うのは、市場や商工会館へ向かう領民たち。
荷物を背負った農夫や商人の明るい声が、午後の静かな空気に溶け込んでいる。
ユーリはふと思い出したように、隣を歩くリリアーナをちらりと見た。
「なあ、リーナ。村で起きた件だけど……あれ、魔獣だと思う?」
リリアーナは静かにユーリへ視線を向け、小さく首を横に振った。
「いいえ……恐らく、魔獣の仕業ではありませんわ。
破損の痕跡が、あまりにも規則的すぎます。
もし魔獣によるものなら、もっと無秩序で荒々しい破壊になるはずですもの」
「ってことは……魔術による破壊活動か?」
ユーリの問いに、リリアーナは静かに頷いた。
「可能性としては、高いと思いますわ」
ユーリは少し黙り込み、顎に手を当てて考え込む。
「……火薬を使った線は?」
「火薬……ですの?」
リリアーナはわずかに驚いたように目を瞬かせた後、思案するように口を開いた。
「本来、火薬のような危険な物資は、国によって厳しく管理されておりますわ。
特に平民の手に渡るなどというのは、まず考えにくいのですけれど……」
そこで言葉を切り、ユーリの目をじっと見つめる。
「普通に考えればそうなんだけどさ。
でも、流出が“絶対にない”とは言い切れないだろ?」
ユーリの返しに、リリアーナは真剣な表情で静かに頷いた。
「ええ……もし火薬が使われていたとすれば、それを供給した人物――あるいは組織が、裏に存在すると考えるべきですわね」
「そうだよな……。だとしたら、狙いは何だろう。
製粉ラインを止めて食料不足を狙うのか、給水設備を破壊して疫病を引き起こすのか。
あるいは油搾りを妨害して、領の税収を落とすつもりか……どれも考えられる」
険しい表情で思考を巡らせるユーリに、リリアーナがそっと口を開いた。
「可能性はいくつも考えられますけれど……
私としては、やはり叔父――ギデオンの報復が、最も自然ではないかと思いますわ」
「ああ、確かにな……。城館を壊し、仕立て職人を引き抜いて……リーナまで連れ去ったんだ。
むしろ、何も起きない方が不自然だよな」
ユーリの言葉に、リリアーナは静かに頷いた。
「叔父であれば、火薬の流通経路を押さえていても不思議ではありません。
皇国経由であれば、王家の目を避けて密輸することも可能でしょうし……」
「ってことは、大工の親方が言ってた“資材が届かない”ってのも、やっぱりギデオンの妨害か。
うちに荷物を運ぶには北のミルデン川街道か西のイシュリアス街道があるけど……北は山が険しすぎて、資材運搬には向かないしな」
「ええ。鉄材や石材のような重量物は、とても通せません。
領内の森で木材を調達しようとしても、魔獣や野盗の危険がつきまといますわね」
そんなやり取りを交わしながら歩くうちに、町の中心部が近づいてきた。
やがて二人の視界に、新たに建てられた商工会館とパサージュの姿が映り込む。
商工会館には商人らしい姿がちらほらと見える一方、隣に位置するパサージュはまだ閑散としており、どこか物寂しい雰囲気が漂っていた。
その裏手には、肉の解体を専門とする『肉匠館』と呼ばれる施設が、ひっそりと佇んでいる。
それらの建物群をしばらく見つめていたリリアーナは、ふと足を止め、ユーリに静かな視線を向けた。
その横顔には、わずかに呆れたような色をにじませながらも、どこか優しげな微笑みが浮かんでいる。
「それにしても……本当に、信じられませんわね」
【あとがき】
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