表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/119

37.壊れた水車②

 村長が顔を上げる。

 現れたのは、たくましい体格に前掛けを巻いた中年の男――村の大工の親方だった。

 その後ろから、髪をリボンでまとめた少女が顔を覗かせている。


 親方は言葉少なに、羽根の断面をまじまじと見つめた。

 そして、低く重い声で呟いた。


「……修理は無理だな。これはもう、作り直すしかない」


 村長が目を見開いた。


「そ、そんな……親方、どうにか修理で――!」


「支柱が割れとる。軸も曲がっとるし、屋根の骨組みまでズレてる。無理に直したら、次は倒壊するぞ」


 淡々と断言された親方の声に、村長はぐらりと膝を崩しかけた。

 そのとき――

 リリアーナが一歩前へ出た。凛とした声が、周囲の空気を変える。


「親方……。私は、レーベルク女男爵の名代として、領主の代理を務めております。

 村の皆さまのため、そして領のため――この水車小屋の再建を、正式にご依頼申し上げます」


 その言葉に、親方は顔をしかめた。口を開きかけたが――何も言わず、目を逸らす。

 クロエが一歩踏み込み、厳しく問いかける。


「断る理由を、聞かせていただけますか?」


 親方は、渋い顔のまま、うつむいたまま黙っていた。

 その沈黙を破ったのは、横から妹の声だった。


「……お兄ちゃん、言ってあげてよ。もし、ちゃんと材料と道具があればって……。

 お兄ちゃん、腕はあるって、知ってるんだから……!」


 少女の声音には、苛立ちと不安と、そして信頼が混ざっていた。

 親方は顔をしかめたまま、しばらくの沈黙ののち、しぶしぶ口を開いた。


「……ああ。材料と道具が全部揃ってりゃ、まあ……建て直しにかかる期間で済む。

 俺の腕なら、だがな」


 リリアーナが目を細め、クロエと視線を交わす。


「材料と道具さえあれば、再建は可能……そのように受け取ってもよろしいのでしょうか?」


 親方は唇を引き結び、渋々ながらも頷いた。


「……やれりゃ、やる。そういうことだ。道具と材料を用意できればな……」


 親方の言葉を受けて、リリアーナがすっとユーリの方へと視線を向けた。


「執事殿。材料と道具の確保は、可能でしょうか?」


 その問いに、ユーリが口を開くより早く、親方が片手を上げて遮った。


「おいおい、いくら何でも無茶を言うなよ。

 こっちはイシュリアス辺境伯からの資材流通が滞ってるってのに。

 木材に鉄材、何一つ満足に入ってこねえんだ」


 親方の苦々しい顔に、村長もうなずく。


「確かに……それだけの量を揃えるには、準備だけで半日はかかるかと……」


 しかしリリアーナは、微笑を浮かべたまま言った。


「大丈夫です。執事さんなら、できますわよね?」


 ユーリは苦笑混じりに一礼すると、静かに言葉を返した。


「では、少々席を外します。確認してまいりますので」


 そう言って、村人たちがぽかんと見守る中、水車小屋をあとにして小道の向こうへと姿を消した。

 その背中を見送りながら、親方が呆れたように呟く。


「……あんまり追い詰めてやるなよ、あの旦那さん。

 見たところ、根はいい奴そうだったぞ」


 村長もうなずく。


「別にいじめてるわけじゃありませんよ」


 リリアーナはくすりと笑った。


「ちょっと、領主の館や後宮ハーレムの倉庫に材料が残っていないか、

 確認に行ってもらっただけですわ」


 そう口にした直後だった。

 ゴトン、ギシィ、と遠くから木が軋むような音が風に乗って届く。


「……ん?」


 誰かが小さく呟く。

 音は徐々に近づき、やがて道の奥から一台の台車が姿を現した。

 山のように積まれた木材、鉄材、そして工具類が整然と並べられている。

 その中央には、信じがたいものが鎮座していた。


「……水車の……骨格?」


 村長の声は裏返り、親方の目が丸くなる。


「う、うそだろ……組み上がってる!? しかも精度が……完璧ってレベルじゃねぇ……っ!」


 続けざまに親方が叫ぶ。


「これ、工房でやったって一週間かかる作業だぞ!? 削り出しも、噛み合わせも、どうなってんだよコレ!!」


 リリアーナも信じられないという顔で立ち尽くし、内心で全力のツッコミを入れていた。


(早すぎますっ、旦那様!? どう考えても城館まで戻ってませんわよね!? ていうか、なんで完成してるんですの!?)


 台車の向こうから、ひょっこりと顔を覗かせたのは――ユーリだった。

 汗一つかかず、いつもの微笑を浮かべて、朗らかにひと言。


「必要だって言われたので、つい……全部そろえちゃいました」


 その瞬間、村の空気が完全に固まった。

 ぽかんと口を開けたままの親方が、我に返ったようにユーリに駆け寄る。


「お、お前……何者なんだ……!? どこで、どうやってこれだけのものを……っ」


 村長も慌てて駆け寄り、木材を指で弾く。


「この木……節がねぇ!? まるで銘木じゃ……いや、それより、釘の一つ一つが寸分違わず整ってる!? な、なぜ!?」


 リリアーナは内心でツッコミを入れながらも、笑顔を保つのに苦労していた。


(なにこの人……“ただの執事”の顔して、とんでもない仕事量をこなしてるんですけど!?)


 ユーリは軽く台車の端を叩きながら、申し訳なさそうに一言。


「ちょっと……気合い、入れすぎましたかね?」


 その一言に、村人たちの中から小さなどよめきと、乾いた笑いが起こった。

 ――まさに、“できすぎる男”の本領発揮である。


 しばしの沈黙のあと。

 親方はじっと完成済みの水車を見つめていた。

 その頬が、ぐぐっと引きつるように動き――やがて、ふっと息を吐いた。


「……ここまで、素人に先をやられちゃあな」


 ぽつりと漏れたその言葉に、村人たちの視線が一斉に親方に向く。

 親方は、黙って腰に巻いた前掛けの紐をぎゅっと締め直した。


「職人の端くれとして、これは黙って見過ごせねえ。

 納得いくかいかねえかで言えば、いかねえが……

 やらねえって選択肢は、もうねえよな」


 ぐいっと袖をまくると、日焼けした腕が現れる。

 工具を持つその手には、迷いのない動きと、年季が刻まれていた。


「じゃあ……やるか。あとは俺が、ちゃんと仕上げてやる」


 その言葉に、どこからともなく歓声と拍手が起きた。

 村人たちが息を吹き返したように、顔を輝かせる。


 親方はユーリのほうへちらりと目を向け、やや不機嫌そうに口を動かす。


「なあ執事さんよ。お前がやったのは確かにすごい。

 でもな――ここから先は、職人の仕事だ。文句あっか?」


 ユーリは少し驚いたように目を見開いたが、すぐににっこりと微笑む。


「いえ。プロに任せるのが、一番ですから」


「ならいい」


 そう言い捨てて、親方は水車に向き直った。

 リリアーナはその背を見つめながら、心の中でぽつりと呟く。


(……ふふ、やっぱり村の皆さん、こういう人がいてこそ、なのですね)


 そして、ユーリに小さく微笑みかけた。


(……だけど、旦那様。あなたの“やりすぎ”が、ちゃんと届いたようですよ)


 作業が一段落し、村人たちが工具や部材の運搬に移り始めたころ。


 水車小屋の隅、日陰に差しかけた木箱のそばで、ユーリが休憩していると――

 一人の少女がそっと近づいてきた。


 親方の妹だった。

 先ほどまで兄の背中を見守っていた少女が、ぎこちなくスカートの裾をつまみ、頭を下げる。


「……あの、執事様。今日は……本当に、ありがとうございました」


 その声は小さかったが、はっきりと芯があった。

 ユーリが少し目を見開き、苦笑しながら答える。


「僕はたいしたことしてないよ。ただ、ちょっと運んできただけで」


「でも……あれがなければ、村は……きっと今頃、絶望してました」


 続けて彼女は、そばにいたリリアーナにも深く一礼する。


「リリアーナ様も……ありがとうございます。兄が、あんなふうに動くなんて、久しぶりです。あの人、自分からやるって言ったんです。信じられないくらい」


 リリアーナはその言葉に、少し驚いたように目を瞬かせてから、穏やかな笑みを浮かべた。


「それは、あなたのおかげですよ。彼に声をかけてくれたから、動いたんです」


 少女はふと視線を落とし、少し黙った。

 そして、ぽつりとこぼす。


「……でも、こんなこと、変じゃないですか?」


 ユーリが首を傾げる。


「変……?」


「うちの村って、普通なら流通する資材が、急に入らなくなって。最初は天候とか、事故だって思ってたけど……。でも、最近、必要な道具や材料だけ、都合よく“届かない”んです。毎回、同じ物ばかり」


 リリアーナの眉がわずかに動いた。


「それは……偶然にしては、できすぎていますね」


 少女は続ける。


「そして、“それならこちらをどうですか?”って紹介されるルートがあるんです。

 別の商人さんたち。でも、値段が倍以上で……しかも、領外の業者ばかり」


 ユーリは静かに目を細めた。

 口には出さずとも、頭の中で情報が繋がっていく。


(流通妨害、高額代替品の押し売り、経済的締め上げ……これは“潰しにきてる”動き?)


 少女は、ぽつりと吐き出すように言った。


「……誰かが、うちの村に“やめろ”って言ってるみたいで。

 全部、やめちまえって……そんな風に思えるくらいなんです」


 リリアーナが口を開きかけたが、その前に――

 ユーリが立ち上がり、そっと言った。


「詳しく聞かせてもらえるかな。その話、すごく重要だと思うんだ」


 その声は、柔らかく、でもどこか鋭かった。



【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


ユーリとハーレム運営、応援したいと思ってくださったら、

⭐評価と❤、ブックマークお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ